表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
143/516

69話 睡眠魔法の弊害

 風舞




「よう、フーマ。また面白そうな事してんな」

「あ、こんにちはファルゴさん」



 宮殿からトウカさんの家に向かう道中、というかトウカさんの家の目の前でファルゴさんに声をかけられた。

 どうやらエルフの里からここまで団長さんと一緒に歩いてきたらしい。

 里から世界樹への通路に入るには許可証が必要だったはずだが、どこかで手に入れたのだろうか。



「なぁ、マイム。それ、この前はフーマが下だったけど面白いのか?」

「ええ。フーマくんの足になれてると思うとそう悪いものでも無いわよ」

「そ、そうなのか。なぁファルゴ…」

「俺は嫌だからな」

「べ、別に私達もやろうなんて考えてねぇよ!」

「はいはい。それじゃあ、ユーリアさんも待ってるだろうし早く入ろうぜ」



 ファルゴさんはそう言うと、トウカさんの家のドアを開けて中に入って行った。

 何となく舞が嬉しそうなのが微妙に嫌だった俺も自分の足で立ってファルゴさんの後に続こうとしたのだが、四つん這いになっていた舞に足首を掴まれて動きを止められてしまった。

 こういうホラー映画を見たことがある気がする。



「なぁマイムさん。離してくれないか?」

「あら、私はフーマくんの椅子なのだから、座ってもらうよう努力するのが椅子の役目でしょう?」

「……。なぁ、エルセーヌさん」

「オホホ。どうなさいましたか?」

「何でエルセーヌさんは俺を後ろから羽交い締めにしてるんだ?」

「オホホ。私はご主人様の背もたれですので、もたれかかってもらえるよう努力するのが背もたれの役目なのですわ」

「マジすんませんでした! お二人を椅子と背もたれにしようだなんて出過ぎた真似をしてごめんなさい!」

「あら、これはフーマくんの腕を折ってしまった私への罰なのだから、フーマくんが気にすることじゃないわよ。ねぇエルセーヌ?」

「はい。マイム様のおっしゃる通りかと思いますわ」



 おい、お前ら仲が悪かったんじゃないのかよ!

 何で二人揃って爽やかな笑顔で笑いあってるんだよ。



「なぁミレンさん」

「なんじゃ? 妾はどうすれば呪いの椅子から逃れられるのかなど知らんぞ」

「あ、そうっすか」



 結局呪いの椅子と背もたれから逃れることの出来なかった俺は、再び舞に座らされることになってしまった。

 一応食事の間はお行儀よくしましょうと力説したおかげで、二人とも椅子と背もたれの呪縛から解放してくれる事になったのだが、食後もこの拷問が待ってると思うといささか憂鬱な今日この頃である。




 ◇◆◇




 風舞




「私はもう大丈夫です。ユーリアのおかげで元気になりましたから、フーマ様方をもてなさせてください!」

「元気になったって言っても、姉さんはまだ万全じゃないでしょ! まだ寝てないとダメだって!」

「寝てばかりいては体力が落ちてしまいますから、魔法はもう結構です!」

「睡眠魔法をかけないと姉さんは勝手に起きるでしょ!」



 舞とエルセーヌさんの呪縛に捕らわれていた事が発覚した後で家の中に入ると、トウカさんに触れようとするユーリアくんとそれを手ではたいたり躱したりするトウカさんが何やら言い合いをしているところに出くわした。

 先に家の中に入っていったファルゴさん達が何も言わずに姉弟のやり取りを見守っていたため俺も黙って見守っていたのだが、いまいち状況を理解できなかった俺は隣にいたローズに話を聞いてみる事にした。



「なぁ、あの二人は何をしてるんだ?」

「どうやらユーリアがトウカを眠らせようとして、トウカはそれを防いでいる様じゃな」

「眠らせようとしてるってことは、あの手に触られると眠くなるのか?」

「うむ。大方、トウカがユーリアの魔法に抵抗するから、ユーリアはトウカの体に直接魔力を注ぎ込んで眠らせようとしてしておるんじゃろう」

「ふーん。で、あれはいつ終わりそうなんだ?」

「さぁ? 止めなければ永遠に続くのではないか?」



 えぇ、それじゃあ俺達の誰かがあれを止めに行かないとダメなのか?

 舞とエルセーヌさんはさっきからちっとも口を開く素振りを見せないし、残るは俺とローズとファルゴさんと団長さんなんだけど……。

 って、俺が顔を向けたら全員サッて目を逸らしたんですけど。


 マジで?

 俺があの二人の間に入らないとダメなのか?



「諦めてくださいユーリア! これ以上は私も怒りますよ!」

「姉さんが体を壊すまで働くからこうしないといけなくなるんでしょ! お願いだから大人しく寝ててよ!」

「ユーリアの魔法は何があっても目を覚まさないから嫌なんです!」

「そうでもしないと姉さんが起きるのがいけないんでしょ!」

「私だって子供ではないんですから寝ろと言われれば寝ます。でも、まさかこの歳でお、おねしょをさせられるとは思いませんでした!」



 え? 何それ?

 いかにも清楚と清純だけでできてそうなトウカさんがおねしょをしたのか?

 って、そうじゃなくてこの二人を止めないとだったか。



「あのー、よく分かんないんですけど、二人とも少し落ち着いてください」

「でもフーマ! 姉さんはまたギフトを使おうとしたんだよ!」

「だからと言っておねしょするまでトウカさんを寝かせておくのはやりすぎだろ」

「ふ、フーマ様!? も、もしかして聞いてらしたのですか!?」

「まぁ、はい。そりゃあ、あんな大声でおねしょがどうとか言ってれば、普通に聞こえますよ」

「な、なな……」



 あ、トウカさんが顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。

 そんなに恥ずかしがるなら言わなければ良かったのに。

 って、興奮しすぎてそんな事まで頭が回らなかったのか。



「ま、まぁ、おねしょぐらい何でもないですって。それに、元はと言えばユーリアくんの魔法が悪い訳ですし」

「っっ!! し、失礼します!」



 トウカさんはそう言うと、真っ赤になった顔を両手で隠しながら廊下の奥へと走って行ってしまった。

 そんなトウカさんを呆然と見送る俺に、2足歩行に復帰した舞が野次を飛ばしてきた。



「あー、フーマくんがトウカさんを泣かしたー」

「え? マジで? 俺のせいなのか?」

「そりゃあそうだろ。大人の女性におねしょがどうとかデリカシーが無さすぎるな」

「で、でも、元はと言えばユーリアくんがトウカさんと喧嘩してたのが…」

「へぇ、ター姉が僕達のために用意してくれたんだ」

「うむ。二人によろしく伝えるよう言われたのじゃ」

「って、全然話聞いてないし」



 ユーリアくんがトウカさんを魔法で無理矢理眠らせるのが悪いんじゃんと言おうとしたのだが、そのユーリアくんはローズの持っていた肉の入った木の篭を覗きこんでいた。

 あのユーリアくんが空気を読めないわけがないし、俺に言及されるのを避けるためにわざとローズに話しかけたな。



「はぁ、もう何でもいいや」

「フーマはいつも大変そうだよな」

「その内の3割ぐらいは団長さんの夫のせいなんですけどね」

「ん? 俺がどうかしたか?」

「いや、何でもないです」



 ここでファルゴさんに何かしらの爆弾を落とされたらたまったもんじゃないし、これ以上は余計な事は言わない方が良いだろう。

 ていうか、かなり疲れたし早く飯にして一息つきたい。



『おいフーマ。お腹が空きました』

「あぁ、はいはい。それじゃあ、なぁユーリアくん。その肉で適当に何か作ってくるからキッチン借りていいか?」

「え? フーマが料理をしてくれるのかい?」

「ああ。トウカさんにお詫びもしたいし、出来れば俺にやらせてくれ」

「それじゃあ、是非ともお願いするよ。あ、台所にある物は好きに使っていいから、最高の料理をお願いね」

「あいよ。それじゃあ、早速行ってくるわ」

「私もお手伝いするわ!」



 そんな感じで、俺と舞はトウカさんの家の台所を借りて今日の昼飯を作る事になった。

 打ち上げをするというのは元々はトウカさんの家に行くための口実でしかなかったのだが、折角だし出来る限りのご馳走を作ってみるか。


 俺はそんな事を考えながら、舞に座らされるのを避けるためにわざわざ転移魔法で台所まで移動した。




◇◆◇




風舞




 トウカさんの家のキッチンを借りて料理をする事約一時間、空腹を訴えるフレンダさんのためにちょくちょくつまみ食いをしながらも、俺と舞は合わせて五品程の料理を作った。

 俺が作ったものはレアぐらいに焼いた肉にソレイドで買ったピリ辛ソースをかけたものと、トウカさんの家にあった調味料を適当に使った野菜たっぷりの冷製パスタ、後はデザートのホットケーキである。

 一方の舞は彩り豊かなサラダと玉ねぎのソースがかかったお洒落なソテーを作っていた。


 俺の作った料理が粗雑な野郎飯だとすれば、舞の料理は高級レストランで出てきそうな洗練された絶品グルメといったところだろうか。

 どう見ても舞の料理の方が美味そうなのだが、俺の料理を味見した舞の感想はあり得ないくらいの高評価だった。



「て、天才だわ。私が今まで食べてきた料理は偽物だったのね」

「それって美味いって事で良いのか?」

「美味いなんてものじゃないわよ! 何をどうしたらこんなに美味しい料理ができるのよ!」



 舞がそう言いながら俺の襟元を掴んでガクガクと揺さぶった。

 えぇ、何で俺は怒られてるみたいになってるんだ?



「えーっと、適当に焼いて適当に味付けしたら?」

「かっ……」

「か?」

「完全に負けたわ。私の乙女の部分が完全にフーマくんに負けたわ」



 舞はそう言うと、まるで甲子園の決勝で満塁サヨナラホームランを打たれた高校球児の様に額に手を当てて遠い目をしてしまった。

 たかが俺の料理ぐらいでどうして舞にはこんなリアクションがとれるのかが不思議だ。

 普通に舞の作った料理の方が美味いと思うんだけど。



「で、でも、マイムの料理もかなり美味いと思うぞ? 何て言うか、こんな高級そうな料理を食べたのは初めてだ」

「ふふっ、お世辞なんて良いのよ。フーマくんの料理を食べれば間違いなくトウカさんも許してくれると思うから、少しだけ小皿に取り分けて持っていく事をオススメするわ」

「あ、ああ。それじゃあそうするけど、大丈夫か?」

「ふふふ。私は大丈夫よ。それよりも、少しだけ一人にしてくれると嬉しいわ」

「そ、そうか」



 遠い目をしてちっともこっちを見ようとしない舞のどこが大丈夫なんだよ。

 なんて事を思いもしたが、こういう場合の対処法が分からなかった俺は舞の言う通りにいくつかの料理を小皿に取り分けてトウカさんの元へ持って行く事にした。



「うわぁぁぁん!! こんなんでどうやって風舞くんの胃袋を掴めば良いのよぉぉお!!」



 俺がキッチンを出た直後、中からそんな大声が聞こえた気がしたがあれはおそらく空耳だと思う。

 というか、空耳だと思いたい。




◇◆◇




風舞




 キッチンを出て舞の心の叫びを聞きながら歩くこと数秒。

 俺は自分で作った料理を片手にトウカさんの寝室の前に立っていた。

 昨日世界樹の中に入るための入り口を探した時に、ユーリアくんが出入りをしているのを見たため、トウカさんの家の間取りはそれなりに把握しているのである。


 さて、思い返してみれば確かにおねしょトークはデリカシーが無かったかもだし、しっかりと謝罪をしないとな。

 なんて事を考えながら、俺はトウカさんの寝室のドアをノックした。



「トウカさん。先程はすみませんでした」

『……返事がありませんね』

「あのー、もしよろしければ料理を作ったので食べてみてくれませんか?」

『おい、それでは食べ物でトウカを釣ろうとしているみたいではないですか』

「でも、俺は大人の女性に謝罪なんてした事がないんで、作法とか全然わからないんですけど」

『大事なのは作法ではなく、誠意を見せる事です。そのぐらいの事なら貴方にもできるでしょう?」

「誠意ですか。それじゃあ……」



 フレンダさんに誠意を見せる事が大事だと教わった俺は、とりあえず日本人の俺に出来る最大の誠意の見せ方である土下座をする事にした。

 微妙にフレンダさんの言っている事とはズレている気がしなくも無いが、他にどうすれば良いのか分からなかったのだから、これが俺の精一杯の誠意の表れという事で許してもらいたい。



「すみませんでしたトウカさん。トウカさんの様な立派な淑女に対しておねしょの話をするなどデリカシーに欠けていました。今後おねしょについて話をする時は最新の注意を払い、当人にしか分からない様な隠語を使うよう心がけますので、どうか今回の件はお許しいただけないでしょうか」

『トウカ! あの最低野郎のフーマが空っぽの頭を下げてこうして謝罪をしているのですから、姿ぐらい見せたらどうなのですか! おねしょなんぞでそこまで恥ずかしがっていては、この先の長い人生を送ってはいけませんよ!』



 フレンダさんがドアの中に向かってそう呼びかけると、ギフトの力でフレンダさんの話を聞いていたのだろうトウカさんが顔を真っ赤にしながら勢いよくドアを開けて飛び出して来た。



「も、もう! フーマ様とフレン様は何をしにいらしたのですか! それで謝罪のつもりなら驚きを隠せませんし、おねしょおねしょって連呼するのは止めてください!」

「え、えぇっと、ごめんなさい?」

「何故そこで何を言われてるのか理解できていない様な顔をなさるのですか!」

「ま、まぁ、少し落ち着いてくださいよ。これ、ターニャさんがくれたお肉を調理してみたんですけど食べます?」

「口に物を入れておけば黙ってくれるのは子供に対してだけです!」

『おねしょで半ベソをかいていた小娘が何を言っているのですか』

「か、かいてませんし、私は小娘というほど幼くありません!」

『では、子供のフーマがトウカのために一生懸命作ってくれた料理を食べるのも大人の役目なのではないですか?』

「そ、それは…」

「あのー、もしよければちょっとだけでも良いんで食べてみてくれませんか?」

「はぁ、分かりました。それではお言葉に甘えて少しだけいただきます」

「どうぞどうぞ。少しと言わずまだまだいっぱいあるので、遠慮せずに食べちゃってください」

「……、ありがとうございます」



 トウカさんはそう言って俺から小皿を受け取ると、爪楊枝ぐらいのサイズの金属の串に刺さった肉を手にとって上品に口に運んだ。

 舞の見立てだとこれで許してもらえるらしいんだけど、果たしてどうだろうか。



「あ、美味しい」

『そうでしょうとも。フーマは料理と嫌がらせに関しては世界一の才能を持っていますからね』

「あのー、フレンさん? なんでさっきからちょくちょく俺をディスるんですか?」

『別にフーマを(けな)してなどいませんよ。ただ、真実をありのままに語っているだけです』

「さいでっか。で、お口に合った様ならまだいっぱいあるんで、皆で一緒に食べませんか?」

「分かりました。フーマ様にここまで美味しい料理を作っていただいては意地を張っている方が恥ずかしいですし、そうさせていただきます」



 トウカさんはそう言うと、普段の様な上品な笑顔で微笑んだ。

 ふぅ、一時はどうなる事かと思ったけど、何とか許してもらえたみたいで助かった。


 今日の世界樹に関する話し合いでは600年前の勇者に関する歴史と(かんなぎ)がエルフの里にとってどんな存在なのかを話すつもりだったからトウカさんにも参加してもらいたかったんだけど、これで全員揃ってお話を始められそうだから万事オーケーだな。


 さて、後は舞が復帰しててくれたら良いんだけど、あのわんぱく娘は何をしてるのかね。

 俺はそんな事を考えながら、トウカさんと一緒に昼食の用意してあるキッチンへと戻った。

6月3日分です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ