100話 奇妙な樹木
風舞
「反撃開始じゃ!!」
ローズのそんな宣誓を聞いた後、俺と舞は軽く顔を見合わせて口角を上げ、先に進んでいたローズの横に並んだ。
「今のローズ、かなりカッコいいな」
「ええ。ドレスは初めてあった時に着ていたものに似ているけれど、今着ているものは戦闘用にスリットが入っているのね」
「うむ。これは妾の勝負服じゃからな。全てが戦闘の為に最適化された姿なのじゃ」
確かに肩から上や両脚は露出されてるから動きやすそうだし、持っている双剣もこれまでの大剣よりも格段に取り回しが良さそうである。
靴は一見すると薔薇のあしらわれた赤いパンプスにしか見えないが、おそらくローズの経験上動きやすい作りになっているのだろう。
『おいフーマ。少し良いですか?』
「はい。どうかしましたか?」
『おそらくお姉様のその状態はかなり体に負荷がかかっています。出来るだけ早くオーキュペテークイーンを倒しなさい』
「はい。わかりました」
ローズは弱体化させられた際にギフトの力も封じられているらしいし、ここまでギフトの力を発揮すればかなり消耗するというのも頷ける。
ローズは消耗が激しい事をおくびにも出していないが、横に立っているだけでもかなりの力を感じる今のローズが何の代償も払っていない訳が無いし、フレンダさんの言う様に出来るだけ早くかたを付けた方が良さそうだな。
「む? どうかしたのかの?」
「いや、フレンダさんがさっさとオーキュペテークイーンを倒して遊んでくれってさ」
「そうね。私もこの後にやりたい事が沢山あるし、一気に決めるとしましょう」
「うむ。それでは行くぞ!」
「おう!」「ええ!」
そうして、俺達3人はオーキュペテークイーンに向かって一斉に走り出した。
オーキュペテークイーンは果敢に立ち向かってくる俺達に向かって先ほどローズに放ったのと同じ種類の風の弾丸を放とうと翼を大きく広げる。
どうやらあの翼を大きく広げる動きが風の弾丸を放つ予備動作である様だ。
「このまま突っ込むぞ! 魔法はそれぞれの力で避けよ!」
「ええ! 任せてちょうだい!」
舞はローズの指示にそう返事をすると、縮地を使って移動速度を上げてオーキュペテークイーンへとグングンと近づいて行った。
俺とローズは二手に分かれて舞の左右に大きく迂回しながら回り込む。
俺は転移魔法を使いながら移動しているため舞の走る速度と合わせるのは難しくはないのだが、ローズは単純な脚力だけで真っ直ぐ走る舞とタイミングを合わせていた。
「凄まじいな」
『おいフーマ。オーキュペテークイーンが広域魔法を放とうとしています。またあの風の壁を産み出される前になんとかなさい』
フレンダさんの言う様にオーキュペテークイーンが風の弾丸の弾幕を薄くして別の魔法の為に魔力を練っているのが感知出来る。
さっきみたいに周囲の物を吹き飛ばしまくる風の壁を作られたら厄介だし、なんとかしなくては……
「了解です。舞!!」
「タイミングは任せるわ!」
「それじゃあ行くぞ! テレポーテーション!」
俺はその掛け声と共に一番前を歩いていた舞をオーキュペテークイーンの真横に転移させた。
舞は自身のセリフの通りに俺が転移させる直前に高くジャンプして刀を上段に構える事で、転移魔法のタイミングにぴったりと合わせていた。
ガァァァァ!!
流石にオーキュペテークイーンも俺の転移魔法に慣れて来たのか、すぐ傍に転移してきた舞の攻撃に反応して舞を吹き飛ばそうと翼を大きく振るう。
「フウマ!!」
「おう!」
だが、舞を攻撃する直前にまたもや俺の転移魔法ですぐ傍に現れたローズに気を取られたためか、オーキュペテークイーンの翼での攻撃は不完全なものとなる。
舞はその翼での攻撃を上段から振り下ろした刀で上手く弾かれる事で空中で体勢を整え、ローズはがら空きになっているオーキュペテークイーンの横っ腹を両方の双剣で切りつけた。
グギャァァァ!!!
オーキュペテークイーンが決して浅くない傷を受けて空中でその体を大きくよろめかせる。
俺はその絶好の隙を逃さず、ローズを転移させた後でアイテムボックスから取り出していた巨石をオーキュペテークイーンの1メートルほど上に転移させた。
万全の状態のオーキュペテークイーンならたかが石を降らせたぐらいでは簡単に避けられてしまうだろうが、ローズに手痛い攻撃をされて焦っている今なら十分な効果を発揮するはずだ。
そう思って次の攻撃の為に動き出そうとしたのだが、流石は世界樹の迷宮王と呼ぶべきか、オーキュペテークイーンは真上に出現した巨石に風の刃を当てて真っ二つに割り、そのまま急上昇して俺達の追撃から免れた。
「ちっ、やっぱりそう上手くはいかないか」
『いいえ。フウマが巨石を転移させた事でお姉様が反撃をくらう事を避けられましたし、決して無駄ではありません』
「それじゃあ、今の感じでもう一回………って、あれ?」
てっきりオーキュペテークイーンは一度上空に飛びたって体勢を立て直したら、俺達に風魔法を放つなり鋭い爪での近接攻撃を仕掛けてくると思ったのだが、オーキュペテークイーンは自分の巣穴に向かって一直線に飛んでいる。
「迷宮王って逃げたりするもんなんですか?」
『私もこの様な迷宮王は初めて見ましたが、迷宮王は前例のない動きをするのが普通ですからね。何もあり得ないことではありません』
「しっかし、これはどうしたもんですかね」
一応俺達の目的は世界樹のスタンピードの間、強力な迷宮王をエルフの軍隊から遠ざけておく事だから、オーキュペテークイーンがこのまま大人しくしていてくれるのなら態々危険を冒してまで追う必要はない気がする。
流石にずっとここに閉じ込められっぱなしというのは嫌だからいずれは倒さないと駄目なのだろうが、この大広間に戻ってくるのを待っていても悪くないはずだ。
そんな事を考えながらオーキュペテークイーンの入って行った横穴を見上げていると、無事に着地をした舞とローズが俺の元へやって来た。
「迷宮王、逃げちゃったわね」
「ああ。流石にこれは想定外だ」
「ううむ、あやつは本当に逃げたんじゃろうか」
「あら、ローズちゃんは逃げた訳では無いと思うの?」
「うむ。妾の攻撃を受けて真上に飛びったオーキュペテークイーンの気配は逃げ出す様な怯えたものでは無かった。むしろ、妾達を何としても倒そうという気概すら感じたのじゃ」
「てことは俺達を倒すためにあの巣穴の入って行ったって事か?」
「そこまでは分からんが、出来るだけ早く後を追った方が良いのは確かじゃな」
「そうね。もしかすると巣穴の奥で進化するつもりかもしれないし、私も出来るだけ早く追った方が良いと思うわ」
「マジかぁ」
正直俺としては全くオーキュペテークイーンの後を追いたく無いのだが…
『ここで追わなくては更に強くなったオーキュペテークイーンと戦う事になるかもしれませんよ?』
フレンダさんの言うことも一理ある。
ここはやっぱり追うしか無いか。
「はぁ、ここにいてもしょうがないし、行くとするか」
そうして、オーキュペテークイーンの後を追う事を決めた俺達は巣穴の入り口まで俺の転移魔法で移動した。
一応巣穴に入った瞬間に風魔法で攻撃される事も予想していたのだが、その様な事は全くなく横穴の中はしんと静まり返っていた。
「なんだか不気味ね」
「ああ。ここまで静かだと逆に怖いな」
「急ぎつつも慎重に進むとするかの」
あごに手をあてて何やら考え事をしていたローズはそう言うと、双剣を構えながら先に進み始めた。
ローズは俺達3人の中で一番感知能力に優れているし、オーキュペテークイーンの進んだ先も分かっているのだろう。
俺も何となくの方向なら分からなくも無いが、ローズほどの感知能力は身に着けていないし、大人しく後に続くとしよう。
◇◆◇
風舞
オーキュペテークイーンの後を追って横穴を進む事しばらく、俺達は特に何の障害もなく巣穴の中を走っていた。
ここまでは錫杖を取りに来た時と全く同じルートで進んでいる。
「ふむ。どうやら次は右みたいじゃな」
「そこを左に行けば錫杖があったところに出るんだけど、オーキュペテークイーンは寝床とは別の場所にいるのか」
「あら、それじゃあこの先に何があるのかは風舞くんにも分からないのかしら?」
「ああ。流石にこの中の構造を全て知っている訳じゃないし、全く見当もつかない」
先程まであの武器や防具の中からオーキュペテークイーンでも装備できる様なものを使って来るのではないかと思っていたが、どうやら俺の読みは外れたらしい。
まぁ、あそこにあった武具は殆どがボロボロで使い物にならなそうだったし、よくよく考えてみるとそんな訳ないか。
そんな事を考えながら赤いドレス姿のローズの後を追っていると、そのローズが俺達の方を軽く振り返って話しかけてきた。
「オーキュペテークイーンの気配が大分近くなっておる。そろそろ戦闘が始まるが、準備は良いな?」
「ああ。俺もオーキュペテークイーンの気配は感知してたし、とっくに準備はできてる」
「私も勿論大丈夫よ!」
「上出来じゃ!!」
そんな話をしながら例の分岐路を右に曲がって50メートルほど進んだところで、俺達は開けた場所に出た。
俺達が入り込んだ場所は、先ほどまでいた大広間の半分ぐらいの広さで中心にねじれ曲がった一本の奇妙な樹木が生えている。
その樹木は幹も葉も黒く、オーキュペテークイーンはその樹木のすぐ傍に立っていた。
「あの樹がオーキュペテークイーンの求めていたものなのか?」
「確かに不気味な樹ではあるけれど、一体あれをどうするつもりなのかしら?」
「話は後じゃ! あやつが妙な動きをする前に一気に決めるぞ!」
あの奇妙な樹木が何の為に生えているのかは分からないが、オーキュペテークイーンがここに何かを求めてやって来たのには違いない。
ローズの言う様に今ここで仕留めないとか。
そう思ってオーキュペテークイーンに向かって走り出そうとした時………
ギャガァァァァァアァァァァァァァ!!
オーキュペテークイーンが今までにない大音量の咆哮をあげた。
咆哮は単なる音の振動だけではなく、大量の魔力の波と共に俺たちの全身を刺激する。
「クソっ、一体何を…」
「くっ、頭が割れる様だわ」
俺と舞が全身を苛む激痛に足を止める。
これはオーキュペテークイーンが咆哮を止めるまで待つしかないか。
そう考えながら顔を上げてオーキュペテークイーンの様子を確認していると、この広域攻撃の中でもなお自在に足を動かすローズの姿があった。
ローズもかなりキツそうな顔をしているし、この咆哮による攻撃を受けていないはずは無いのだが、それでも目にも止まらぬ速さでオーキュペテークイーンに向かって走って行く。
「この程度の囀りで妾を止められると思うな!!」
そう叫ぶローズが咆哮の最中でがら空きのオーキュペテークイーンの喉元を切り裂こうとしたその時、地面から無数の樹木がまるでオーキュペテークイーンを守るかの様に生え出した。
おそらく先ほどまで俺達がいた場所に生えていた森と同じ種類の木々であろう。
その木々がこの部屋を埋め尽くすほどの勢いで地中からどんどん生えてくる。
『フーマ! お姉様の傍に転移なさい!!』
俺達の周囲も同様の木々に囲まれ始める中フレンダさんの指示に従ってローズとオーキュペテークイーンのいる所へ転移しようとしたのだが……
「待って風舞くん!」
俺の横にいた舞のその声によって俺の転移がワンテンポ遅れてしまった。
その僅かな遅れの間に、俺の視界から木々によってローズが隠されてしまう。
『何故フーマの転移を止めたのですか!』
フレンダさんの声は舞には聞こえないはずなのだが、舞はフレンダさんがそう問いかけると思っていたのか真剣な顔で俺を見つめながらその問いに答える。
「あのまま転移していたら風舞くんは間違いなくオーキュペテークイーンの攻撃を貰っていたわ。オーキュペテークイーンも風舞くんが転移してくる事を予想していたから、ローズちゃんの周囲だけ木々を生やすのを遅らせたのよ」
『それは……、そうかもしれませんが』
「私もローズちゃんが心配だけれど、こういう時こそ落ち着いて行動しましょう」
「ああ。ありがとう舞。おかげで命拾いした」
「ふふっ。別にお礼を言うほどの事じゃないわ」
『ふん、その小娘に言われるまでもありません』
フレンダさんはそんな事を言っていたが、言葉の最後の方が尻すぼみになっていたし、どこかしら思うところがあるのだろう。
「さて、完全に閉じ込められちゃったけど、どうしたもんかね」
俺はかなりの密度で突如として現れた森をうんざりした顔で見ながらそう言った。
8月6日分です。
遅くなり申し訳ありません