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64話 紹介状っぽい脅迫状

 風舞




 雲龍にてボタンさんと合流後、久しぶりに我が家に帰って来た俺はそのままアンのいる部屋に向かって元気よく挨拶をした。

 アンと会うのも久しぶりにだし、こういう挨拶はしっかりとしといた方が後々気まずくならないからな。



「よっすー。元気だったか?」

「よっすーって、あれ!? どうしてフーマ様がここにいるの?」

「どうしてって、ここは俺の家でもあるからな」

「いや、そう意味じゃなくて、エルフの里に行ってたんじゃないの?」

「行って来たぞ。ほら、これが世界樹の朝露」



 俺はそう言いながらアイテムボックスから350㎖のペットボトルくらいの大きさの瓶をアンに手渡した。

 ターニャさんがくれた世界樹の朝露が思ったよりも沢山あったため、おそらくアンの治療にはこれで十分な気がする。



「え、えぇ!? 世界樹の朝露って貴重なものなんでしょ? 何でこんなに沢山あるの?」

「ああ。なんかマイムがエルフのお姫様と仲良くなってもらった」

「もらったって、えぇ!?」



 おぉ、アンが珍しく興奮してる。

 確かによくよく考えてみたらエルフの里長の娘と仲良くなって、その上宮殿にタダで泊まらせてもらったり貴重な世界樹の朝露をタダで貰ってくるってとんでもない事だよな。

 異世界での暮らしが優雅すぎて気が付かなかったけど、この年で国賓扱いをされてるってどんだけだよ。



「まぁ、とりあえず良かったな。これでアンの病気も治せそうだぞ」

「え、えぇぇ」

「どうした?」

「その、フーマ様達が帰って来るのはもっと先の事だと思ってたし、こんなに普通に世界樹の朝露を手渡されると思ってなかったからちょっとびっくりしちゃったんだよ」

「そうは言うけど、俺が転移魔法を使える様になったのも世界樹の朝露が手に入ったのも今朝の事なんだから仕方ないだろ?」

「まぁ、それはそうかもしれないんだけど」



 アンはそう言うと、手の中にある世界樹の朝露に目を落として難しい顔を始めてしまった。

 こういうところはシルビアと同じで真面目だと思う。



「で、世界樹の朝露はこれで足りるのか?」

「それだけあればアンはんの魔力拒絶反応を5回は治せるやろうね」

「よし、それじゃあ大丈夫そうだな。それじゃあ、俺はそろそろ戻るわ」

「え? フーマ様また出掛けちゃうの?」

「ああ。まだエルフの里でやることが残ってるからな」

「いつ頃帰ってこれそうなの?」

「さぁ? 早ければ10日ぐらいじゃないか? なぁ?」

「なぁ? って言われても困るんやけど、フーマはん達ならそのぐらいで攻略できるんやない?」

「という訳だ。まぁ、ちょいちょい魔力に余裕がある時は様子を見に来るから、そんな心配そうな顔すんなよ」

「これは心配してる顔じゃなくて、呆れてる顔だよ」

「あ、そうっすか」



 確かに今のアンの顔はこれぞジト目って感じの表情になってるし、言われてみれば呆れている顔をしているような気もする。

 いきなり帰ってきたのはあれだったかもだけど、そんな顔で俺の事を見なくても良いじゃないか。


 なんて事を考えていると、アンがベッドから出てきて俺の右手を掴んだ。

 身長差がそこそこあるためアンのピコピコと動く犬耳はよく見えるのだが、表情までは正確に読み取ることができない。



「でも、ありがとうフーマ様。私のためにこうやって世界樹の朝露を手に入れて来てくれた事が凄くうれしいよ」

「気にすんなって。アンは俺の従者候補なんだからこのぐらい当然だろ?」

「全然当然なんかじゃないよ。私はフーマ様みたいな優しい人の従者になれる事が凄く幸せだよ」

「そっか。でもまぁ、今日までよく頑張ったな。これからはベッドに縛られず好きに生きてくれ」



 俺はそう言いながら、アンの頭に手を置いた。

 アンのふわふわの耳がパタパタと忙しなく動いている。



「ふ、フーマ様はズルいよ」

「そうか?」

「うん。ちょっとシルちゃんに申し訳なくなっちゃうかな」



 何でここでシルビアの名前が出てくるのかはよく分からなかったが、これでソレイドでの用事は一通り済んだしそろそろエルフの里に戻るとしよう。

 舞達と別れてからかれこれ一時間ぐらい経ってるわけだし、流石にこれ以上遅くなると舞に怒られそうな気がする。



「それじゃあボタンさん。後は任せていいか?」

「もちろんやよ。あ、そうだフーマはん。うちがフーマはんに渡した封筒はまだ持ってはる?」

「ああ。一応手放さずに持ってたけど、これがどうかしたか?」

「エルフの里に戻ったら、それをミレンはん達と開けて読むことをオススメするんよ」

「そう言うならそうするけど、これって紹介状みたいなもんじゃなかったのか?」

「まぁ、それは読んでからのお楽しみやね」



 ボタンさんはそう言うと、口元に手を当てて上品に笑った。

 今一話が見えて来ないが、ボタンさんがこう言うのなら俺達にとってありがたい情報が書かれているのだろうし、とりあえずは彼女の言う通りにしておくか。



「さてと、それじゃあそろそろ戻るわ。今度はマイム達も連れて帰ってくるから、それまでは待っててくれ」

「うん。ありがとうフーマ様」

「今回フーマはんがやろうとしてはる事はかなり難しいと思うんやけど、多分フーマはん達なら出来ひん事も無いやろうから頑張ってなぁ」

「ボタンさんにそう言ってもらえると心強いな。それじゃあ行ってくる」

「行ってらっしゃいフーマはん。ミレンはん達にもよろしゅうなぁ」

「……行ってらっしゃいませご主人様」



 アンが俺から離れてからスカートの裾を持ち上げて優雅にお辞儀をしながらそう言った。

 先程とは違ってアンの顔が赤くなっているのがよく分かる。

 もしかすると俺をご主人様と呼ぶのが恥ずかしかったのかもしれない。

 俺はそんなアンの様子を見てなんだか微笑ましい気持ちになりながら、エルフの里に戻るために転移魔法を使った。



「行ってきます。テレポーテーション」




 ◇◆◇




 風舞




「ただいま…って、あれ?」



 アンとボタンさんに別れを告げてエルフの里の宮殿に戻って来たのだが、俺の出発した部屋には舞とローズがいなかった。

 ただ、その二人の代わりにエルセーヌさんがベッドの上に転がっている。



「オホホ。お帰りなさいませご主人様」

「あぁ、ただいま。何やってるんだ?」

「オホホ。マイム様とミレン様からご主人様に言伝を頼まれましたので、こうして待っていたのですわ」

『まったく、この娘は叱る者がいないとすぐにだらけるんですから』



 あぁ、これはだらけてたのか。

 てっきり舞から手痛い攻撃をもらって倒れてんのかと思った。



「それで、マイム達はどこに行ったんだ?」

「オホホ。お二方はターニャ様とともに訓練場に向かいましたわ」

「ふーん」



 俺はそう言いながら手近にあった椅子を手元に転移させて、その椅子に腰かけながら先ほどボタンさんとの話に出てきた封筒の封を切った。



『一人で開けてしまっても良いのですか?』

「いやぁ、さっきから中身が気になってて我慢できなかったんですよね」

『まったく、フーマは堪え性がありませんね』

「はいはい。さて、なんて書いてあるのかね」



 俺はそんな事を言いながら、ボタンさんの綺麗な字で書かれた文書を読み始めた。

 エルセーヌさんは少しだけ俺達が何を読んでいるのか気になってはいる様だが、体を起こすのがよっぽど憂鬱なのか顔をこちらに向けるのみで全く動こうとしない。

 そんな感じでエルセーヌさんに見つめられながらボタンさんの書いた文書を読むこと数分。

 ようやく全ての内容に目を通した俺は、一度目頭を押さえて目の緊張を解した後で立ち上がって声をあげた。



「怖っ!!」



 ボタンさんからエルフの里長への紹介状を読んだ俺の率直な感想がそれだった。

 いや、紹介状と言うよりは脅迫文と言った方が正しいかもしれない。


 最初の数行は時候の挨拶やよくありそうな定型文が書き連ねられていたのだが、途中からはエルフの里の軍の機密がどうとか食糧の自給率と交易をどうするとか、俺達に便宜を図らないと里が不利益を被るように動くぞという旨が遠回しな表現で記されていた。



『あのボタンという獣人、お姉様の友人なだけあって中々やりますね。書かれている事のスケールがいささか大き過ぎる気もしますが、雲龍の店主という肩書きだけで全て一晩で実現させてしまいそうな気もします』

「そうですね。ただ…」

『はい。エルフの里の歴史と内情についてまで記されているとは思いもしませんでした』



 そうなのだ。

 ボタンさんの脅迫文の中で一際印象深い箇所をあげるとすれば、それは長くエルフの里で引き継がれてきた(かんなぎ)の役割と、600年前にあったという勇者による長老衆の殺害の真相について書かれている点だろう。


 仮に里長がこの脅迫文に目を通したら、本来ならそんな事実は存在しないと一笑に付せば問題の無い項目ではあるのだが、エルフの里に住む大勢のエルフにこの内容が広まった場合、統治に支障を来すだけの十分な説得力と証拠までが備わっていてはそうもいかない。



「ねぇフレンさん。これ、燃やした方が良いですよね?」

『確かにエルフの里を潰しかねないだけの情報がこれには書かれていますが、お姉様が目を通すまでは待ちなさい』

「でも、こんな危険物持っておきたくないんですけど」

「オホホ。それでは、私がお預かりしておきましょうか?」

「いや、それはない」

『ないですね』



 だってエルセーヌさんにこれを持たせておいたら、間違いなく悪用しそうな気がするし、仮にそんな事になったら俺の良心があまりにも痛む。

 俺は自分の従魔がそういう事を平気でする小悪党である事をよく知っているのだ。



「はぁ、とりあえずはアイテムボックスに入れておくか」

『それが良いでしょうね』

「まったく、ボタンさんは何て物を俺に持たせるんだよ」



 椅子から立ち上がった俺はそんな事を言いながら部屋の外へと向かった。

 そんな俺にベッドから降りて後ろからついてきたエルセーヌさんが声をかけてくる。



「オホホ。どちらへ向かわれるのですか?」

「どちらって、訓練場に決まってるだろ」

「オホホ。てっきりご主人様はターニャ様の事が苦手だと思ってましたから少しだけ意外ですわ」

「…………、何でわかった?」

「オホホ。私はご主人様の従僕ですが故」



 はぁ、まわりには悟られないように気をつけていたのに、どうしてこの従魔は変なところで鋭いのだろうか。


 確かに俺はターニャさんが少しだけ苦手だ。

 それは別にターニャさんの性格や容姿が気にくわないだとか、何か嫌な事をされたとかそういう訳ではないのだが、ターニャさんを見てるとどうもあいつを思い出してしまう。


 別にあいつとターニャさんが瓜二つというわけではないのだが、何というかあいつとターニャさんの生き様というかスタイルが似ている様な気がするのだ。



「はぁ、俺ももうガキじゃないんだから行くよ」



 ターニャさんとあいつは似ているだけであって、別に同一人物でもなんでもない。

 ここでターニャさんまで避けてしまっては俺は一生あいつとは顔を合わせることが出来ないままでいそうだし、何よりここで逃げたらあいつに負けた気分になる。



「オホホ。ご主人様は私から見たらまだまだ子供ですわよ」

『エルセーヌの言う通りです。貴方はまだまだ子供なのですから、話せるときになったらいつでも私達年長者に相談なさい』

「……ありがとうございます」



 俺はこの世界に来て沢山の尊敬する大人達に出会った。

 俺もいつかは頼りになるこの人達みたいに立派な大人になり、そしてゆくゆくは幼なじみである篠崎明日香ともまた昔の様に笑いあえる関係になれたら良いと思う。


 俺はそんな事を考えながら、ターニャさん達のいる訓練場へと向かった。

5月27日分です。

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