95話 時間稼ぎ
ファルゴ
「オホホ。お疲れ様でございます」
「あぁ、ありがとう。すんごい疲れた」
ユーリアさん達と合流した後、ターニャさんが第一階層から第25階層までの攻略を進めておいてくれたお蔭もあって、俺達は何の問題も無く無事にトウカさんの家まで戻って来る事が出来た。
まぁ、俺はついさっきまで気絶してたからユーリアさんに話を聞いただけなんだけどな。
「それで、どうしてエルセーヌがここに? あと、君は見覚えがあるけれど…」
「私はサーシャです。ファーシェル様の指令により皆様をお迎えにあがりました」
「そうでしたか。外は危険でしたでしょうに、ありがとうございます」
トウカさんはそう言うと、眼鏡をかけたエルフの女性に軽く会釈をした。
眼鏡をかけたエルフの女性はそんなトウカさんを見てどこか慈しむ様な表情を一瞬浮かべたが、すぐに元通りの無表情な顔になって話を続ける。
「いいえ。私は多少転移魔法に心得がありますので、トウカ様の仰る様な苦労は何も御座いません」
「へぇ、ター姉以外にも転移魔法が使えるエルフがいたんだね」
「私が転移魔法が使える事は有事の際以外は伏せておくようファーシェル様より仰せつかっておりましたので」
「そうでしたか。それでも、こうして迎えに来てくれただけでもかなり助かります」
「恐縮でございます」
「オホホホ。それでは、そろそろ移動するといたしましょうか」
「そうだね。ここで話していても仕方ないし、僕たちも里の警護に当たらせてもらうよ」
「ありがとうございます。それでは、どうぞこちらにお集まりください」
眼鏡のエルフの女性はそう言うと、両手を前に差し出した。
どうやら集団で転移をする為にどちらかの手に触れろという事らしい。
ユーリアさんとトウカさんが右手の方にそれぞれの手を重ねたため、俺はなんとなく空いていた方の左手に自分の手をのせた。
エルセーヌは眼鏡の女性の背中に触れているし、後はシェリーがこっちにくれば転移ができるのだが……
「なぁ、シェリー。俺が悪かったからそろそろ機嫌治してくれよ」
「うるせぇ。私の事はもう放っておいてくれ。どうせ私はとてつもなく臭い品の無い女なんだからよ」
俺達が戻って来るよりも前にここに到着していたシェリーがソファーの上で膝を抱えたままそう言った。
一応俺達が戻って来た時に一度だけ顔を上げてはくれたのだが、俺と目が合うなりすぐに顔を伏せてしまったし、それ以降は突っ伏したままちっとも動こうとしない。
「ねぇファルゴ。少しだけ待っていてあげるからシェリーと仲直りしなよ。このままじゃ戦闘にまで影響が出るでしょ?」
「そうですね。私もシェリー様が落ち込んでいるのは気になりますし、今ここで仲直りをするのが良いと思います」
「ああ、ありがとうございます」
俺は優しい笑みを向けてくれた姉弟にそう返事をしてから、シェリーの座っているソファーの前まで行って彼女の目の前で膝を折って目線を合わせた。
シェリーは抱きかかえた膝に顔を押し付けているため俺とは目が合ってはいないのだが、どうやら俺の話は聞いてくれるみたいである。
「なぁシェリー。俺はシェリーを愛してるぞ」
「でも、ファルゴは私がキスをしようとしたら吐いた」
「そ、それは…本当にすまなかったと思っている。でも、俺はシェリーの事がこの世界で一番好きだ」
「ほんとか?」
「ああ。ほんとだ」
「それじゃあ、私はまだファルゴのお嫁さんなのか?」
「当然だろ? 俺の嫁は一生シェリーだけだよ」
俺がそう言いながらシェリーの頭に手をおいて軽く撫でてやると、目を真っ赤に腫らしたシェリーが勢いよく俺に抱き着いて来て俺の胸に顔をこすりつけはじめた。
シェリーは俺に顔をこすりつけたまま特に何も言わないが、表情を見るにどうやら俺は許してもらえたらしい。
「羨ましいですね。私もいずれはあの様な素敵な夫婦になりたいものです」
「そうかな? 僕にはただのバカップルにしか見えないけれど」
「それはまだユーリアが恋を知らないからそう思うのですよ。ユーリアにも愛する人が出来ればきっと分かります」
「はぁ。恋は人を変えるって言うけれど、この言葉が姉さん以上に当てはまる人はいないだろうね」
「オホホホ。ファルゴ様もシェリー様も幸せそうなお顔をなさっていますし、一先ずは良いのではないですか?」
「ちっ、未だ独身の私はどんな気持ちで乳繰り合う若者を見れば良いのよ」
微妙に外野がうるさい気もするが、エルセーヌの言うように無事にシェリーと仲直り出来たし、特に問題は無い筈だ。
「なぁシェリー。そろそろ俺達もエルフの里の警護に行こうぜ。エルフのみんなに恩を返すんだろ?」
「ああ。もちろんそのつもりだ。みんなも世話をかけたな」
「いいえ。シェリー様とファルゴ様の仲の良さが窺えて良かったです」
「まぁ、僕たちは大した事はしてないし気にしなくていいよ」
「ちっ、リア充なんて滅びれば良いのに」
「オホホホ。それでは皆様の準備が整った様ですし、里に向かうといたしましょうか」
「ああ。よろしく頼む」
「おう! 私も出来る限りになるから任してくれ!」
「はぁ、それでは参ります。テレポーテーション!」
かくして、無事に世界樹の迷宮王を倒して来た俺達は迎えに来てくれたエルフの女性の転移魔法によって世界樹を後にした。
俺とシェリーが眼鏡のエルフの女性の左手に手を置いた時に眼鏡のエルフの女性が微妙に嫌な顔をしていた気もするが、おそらく気のせいだろう。
………きっと舌打ちをしていたのも気のせいのはずだ。
俺達の方はなんとか上手くやったぞ。
お前も頑張れよフーマ。
◇◆◇
風舞
舞達と別れて迷宮王の部屋の上部へと転移して来た直後、カグヤさんの手を掴みながら世界樹に空いた無数の横穴を見回していた俺に何故かカグヤさんが抱き着いて来た。
一応落下しないように転移魔法を繰り返して高度を維持しているためそこまで恐怖心は無いはずなのだが、カグヤさんは俺の右腕にぴったりとくっついたまま離れようとしない。
「あ、あのー、カグヤさん? ちょっと近くないですか?」
「ですが、転移魔法を使う際は密着していた方がよろしいのでしょう?」
「それはそうですけど…」
「けど?」
「いや、やっぱり何でもないです」
「ふふふ。フーマ様は面白いお方ですね」
『おいフーマ。今すぐこの女を蹴り落としなさい。何だか無性に腹が立ちます』
「はぁ。それで、錫杖の位置は分かりますか?」
「はい。どうやらあそこのひと際大きい穴の先にあるようです」
そう言うカグヤさんの指指す方向には確かに他の横穴よりも大きめの穴が開いている。
入り口のサイズ的にはオーキュペテークイーンが翼を広げながらでも通れそうなぐらいの広さがあるし、内部はそこそこ広い空間であるみたいだ。
「それじゃあ、早速移動しますよ」
「はい。よろしくお願いします」
『おいフーマ。この女はを連れて行く必要はありません。下の迷宮王の目の前にでも転移させてやりましょう』
「はいはい。フレンダさんはちょっと黙っててくださいね。それじゃあ行きますよ。テレポーテーション」
こうして、何故か俺に対してボディタッチの激しいカグヤさんと、それに対して無性に腹を立てるフレンダさんと共に、オーキュペテークイーンの巣穴の探索が始まった。
はぁ、なんだか精神的にかなり疲れそうな探索だな。
◇◆◇
舞
「ふぅ、何とか風舞くん達を無事に送り出せたわね」
「うむ。今の剣筋は中々のものじゃったぞ」
「そう言うローズちゃんもかなり良い攻撃だったわよ。流石ね」
オーキュペテークイーンの強襲をどうにか私とローズちゃんで逸らした後、風舞くん達が無事に転移したことを確認した私とローズちゃんはそんな話をしながらそれぞれの武器を構えていた。
オーキュペテークイーンの攻撃は接近して爪で切り裂くという単調なものではあるのだが、そのスピードとパワーがすさまじい為、攻撃を僅かばかり逸らすだけでもかなりの反動を感じた。
これは、アセイダルの時よりもかなり厳しい戦いになりそうね。
「いや、妾の攻撃はギフトの効果によるところが大きいし、別にこの程度大した事ないわい。それよりも…」
「ええ。どうやってあのトリおばさんを足止めするか考えないとよね」
「うむ。先ほどのマイの攻撃でお主に注意している様じゃが、いつフウマ達の元へ向かうか分からん。出来るだけオーキュペテークイーンに隙を与えぬ方が良いじゃろうな」
「それじゃあ、僕が遠距離攻撃でオーキュペテークイーンを狙い続けるから、君たちが迫って来たところを攻撃するというのはどうだろう? 僕は君達みたいにオーキュペテークイーンに有効な攻撃を出来る気はしないし、君たちも近接攻撃に集中した方がやりやすいだろう?」
「それもそうね」
「うむ。一先ずはそれでやってみるとするかの」
「決まりだね。それじゃあ行くよ! アクアランス!!」
私達の後ろに控えていたサラムさんはそう言うと、ほぼ無詠唱で無数の水の槍を出して一斉にオーキュペテークイーンに向けて放った。
流石はトウカさんやユーリアさんのお父様なだけあって、魔法の精度と威力が共にかなりのレベルに達している。
だが、オーキュペテークイーンはその凄まじい魔法による攻撃を素早い身のこなしで難なく避け、翼を翻しながら私達の方に迫って来た。
まぁ、これで仕留められるなら初めからサラムさんとカグヤさんだけで勝利を収めているわよね。
「けど、ここで負ける訳にはいかないのよ! 真・果断!!」
今回は私が少し前に出てオーキュペテークイーンが攻撃をする瞬間の一拍前に攻撃をおいたため、オーキュペテークイーンはその大きな体を空中で捻って私達のすぐそばを通り過ぎて行った。
流石に迷宮王といえども攻撃の寸前に邪魔をされたら困るだろうと思ってやってみたのだけれど、これじゃあ私から攻撃を仕掛けるのは難しそうね。
「むぅ。ちっとも斬れる気がしないわ」
「まぁ、フウマ達が戻って来るまではこの調子で時間を稼ぐしかないじゃろうな。妾とお主でオーキュペテークイーンの攻撃をしのぎ切るだけなら、それなりに集中力を保ったまま戦えるじゃろう」
「はぁ、どうせなら私達だけでオーキュペテークイーンを倒して風舞くんを驚かせようと思ったんだけど、それは難しそうね」
「いやいや、こうしてあの迷宮王と互角で戦えるだけでもすごいと思うよ」
「いいえ。全然互角ではないわ。私がやっているのはオーキュペテークイーンが嫌がるタイミングで攻撃を仕掛けているだけであって、仮に当たったとしても大した傷を負わせる事は出来ないでしょうし、もしもあの迷宮王が自身に小さな傷がつく事を躊躇わずに攻撃してきたら私達は直ぐに殺されるわ。」
「まぁ、そこは妾とマイで騙し騙しなんとかするから、お主は引き続き援護射撃を頼むぞ」
「う、うん。どうやら僕に出来るのは魔法を撃つだけみたいだから後は二人に任せるよ」
サラムさんはそう言うと、魔法の弾幕を益々濃くしてオーキュペテークイーンを狙い始めた。
私としてはここまでの魔法を使いこなせるサラムさんの方がすごいと思うのだが、どうやら彼は私達の事をそれなりに評価してくれたらしい。
はぁ、こういう時に戦闘で相手にプレッシャーをかけるのが上手な風舞くんがいてくれたら助かるのだけれど、今はカグヤさんとこの戦局を打破する為に動いているし私達だけでどうにかするしかないわね。
何か新しいスキルでも覚えてみたら少しは戦いやすくなるかしら。
私はそんな事を考えながら、妖刀星穿ちの柄を握りなおして軽い集中状態を保ち続けた。
8月1日分です。
キャラクター人気投票の結果は近日中に発表いたしますので、今しばらくお待ちください。