82話 スケスケランジェリー
風舞
ネグリジェとベビードールの違いを知っているだろうか。
どちらも女性用の部屋着としてよく知られているが、この両者には名前が異なるだけの事があって明確な違いがある。
ネグリジェはフランス語でだらしがないという意味で、その名の表す通りリラックスや心地の良い睡眠をとるためのワンピースタイプの寝巻きだ。
要は機能性を重視した女性向けの部屋着がネグリジェである。
一方のベビードールは機能面よりもその扇情的な見た目を重視した部屋着だ。
ベビードールはアメリカが発祥と言われており、主に女性が男性の気を惹くために開発されたセクシーランジェリーである。
ランジェリーと聞けば分かる方もいるだろうが、ベビードールは寝巻きではない。
ベビードールはベッドルームにおける女性の戦闘服、要はとってもセクシーで可愛らしい下着なのだ。
さて、ここで一つ思い出してみて欲しいのがつい数分前の舞とトウカさんのセリフだ。
「フーマくんの好みにぴったりのネグリジェを用意したから、覚悟すると良いわ! さぁ、行きましょうトウカさん」
「ま、マイム様? 本当にあのネグリジェを着るのですか?」
「ええ。きっとあれを着たらフーマくんを悩殺できる筈よ!」
そう、二人はネグリジェを着ると言っていたのだ。
近頃の日本ではネグリジェとベビードールの区別がつかない者も一定数いるだろうが、あの天才少女土御門舞がこの両者を取り違えるはずがない。
舞がネグリジェだと言ったらそれは機能性を重視した快適な睡眠をとるための寝巻きであるはずなのだ。
しかし、しかしだ。
「え、エッチや」
寝室に入って舞とトウカさんの姿を確認した俺の口から思わず溢れたセリフはそんな情けないものだった。
「ふふふ、どうかしら? フーマくんの好みに合わせたものを用意してもらったんだけど、ご満足いただけたかしら?」
ベッドに座っていた舞が妖艶な笑みを浮かべながら囁くようにそう言って俺の方へ近付いて来た。
舞の艶やかな黒髪がさらりと肩から溢れ、膝上よりも腰下で計った方が手っ取り早そうなほど丈の短い黒いネグリジェの裾がヒラリと揺れる。
俺の視線からだと舞の下着は見えないが、少し離れたら舞のセクシーな下着が見えてしまいそうなほどネグリジェの丈は短い。
「凄く似合ってて良いと思うけど、これってベビードールじゃないのか?」
「ふふふ。ブラジャーとショーツを下に着ているからこれはネグリジェよ。どうしてもと言うのなら下着の方も見せてあげても良いわよ?」
舞はそう言うと、ネグリジェ(?)の裾を摘んでヒラヒラと揺らし始めた。
見せてくれると言うのなら見るのもやぶさかではないな。
なんて事を考えながら舞のネグリジェのヒラヒラをのガン見しかけたのだが、ベッドの上のトウカさんが俺の様子をジッと観察している事に気がついた。
心なしかトウカさんの視線が底冷えしている気がする。
「い、いや、女の子がそう易々と下着を見せるものじゃない。冷えるといけないから早くベッドに入って毛布にくるまろう」
「むぅ、相変わらずフーマくんは奥手ね」
舞は唇を尖らせながらそう言うと、ベッドの上に膝をついて歩いて行ってトウカさんの横に優雅に腰掛けた。
今の一連の動作で舞のセクシーな黒パンツが見えてしまったが、俺はトウカさんの前という事もあってさりげなく目で追う程度にしておいた。
いやいや、目をそらすとかそんな紳士な事普通の男子高校生には出来ないからな?
なんて誰に対してか分からない言い訳を心の内でしていると、舞がトウカさんにしなだれかかりながら俺に話しかけてきた。
「トウカさんのは私の色違いなんだけど、どうかしら? 私的にはトウカさんの綺麗な金髪とこの真っ白な生地がよく合っていると思うのだけれど」
「ああ。俺も凄く似合ってると思うぞ。今のトウカさんはなんて言うか、俺の中の理想のエルフをそのまんま体現させたみたいだ」
「ふ、フーマ様の理想のエルフですか。とても光栄です」
「ふふっ。トウカさんが凄く赤くなっているわ。可愛いわねぇ、このこの〜」
「ま、マイム様!? いきなり何をするのですか!?」
「何って私の夢を叶えているのよ。ほら、フーマくんも一緒にどうかしら?」
どうかしらって、俺も舞と同じ様にトウカさんの胸をまさぐれと言うのか?
別に俺は舞と違ってエルフのお姉さんの貧乳をサワサワしたいなんて珍妙な夢は持っていなかったんですけど。
「いや、流石にそれは遠慮しておく」
「あらそう。それじゃあ、私がフーマくんの分までトウカさんの綺麗な胸を堪能させてもらうわね」
「きゃっ!? ま、マイム様! フーマ様の前ですのでお止めください!」
「大丈夫よ! フーマくんはさっきから興味津々って感じで私達をジッと見てるし、何の問題も無いわ!」
「それが問題なのです! 明日は朝が早いから身体を休めるために早く寝るのでは無かったのですか!」
「そんなの口からの出まかせに決まってるじゃない。ねぇ、フーマくん?」
「いや。俺はそのつもりは無かったけど、これはこれでありだと思うぞ」
「ほら、フーマくんの許可も出たし構わないでしょう?」
「構います!!」
トウカさんはそう言うと、ネグリジェの裾を捲ってその中に手を入れようとしていた舞の手首を掴んで勢いよく投げ飛ばした。
まぁ、いくら舞が強いとは言ってもトウカさんとのステータスの差はかなりあるし、こうなるのも無理は無いわな。
「さて、美人さん2人の素敵な絡みは存分に堪能させてもらったし、そろそろ寝るとするかね」
「は、はい。さぁ、どうぞフーマ様。私の隣でお休みください」
おぉ、トウカさんが乱れたシーツのシワを手で伸ばしながら俺をベッドに誘ってくれている。
トウカさんの真っ白な肌がランプのオレンジ色の光で淡く照らされていて、かなり官能的な光景である。
「そ、それじゃあ、失礼します」
そうしてトウカさんに誘われるままにベッドに入ろうとしたその時、壁際で投げられた姿勢のままの舞が黒の大人パンツを丸出しで不満気な表情で俺に話しかけてきた。
コラコラ、女の子が逆さまになって脚を開いちゃいけません。
ていうか、そのポーズをして良いのはギャグ漫画の男キャラだけだと思うぞ。
少なくとも華の女子高生がしていい格好では無いはずだ。
「ねぇフーマくん。トウカさんと私とでは反応に差がある気がするのだけれど、気のせいかしら?」
「そんな事無いぞ。舞だって凄く綺麗だし、添い寝させてもらえるなんて夢みたいだ」
まぁ、舞と添い寝をするのは別に初めてでは無いけれどこうして大人な雰囲気で一緒に寝るのは初めてだし、こういう感想でも構わないだろう。
ただ、なんと言うか舞はトウカさんに比べたらあんまり恥じらいが無いから、そこまで緊張しないんだよな。
今だってどちらかと言うと、セクシーと言うよりは面白い格好をしているし。
「そう思っている様には見えないわね。もっと私に興奮しても良いのよ?」
「興奮してほしいなら逆さまになったままあぐらを組まないでくれ。ほら、マイムもこっち来いよ。そろそろ寝ようぜ」
「はぁ、フーマくんがそう言うのならそうするわ」
舞は不満気にそう言うと、腕の力だけで勢いよく起き上がってスタスタと俺とトウカさんのいる大きなベッドの方へ歩いて来た。
その時の舞は先程の逆さまであぐらを組んでいた時とは打って変わって、大人の女性の魅力が溢れる肢体を艶やかに俺に魅せつけていた。
先程までの舞はセクシーさよりも微笑ましさを感じてしまっていたが、俺の方へ悠然と歩いてくる舞には一切の混じり気の無い色香しか感じない。
俺は今日、こんなにも美しい女の子に告白されたのか。
そんな事を考えながら、夕方の告白のシーンのフラッシュバックと目の前の舞の姿で顔が赤くなっていくのを感じていると、俺の横にいたトウカさんが俺の腕を抱きしめてベッドへと引き倒してきた。
「と、トウカさん?」
「先ほどマイム様に今晩は好きにしても良いと許可をいただきましたから、マイム様だけではなく私の事ももっと見てください」
「あ、あの、色々と当たってるんですけど」
「ふふふ。もちろん当てているのですよ」
「さ、さいですか」
「さいですよ」
トウカさんはそう言うと、抱きしめていた俺の腕に顔をのせて俺の顔を見ながら穏やかに微笑んだ。
か、可愛すぎか。
「あら、トウカさんは随分と積極的なのね」
「ええ。フーマ様は私に沢山の初めてを教えてくださると言ってくださいましたので、そのお返しに私の全ての初めてをフーマ様に差し上げる事にしたのです」
「そ、それってどういう……」
舞の方を向きながら顔を真っ赤にして答えたトウカさんにそう尋ねようとしたその時、トウカさんの人差し指が俺の口をそっと押さえて口を封じた。
トウカさんが身体を起こして俺から顔を背けながら、空気中に消え入りそうなほど小さい声でそっと囁く。
「今はまだ、秘密です」
だから、可愛すぎか!
長い金髪でその顔が隠れて見えないのに、真っ赤になったエルフ耳がピコピコと動いているのとか卑怯すぎるだろ。
そんな事を考えながら額に手を当てて自分自身の体温にのぼせていると、舞が俺の横にどさりと倒れながら呆れた顔で話しかけてきた。
「もう、ダメよフーマくん。そんなに興奮していたら眠れないでしょう?」
「ああ。もしかすると俺は今晩一睡も出来ないかもしれない」
「ふふっ、相変わらずフーマくんはエッチね。そんなフーマくんには、私の抱き枕になる刑を課すわ」
舞は俺の右耳にそう囁くと、俺の右腕を両腕で掴んで右足に舞のスベスベした脚を絡ませてきた。
ティーシャツに短パンというラフな格好をした俺には、舞の胸の柔らかな感触としなやかな脚線美、それに暖かな舞の体温と耳にかかる舞の呼気を全て感じられる。
やべぇ、凄い幸せだ。
「なぁマイムさん」
「あら、どうしたのかしらフーマくん?」
「ありがとうございます。今日まで死なずに生きてきて良かったです」
「流石にそこまで感謝されても困るのだけれど、フーマくんに満足いただけた様で良かったわ」
舞は俺の耳元で穏やかにそう言うと、目を閉じて呼吸のペースをゆっくり緩めていった。
どうやら意外にも舞はしっかりと寝るつもりであったらしい。
そんな舞の様子を軽く顔を傾けて眺めていると、その舞が目をうっすらと開いてトウカさんに話しかけた。
「ほら、トウカさんもいつまでもそうしてないで早く寝なさい。フーマくんの左腕が空いてるわよ」
「は、はい。失礼いたします」
トウカさんはそう言うと、舞と同じ様に俺の腕を優しく抱き締めて脚を絡ませてきた。
トウカさんは舞に比べて胸が薄いためか、彼女の鼓動が感覚の鈍い二の腕でも十分に感じられる。
こうして舞とトウカさんの心地の良い感触に満足しながら目を閉じたその時、パジャマに着替えたローズが寝室のドアを開けてテケテケと入って来た。
「のう、妾はどこで寝れば良いんじゃ?」
「もちろんフーマくんの上よ。ほら、しっかりとミレンちゃんのスペースは空けておいたでしょう?」
「ふむ。いささか寝心地が悪そうじゃが、まぁ良いか」
え?
ローズは俺の上で寝るのか?
ベッドはまだまだ十分なスペースが有るんだし、流石に重いから俺の上以外で寝て欲しいんだけど。
ていうか、男子高校生の男子高校生が男子高校生しているから上には乗らないで欲しい。
「む? どうしたんじゃ? お主が起きたら妾の寝る場所が無くなるんじゃが」
「なぁ、流石に俺の上で寝るのはどうかと思うぞ。舞とトウカさんに寄り添われているだけでも暑いのに、流石に体温の高いミレンにまでくっつかれたら寝れない」
「では何じゃ。お主は妾をのけ者にしようと言うのか?」
「そうは言わないけど、せめて少しずつ離れて寝ようぜ。舞とトウカさんにくっつかれてるのも嬉しいんだけど、ちょっと汗をかいてきた」
「えぇ!? 折角年上のお姉さんっぽく大人しくしてたのに、フーマくんとくっついてちゃ駄目なの!?」
「ああ。だってかなり暑いし」
「そ、そんな理由でフーマくんは私とイチャイチャ寝るのを断るの!? それじゃあ、こんなにも勇気を振り絞ってエロエロランジェリーを身につけたトウカさんはどうするのよ!」
舞はそう言うと、俺の左隣で横になっていたトウカさんのネグリジェを捲って彼女の下着を見せつけてきた。
お、おお。これは確かにエロエロだな。
「や、やめてください!」
「ぶべらっっ!?」
あれま。
今度は舞がトウカさんに殴られて変な声をあげながら飛んでっちゃったよ。
「み、見ましたか?」
「い、いえ。何せ一瞬の事でしたので」
「嘘つけ。しっかりとその目に焼きつけておったではないか」
「そ、そうなのですか?」
トウカさんが顔を真っ赤にしてネグリジェの裾を両手で押さえながら上目遣いでそう尋ねてきた。
あぁ、これは嘘をつける様な雰囲気じゃないな。
「すみません。トウカさんの白いレースのスケスケ大人ランジェリーはエッチすぎて一生忘れられないと思います」
「え、エッチすぎ……私はマイム様に強く勧められたからこれを身につけただけなのに…普段の私はこんなにも破廉恥な下着を身につけていないのに」
トウカさんは顔を両手で隠しながらそう言うと、俺から離れる様にベッドの上をコロコロと転がりながらシーツを自分の体に巻き付けていった。
あぁ、やっぱり随分と無理してたんだな。
「お主、いくらなんでも淑女に対してエッチすぎは無いじゃろ」
「だ、だって実際スゴかったじゃん! あんなの見せられてエッチって言わない方がどうかしてるだろ!」
「どうかしてるのはお主の方じゃ! 見てみよ! あの清楚を体現したかの様なトウカがシーツで遊ぶマイムの様になってしまっているではないか!」
「ほ、ホントだ。流石にエッチすぎは無かったかもしれない」
「ちょ、ちょっとフーマくん!? どうしてそのタイミングで反省するのかしら? それだとまるで私が清楚からかけ離れている様に聞こえるのだけれど」
「え?」
「え?……って、えぇ!? どうしてそこで常識を問われた様な顔をしているの!? 嘘でしょ? トウカさんほどじゃないにせよ、私だってそこそこ清楚よね?」
「いやいや、清楚な女性がパンツ丸出しのままでいたり、ぶべらっっ!? なんて奇声あげるわけないだろ」
「じょ、冗談よね? 私、清楚よね?」
「はっはっは。仮にマイムが清楚なら全人類あまねく清楚だろうな」
「そ、そんな。私、清楚である事だけは自信があったのに。私から清楚を抜いたら可愛くて頭が良くて運動も出来て性格の良い、ただの美しい女の子になってしまうじゃないの」
壁際で床に座り込んでいた舞がガックリと項垂れながらそう言った。
セリフ的にはあまりショックを受けていない様だが、頭を抱えて絶望した様な顔をしているし、かなりの精神的ダメージを受けたのだろう。
「マイムの自己評価はかなり高いんじゃな」
「言ってる事は強ち間違ってもないし別に良いんじゃないか?」
「はぁ、お主はマイムに対してとことん甘いの」
「そうか? まぁ、そんな事よりそろそろ寝ようぜ。結果的には二人とも離れてくれたし、これでゆっくり寝れるだろ」
「お主も中々えげつない男じゃな」
「なんだそりゃ。それじゃあ、おやすみ」
「う、うむ。お休みなのじゃ」
俺はそんなローズの微妙な返事を聞きながら、ゆっくりと目を閉じて眠りについた。
今の今までなんとか気を張って起きていたが、今日はソレイドとエルフの里を行き来したり、アイテムボックスから岩を何度も出し入れしたためにかなり魔力を消費していたから大分まぶたが重かったのである。
まぁ、舞とトウカさんの添い寝はもう十分に堪能させてもらったから今日はこのまま寝てしまっても構わないだろう。
「はぁ、どうしてお主はこの状況で寝れるんじゃ」
意識がベッドに沈み込む直前にローズのそんな呆れた声が聞こえた気がしたが、それが現実なのか夢なのか俺には分からなかった。
◇◆◇
風舞
「初めてにしては中々筋が良いですね」
「いいえ。フレン様の才覚に比べれば私など大した事ありません」
「まったく、貴女は相変わらず謙虚ですね」
「そうでしょうか。私にはあまりその自覚が無いのですが」
「まぁ良いでしょう。丁度フーマが目を覚ました様なので、少し休憩にしましょう」
舞やトウカさんと添い寝をさせてもらって眠りについた後、白い世界で意識を取り戻すとフレンダさんの他にもう1人の人物が真っ白な地面に横たわっている俺を見下ろしていた。
あれ?
ここは俺の精神世界だから基本的には俺だけで、現在は例外的にこの世界に迷い込んだフレンダさんと2人きりの世界だったはずなんだけど、なんでこの人がいるんだ?
「おいフーマ。コーラです。コーラを出しなさい」
「あぁ、はい。どうぞ」
「貴方の目が節穴なのは以前から承知していますが、今日は私だけでは無いのですからもう一本出しなさい」
「あ、はい。すみません」
「まったく、フーマは相変わらず愚鈍ですね」
フレンダさんはやれやれとでも言いたげな表情でそう言うと、コーラの瓶の栓を二本とも指先で軽々と押し開けてその片方を白い世界へのお客さんに渡した。
「それはコーラというフーマの故郷の飲み物です。発泡酒の様な口当たりの甘いジュースで、とても美味しいですよ」
「フーマ様の故郷の飲み物ですか。なんだか不思議な香りがしますね」
まぁ、俺自身もコーラに何が入ってるか知らないし、初めて飲むならそういう感想を持って当然だわな。
……って、そうじゃねぇよ。
「ちょ、ちょっと待ってください! なんでここにトウカさんがいるんですか?」
「ふふっ、来ちゃいました」
えぇ、来ちゃいましたってそんな押し掛け女房みたいな事を言われても困るんですけど。
白い世界に突如として訪ねて来たトウカさんのイタズラが成功した子供の様な笑みを見ながら、俺はそんな事を思った。
6月17日分です。