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101話 決死の覚悟

 風舞




「ねぇ風舞くん。オーキュペテークイーンってハーピィの上位種なのよね?」

「ああ。フレンダさんの話だとそうみたいだな。それよりも舞さん」

「何かしら?」

「近くない?」



 周囲に急速に森が出来た数分後、周りの木々にどんどん足場を奪われて行った俺と舞はほぼ抱き合うような姿勢で木と木の隙間に挟まっていた。

 現在の俺達は奇跡的に見つけた枝と枝の隙間に体を入れている状態で碌に身動きもとれない。



「そうかしら? まだまだ私と風舞くんの間には隙間があるわよ?」

「いやいや、さっきから舞の胸が当たりっぱなしだし、殆ど隙間なくないか?」

「そんな事ないわよ。ほら」



 舞がそう言いながら俺をぎゅっと抱きしめてくる。

 こうしてみればまだ隙間があったのだと理解できるが、別に抱きしめなくても良かったんじゃないか?

 まぁ、これで俺は自分の体重を腕だけで支える必要がなくなったから体勢的に楽にはなったんだけど…。



『おいフーマ。マイと乳繰り合っていないで早くこの状況から脱出する方法を考えなさい』

「あぁ、はい。すみません。それで、オーキュペテークイーンがハーピィの上位種だって話だろ?」

「ええ。その話よ」

「確か、オーキュペテーはギリシャ神話に登場するハーピィの一人だったはずだ」

「それじゃあ、やっぱりあいつはハーピィの一種って事なのね」

「ん? あいつがハーピィの一種だと何かあるのか?」

「ええ。オーキュペテークイーンがどうしてこの部屋に逃げ込んだのか考えていたのだけれど、もしかするとその理由が分かったかもしれないわ」

「マジで?」

「マジよ。風舞くんはこの部屋に来た時にオーキュペテークイーンの近くにあった木を見てどう思った?」

「どうって、黒くてキモイ木だなとしか」

「これは私達のいた世界にあるお話の一つなのだけれど、ハーピィは自殺して地獄に落ちた人が変容した樹木の葉を食べるそうよ」

「確かに俺達のもといた世界の伝説とこの世界の魔物の特徴が似通ってる事は多いけれど、それがどうだって言うんだ?」

「つまり、オーキュペテークイーンはあの黒い木の葉を食べる為にここまで来たんじゃないのかって私は思うのよ」

『仮にそうだとして、オーキュペテークイーンがあの黒い葉を食べるとどうなるのですか?』



 確かに俺もそれが気になる。

 オーキュペテークイーンがわざわざ戦闘中に逃げ出してここまで来るわけだし、あの葉を食べる事にそこまでの意味があるのか?

 ん? 葉を食べる?



「もしかして、あの黒い木の葉は魔物用の世界樹の葉だったりするのか?」

「ええ。おそらくそうだと思うわ。最低でもオーキュペテークイーンの体力と魔力が回復して、最悪の場合にはいくらかのバフがあいつにかかるでしょうね」

「マジかよ。それってかなり不味いんじゃ」

「ただ、私達がここに閉じ込められてそこそこ経つけれど未だ大きな動きは無いし、おそらくローズちゃんがそれを食い止めようと頑張っているのでしょうね」

「それじゃあ、今すぐ俺達も加勢に行かないとだよな」

「ええ。ただ、これはどうしたものかしらね」

「だよなぁ」



 俺と舞はそれぞれの目の前にある木の幹を見ながらそう言った。

 この木の強度は大広間にあったものと同じくらいのため、舞が刀を振るえば斬れない事もないのだが、俺と舞のいるこの僅かな隙間の中で刀を振るのはかなり難しい。



「やっぱり魔法で吹っ飛ばしてみるしかないか?」

「確かにこの状況で出来ることと言えばそのぐらいなんでしょうけど、この中で魔法を使ったら間違いなく私達もダメージを受けるわ。風舞くんだって自分の魔法で腕を吹っ飛ばしたくはないでしょう?」

「確かに」



 殆どの攻撃魔法は自分から少し離れた場所に現れるし、ファイアーランスの様な指向性のある魔法でも少なからず周囲に被害をもたらす。

 それに仮に無傷で周囲の木々を吹っ飛ばしたとしても、ローズのいる所に向かうにはぎっしりと生えている木の壁を何とかしないといけないのだが、攻撃したそばから再生していく木々を相手にどこまで進めるかは想像もつかない。



「せめてこの木々の上に転移出来たら良いんだけど、この広間の天井まで木が生えているみたいなのよね」



 俺によっかられている舞が上を見上げながらそう言った。

 俺も一番初めに思いついた案がそれだったのだが、周囲が生い茂る木々のせいで真っ暗になっているし、この部屋は完全に森に呑まれてしまっているのだろう。



「はぁ、マジでどうしたもんかなぁ」

「どうしたものかねぇ」



 俺と舞はもう何回目になるか分からないため息をつきながらそう言った。




 ◇◆◇




 ローズ




「ちっ、中々面倒な事をしてくれたではないか」



 オーキュペテークイーンの咆哮と突如生え出した木々によってフウマ達と分断された後、妾は黒い木の傍から離れようとしないオーキュペテークイーンと共に円形の地に立っておった。

 黒い樹木が中心にあるこの場所はどういう訳か周囲の様に木々が生えてこず、足場が十分に確保されている。

 大方妾を木々の中に閉じ込めたところでこの距離では攻撃されると考えて、妾との一騎打ちに持ち込む事にしたのじゃろう。


 そのオーキュペテークイーンは現在、妾の事をじっと見据えたまま動きを止めておる。

 じゃが、オーキュペテークイーンは既に風魔法の為の魔力を練り終えて妾が動けぬ様に牽制しておるし、下手な動きは出来ない。


 現在の妾は吸血鬼の顎門(アルカード・スレイヴ)で自身を強化しておるから速度を重視した魔法で即死する事は無いが、それでも迷宮王の魔法をくらえば戦闘不能に陥る事は間違いないじゃろう。



「こうなったら、内臓が破裂するのを覚悟してもう少し力を解放するしか無いかの」



 妾は双剣の柄を力強く握り直しながら、小さくそう漏らした。

 以前フレンダと城で別れて転移した時も無理をすれば魔封結晶に封じられている以上の力を発揮する事が出来たし、おそらくギフトに関しても同じ事が出来るはずじゃ。

 しかし、自身の肉体を代償にギフトを行使する以上、一撃で仕留めねば先に妾の体が限界を超えてしまう。

 先程の風の壁と咆哮によるダメージも決して無視出来ぬほどには蓄積しておるし、ここらが幕引きのタイミングなのは間違いないじゃろう。



「先に妾が事切れるのが先か、お主が死ぬのが先か、ここまで命の危機を感じたのは数百年ぶりじゃな」



 オーキュペテークイーンはそう言いながら重心を落とし始めた妾を注視しつつ、魔法を打ち込む隙を探り始める。

 妾は今から魔法を組む時間は無いし、一瞬でオーキュペテークイーンに肉薄して一撃で首を落とすしかない。


 ここで妾が決めねば、オーキュペテークイーンはおそらく取り返しのつかないほど自身を強化して暴れ始める。

 妾が魔王であった時代の遠征で理性を失う代わりに何倍にも自己を強化する魔物に出会った事があるから間違いないはずじゃ。

 フウマとマイが共に戦ってくれるのならどの様な敵にも勝てそうな気はするが、こうして分断されてしまった今は妾の力だけでこやつをどうにかするしかない。


 ふぅ、まさかこの妾にそこまで信頼させる仲間が出来るとは、数ヶ月前の妾には想像出来ぬじゃろうな。


 目を閉じてそんな事を考えていた妾は瞼の裏に愛すべき仲間達の姿を浮かべ、無謀な賭けに出るための覚悟を決めた。

 そうして自分自身を鼓舞した妾は力強く目を開きながら、高らかに名乗りをあげる。



「妾の名はローズ・スカーレット! 千年を生きる純血の吸血鬼である! 妾の力ををお主の屍をもって示すとしよう!!」



 まさしく決死の覚悟を決めた妾はそう叫びながら、限界まで自身を強化してオーキュペテークイーンに立ち向かった。




 ◇◆◇




 風舞




 ズガァァァン!!!



 引き続き舞と一緒にこの状況を脱出する方法を考えていたその時、途轍もない爆音と振動が俺たちの元へ伝わってきた。



「風舞くん、今のって…」

「ああ。間違いなくローズのいる所からだ」



 つい今し方途轍もない量の魔力が放出されるのを感じたし、爆音もローズのいる方向から聴こえてきた。

 これはローズとオーキュペテークイーンがぶつかったと見て間違いないだろう。



「フウマくん! もうなりふり構っていられないわ! 私の後ろに向かってファイアーボールを撃ってちょうだい!」

「いや、それなら舞が俺の後ろに向かって魔法を撃ってくれ。今の俺ならステータス的に舞より丈夫だし、魔法耐性もそこそこ高いから大怪我はせずに済むはずだ」

「ダメよ! この後の事を考えるとフウマくんが魔法を撃つべきだわ!」

「それを言うなら俺よりも舞の方が激しい動きをするんだから、舞の方が怪我をする訳にはいかないだろ!」

『もうどちらでも構いませんから早くなさい!』

「だぁぁもう! それじゃあ、せーので一気に魔法を撃つぞ!」

「ええ。このまま話し合っていても決まらなそうだし、そうしましょう!」

「それじゃあ行くぞ、せーの!」



 そうして二人揃って魔法を撃とうとしたその時、俺達のまわりの木々がゆっくりと地面に戻り始めた。

 木々が地中に戻っていく事で結果的に足場を手に入れた俺と舞の元へ、サラムさんに体を支えられたカグヤさんが姿を現した。

 カグヤさんの顔色はかなり悪い。



「周囲の木は私の力で抑え込みました。フーマ様とマイ様はどうか先に進んでください」

「ありがとうございます!」

「感謝するわ。行きましょう風舞くん!」



 俺と舞は手早くカグヤさんに礼を言い、今だ残っている木々を舞の攻撃で斬り飛ばしながら森の中を真っ直ぐ走って行く。

 俺は舞の後ろを走りながらファイアーボールの為に魔力を溜めながら全速力で走った。



「もうすぐ森を抜けるわ!」

「森を出た瞬間デカいのを一発撃つ。舞はローズを頼む!」

「分かったわ!」



 そうして森を抜けた先で俺達を待ち構えていたのは、信じられない光景だった。



「ローズちゃん?」



 俺よりも少しだけ先に森を抜けた舞がその光景を見て思わず動きを止める。


 俺達を待ち構えていた光景、それは血まみれになって倒れるローズと、そのすぐ傍で同じく倒れつつ首に深い傷をつくりながらもローズを睨みつけるオーキュペテークイーンの姿だった。

 だが、オーキュペテークイーンの口元には折れた黒い枝と黒い葉が落ちている。



『撃ちなさい!』

「ファイアーボール!!」



 フレンダさんの声で弾かれる様に魔法を撃った俺の声に反応し、動きを止めていた舞が俺の放った特大の火球を追う様にしてローズの元へ走った。



 ギュガァァァァ!!



 オーキュペテークイーンが俺の放った火球によって炎に包まれてジタバタと暴れはじめる。

 その間に俺のいる所までローズを回収してきた舞が必死な顔をしながら言った。



「脈が弱くなってるわ! 急いで手当しないと!」

「一度カグヤさんのいるところまで下がるぞ!」

「ええ!」



 そうして、俺と舞は火に包まれながら暴れ回るオーキュペテークイーンに背を向けて森の中を引き返した。



「ローズちゃん! しっかりしてちょうだい!」



 舞が走りながら抱きかかえているローズに声をかけ続けている。

 もう少し早く動き出す決心をしていればローズはこんな目に合わなかったのかもしれない。

 そう思うと心が苦しくなるのを感じた。



『今は後悔しても仕方ありません。目の前の現実を受け入れて最善の行動をなさい』

「はい。ありがとうございます」



 フレンダさんとそんな話をしながら森の中を走っていると、木にもたれかかって休むカグヤさんその介抱をするサラムさんを見つけた。



「サラムさん! ローズちゃんが!」

「うん。何があったのかは聞こえていたから分かるよ」

「お願いします! ローズちゃんを助けてください!」



 舞がサラムさんに頭を下げながら涙ながらにそう言う。

 サラムさんはそんな舞を見てから、地面に座り込んで休んでいるカグヤさんに視線を移した。



「今はローズ様の治療を優先してください。私は大丈夫です」

「分かった。それじゃあ出来る限りの事はさせてもらうから、そこに寝かせてくれるかな」

「ええ。よろしくお願いします」



 舞がそう言いながら、気を失って動かないローズをそっと地面に寝かせた。

 サラムさんはそうして寝かされたローズに回復魔法を掛け始める。



『どうやら限界を超える力を使って倒れてしまわれた様です』

「そうですか」

『フーマはこの後どうするのですか?』

「オーキュペテークイーンを倒しに行きます」

『フーマの火魔法によって一先ずの回復は遅らせる事ができましたが、先ほどのマイの話が真実ならオーキュペテークイーンは強化されていますよ?』

「分かっています。でも、俺がここにいても出来る事はありませんし、オーキュペテークイーンがここまで来たらローズの治療が中断されてしまいます。俺に出来る事と言ったら精々戦う事ぐらいです」

『分かりました。それでは私も最後までフーマに付き合います。ですから、顔を上げて己の敵をしっかりと見据えなさい。今の様に俯いていては勝てる相手にも勝てません』

「はい」



 そうだ。

 ローズがこうなってしまったのは、俺の力が及ばないばかりにローズを一人にしてしまったからだ。



「行きましょう風舞くん。ローズちゃんにここまでさせておいて、何もしないなんて私には耐えられないわ」

「ああ。次にローズが目を覚ました時に胸を張って顔を向けられる様に、俺達は俺達のやるべき事をしよう」



 俺は弱い。

 そんな事ははなから分かっていた。

 俺に足りていなかったのは、ローズの様に死ぬ気で仲間を守るという強い意思だ。

 ここで立ち向かわなくては1人決死の覚悟で戦ったローズに顔向け出来ない。



『フーマならお姉様を任せても良いかもしれませんね』

「ん? なんて言いましたか?」



 フレンダさんの声が小さすぎて何て言ったのかよく聞き取れなかった。

 雰囲気的にフレンダさんが優しい声で話していた気はするんだけど……。



『フーマ。アイテムボックスからコップを出しなさい』

「はい? そんなの何に使うんですか?」

『良いから出しなさい!』

「わ、分かりました」



 俺はフレンダさんの指示通りにアイテムボックスからコップを取り出した。

 もちろんコップの中には何も入っていない。



『その中にフーマの血を入れなさい』

「は?」

『フーマの血を入れなさい』

「ちょ、ちょっと待ってください。全く話が読めないんですけど」

『私達吸血鬼は血液を摂取することで体を活性化させることが出来ます。これはお姉様の治療の為に必要な事です』

「え? ローズは吸血鬼が血を飲むのは酒を飲むのと同じで娯楽の意味しかないって言ってましたよ?」

『確かに理性が薄れて気分が高揚するという点では酒を飲むのと似てはいますが、フーマはその話が真実だと思っていたのですか?』

「違うんですか?」

『はい。吸血鬼としての特性が強いお姉様は理性を失う事を恐れて血を飲む事を嫌いますが、吸血鬼にとって血液を摂取する事は種としての本来の力を解放するための行為です』

「マジっすか」

『分かったら早くお姉様の為に血を用意しなさい!』

「はい! 分かりました!」



 俺はそう言いながら腰に差していた片手剣を引き抜き、自分の左手首に当てた。

 舞は黙って俺の様子を見守っている。



「痛っ」

『おいカグヤ。今の話は聞いていましたね?』

「はい。フーマ様の血をローズ様に飲ませれば良いのですね」

『はい。貴女にこの様な事を頼むのは癪ですが、お姉様をよろしくお願いします』

「これは貸としておきます。いずれ私達エルフが困っていた際には貴女が力を貸してください」

『フレンダ・スカーレットの名において誓いましょう』



 カグヤさんとフレンダさんの仲はあまり良くないみたいだったけれど、カグヤさんはフレンダさんのお願いを一先ず受け入れる事にしたらしい。

 まぁ、喧嘩するほど仲が良いって言葉もあるぐらいだし、フレンダさんもカグヤさんも素直じゃないところは似ているみたいだから、お互いの考えている事はそれなりに理解できるのだろう。

 2人とも雰囲気的に軽口を叩いていたみたいだし、それで間違いないはずだ。


 俺はそんな事を考えながらコップの中に自分の血を貯め、カグヤさんに手渡した。



「よろしくお願いします」

「はい。どうかご無事で」

「僕は君の事が気に食わないけれど、君が死んだらトウカ達が悲しむ。くれぐれも死なないでね」

「ありがとうございます」



 俺はカグヤさんとサラムさんに深々と頭を下げた後で、舞のいる方を振り返った。

 舞が俺の手首についた傷を回復魔法で治しながら口を開く。



「準備は良いかしら?」

「ああ。待たせたな」

「それじゃあ今度こそ行きましょう。私達でローズちゃんの仇をとるわよ!」

「おう!」



 こうして、俺達は再びオーキュペテークイーンと相まみえる為にまばらとなった森の中を走り始めた。

8月7日分です。

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