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87話 苦戦

 ファルゴ




「おいファルゴ! このままじゃジリ貧だ! 何とかしろ!」



 サイクロプスキングとの戦闘が開始して数分後、俺とシェリーはサイクロプスキングのリーチの長い大剣に翻弄されながらも何とか攻撃を避け続けていた。

 どうにかして近づいて攻撃したいところではあるのだが、迫る大剣がそれを許してくれないし魔法が使える俺が遠距離から攻撃しても火力が足りなさすぎて碌なダメージになっていない。



「ちっ、何とかしろって言っても俺に出来る事は大してねぇぞ!」

「何でも良いから何とかしてくれ! その腰の鞄をはオシャレじゃないんだろ!」



 確かに今日の決戦の前にエルフの里でいくつか材料を買い込んで戦闘に役立ちそうなアイテムを用意して来てはいるが、こういうのはただ闇雲に使っても効果が無い。

 それどころか場合によっては、むしろ自分にとって不利な状況を作り出してしまうことも往々にしてある。


 だが、このままサイクロプスキングから逃げ回っていても先に俺達の方が力尽きるのも必至な訳で…。



「だぁっ、くそっ! 煙幕か火炎! 好きな方を選べ!」

「飛び切りでかい煙幕!!」

「よしきた!」



 そうしてシェリーの指示通りに煙幕を張る事にした俺は、腰に下げていた鞄からいくつかの瓶を取り出してサイクロプスキングに向かって投げつけた。

 サイクロプスキングは瓶を脅威であると判断しなかったのか、その瓶を無視して足を止めた俺の方へ全速力へ走って来る。

 だが…



 グゴォォ!?



 瓶の中に詰めておいた特製の液体が空気に触れて物凄い勢いで煙に変わって行く方が、サイクロプスキングが俺にたどり着くよりも早かった。

 サイクロプスキングは突然の事態に困惑したのか足を止めて周囲を伺っているうちに、足元から噴き出した煙幕に一気に飲み込まれていった。



「おいシェリー! 次は!?」

「ファルゴはサイクロプスキングがいそうな場所に適当に魔法を撃ち込め!」



 シェリーはそう言いながら大剣を両手で握ると、サイクロプスと俺が向き合っていた線上から大きく迂回して煙幕の中に入って行った。

 適当に魔法を打ち込めって言っても何を撃てば良いんだよ。

 なんて事を思いもしたが、広がる煙幕に飲み込まれてとやかく言っている暇が無くなった俺は、煙幕を吸い込まない様に息を止めつつとりあえずは攻撃力の一番高い火魔法を撃っておく事にした。


 そうして火球を煙幕の中で打ち込む事数秒、煙幕の中に入っていたシェリーの気配がスッと消えた。

 俺の出来る限りの魔力感知を展開しているのだが、シェリーの魔力は全く感知する事が出来ない。

 今までのシェリーは戦闘中、自分の気配を最大限に強めて相手を威嚇しながら戦う事が多かったし、こういう戦い方をするのは初めてな気がする。


 そんな事を考えながら火魔法を適当に放っていると、煙幕の中からサイクロプスキングの呻き声が聞こえてきた。



 グガァァァ!!?




 サイクロプスキングの呻き声がした方向を向いて煙幕の中で目を凝らしていると、いつの間にか俺のすぐそばまで来ていたシェリーが俺の腕を掴んで目配せをしてきた。

 俺はそのままシェリーに手を引かれながら煙幕から出て深く深呼吸する。



「ふぅ、サイクロプスキングに攻撃が通ったのか?」

「ああ。流石に致命打にはなってないだろうが、自由に走り回る事は出来なくなった筈だ」



 そう言って大剣を構え直したシェリーの向いている方向に目を向けると、拡散して薄くなってきた煙幕の中に脚を引きずりながらこちらを睨みつけるサイクロプスキングの姿が確認できた。

 どうやらシェリーにやられた傷が痛むらしく、かなり頭にきている様に見える。



「なぁ、結局あいつの魔眼は魔力視って事で良いのか?」

「さぁな。一応あいつが魔力視が出来る前提で煙幕の中を動いたが、あいつが私の攻撃に反応できなかったのがファルゴの魔法に気を引かれていたからなのか、単純に魔力視が出来ないやつなのかは分からねぇ」

「まぁ、何はともあれ煙幕の瓶はまだあるし、同じことを繰り返せばその内勝てるだろ」



 そう言った俺が腰に下げた鞄に手を伸ばしたその時、煙幕の中から出てきたサイクロプスが大声で叫びながら俺達を睨みつけてきた。



 グゴォォォァァァァ!!!



 その大声を上げた瞬間にサイクロプスの目が黒から紫に変わった気がしたが、俺にはそれが実際に起きた出来事なのか分からなかった。

 いや、正確には実際にこの目で見た間違いのない事実なのだが、それよりもその時に感じた違和感の方が気になってしまってサイクロプスの瞳の色の件は意識の埒外(らちがい)となってしまっていた。


 おかしい。

 サイクロプスキングは今も俺達を睨みつけて薄れた煙幕の中で一歩も動いていないはずなのだが、俺の体は何かに縛り付けられた様に動いてくれない。

 まさか、これがあのサイクロプスキングの魔眼の能力なのか。


 そんな事を考えながら、どんどん重くなっていく体で何とか踏ん張っていたその時、俺の横に立っていたシェリーが大剣を地面に落として消え入る様な声で悔しそうなセリフを漏らした。



「ちっ、悪ぃファルゴ」



 は?

 どうして何もされていないはずのシェリーが倒れるんだ?

 俺はそんな事を考えながらシェリーが横で倒れるのをボンヤリと眺めつつ、そのまま俺自身も膝をついてその場に倒れこんだ。




◇◆◇




風舞




「さぁ、私が可愛がってあげるからかかってらっしゃい!」



 舞が刀を構えてそう叫んだ直後、棺から出て来たドライアドが姿を消した。

 いや、気がついた時には舞の目の前に迫っていた。

 俺には舞の目の前に現れた瞬間しか見えなかったが、2、30メートル近くあった距離を一気に詰めて来たらしい。



「ふふっ、やるわね」



 俺よりも先にドライアドの接近に気がついていた舞はそう言いながら刀を振り下ろしたが、ドライアドは残像を残す様なスピードで移動して棺の前に再び立っていた。

 舞が刀を中段に構え直しながら、深呼吸をして息を整える。



「やばいわね。エルセーヌに襲われた時よりも勝てる気がしないわ」

「そうなのか?」

「ええ。近づいて来た時に攻撃されていたら私はおそらく死んでいたわ」

『おそらくあのドライアドはステータスに置き換えると攻撃力や素早さは5000前後あると思います。正面から戦ってはマイの鬼才でも相手に出来ないでしょう』

「マジか。ちなみに、ドライアドに弱点とかありますか?」

『ドライアドはトレントの近縁種ですから、弱点はトレントとほぼ同じです。フーマはトレントとも戦った事があるからある程度の特性は分かるでしょう?』

「なるほど。それじゃあ…」



 そう言った俺はドライアドの背後に転移してファイアーボールを放ったのだが、背中を向けたままのドライアドにその手ではたき落とされてしまった。

 あれま、素手で叩かれちゃあどうしようもないよ。



『ふむ。フーマの魔法では毛ほどの効果もない様ですね』

「はぁマジでどうしよ」



 そんな事を呟きながら再び舞の横に転移すると、ドライアドと向きあっていた舞が刀を構えたまま口を開いた。



「どうやら私達を脅威とは思っていないみたいね。刀を軽く振っても一切反応を示さないし、意識は私達に向いていても攻撃をされたとは思っていないみたいだわ」

「えぇ、今の火魔法は俺の中で結構上位の攻撃なんですけど」

「私もあのドライアドを斬るには手持ちのスキルとステータスじゃ無理な気がするわ」

「マジかいな」

「マジよ」

「はぁ、それじゃあちょっと試してみるか」



 そう呟いた俺は、片手剣を鞘に収めてドライアドの方へ普通に歩いていった。

 特に魔法を撃つ準備もしていないし、ドライアドに戦意も向けていない。

 何の準備もせず、ただドライアドに近づいて行った。



「風舞くん!?」

『おいフーマ! 何をする気ですか?』

「ちょっと試したい事があるからやってみるだけですよ」



 俺はそんな事を言いながらドライアドの目の前まで歩いていき、その顔を覗き込んだ。

 目はまだ閉じたままだが、かなりの美人さんである。

 おお、髪もさらさらで手触りが良さそうですね。



「えーっと、どうもこんにちは。俺の言葉を理解できますか?」

「………」

「今日はかなり暑いですね。植物のドライアドさん的はどうですか?」

「………」

「…、あのー、出来ればドライアドさんとは戦いたくないんでここで大人しくしていてくれませんか?」

「………」

「おーい、聞こえてますかー?」

『もう諦めなさい。いくら声をかけてもそのドライアドはフーマに興味がないみたいですよ」



 ちっ、人型だったから意思の疎通ぐらいは出来るかと思ったけどそう上手くはいかないのか。

 もしかすると俺の言っている事が通じているのかもしれないが、無表情のままピクリとも動かないからこれ以上の進展が全くない。

 幸いにもいきなり攻撃してくる事はないが、説得して見逃してもらおう作戦は失敗に終わってしまった。



「それじゃあ、ちょっと失礼しますね」



 そんな事を言いながらドライアドに左手を伸ばしたその時、ドライアドが俺の手を掴んで目を開いた。

 彼女の翡翠色の目に間抜けな顔をした俺が映っている。

 ほへぇ、やっぱり植物に関する魔物なだけあって緑系統の目の色なんだなぁ。

 なんてゲームで得た知識を掘り起こしながら軽く見惚れていたその時、舞が俺の後ろから縮地と風魔法の合体技で移動して来て、妖刀星穿ちでえんがちょをしてきた。



「えんがちょぉぁぁ!!」

「あっぶな! いきなり何すんだよ!」

「ふぅ、危うく風舞くんにドライアドを取られ…じゃなくて風舞くんの手首が粉々に砕かれるところだったわ」

「俺の手首ごと切り落とそうとしておいて何言ってるんだよ。あぁ、折角ドライアドさんが目を開いたのにまた閉じちゃったじゃん」

「ええ!? ズルいわ! 私はまだドラちゃんがどんなお目々をしているのか知らないのに!」

「んなこと言われても…」



 そんな事を舞とガヤガヤ言い合っている内に、ドライなドライアドさんは棺の中に入っていって横になってしまった。

 棺の蓋は舞に切られて真っ二つになっているが、それらをしっかりと元通りの位置に戻しているし、どうやら蓋を切られた事はそこまで怒っていないらしい。



「えぇっと、どうする?」

「私はドラちゃんを従魔するまで諦めないわよ!」

「えぇ、このまま大人しくしておけば無害っぽいから諦めようぜ。障らぬ神に祟りなしだ」

「神は触らないと従者に出来ないわ!」



 舞はそう言うと、真っ二つになっていた棺の片方をカパッと開けてドライアイの顔を覗き込んだ。

 心なしかドライアイが目をぎゅっと瞑って、射し込む光を鬱陶しそうにしている気がする。

 そんなドライアドを眺めていると、舞が棺の中に手を入れてドライアドの頬をぺちぺちと叩きながら話しかけ始めた。



「ちょっと、寝てないで私の話を聞いてちょうだい」

「………」

「ねぇ、どうせ起きてるんだから話を聞いてくれても良いでしょ!」

「………」

「おーい! 起きないとおっぱい揉んじゃうわよ! 良いの!? 本当に揉むわよ!」

「………」

「そう、それなら揉みしだくわ! そのエッチな服に横から手を差し込んでこれでもかというぐらいに揉んじゃうわ!」



 そう言った舞がドライアドの服に手を差し込もうとしたその時、ついにドライアドさんの堪忍袋の緒が切れたのか、目をカッと開いて舞の右頬をぶん殴った。

 俺には舞がぶっ飛んでいく所とドライアドが右腕を振り抜いたポーズしか見えなかったが、状況的に舞はドライアドさんを怒らせてその罰を受けたのだろう。



「ぶっぼぉぉぉぉ!!?」


「うわぁ、かなりぶっ飛んだな」

『おそらく致命傷にはなっていないでしようが、あれではしばらくの間起き上がれなそうですね』

「はぁ、それなら取り敢えず放っといて良いか」



 落下地点には低木の茂みがあるし、おそらく放っといても大事にはならないだろう。

 というより、舞が起きていた方が大事になる気がする。

 そんな事を考えながらドライアドの方に顔を戻すと、無表情な顔のドライアドさんと再び目があった。

 ドライアドさんが俺の顔を真っ直ぐ見つめながら同じく無表情のまま話しかけてきた。



「お前も?」

「はい?」

『フーマも舞と同じことをするつもりなのか聞いているのでは無いですか?』

「あぁ、そう言うことですか。いや、俺はドライアドさんが暴れたしたりしないなら何もしないぞ」

「そう、寝る」



 ドライアドさんはそう言うと、舞に開けられた蓋を持ってまた棺の中で寝ようとし始めた。



「あ、ちょっと待ってください」

「何?」



 うわぁ、かなり不機嫌そうな顔してるよ。

 どんだけ睡眠欲が強いんだよ。



「その、ここら辺りはもうすぐ騒がしくなると思うんで、どこか別の場所に移動してはどうですか?」

「移動させておいて。寝る」



 ドライアドさんはそう言うと、今度こそ棺の蓋をピッタリと合わせて眠りについてしまった。



『おいフーマ。どうするのですか?』

「取り敢えずはソレイドの平原にでも転移させます。万が一の事があってもあそこにはボタンさんがいますし、多分問題ないでしょう」

『確かにそれなら問題は無さそうですね』

「よし、それじゃあ早速転移させますね」



 こうして、俺は世界樹の第50階層の迷宮王をソレイドの平原に送り届けた。

 これで当初の作戦通りエルフの軍隊から迷宮王を退けるという目的は果たせた訳だし、特に問題は無いだろう。


 ステータスが5000近い魔物を舞が白目を向いて気絶するだけでどうにか出来たのだから、戦果は重畳のはずだ。



「さてと、ローズの加勢に行くとしますかね」

『はい! お姉様の勇猛果敢な姿をこの目に焼き付けに行きましょう!』



 こうして、俺は第45階層でグリフォンと戦っているローズの加勢に行くために、まずは白目を向いてだらしない格好で気絶している舞を回収する事にした。


遅くなってすみません。

次回、7月1日投稿予定です。

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