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104話 窮地と予感

 風舞




 オーキュペテークイーンとの戦闘が開始してから早一時間強。

 オーキュペテークイーンはローズによって首に深い傷を受けてその傷をある程度は回復したものの、黒い葉を喰らう事によって増やした翼の一枚を舞に落とされ、既に満身創痍となっていた。


 一方の俺達は、舞は死ぬ間際のダメージを受けてから全回復はしたが全身にかなりの疲労が残り、俺はギフトを使った事で体の内側がミシミシと悲鳴を上げている。

 俺のギフトは本来使えないはずの魔法を使える様になるものである様だが、その代償として身体そのものにダメージが入る。

 ギフトの力を使えるのは後一度か二度が限度だろう。



『大丈夫ですか?』

「まぁまぁです」

『なんですかそれは』

「今まで死にかけた時に比べたらまだ頭も回ってますし、大丈夫ですよ」

『私が手伝ってあげられたら良いのですが………』

「フレンダさんには大分助けてもらってますし、これ以上世話にはなれませんよ」



 俺はそんな事を言いながら、オーキュペテークイーンに鋭い攻撃を当てた舞が反撃をもらう前に俺のすぐ傍に転移させた。

 舞の攻撃をくらったオーキュペテークイーンは俺達の視線を避ける様に世界樹の反対側へと回り込み始める。



「ねぇ風舞くん。そろそろローズちゃんの治療は終わったかしら?」

「回復魔法での治療はローズの意識が戻るまでで良いし、多分そろそろ終わるんじゃないか?」

「そう。それならあと少し耐えきれば大丈夫そうね」

「舞はまだいけるか?」

「もちろんよ! 折角風舞くんがキレイな体にしてくれたんだから、まだまだいけるわ!」

「さてと、それじゃあもうちっとやりますかね」

「ええ! さっきの攻撃はそこそこ手応えがあったし、あと少しで2枚目の羽も壊せるはずよ!」



 舞が白い歯を覗かせながらニッと笑った。

 よし、もうちょっとだけ頑張るか。

 俺はそんな事を考えながらそろそろ世界樹の裏に隠れるオーキュペテークイーンの元に転移する。



 ギュアァァァァァァ!!



 オーキュペテークイーンが俺達を視界に収めた瞬間、風の弾丸を放ってきた。

 だが、魔力感知でオーキュペテークイーンが魔法を撃つことが分かっていた俺達にとって、この攻撃を避ける事は難しくない。



「私が!」

「おう!」

「サンダーランス!」



 舞の雷の槍とオーキュペテークイーンの風の弾丸が衝突して爆風をまき散らす。

 俺はその間にオーキュペテークイーンの真後ろに転移して、片手剣を振り下ろした。



「ソニックスラッシュ!!」



 ギュガァァァァ!!



 先程まで舞が攻撃の中心となっていたために舞に気をとられていたオーキュペテークイーンが、脳天に俺の振り下ろした片手剣を喰らってそのまま落下して行った。



「ふぅ、流石に硬いな」

『いくらフーマのステータスが上がっているとはいえ、まだまだオーキュペテークイーンの防御力をける程ではありませんし仕方ありません。先ほどからオーキュペテークイーンを簡単に斬り裂いているマイがおかしいのです』

「やっぱり舞は流石だな」

「あら、嬉しい事を言ってくれるわね」



 世界樹の枝から飛び降りてオーキュペテークイーンを追う俺についてきた舞がそう言いながら刀を鞘に納めた。

 おそらくだが、黒い刀を抜身のまま持っていては精神に影響を受けるためだろう。

 そんな事を考えながら舞を横目で眺めていると、その舞が目を見開きながら俺の手を掴んできた。



「回避よ風舞くん! いますぐ距離をとって!!」

「は?」



 突然焦り出した舞に驚きつつもオーキュペテークイーンに視界を戻すと、落下しているにも関わらず三枚の翼で自身を包み込む様にしたオーキュペテークイーンが口を大きく開いているのがわかった。



「まさか…」



 ギュアァァァアァァァ!!



 オーキュペテークイーンの魔力を含んだ咆哮が俺達の全身に襲い掛かる。

 全身に激痛が走っているこの状態では既に転移魔法で離脱する事は出来ないし、碌に身体も動かせない。

 俺と舞に殺気を飛ばしながら咆哮を続けているオーキュペテークイーンも身動きは取れない様だが、このまま落下して行ったら死ぬのは硬い体をもっていない俺と舞だけだろう。



『フーマ!! ギフトでもなんでも構いませんからどうにかなさい!』

「ぐはっ!」



 フレンダさんの声に返事をしようとしたら、口から血を吐いてしまった。

 どうやら潰れかけていた内臓がオーキュペテークイーンの咆哮によって完全に破れてしまったらしい。


 ちっ、このままじゃ俺だけじゃなく舞まで死んでしまう。

 おそらく迷宮王の領域にぶつかるまで後数秒ぐらいはあるが、片手剣も落としてしまったし魔力を練る事も困難なこの状態ではギフトを使えるかどうかもかなり怪しい。


 あぁ、今回ばかりはマジで死んだかもな。


 そう思ったその時、オーキュペテークイーンの咆哮がピタリと止んだ。

 オーキュペテークイーン自身も何が起こったのか分からないと言った顔をしている。



「サンダーランス!!」

「ファイアーランス!!」



 全身を縛る激痛から解放された俺と舞は間髪入れずにオーキュペテークイーンに魔法を放ち、再び咆哮が始まるのを何とか阻止した。


 だが……。



『フーマ! しっかり意識を保ちなさい!!』



 ギフトによるダメージとオーキュペテークイーンの咆哮により限界を迎えてしまった俺の体は意思に反して全く動いてくれない。

 視界の隅で舞が俺に手を伸ばしているのが見えたが、どうやら俺の方が落下速度が高いみたいで舞の手を掴む事が出来なかった。


 あぁ、舞が悔しそうな、悲しそうな顔をしているのが見える。

 どうして舞があんな顔をしているのかは分からないが、きっと舞が悲しんでいるのは俺のせいなのだろう。


 頼む。

 頼むから動いてくれ。

 魔力は残っているんだから、まだまだ戦えるはずだ。


 俺は舞やローズと違って魔法さえ使えれば戦えるんだから、体が動かないぐらいなんて事ないだろ。

 だから、頼む。

 これ以上舞を悲しませないために、もう少しだけ戦わせてくれよ。


 そう思いながら暗くなっていく視界をなんとか保っていたその時、俺の体が空中で誰かに受け止められた。



「よく頑張ったのじゃフウマ! それでこそ妾の愛するの子じゃ!!」



 美しい金髪の女性がそう言いながら笑みを浮かべ、鋭い犬歯を覗かせる。

 その女性はフレンダさんによく似ていて、舞と同じくらいの身長の凛とした女性だった。

 どこかで見た事がある気がするんだけど、一体どこであったのか思い出せない。


 いや、この尊大な口調に、頼りになるこの雰囲気。

 もしかして…。



「ローズ…なのか?」

「いかにも! 妾はローズ・スカーレット! 千年を生きる吸血鬼にして、お主達と旅路を共にする仲間じゃ!!」



 俺を助けてくれた高校生ぐらいの見た目のローズが、回復魔法を俺にかけながら高らかにそう名乗りを挙げた。




 ◇◆◇




 トウカ




 フーマ様を見かけて咄嗟にギフトの力を最大まで高めて行使した為に、ターニャの前にも関わらず膝をついてしまいました。

 ターニャにこの様な無様な姿を見せては笑われてしまいますね。

 そう思いながら立ち上がろうとした私の元へターニャが必死な顔をしながら走り寄ってきます。



「トウカ!?」

「なんですか、大きい声を出さないでください」

「トウカ! やっぱり本調子じゃないんだから、無理しちゃダメだよ!」

「別にターニャが心配する様な事ではありませんよ。この程度、フーマ様のお身体に比べたら大した事ありません」



 私はそう言いながら、ターニャの手を借りず立ち上がります。

 今し方、たまたま目に入った大きな黒い鳥の様な魔物に何らかの攻撃を受けていたフーマ様とマイム様をお助けするためにあの黒い魔物をギフトの力で一瞬だけ無理やり弱体化させたのですが、どうやら上手くいった様ですね。

 あの僅かな隙すらも見逃さないとは、流石はフウマ様です。


 そんな事を考えながら世界樹の枝に隠れてしまったフウマ様の方を向いて笑みを浮かべていると、私のすぐ傍に立っていたターニャが私の襟を掴んで怒声を上げました。



「どうしていつもいつもトウカはそんなに無茶すんの!!」

「急に何ですか?」

「何じゃないよ! トウカの身体はまだ戦える様な状態じゃないんだから、大人しくしててよ!」

「別にターニャに心配される様な覚えはありません」

「心配なんかしてない!」

「ではなんだと言うのですか」

「トウカがいつもいつも本当はキツいのに、そうやって澄ました顔をしてるのがムカつくって言ってんの!」

「別に辛い事などありません」

「嘘つかないでよ! 巫の仕事の報告に宮殿に来た時、泣きそうな顔してたの見たんだから!!」

「それは…」

「それに!」

「話は後です! また魔物が寄って来ました」

「邪魔をするな!!」



 ターニャがそう叫びながら放った氷の槍によって魔物の軍勢が一瞬にして魔石に変わっていく。

 この子は、いつの間にかここまで強くなったのですね。



「それに! トウカが師匠を好きになったのだって、師匠に助けてもらったからなんでしょ!」

「べ、別にそれとこれとは関係ありません!」

「ほら、やっぱり師匠の事が好きなんじゃん!」

「ですから、今その話は関係ないでしょう! 戦闘中に余計な話をしないでください!」

「余計な話なんかじゃない!」

「余計な話でしょう! それは今する様な話ではありませんし、またの機会にしてください」

「またそうやって私から逃げるの!?」

「逃げる? 私がターニャから逃げていると言うのですか?」

「だってそうじゃん! 私がトウカに話しかけても、最近は昔みたいに笑ってくれないじゃん!」

「今のトウカは次期里長なのですから、昔の様に接する訳にはいきません」

「それに、トウカはどんなに苦しくても私に相談してくれなかった!!」

「仮に私が苦しんでいたとしても、ターニャに相談する理由がありません」

「何でよ!」



 ターニャが私の服の襟を掴んだまま顔を寄せて突っかかってきます。



「例え義理だとしても私はターニャの姉ですし、貴女に弱みを見せる訳がないでしょう」

「何でよ!!」

「ですから…」

「何で、何でいつもそうやって私を守ろうとするの!? 私はトウカみたい誰かを守れる様になりたくて強くなったのに、まだ私の力じゃ足りないって言うの!? ちっちゃい頃にいっぱいトウカに助けてもらったから、少しでも恩返しがしたかったのに、私じゃ力になれないの? ねぇ、答えてお姉ちゃん」



 ターニャが私の胸に顔を押し付けて涙を流しながらそう弱々し気に言いました。


 幼い頃のターニャは何をするにもいつも私の後をついて回り、転んでは泣き、木登りに失敗しては泣き、辛い物を食べては泣く。

 そんな大人しい子でした。

 私はそんなターニャを実の妹の様に可愛がり、転んで怪我をしたら回復魔法をかけてやり、木登りに失敗したら成功するまで練習につきあい、実は私だって苦手な辛い物をターニャの代わりに食べてあげました。


 ああ。

 そういえば、森の中で迷子になってしまったターニャを見つけ出して、魔物から守りながら里まで連れて帰ってあげた事もありましたね。


 しかし、互いに歳を重ねて成長するにつれてターニャには次期里長の、私には巫としての立場が付きまとう様になりました。

 次期里長のターニャに対してこれまでの様に馴れ馴れしく接する訳にはいきませんし、エルフの里を守り世界樹を管理する巫である私は清廉でなくてはなりません。

 そうしてターニャとの間に開き始めた距離はどんどん広がり、気が付いた時には仲が悪くなっていました。



「私は……」



 そう切り出してターニャに私の想いを伝えようとしたその時……



 ギュアァァァァ!!



 世界樹から黒い翼の魔物がこちらに向かって一直線に飛んで来るのが見えました。

 この魔物は、つい先ほどフウマ様とマイム様が戦っていらしゃった魔物ですね。

 あのお二人が苦戦する程の魔物という事は、かなり強い魔物なのでしょう。



「話は後です! 今はあの魔物の対処に当たります!」

「うん。多分迷宮王クラスの魔物だろうし、このままここで食い止めるよ!」

「もちろん言われるまでもありません!」


 そうして、私とトウカは真剣な顔で強大な魔物の襲来に備えてそれぞれの武器を構え直しました。




 ◇◆◇




 ファルゴ




 ギュアァァァァ!!



「ん? なんだあの魔物」

「僕も初めて見る魔物だね」

「オホホ。あれはおそらくオーキュペテーの迷宮王ですわね」

「オーキュペテー?」

「オホホ。ハーピィの上位種で、気性が荒く獰猛な魔物ですわ」



 変異種の魔物を倒して回りながら魔物の数を減らしていたその時、黒い大きな魔物が鳴き声を上げながら空を飛ぶのを見た俺達はそんな会話をしていた。

 飛んできた方向的に世界樹の方から来たと思う。



「なぁ、あの魔物。世界樹の方から来なかったか?」

「そりゃあスタンピードが起こってるんだから当然だろ」

「そうじゃなくて。あれって、フーマ達が戦ってた魔物じゃないのか?」



 フーマ達は世界樹で迷宮王を倒しに行くときに分かれてから合流できていなかったし、ずっと迷宮王と戦っていたと考えるのがしっくりくる。

 フーマは転移魔法のかなり優秀な使い手だし、世界樹の中で普通の魔物相手に足止めをくらっているなんて事はないだろう。



「確かに翼の一枚が根元から切り落とされてるみたいだったし、そうかもしれないね」

「それじゃあ、フーマ達は一体どうなったんだ?」

「オホホホ。ファルゴ様の考える様な事態にはおそらくなっていませんわ。ご主人様はまだ生きてらっしゃいます」

「そうか。それなら良かった」



 もしかしてフーマ達が迷宮王に負けたのではないかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 俺がそう思いながら心を撫でおろしていると、俺の傍にいたユーリアさんが冷たい殺気を周囲に放ちながら口を開いた。


「ごめんみんな。僕は一度トウカ姉さんとター姉のところに戻るから、ちょっと離れるね」

「分かりました。こっちは任せてください!」

「ありがとうファルゴ。エルセーヌ、二人の事は任せても良いかい?」

「オホホ。もちろんですわ」

「それじゃあ、僕は先に行くね」



 ユーリアさんはそう言い残すと、トウカさんとターニャさんのいる方向に向かって勢いよく走って行った。

 残された俺達はそれぞれの剣を構えて世界樹の方に向き直る。



「オホホホ。お二方はどうなさいますの?」

「このまま変異種の討伐を続けるぞ。今の私達のするべき事は、ユーリア達が戦っている間に邪魔が入らない様にする事だ」

「そうだな。あの3人なら手負いの魔物に負ける事は無いだろうし、俺達は俺達に出来る事をしよう」

「オホホ。かしこまりましたわ。それでは、私も微力ながらお手伝いいたしましょう」



 今の俺とシェリーではユーリアさん達の足手まといになりかねないし、ここで見栄を張っても良い事は何もない。

 俺達は傭兵なんだから、自分に出来る事をこなして全体の勝利のために少しでも貢献するのが仕事だ。

 ここはフーマ達よりも長く生きている大人らしく、堅実かつ冷静に行動しよう。


 俺はそんな事を考えながら、シェリーの案内のもと次の変異種の元へ向かった。

8月11日分です

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