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77話 無乳

 風舞




「さてと、そろそろ俺も行こうと思ってるんですけど、トウカさんは何してるんですか?」



 正装からオルトロスの鎧に着替えて片手剣を腰に差した俺が再びリビングに戻ると、お高そうな弓を持ったトウカさんが髪をポニーテールにして待っていた。

 今からどこかに戦いにでも出るのだろうか?



「何と聞かれても困るのですが、フーマ様をお待ちしておりました」

「はぁ、そうですか。それじゃあ、俺は行ってきますね」

「え?」

「え?」

「もちろん私も共に参りますよ?」

「え? もちろんダメですよ?」



 いくらトウカさんの体調が良い方に向かっているとは言え、流石にまだまだ戦闘に参加させられるほど元気にはなっていない。

 それに、俺は転移魔法で逃げながら進む予定だったから人数は少ない方が楽なんだけど。



「しかし……」

「ダメなものはダメです。あんまり我が儘を言うなら気絶するまで雲の上から落としますよ?」

「そ、そんな! 私はただフーマ様のお力になりたいのです!」

「それなら明日の決戦までゆっくり休んで体調を万全にしておいてください。今日はまだ前哨戦に過ぎませんし、トウカさんも戦うならメインステージが良いでしょう?」

「私はメインステージよりもフーマ様と共に戦える戦場に立ちたいのです!」

「そ、そうですか」

『おいフーマ。何を絆されそうになっているのですか?』

「な、なってないです。全く、これっぽっちもなってないです」

「そ、そうですか。全く、これっぽっちもなってないのですか」



 あれ?

 トウカさんが壁に手をついて頭を抱えている。



「ほら、やっぱりまだまだ体調が悪いみたいじゃないですか」

「いえ、こうなったのはフーマ様のせいです」

「え? もしかして地球にしかないウイルスを持ってきちゃったとか?」

『はぁ、それはどうでも良いですけど結局フーマはトウカを連れて行かないのですか?』

「当たり前です。今日着いてくるなら明日はソレイドに転移させてでも安静にさせます」

「そ、そこをなんとか」

「なんともなりません」

「うっ。わ、分かりました。あまり駄々をこねてフーマ様を困らせたくはありませんし、言う通りにいたします」

「そうしてくれると助かります。それじゃあ、今度こそ行ってきますね」

「行ってらっしゃいませフーマ様。無事なお帰りを心よりお待ちしております」



 こうして、どうにかこうにかトウカさんを説得することができた俺はトウカさんに見送られてダンジョンの中に転移した。

 ターニャさんが出発してからまだ十分くらいしか経ってないしおそらく直ぐに追い付くと思うけど、ハシウスには気付かれない様に先に進もう。

 あと、舞と合流したら何て謝るか考えておかないと。

 俺はそんな事を考えながら、移動を開始した。




 ◇◆◇




 風舞




 途中で親子喧嘩をするターニャさんとハシウスに気付かれない様にしてこっそりと進むことしばらく、俺は第5階層の大広間のど真ん中に立っていた。

 ちなみに、ここまで一度も魔物と戦っていないため全く疲れていない。



「ねぇフレンダさん。ここって多分迷宮王の部屋ですよね」

『はい。おそらくグリーンエイプキングがここにいたのでしょう』

「あぁ、緑色の猿の親玉ですか。確かにありそうですね」



 迷宮王は基本的にその前に出てきた魔物の上位種が出てくると聞いたことがある。

 第1から第4階層までの魔物は猿、芋虫、蟻、リスだったし、この中で上位種として出てきそうな魔物はおそらくグリーンエイプ一択だろう。



『それよりもフーマ。気がつきませんか?』

「気がつくって何がですか?ここまでの俺の感想は魔物少ねぇぐらいなんですけど」

『確かにそれもそうなのですが、この部屋には戦闘痕が全くありません』

「確かに戦闘痕はありませんけど、ダンジョンって自己修復機能があるんですよね?」

『自己修復機能とは言ってもそこまで万能なものではありませんし、魔法などを使えば地面や壁にその跡がしばらくの間は少なからず残ります』

「なるほど。つまりフレンダさんは誰かが迷宮王を部屋が汚れないくらい綺麗に倒したって言いたいんですね」

『はい。おそらく魔法以外の方法で何者かが迷宮王を一瞬で絶命させたのでしょう』

「あぁ、それは多分舞ですね。ソレイドのダンジョンでも迷宮王を一撃で倒したって言ってましたし、舞がグリーンエイプキングの首を切り飛ばしたんでしょう」

『そうですか。そうなると、フーマはマイをかなり怒らせたのでしょうね』

「え? 何でそうなるんですか?」



 確かに舞を怒らせてる自覚はあるけど、それは舞が迷宮王を一撃で倒したことと何の関係も無いんじゃないか?



『この様に戦闘の痕跡が無いのはこの部屋だけではありませんでした。ダンジョンに入ってからここまでの全ての場所で戦闘の痕跡がほとんどありません。そして付け加えて言うのなら、僅かに残っていた戦闘痕は全て斬撃によるものでした』

「それってもしかして…」

『はい。おそらく第一階層からここの迷宮王を倒すまでマイが一人で全ての魔物を倒しています』

「ま、マジかいな」

『マジです。普通ならその様に過度な消耗をする蛮行は誰かが止めるのでしょうが、マイは自分で体力と魔力の管理がそれなりに出来るでしょうし、マイの気迫に圧されて誰も彼女を止める事が出来ないでいるのでしょう』

「こわっ、急にマイに会うのが怖くなってきたんですけど」

『そうは言っても、あの娘の様なタイプは長引かせれば長引かせるほど気持ちが重くなっていきますし、謝るなら早いにこした事はありません』

「マジかぁ。謝るにしても何て謝れば良いのか分かんないし、本当にどうしよう」

『言葉を考えるのが面倒なら、マイに抱きついて乳でも揉めば良いのではないですか?』

「いくら考えるのが面倒だからってそれは流石にどうかと思うんですけど」

『しかし、フーマはマイの胸が好きなのでしょう?』

「俺をおっぱい星人みたいに言わないでください。俺はフレンダさんの無乳(ないちち)もフレンダさんらしくて良いと思いますよ」

『おい! ついに言いましたね! ついに言いましたね! 私を貧乳と馬鹿にするどころか、今貴方は何と言いましたか!!』

「無乳」

『無乳!!? 無乳とは何ですか! 私にだって少しぐらいはあります!』

「でも、フレンダさんのおっぱいって今のローズにも負けてるじゃないですか」

『巨乳のお姉さまと比べないでください!』



 確かに以前の大人バージョンのローズは巨乳だけど、今のちびっこバージョンは言うほど大きくないだろ。

 まぁ、フレンダさんに比べたら大分大きいけどさ。



「でも、多分俺がこの世界で知り合った女性でフレンダさんが一番無乳ですよ?」

『その無乳と呼ぶのをやめなさい! せめて貧乳と、貧乳と呼んでくださいよぉぉぉ!!』

「うわっ、もしかして泣いてるんですか?」

『泣いてません!』



 どう考えても泣いているし、さっきから嗚咽が頭の中で鳴りっぱなしだから泣いてないと言う方が無理があるのだが、流石にそれを指摘するのは可哀そうだから止めておく事にした。

 フレンダさんはおっぱいのサイズが無……かなり慎ましいのを気にしているみたいだし、これ以上いじめるのは悪い気がしてくるしな。

 まぁ、泣かせちゃった時点で手遅れな気はするんだけど。



「さ、さぁて、休憩も済んだしそろそろ先に進もうかなぁ」

『う、ううっ。悲しいはずなのに体がフーマの物だから全く涙がこぼれません」

「そ、そろそろ舞達に追い付くかなぁ」

『どうせ私は胸だけでなく部下からの信頼もない駄目な女なのです。せめて胸さえあれば胸を揉ませて喜ばせる事が出来たのに』



 うわぁ、フレンダさんが最低な事言い始めちゃったよ。

 部下に胸を揉ませて喜ばせるって、いくらなんでもそれは色々と問題がある気がするんですけど。



「ま、まぁ、フレンダさんは良い脚してますから大丈夫ですよ。部下に胸を揉ませるんじゃなくて、踏んでやればみんなフレンダさんの事を信頼してくれると思います」

「そ、そうでしょうか」



 もう自分でも何を言ってるのか分からないが、俺はフレンダさんが持ち直すまでひたすらに誉めちぎりながらダンジョンを進んだ。

 部下は踏めば喜ぶとか、週に一回はバニーガールの格好をすれば問題ないとかとんでも無いことをフレンダさんに言った気もするが、いずれフレンダさんが自分の肉体を取り戻した時にとんでもない人になっていても俺の責任ではないと思う。

 責任ではないと思いたい。




 ◇◆◇




 風舞




「あ、やっと見つけた」



 フレンダさんをよいしょしながら引き続きダンジョンを進んでいくと、第8階層で魔物がひたすら消えていく光景を見ているローズ達を見つけた。

 とうやら先程フレンダさんと話した様に本当に舞が一人で魔物を倒しているらしい。

 ダンジョンの中でいきなり近くに転移すると反射的に攻撃をされるおそれがあるので歩いて近寄っていくと、俺の気配を感知したらしいユーリアくんが話しかけてきた。



「やぁ、フーマ。そっちの首尾はどうだい?」

「ああ。ファーシェルさんにお願いしたら結構すんなり力を貸してくれる事になった」

「おお、そっちはやっぱりフーマに任せておいて正解だったね。ちなみに、ハシウスはどうしたの? 一応話をしに行ったんでしょ?」

「ハシウスはうるさかったから世界樹の中に放置してきた。今頃ターニャさんと一緒に第5階層ぐらいにいるんじゃないか?」

「お前、里長をダンジョンの中に転移させたのか? 流石にそれは処刑されるんじゃ…」

「俺がやったのは転移魔法陣のすぐそばに転移させただけですし、転移魔法陣の場所もちゃんと教えたんでそうはならないと思いますよ。きっと今頃親子仲良くダンジョン探索をしてるんじゃないですか?」

「ふむ。何はともあれそちらが上手くいったのならそれでよい。それよりもフーマ。お主、あれをどうするつもりじゃ?」



 そう言ったローズの指指す方向に目を向けると、真っ赤な鎧を身に纏って漆黒の刀を振り回す鬼がいた。

 って、鬼じゃなくてあれが舞か。

 舞まで30メートルくらいあるのにとんでもない気配がびしびし伝わってくるから、鬼が暴れてるのかと思ってしまった。



「ええっと、どうしたら良いと思う?」

「妾に聞かんでくれ。元はと言えばお主がトウカと乳繰り合っておったのが悪いんじゃろ?」

「えぇ、別に乳繰り合ってはなかったと思うんだけど…ていうか、なんでマイムの刀あんな色になってんだ?」

「原因は妾にも分からんが、迷宮王を倒した辺りからあんな感じじゃ。まぁ、マイム本人は問題ないと言っておったし大丈夫じゃろ」



 えぇ、あんなに禍々しい刀見た事ないけど本当に大丈夫なのか?

 どう見ても呪いの刀にしか見えないんだけど。



「それよりもほれ、早くマイムを止めて来んか。そろそろマイムに言葉が通じなくなってくるぞ?」

「は? それってどういう…」


「ガァァァ!! フーマぐんのぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛バガァ゛ァァァァ!!!」


「おいっ! どう見ても暴走してんじゃねぇか!!」

「じゃから早く止めて来いと言ってるじゃろ」

「無茶言うなよ! あんなの近寄ったら間違いなく殺されるぞ!」

「じゃから、元凶のお主が責任をとって止めて来いと言ってるのじゃろうが! 妾達でもあのマイムを止められる気はせんのじゃ!」



 えぇ、ローズでも止められないって無理じゃね?

 ちょ、ちょっと待って。

 そんなに背中をグイグイ押されてもマジで困るから。



「頑張ってねフーマ」

「まぁ、死なない様にな」

「お前が死んだら骨は拾ってやるから安心しろ」

「え!? 俺、死ぬんですか!?」

「ゴタゴタ言ってないでさっさと行ってくるのじゃ!!」



 そんな感じでみんなに見送られ…ではなく蹴り飛ばされた俺はヤギの魔物を斬り殺しまくっている舞の方へ無理矢理向かわされた。



『おいフーマ。このまま近付けば間違いなく斬られますよ?』

「って言われても、ミレンが腕を組んで監視してるから行くしか無いじゃないですか」

『では、せめて先にマイに声をかけてから行きなさい。いきなり近くに転移するよりは幾分かましな筈です」



 確かにそれなら出会い頭に斬られる事は無いんだろうけど、声をかけた瞬間に斬られるんじゃないか?

 今の舞は風魔法と縮地を併用した移動法を使ってもの凄いスピードで移動してるし、いくら直感と豪運があっても避けられる自信が無いぞ。



『おいフーマ。どうせこの階層の魔物をマイが全て倒したらフーマに気づくのですから、早めに声をかけた方が良いですよ。魔物が邪魔をしてくれる分、フーマに割く意識も少なくなると思います。第一、マイは貴方のパートナーなのですから、男らしくさっと謝って早く和解なさい』

「あぁ、もう。分かりましたよ。潔く諦めますよ」



 はぁ、酷く気が進まないけどいくら待っても謝りやすい雰囲気にはならなそうだし、フレンダさんの言う様に早く謝って許してもらうとしよう。



「おいマイム!! 俺はここにいるぞ!」

「ふ、フーマぐん゛!? フーマぐん!!!」



 うわ、声をかけた瞬間剣を投げ捨ててこっちに向かって走ってきたんだけど。

 縮地とかは使ってないみたいだから普通に目で追えるんだけど、スキルも魔法も一切使ってないのが舞が本気っぽくて逆に凄い怖い。

 とはいえここで退いたら舞が一層暴れそうな気がするし、両手を広げてしっかりと待ち構えるとしよう。

 例え舞にぶん殴られたとしてもそれは仕方のない事だし、例え何があっても受け入れるんだ。俺。


 なんて事を考えながら目をつぶってその時を待っていたのだが、いつまで経っても俺が殴られる事はなく、胸元に暖かい感触を感じて目を開くと舞が泣きながら俺の顔を見上げていた。



「よかったよぉ、風舞くんに捨てられてなかったよぉぉ」

「ちょ、ちょっと舞さん? ど、どうしたんだ?」

「私ね、風舞くんがトウカさんとお付き合いし始めて私を捨てたと思ったの。風舞くんはエルフのお姉さんが好きだって言ってたし、トウカさんは完璧なエルフのお姉さんでしょ? それでね、風舞くんは私の事が要らなくなるんじゃないかって思って、そしたら凄く怖くて寂しくて、それで、それで……」

『おいフーマ。魔物が迫っているのですがどうするのですか?』

「ま、舞。ちょっと待ってくれ。おいミレン! 後は頼んで言いか!?」

「うむ! ここは妾達に任せてお主はしっかりとマイムの面倒を見るのじゃ!」

「よし、それじゃあ舞。ちょっと移動するぞ」

「うん」



 間違いなく舞に殴られると思ってたから俺自身も意外な展開にどうすれば良いのか分からず困惑しているが、先ずは落ち着いた場所で舞とゆっくりと話をしなくてどうにもならない。

 舞には俺の気持ちをあんまり伝えて来なかったし、そろそろ舞にしっかりと向き合わねばならない時が来たのだろう。


 俺はそんな事を考えながら、俺の胸を掴んで子供の様に泣く舞をつれて世界樹から転移魔法で抜け出した。

6月12日分です。

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[一言] ヤンデレにもヤンデレの侘び寂びがあるだろうに。
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