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74話 宮殿の地下牢にて

 風舞




「オホホホ。ご主人様が罪人となってしまうなんてとても悲しいですわ」

「うるせぇよ。まだ罪人と決まった訳じゃない」

「オホホ。そう強気な態度をとっていられるのも今のうちですわ。じきにファーシェル様がいらっしゃって、それはそれは恐ろしい拷問をご主人様に施しますからね」

「な、なんだと! あの最強のエルフの将軍が俺にあんな事やこんな事、果てはそんな事までするというのか!?」

「オホホホホ。ようやく自分の置かれている立場が分かった様ですわね」

「ちっ、こんな事なら捕まる前にターニャさんの袖の下に金貨でも詰めておくんだった」


「ねぇ師匠。牢屋に入れられてるのに何でそんなに余裕なの? あと、私の目の前で賄賂がどうとか話しちゃったら意味なくない?」



 ターニャさんに宮殿の牢屋まで連行された後、牢屋の金属格子を間に挟んでエルセーヌさんとふざけ合っていたらターニャさんにツッコミを入れられてしまった。

 エルセーヌさんは俺たちの傍から離れた後一足先に宮殿に来ていたらしく、つい先程ニヤニヤとムカつく笑みを浮かべながら俺達、というか俺の様子を見に来た。


 ちなみに、ターニャさんと俺は現在も手錠で繋がれたままの為、ターニャさんは牢屋の外で椅子に座って俺達を監視している。



「えぇ、賄賂要らないんですか?」

「何かくれるって言うならもらうけど、逃がしてあげたりはしないよ?」

「じゃあ、これをあげましょう。ソレイドの串焼き肉です」

「あ、ありがとう。師匠はアイテムボックスに色々入ってそうだから牢屋の中でも快適に暮らしそうだよね」

「流石にそんな事はないと思いますけど。あ、トウカさんも良かったらどうぞ」

「ありがとうございますフーマ様」



 俺の隣で足枷をつけられて座っていたトウカさんは笑顔でそう言うと、俺の渡した串焼き肉を上品に食べ始めた。

 串焼き肉をここまでお上品に食べる人初めて見たぞ。

 清楚なのに色気たっぷりってどういう事だよ。



「いえいえ、それよりもターニャさん。俺はこの手錠のせいで逃げられないんですから、この足枷は外してもらえませんか?」

「だから賄賂にはならないって言ったでしょ。その足枷は牢屋に入った人全員につけてるんだから我慢してよ」

「えぇ、さっきからこれがくるぶしにあたって微妙に痛いんですよね」



 俺は足枷を手で軽く叩きながらそう言った。

 トウカさんと俺がつけられている足枷は魔法の影響を受けづらい金属で出来ているらしく、重くて丈夫なため囚人を縛り付けるのには定番の一品であるらしい。

 牢屋の壁も一見するとただの石壁にしか見えないが牢屋を取り囲むようにこの金属の板が壁の中に埋め込まれていると言うのだから、囚人を捕まえておくこの環境をつくるだけでもかなりの金がかかっているのだろう。



「大丈夫ですかフーマ様。脚が痛むのですか?」

「あぁ、いえ。何となく文句を言いたかっただけなんで、本当は大した事ありませんよ」

「そうですか。それならば良かったです」


 トウカさんはそう言うと、慈愛たっぷりの表情でにっこりと微笑んだ。



 聖女や。

 騒乱の日々をおくる俺を癒してくれる聖女はここにいたのか。

 なんてくだらない事を考えながらトウカさんに笑顔を向けられてドギマギしていると、蚊帳の外というか牢屋の外にいたターニャさんがジト目をしながら俺達に話しかけてきた。



「ねぇ、いつから二人はそんなに仲良くなったの?」

「えーっと、多分1時間ぐらい前ですかね」

「え? いまいち師匠の言ってる事が分からないんだけど」

「だから、だいたい1時間ぐらい前にトウカさんとソレイドまで遊びに行って仲良くなったんですよ」

「そういう事を聞きたいんじゃなくて、いや…ソレイドに行ったていうのも気になるんだけど、なんで師匠を見るトウカの目が愛情に満ちているのか聞きたいんだけど」

「み、満ちていません! 私はただこの様な状況でも物怖じしないフーマ様の勇ましさに感銘を受けていただけです!」

「オホホホ。その様に慌てて返答しては本心が透けて見えてしまいますわよ」

「な、何の事でしょうか?」

「オホホホ。ですから、トウカ様がご、うぐっ!?」

「なぁ、エルセーヌさん。俺は人混みの中に放置された事を忘れてないぞ?」

「お、オホホ。そういえばご主人様、タオルをお持ちしたのですが汗をお拭きになりますか?」

「あぁ、ありがとう。エルセーヌさんは気がきくな」

「オホホ。お褒めいただき恐縮ですわ」

「ほら! 今もエルセーヌの追及からから守ってもらえて凄い嬉しそうな顔してるじゃん!」

「してません! いちいち人の行動に茶々を入れないでください!」

「オホホホ。流石は、うぐっ」

「はいはい。エルセーヌさんは黙っていような」



 そんな感じでいつも通りの雰囲気でガヤガヤと騒いでいると、地下牢への階段を降りてくる足音が聞こえてきた。

 なおも騒ぎながら階段の方に注意を向けていると、小気味良いヒールブーツの音と共に現れたエルフの軍隊の最高指揮官様が、俺たちの様子を見て呆れた様に口を開いた。



「やれやれ、お前達はここが何のための施設か知らないのか? 少なくとも私の認識では地下牢は薄暗くて陰気なところだったはずなんだが…」

「す、すみませんでした」

「あぁ、いや。別に怒っているわけでは無いんだ。それで単刀直入に聞くんだが、お前達は何をするつもりなんだ?」



 地下牢に降りて来たファーシェルさんはエルセーヌさんを忌々しげな表情で一瞥しながらそう言うと、ターニャさんの隣の椅子に腰掛けて俺たちの返答を待った。

 今日のファーシェルさんは丈の短いタイトなスカートを履いているため、その奥にある下着が見えそうな気がする。



「何だ? 正直に話したら見せてやってもいいぞ?」

「あ、いえ、結構です。もともとファーシェルさんには正直に話す予定だったんで、報酬が無くても素直に話します」



 良かった。

 誰も突っ込みを入れないし、俺がファーシェルさんの下着に興味を示していた事は気がついてないみたいだな。



「言ってくだされば、わ、私のものをお見せいたしますのに」

「師匠の変態」

「オホホホ」



 あ、流石は皆さん優秀なだけあって余裕で気付いてるんですね。

 はぁ、まだ下着は見てないっていうのにどうしてこうなるんだ。

 どうせ変態のレッテルを張られるんだったら見せてもらった方が良かったか?



「で、もう一度聞くがお前達は何をするつもりなんだ?」

「あぁはい。俺達、というか俺は全てのエルフを助けに来ました」

「……、詳しく話してみろ」



 そんな感じでファーシェルさんに釈明の機会をもらえた俺は、世界樹がダンジョンである事や、その世界樹がスタンピードを起こしそうな事、果ては俺たちがそれに対してどの様な作戦を立てているのかなど、俺の知っている限りの情報を一から十まで話した。

 ファーシェルさんとターニャさんは俺の話す内容に僅かな反応を示しながらも、終始無言で俺の話をただひたすらに聞いていた。



「というわけで、エルフの里にやって来た俺とトウカさんはターニャさんに捕らえられてここにいます」

「なるほど。フーマの言い分は分かった。だが、その話が真実かどうかはまた別の話だ」

「まぁ、普通はそうなりますよね。一応証拠を見せようと思えば見せられるんですけど、先に俺からいくつか聞いても良いですか?」

「内容によるが、とりあえずは聞くだけ聞いてやろう」

「エルフの皆さんって、世界樹のすぐ側まであんまり行かないんですか?」

「そんな事か。エルフの里では、巫以外の者が世界樹にみだりに近づく事は禁じられている」

「それは世界樹から魔物が出て来ているという異常事態でも?」

「ああ。私達エルフにとって世界樹は言わば生命線だ。仮に巫以外の者が世界樹に触れた影響で世界樹が枯れでもしたらこの里は間違いなく滅びる」

「それじゃあ、ターニャさんが俺達が世界樹に行くのを黙認してくれていたのは何故ですか?」

「だってフーマとマイムは勇者なんでしょ? お爺様とその一行は世界樹に何回も行ったって聞いたことあるし、それならフーマ達でも問題なくない?」

「……、どうして俺が勇者だと思うんですか?」



 エルフの里に来てからは俺と舞とローズは偽名で呼び合う事を徹底していたし、勇者だとバレる様な事は何もしていない筈だ。

 仮にボタンさんの様な記憶を読むギフトを持ったエルフがいたら話は変わってくるのだが、そんな強力なギフトを持つ人がそう何人もいるとは思えない。



「何でって言われても分かるから分かるとしか言いようが無いよ」

「それはターニャさんのギフトがそういう能力だって事ですか?」

「いや、私のギフトは開花してないからそうじゃないよ。強いて理由をつけるなら、私の中の勇者の血がそうだって言ってるからかな」

「そう、ですか」

「フーマも私達にその正体が見破られていると思っていたんじゃないのか? 何でもない普通の人間が宮殿に泊めてもらえるなんて思っていた訳では無いんだろう?」



 あぁ、やたら歓迎してくれるなとは思ってたけどそういう事だったのか。

 正直今の今まで勇者だとバレてるから歓迎されてるなんて思いもしなかったけど、別にファーシェルさんの勘違いを正す必要もないからとりあえずは便乗しておこう。



「ええ。ファーシェルさんの言う様にそう考えもしましたが、ターニャさんの意見はそこまで信用に足るものなのですか? 俺にはそれだけで勇者と認定されたとは考えられないのですが」

「いや、ターニャの意見だけでお前達は勇者だと判断されたんだ。この子の言葉はこの里では誰の言葉よりも重い。この里で勇者の血を濃く引いているというのは、フーマの思っている以上に私達にとって大事な事なんだよ」

「それじゃあ仮に俺が勇者だとして、勇者である俺がお願い事をしたら何でもその通りになるんですか?」

「いや、そうはならないよ。仮にフーマが勇者だって言った事がパパに知られたら間違いなく処刑されるだろうね。パパはお爺様の事を誰よりも尊敬している。いや、崇拝していると言っても良いかもしれない。つまりパパの中で勇者はお爺様だけであって、ぽっと出のフーマが勇者の名を語るなんて言語道断なんだよ」

「え、えぇ。いくら何でも処刑は酷くないですか?」

「いや、ターニャの言う事は誇張でもなんでもない。あの人にとって勇者は特別な存在なんだ。仮にフーマ達が勇者だって事が私とターニャ以外に知られたらフーマ達は死ぬまでエルフの軍隊に追われ続けるだろうね」

「ん? つまり俺達が勇者だって知ってるのはターニャさんとファーシェルさんだけなんですか?」

「うん。私からママにフーマ達が勇者だって話す時に口外はしない様にお願いしたの。見た感じフーマとマイムは勇者だって隠したがってるみたいだし、ユーリアの友達を困らせたくは無かったからね」

「な、なるほど」



 ありがとうユーリアくん。

 君のお蔭で俺と舞はハシウスに処刑されずにすんでいたみたいだ。

 今度彼の髪が伸びたらまた切ってあげるとしよう。



「それじゃあ、フーマとマイムは勇者だって事で良いのかい?」

「はい。ここで否定しても話が長くなるだけみたいですし、お二人には俺が勇者だと思っていてもらえた方が都合が良さそうですからね」

「そうか。それじゃあそろそろ話を戻すとしよう。で、だ。フーマの話したことの証拠はあるのか?」

「はい。実際にお二人を世界樹の中までご案内します。今頃はマイム達がダンジョンに潜って魔物を片っ端から倒していると思うので、比較的安全なはずです」

「え? マイム達は世界樹の中で戦ってるの?」

「はい。先ほどもお話した通りいつスタンピードが起きてもおかしくありませんし、少しでも里への被害を抑えるために魔物の数を減らしに行っています」

「そうだったんだ。フーマ達には迷惑をかけたね」

「いえ、全然そんな事ありませんよ。それよりも、マイム達の様子も気になるんでまずは世界樹まで行きませんか?」

「ああ。本来なら私達が世界樹に近づくなど言語道断だが、勇者がそう言うのであればそうするしかないか」



 ファーシェルさんがそう言いながらターニャさんに目配せをすると、ターニャさんが牢屋の中に入ってきて俺の足枷を外し始めた。



「俺には世界樹に近づいちゃいけないっていうのがよく分かんないですけど、エルフの皆さんは世界樹から魔物がやってくる原因はなんだと思ってたんですか?」

「トウカの儀式が不充分な事によって世界樹の老廃物が漏れ出しているのだと考えていた」

「老廃物ってどういう事です?」

「世界樹はその葉一枚をとっても絶大な効能を有している。そんな便利なものが何の代償もなしに手に入るわけないだろう?」

「あぁ、そういう」



 なるほど。

 俺達は世界樹がダンジョンだって事と巫の儀式が魔物の発生を抑えるものだって早い段階で分かったから魔物の発生原因がダンジョンの機能によるものだって簡単に想像できたけど、その二つの情報がないと魔物の発生原因が世界樹の老廃物の排出だと考えてもおかしくないかもしれない。



「ってあれ? トウカさんの足枷は外してくれないんですか?」

「だって、世界樹に行くにはフーマだけいれば十分でしょ?」

「えぇ、そんな意地悪しないでくださいよ」

「仕方ありませんよフーマ様。そのはこういう姑息な事を平気でする小さい女なのですから」

「あれぇ? 師匠に色目を使う事しか頭にないトウカが何か言ってるなぁ」

「ふふふ。ターニャ様の様なお子様には色目と尊敬の目の違いが分からないのですね」

「ちっ、つい最近までは大人しく私の話を聞いている事しか出来なかったのに、随分と言う様になったねぇ」

「そろそろターニャ様にも世間の常識というものを教えてさしあげようと考えたのです」



 えぇ、何でこの姉妹はいきなり喧嘩始めてるんだ?

 つい一時間ほど前のトウカさんはターニャさんと仲直りしたいみたいな事言ってたのに、いきなり頭をゴスゴスぶつけ合って罵倒しあってるんですけど。



「すみませんファーシェルさん。何とかしてください」

「はぁ、私に子守を任せようとしないでくれ。私だって子供のじゃれ合いの仲裁なんて面倒な事はやりたくない」

「えぇぇ。エルセーヌさん……はまた逃げたのか」



 あの人はいっつも旗色が悪くなったり面倒な事を押し付けられそうになったら姿を消すよな。

 近々フレンダさんに手伝ってもらってエルセーヌさんの躾をした方がいいかもしてない。



『おいフーマ。私はこんな鬱屈なところに長居したくないので早く何とかしてください』



 そんな事言われてもこの二人の間に入っていくなんて出来る気がしないんですけど。

 二人ともいつの間にか氷の剣と水の槍を向け合っちゃてるし。



『フーマならターニャから足枷の鍵を奪い取るぐらいわけないでしょう。早くなさい』



 あ、その手があったか。

 そうして智将フレンダさんのおかげで打開策を手に入れた俺は、ターニャさんのポケットから少しだけはみ出している足枷の鍵を手元に転移させた。


 転移魔法は密着してるものは転移できないけど、このぐらいの密着具合なら転移させることができるのか。

 いや、地面に立っている時は両足が地面にべったりと密着しているわけだし、正確には密着じゃなくて固定なのか?



『何を考えているのかは分かりませんが、鍵を手に入れたのなら足枷を外しに行きなさい』



 あぁ、はいはい。

 今外しに行きますよ。



「ねぇトウカぁ。師匠と何があったかは知らないけど、好きな人の前だからって調子乗ってると負けた時に痛い目をみるよ?」

「べ、別にそういう意図がある訳ではありません! 貴女は口を出すしか能が無いのですか!」

「へぇ、へぇへぇへぇー。何? 私とやろうって言うの?」

「ええ。望むところです」



 そう言って圧倒的冷気を放つ無数の氷の剣を展開するターニャさんと、逆巻く水の槍を牢屋の中を埋め尽くさんスピードで顕現させるトウカさん。


 ……あれ?

 鍵は手に入ったけど状況は何も変わって無くない?


 そんな感じで恐ろしい魔法が席巻する牢屋の中から逃げ遅れてしまった俺は、そんな事を考えながら壁にぴったりと背中をくっつけてダラダラと冷や汗を垂らし始めた。


6月8日分です。

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