99話 付与効果
ファルゴ
「こわ、あの姉妹怖っ!」
「あはは。トウカ姉さんもター姉も負けず嫌いだからねぇ」
エルセーヌとサーシャさんに迎えに来てもらっておよそ10分後、ターニャさんと合流した俺達はエルフの軍隊に交じって里の防衛に参加していた。
ファーシェルさんは迷宮王との戦闘で疲れてるだろうからしばらくの間は休んでいて構わないと言ってくれたのだが、トウカさんやシェリーがやる気満々だったため俺達全員で里の防衛に参加することになったのである。
「なぁファルゴ! 私達ももっと前に出ようぜ!」
「いやいや、これ以上前に行ったらあの二人の魔法に巻き込まれるから無理だろ」
「ちっ、こういう時ばっかりは派手な魔法を使える奴らが羨ましいな」
「まぁ、ター姉とトウカ姉さんはエルフの中でもトップクラスだから言っても仕方ないよ。ほら、軍隊のみんなだって姉さん達を遠巻きにしてるでしょ?」
「あらターニャ? 貴女の魔法、精度が落ちていませんか?」
「そういうトウカこそ魔法の出力が落ちてるよ? もしかして引きこもってた所為で魔力の操作が下手になった?」
エルフの兵士達がトウカさん達に近づきたくないのは魔法に巻き込まれる恐れがあるからというよりは、姉妹喧嘩のとばっちりを受けたくないからな気がしなくもないが、ユーリアさんはそんな二人を微笑まし気に見ているし野暮なことを口にするのはやめておこう。
それにしても、二人とも並列して放ってる魔法の数が凄まじいのもそうだけれど、一つ一つの魔法の威力が半端ないな。
高威力の魔法を放つには体内で魔力を練る必要があるのだが、二人とも常に数手先の分の魔法のために魔力を練り続けているからタイムロスなく高い攻撃力の魔法を放ち続けている。
分かってはいた事だが、ユーリアさんの二人はエルフの中でトップクラスの魔法の使い手であるというセリフはお世辞でもなんでもないのだろう。
そんな事を考えながらトウカさんとターニャさんの魔法に見惚れていると、隣でスピアビーを斬り落としていたシェリーが牙を剥きながら話しかけてきた。
もしかして、他の女に現を抜かしているとでも思われたか?
「なぁファルゴ。感じるか?」
「感じるって何がだ?」
「こっちに向かってくる魔物の中に何匹か強そうなやつがいるぞ」
「あぁ、感じるってそういう事か」
「えぇっと。あぁ、どうやら変異サイクロプスみたいな特殊な魔物が混じっているみたいだね。あ、この前僕達が遭遇したのと同じ種類の変異サイクロプスもいるみたいだよ」
「ああ。ここでちんたらしてたらトウカ達に手柄を全部持ってかれちまうし、私達の方から打って出ようぜ」
「いやいや、流石に魔物の大軍の中に飛び込んで変異種と戦うのは無理があるだろ」
「オホホホ。それでしたら、私が露払いをいたしましょうか?」
「おう! お前、ただの胡散臭いやつじゃなくてやる時はやるやつだったんだな」
「オホホホ。あまり怠けていてはご主人様に叱られてしまいますし、この程度大した事ありませんわ」
「えぇ、いくらエルセーヌが強いとは言っても危険じゃないか?」
「うーん。もしも変異種がここまで来たら軍が被害小さくない被害を受けそうだし、僕たちの方から打って出た方が良いと思うよ」
「マジかよ」
「という訳だファルゴ! 私の後に続け!!」
「あぁもう! どうか死にませんように!」
こうして、俺とシェリーとエルセーヌとユーリアさんは一度軍隊から離れて変異種の討伐に向かう事となった。
◇◆◇
風舞
グギャガァァァァ!!
「あら、どうやら本気モードに移行したみたいね」
「あぁ、眉間に物凄いしわが寄ってるな」
横穴から飛び降りて剣を構えつつ自由落下に身を任せていると、俺と舞の姿を捕捉したオーキュペテークイーンが咆哮を飛ばしてきた。
オーキュペテークイーンの周囲は風によって削りとられたクレーターが出来ていて、かの迷宮王はその中心で大きく翼を広げて俺達を威嚇している。
『阿呆な事を話していないで集中なさい。お姉様はどうやら気配を消している様ですから、しばらくはフーマとマイの二人で持ちこたえなくてはならないのですよ』
「分かりました。それじゃあ、取り敢えずは足場のあるところまで降りるぞ」
「ええ。よろしくお願いするわ!」
俺はそう言いながら左手を掴んできた舞と共に、クレーターのすぐ傍へと転移した。
クレーターの中心部は元の土の地面が露出しているが、木々が再生してくる様子はない。
おそらくサラムさんの氷魔法によって地中の根が凍り付いているからしばらくは再生出来ないのだろう。
「ねぇ風舞くん。グラズス山脈の洞窟を抜けるときに練習したアレを覚えているかしら?」
「もちろん覚えてるぞ」
「それじゃあ、今からアレをやるわよ。オーキュペテークイーンはヒット&アウェイを繰り返す戦い方をするから、常に私か風舞くんが攻撃することで少しずつ追い込んで行くの」
「分かった。それじゃあ、一発目はお願い出来るか?」
「ええ。任せておきなさい!」
舞はそう言いながら刀を抜いてその刃を黒く染め上げると、一度深く深呼吸をして息を整えた。
先程舞が瞑想を終えた時と同様のピリピリとした空気が舞から伝わって来る。
「行けるわ」
「テレポーテーション!」
俺は舞が準備を終えると同時に、転移魔法で舞をオーキュペテークイーンの側面に転移させた。
「追雪!」
俺は舞が二連撃の技を放つのと同じタイミングでオーキュペテークイーンの真横に巨石を転移させて退路を塞ぐ。
「真・果断!!」
舞はそのオーキュペテークイーンの隙を見逃すまいと攻撃を仕掛けたが、寸でのところでオーキュペテークイーンが真上に回避して避けられてしまった。
だが、俺と舞のコンビネーションはここからが見せ所である。
「スイッチ!」
俺はそう言いながらオーキュペテークイーンの真上に転移して片手剣を思いっきり振り下ろした。
ガァァァァ!!?
オーキュペテークイーンはまさか俺からここまでの威力の攻撃をくらうと思っていなかったのか、一瞬空中で翼を止める。
俺はその瞬間を見逃さずに、俺の真下で居合の構えをとっていた舞をオーキュペテークイーンのすぐ側に転移させた。
「燦き!!」
グギャァァァ!!
舞の渾身の一撃をもろにくらったオーキュペテークイーンが叫び声を上げながらそのまま真横に吹っ飛んでいく。
俺はその間にすぐ傍の舞に手を伸ばして再び地上へと転移した。
「むぅ、羽を斬り落とすつもりで斬ったのに全然駄目ね」
「ああ。俺も攻撃してみて思ったけど、あの羽はかなり硬いな」
『そうですね。マイが先ほどオーキュペテークイーンに入れた有効打は胴体の背中でしたし、羽以外の場所を狙うのがよろしいでしょう』
「となると、頭か心臓のあたりを狙う感じですかね」
『はい。おそらくそこが急所で間違いないと思います』
「それじゃあ、次は頭を狙って斬ってみるわ」
舞がそう言いながら刀を構えたその時、クレーターの外に墜落していたオーキュペテークイーンが高く飛びあがって俺達を見下ろして来た。
ソウルコネクトをする前の俺だったらオーキュペテークイーンの動きに全く反応できなかったが、今なら飛び立つ前の初速なら何とか目で追う事が出来る。
これなら、もしかすると何とかなるんじゃないか?
そう思っていたその時、俺の直感が激しく警鐘を鳴らした。
「舞!」
俺はすぐ傍にいた舞の腕を素早く掴み、オーキュペテークイーンよりも高い位置へと転移する。
ズガァァァン!!
勘を頼りに転移した直後、俺達のいたクレーターにかなり深い亀裂が出来ていた。
「これは、話には聞いていたけれど凄まじいわね」
「ああ。カグヤさん達はよくこんなのを相手にして五体満足だったな」
『やはり凄まじい威力の風魔法を使える様ですね』
「あんなのくらったら一瞬で真っ二つになるぞ」
「そうね。出来るだけあの攻撃には注意する様にしましょう」
そんな話をしながらオーキュペテークイーンの風魔法の威力に戦慄していると、オーキュペテークイーンが俺達のいる真上をむいて風魔法を放ってきた。
俺は再び舞を連れて今度は地面の上に転移する。
だが………
「来るわ!」
オーキュペテークイーンの魔法はブラフで本命は俺達が転移した後の隙を狙うことだった様だ。
ちっ、転移魔法をもう一回使いたいけれどここまでの短時間の間に連続して使う事は出来ない。
舞はオーキュペテークイーンの攻撃を刀で弾こうと動き出してはいるが、転移直後で体勢があまり良くないからそれもどうやら厳しそうだ。
あぁ、これは攻撃を受けるしかなさそうだな。
そう思ったその時……
「伏せるのじゃ!!」
後ろからローズのそんな声を聞いた俺と舞は弾かれる様に頭を下げて動きを止めた。
俺と舞の目の前にはオーキュペテークイーンの凶刃が迫っていたが、俺達の後ろから薙ぎ払われたローズの大剣でギリギリのところで軌道を逸らされる。
「あ、危なかったわ」
「ああ。ありがとうローズ。もう少しでやられるところだった」
俺と舞がそう言いながら後ろを振り返ると、ボロボロになった服を着て所々に擦り傷を作ったローズが真っ赤な大剣を担ぎながら立っていた。
オーキュペテークイーンが風の壁を作り出す前はソレイドで買ったブラックオークの鎧を着ていたはずなのだが、膝あてと左側の肘あて以外は無くなってしまっている。
「はぁ、お主らは妾がいないと本当にダメじゃな」
「ああ。今のは完全に俺の判断ミスだ。悪い」
「反省は後よ。私だけじゃ風魔法自体避けられなかったんだから、自分を責めないでちょうだい」
「ありがとな」
「ふふっ、後でいっぱい抱きしめてくれたら許してあげるわ」
「ほれ、無駄話は後にして目の前の敵に集中せんか」
『お姉様の言う通りですよ。私の高貴な魂に当てられて興奮するのも分かりますが、そろそろ慣れてきたでしょう?』
「はい。もう大丈夫です」
なんとなく身体の芯から湧き出る力に振り回されていた感覚はあったが、今は元々自分の力であったのかように上手く馴染んでいる。
もしかすると、フレンダさんの方で出力の調整の様な事を事をしてくれたのかもしれない。
「それで、カグヤの儀式はどうなったんじゃ?」
「さっきの風の壁から転移魔法で逃げた時に失敗になった。どうやら儀式の最中は転移魔法でも動いちゃダメらしい」
「ふむ。それではカグヤの儀式はあてに出来んか」
「大丈夫よ! 私も風舞くんもパワーアップしてるし、私達3人ならなんとかなるわ!」
「ほう、随分と自信がある様じゃな」
「当然よ! 私達を誰だと思っているのかしら?」
「あぁ、そうじゃったな。それでは、妾も本気を出すとしよう」
ローズはそう言うと、持っていた真っ赤な大剣を赤い霧に変えて自分の身体に纏わせ始めた。
確かローズのギフトはフレンダさんと同じで血を操る能力だったと思うんだけど、一体何をするつもりなんだ?
『おいフーマ。お姉様のこのお姿はそう見れるものではありません。己の幸運に感謝なさい』
フレンダさんのそんな話を聞きながら、自身を赤い霧で纏いつつ悠然と歩いて行くローズを見つめていると、俺達の様子をジッと見つめていたオーキュペテークイーンが空中からローズに向かって風魔法を放つ準備を始めた。
先程地面を抉った魔法は魔力を練る時間がかなり短かったが、今回はじっくりと魔力を貯めてローズを狙い撃つつもりらしい。
『私達のギフトは血を操る能力だと以前言いましたが、正確には少し違います』
「少し違うって事は血液で何かを作る以外の能力もあるって事ですか?」
『はい。私達純血の吸血鬼は自身の血に魔力を込める事で血液で作り出した物に様々な効果を付与できるのです。例えば、斬りつけた相手を即死させる様な猛毒をもつ剣や、魔法を完全に反射させる大盾を作り出す事も出来ます』
「えぇ、それって物凄く強く無いですか?」
『ただ、その効果が強力であれば強力なほどギフトの対価も大きくなりますし、付与できる効果には産まれながらの素質が大きく関わってきます』
「それじゃあ、ローズにはどんな素質があるんですか?」
『お姉様が得意とするギフトの付与効果は圧倒的なまでの自己強化です』
フレンダさんがそこまで説明していたその時、オーキュペテークイーンがローズに向けて高密度の空気の弾を放った。
本来空気の塊など見える筈がないのだが、余りにも濃い魔力によって作られた魔法であるためかそこに空気の塊が在ることが簡単にわかる。
「ローズちゃん!」
俺の隣にいた舞が尚も歩みを止めないローズの身を案じて声を上げたが、ローズは何の怯えもなく右手を前に向けて立ち止まった。
ズガァァァン!!
ローズを中心として先ほどの風の壁と同等以上の暴風が吹き荒れる。
高密度に圧縮された空気の弾がローズに当たった事でその力を解き放たれたのだろう。
先程の地面を抉った風魔法を見る限りあんな攻撃をくらったら木っ端微塵になりそうなものだが、巻き起こった土煙の中によく見知ったシルエットが立っていた。
「ローズ…ちゃん?」
「マジかよ」
俺と舞は土煙の中から姿を現したローズの姿を見て思わずそんなセリフをこぼす。
土煙の中から現れたローズは肩を露出させた真っ赤に揺らめくドレスをその身に纏い、その両手には対となる双剣を持ち、溢れんばかりの魔力をバチバチと音をさせながら放出していた。
半ば放心状態の俺と舞の様子を見たフレンダさんが、今のローズを表すのに適切な表現を口にする。
『ギフトの効果を発動させたお姉様はまるで、――――武神そのものです』
あぁ、確かにあの姿のローズを見たら否定しようが無いな。
そんな事を考えている間に放出していた魔力を双剣で斬り払う様にして振り解いたローズが、真紅のドレスと美しい金髪を靡かせながら口を開いた。
「反撃開始じゃ!!」
8月5日分です