75話 手紙の複製
風舞
「はぁ、すごい疲れた」
トウカさんとターニャさんのガチの喧嘩が勃発しそうになってから数分後、ようやく当初の目的通りファーシェルさん達を世界樹まで連れて来る事が出来た俺は両膝に手をつきながらそうボヤいた。
喧嘩自体は2人が攻撃を始める直前で、手錠ごとターニャさんを連れて適当な場所に転移する事でどうにか事前に防ぐ事が出来たのだが、ターニャさんを連れて戻って来るなりすぐに口喧嘩を始める2人の間に立つのがかなりキツかった。
「へぇ、ここがトウカの家なんだ」
「あぁ、はい。それじゃあさっさと転移魔法陣のある部屋まで行きましょう」
このままここでちんたらしてたらトウカさんとターニャさんがまた喧嘩を始めそうだし、さっさと要件を終わらせてこの手錠を外してもらいたい。
俺はそんな事を考えながらトウカさんの家の玄関を開けて中に入り、リビングを突っ切って廊下を進んで行った。
俺と手錠に繋がれているターニャさんが俺の右隣を歩いて、そのターニャさんに対抗意識を燃やしているのかトウカさんは俺の左隣をぴったりと歩いている。
トウカさんの家の廊下はそこまで広くないため三人横並びになっていてはかなり歩きづらいのだが、そこに突っ込みを入れるとまた面倒なことになりそうだから、多少の不自由は我慢するとしよう。
『おいフーマ。両腕にエルフの姫君を侍らせて嬉しいのは分かりますが、興奮を鎮めてください。体温と心音が不快です』
そんなフレンダさんの苦情を聞いていたトウカさんが恥ずかしそうにしながらも俺に抱き着き、それを見て何を思ったかターニャさんまで俺にだきついてきてかなり歩き辛くなるという一幕がありもしたが、クールな俺は一言も発さずに金属の扉を押し開けて転移魔法陣のある部屋まで全員を案内した。
やれやれ、この姉妹には本当に困ったものだぜ。
なんてくだらない事を考えながら二人の暖かさを堪能していると、トウカさんとターニャさんを引きずって歩く俺の後ろにいたファーシェルさんが転移魔法陣を視界に収めると、興味深そうに転移魔法陣に近づいて行きながら俺に声をかけてきた。
「ここがダンジョンへの入り口なのかい?」
「はい。それに乗れば世界樹…いや、ダンジョンの中に入れます」
「そうか。それじゃあ早速中に入るとしよう」
「その前にターニャさん。流石にこのままダンジョンの中に入るのは危険なので手錠を外してくれませんか?」
「うん。ここまで来たらフーマの話に疑う余地はなさそうだし、言う通りにするよ」
ターニャさんはそう言うと、俺とターニャさんを繋いでいた手錠を順に外していった。
これでやっと上着を脱げる。
ずっと暑くて脱ぎたかったけど手錠のせいで脱げなかったんだよな。
「お待たせしました」
「よし、準備は良いみたいだな。それじゃあ行くぞ」
こうして俺達四人は転移魔方陣に乗り、四人揃って世界樹の中に入って行った。
◇◆◇
エルセーヌ
「オホホホ。ご機嫌麗しゅうハシウス様」
ご主人様に面倒事を押し付けられ…、ではなくご主人様が無事に釈放されそうなのを確認した私はハシウスの執務室へと足を運んでおりました。
「ちっ、いつもいきなり現れるのはやめろと言っているだろ」
「オホホホ。私には私の事情があるのですわ」
「そんな事はどうでも良い。それよりも、明日の世界樹の調査は本当に問題ないのだろうな」
「オホホ。その件ですが、調査の必要はもうありませんわ」
「何?」
「オホホホ。ですから、調査の必要はないと言ったのですわ。ハシウス様はお耳が遠いのですか?」
「何だと!? それはどういう意味だ!」
オホホホ。
やはりこの男は直情的で御し安いですわね。
この様な場合、ご主人様なら知ったかぶりをして話を進めようと致しますのに。
まぁ、そういう時のご主人様は大抵既に情報を掴んでいて相手から更なる情報を聞き出そうとしているのですけれど。
「オホホホ。既に世界樹の魔物の異常発生の原因は掴めているのですわ」
「有り得ん! この俺が調べても未だ何も掴めていないのだぞ!」
オホホホ。
宮殿の中を駆けずり回って稀にトウカ様をなじるだけでは何の情報も掴めていなくて当然なのですが、この男は何を言っているのでしょうか。
どうやら事前調査のとおり世界樹と勇者に関する事柄となると、まともな判断ができなくなる様ですわね。
「オホホホ。私の主は事態の解決の為に既に動いていますわ」
「何!? お前の主人とは誰の事だ!」
「オホホホ。我が主は勇者フーマ。近頃この里を訪ねてきた黒髪の少年と言えばハシウス様にもお分かりになりますか?」
フレンダ様とミレン様との関係からご主人様は薄々勇者なのではないかと思っていましたが、先程の牢屋での一幕でその確証がとれました。
これでようやくハシウスを交渉の場に引きずり出す事が出来ますわね。
「何、勇者だと? お前はターニャを一方的に追い詰めたと噂の人間が勇者だと言うのか?」
「オホホホ。その通りですわ。我が主は間違いなく勇者でございます」
「ふざけたことを抜かすな。年端もいかないただの人間が我が父と同じ勇者なわけが無いだろう!」
「オホホホ。ハシウス様のおっしゃる通りご主人様は年端もいかないただの人間ですが、勇者としての実力と素質は備えております。ここで貴方がとやかく言ってもその事実は変わりませんわ」
「くそっ! ならばこの俺が直々にそのフーマとかいう人間を見極めてやろう!」
「オホホホ。それが宜しいかと。ただ、その前にあるお方から文書をお預かりしていますので、それに目を通してはいただきませんか?」
「……誰からだ」
「オホホ。ソレイドに住む雲龍の亭主からですわ」
「ちっ、あの女狐か。60年ほど前に渡した葉では足らなかったのか?」
「オホホホ。それは私には分かりかねますが、そう言えばご主人様と雲龍の亭主は親密な間柄であった筈ですわ」
ハシウスはその私の言葉に僅かばかりの反応を示したが、すぐに手元の文書の封を切って中身を読み始めました。
オホホホ。
ご主人様は私にオリジナルのお手紙を貸してはくださいませんでしたが、一度見たものなら複製するのは簡単ですし、やはり準備しておいて正解でしたわ。
私はその様な事を考えながら、怒りに肩を震わせながら文書を読んでいるハシウスを笑顔で眺めていました。
◇◆◇
風舞
「さて、これで世界樹がダンジョンだって証明出来たと思うんですけど、どうでしょうか?」
世界樹の中に入って数分でグリーンエイプに遭遇した俺は、一瞬でその魔物を倒してファーシェルさんにそう尋ねた。
昨日俺が来たときには転移魔法陣に入ると同時にグリーンエイプの大群に襲われたが、今日は入ってから数分で遭遇したし、その数もたった一匹だった。
どうやら舞達は順調に攻略を進めているらしい。
「ああ。これはいよいよフーマの話を信じざるを得ないな」
「それじゃあ、エルフの皆さんのお力を貸していただけるのですか?」
「力を貸すも何もこれを放っておいたらエルフの里は滅びるのだろう? 私は一刻も早く里に戻って戦に備えねばならない」
「ありがとうございます。それなら宮殿までお送りしましょうか?」
「いや、作戦を練る時間も欲しいし歩いて帰る。ターニャはお前に貸してやるから好きに使ってくれ」
「えぇ!? 私もママの方を手伝うよ?」
「いや、お前の様なやつは会議室にいるよりも現場に出る方が向いている。それに、次期頭首のお前が全線に立っていると言われてはうちの兵は本気を出さずにはいられなくなるからな」
「そういう事なら仕方ない…のかな? フーマはこの後どうするの?」
「一度ダンジョンから出て装備を整えてから、マイム達に合流する予定です。その後は状況を見てって感じですね」
「オッケー。それじゃあとりあえずはみんなで外に出よっか」
『おいフーマ。マイと合流する前にエルセーヌを探しなさい。おそらくハシウスの元へ行って何かしらの交渉をしているはずです』
軍隊の方はファーシェルさんが動かしてくれるみたいだけど、それでもハシウスとは話をつけないと駄目か。
今回のスタンピードをどうにかしても、その後でダンジョンに入る人がいなくなったらまた数百年後に同じことが起こってしまうし、ハシウスに世界樹がダンジョンであると知ってもらって頻繁に人が出入りする状況を作ってもらわなくてはならない。
「すみません。ちょっと野暮用を思い出したんで、ターニャさんとトウカさんは家で待っていてください。俺は先に出て色々と準備を済ませてきます」
「いいえ。私もお手伝いいたします」
「いや、流石にトウカさんに手伝ってもらうわけには…」
ハシウスはトウカさんに無茶なギフトの使い方をさせていた張本人らしいし、正直なところ今からの話し合いにトウカさんを巻き込みたくない。
だが、俺のそんな思いとは裏腹にトウカさんの眼差しは確かな決意を伴っていた。
「いいえ。これは私の問題でもありますので、私も連れて行ってください」
「…。わかりました。それではよろしくお願いします」
「はい!」
「よく分かんないけど、準備があるなら私も手伝うよ?」
「いえ。多分ターニャさんにはまだ早いと思うので、無理しなくて良いですよ」
「ちょっと! 私には早いってどういう事!?」
「はっはっは。それじゃあファーシェルさん。後はよろしくお願いします」
「ああ。日が沈む前には軍の編成を終わらせておくから、何かあったら私のところまで直ぐに知らせに来てくれ」
「了解です。それじゃあ行きましょうか」
「はい。よろしくお願いしますフーマ様」
「ねぇ! 私にはまだ早いって師匠はトウカと一体何をするつもりなの!」
「ターニャさんがもう少し大人になったらわかりますよ。テレポーテーション!」
こうして、ターニャさんの疑問に適当に答えた俺は転移魔法陣の目の前までトウカさんを連れて転移した。
どういう訳かソレイドの時とは違ってダンジョンの中の長距離転移にも関わらず魔力の消費量は大した事が無い。
ソレイドのダンジョンと世界樹では何かしらの違いがあるのか?
「フーマ様?」
「あぁ、いえ。何でもないです。それじゃあ行きましょうか」
「その前にフーマ様。少しだけよろしいですか?」
「はい。どうしたんですか?」
「フーマ様の魂の治療の件ですが、マイム様に合流した後でお時間がある様なら私にやらせてはいただけませんか?」
「でも、トウカさんの体はギフトの使い過ぎで万全じゃないんですよね。今も激しい運動は堪えるんでしょう?」
「確かに今の私は万全ではありませんが、どうせ戦いに出られないのなら少しでもフーマ様のお力になりたいのです!」
「トウカさんの気持ちは嬉しいんですけど、俺が覚えていた魔法は転移魔法以外だとLV4の火魔法だけなんで無理しないで大丈夫ですよ」
「しかし!」
「俺はトウカさんが傷つかなくても済むように戦うんですから、自分から傷つこうとしないでくださいよ」
「っっ!!」
トウカさんが顔を赤くしながら口をパクパクさせてる。
俺はギフトを使おうとするトウカさんを注意するつもりで言ったんだけど、何かマズかったか?
「どうかしましたか?」
「い、いえ。なんでもありません。フーマ様がそうおっしゃるのでしたら、ギフトを使うのはやめておきます」
「そう、ですか。それじゃあ、そろそろ行きましょうか」
「は、はい」
こうしてトウカさんと二人でいるのが微妙に気恥ずかしくなるという一件がありつつも転移魔法陣にのってダンジョンから出た俺は、トウカさんを連れて王宮へと戻った。
6月9日分です。