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61話 魂と記憶

 風舞




 フレンダさんによる魂の治療を受けていたはずが、気がついたら知らない場所で女体化していてその上体が勝手に動くという謎の事態に困惑していると、歩いていた足がかなり大きい扉の前で動くのを止めた。

 どうやらこの体はこの部屋の中に用があるらしい。


 扉の前で止まった女性の体は一度深く深呼吸をすると、大きな扉にノックをして声をあげた。



「陛下。先の軍会議の報告書をお持ちしました」



 あれ?

 この声聞き覚えがある。

 そんな既視感ならぬ既聴感を感じていると、扉の中から返事が聴こえてきた。



「うむ。入るがよい」

「はっ、失礼いたします」



 やっぱり聞き覚えがある気がする。

 もしかして、この体は俺の知ってる人のものなのか?


 俺がそう思っている間にも体は勝手に動き、大きな扉を押し開けて部屋の中に入った。

 どうやらこの部屋は執務室らしく誰かが奥のデスクに座っているのだが、扉の向かい側が大きな窓になっているため逆光でその姿がよく見えない。

 なんとなくシルエットで女性だっていうのは分かるんだけど、一体誰なんだ?

 俺がそんな事を思いながらなんとかしてあの女性の顔を見れないかと思っていると、その女性が言葉を発した。



「して、軍会議の報告書じゃったか?」



 何だこれ。

 別に会話の内容は大した事じゃないのに、殺気とは違ったものすごい迫力を感じる。

 どうやらこの体の持ち主も緊張しているらしく、心拍数が上がるのを感じた。



「はっ。軍備増強と軍予算についての報告書でございます」

「うむ。それではこちらに持って参れ」

「かしこまりました」



 中に俺が入っている女性はそう言うと、デスクの方へ歩いて行って持っていた封筒を差し出した。

 先程まで逆光でその顔がよく見えなかったが、近づいた事で美しい金髪の女性の顔がよく見える。



「うむ。確かに受け取ったぞ」



 封筒を受け取った女性は、フレンダさんに瓜二つの女性だった。

 ただ、フレンダさんとの違いをあげるとすれば、胸が大きい。

 多分舞よりも大きいし、ぺったんこのフレンダさんとはまさしく雲泥の差である。


 さっきから薄々感づいてはいたけど、この人もしかしてローズか?

 あの偉そうな話ぶり的にもそうだし、この体の持ち主がフレンダさんだとするとフレンダさんの目上の人はローズぐらいしかいなさそうだから、間違ってなさそうな気がする。


 へぇ、昔のローズってこんなにもグラマラスで美人だったのか。

 今の甘いものが大好きなちびっこ魔王様とは全然違うな。



「それでは、私はこれで失礼いたします」

「うむ。ご苦労じゃったなフレンダ」

「身に余るお言葉、恐悦至極でございます」



 あぁ、やっぱりフレンダさんで合ってたのか。

 俺がそんな事を考えている間に、フレンダさんはスカートの裾をつまんで優雅にお辞儀をすると、扉の方へ向かって歩いて行った。



「そういえばフレンダ」

「どうかなさいましたか?」



 フレンダさんが振り返ってそう言うと、大人バージョンのローズは壁に掛けられている双剣に視線を向けて口を開いた。



「この双剣は中々良い剣じゃ。改めて礼を言うぞ」

「あ、ありがとうございます」



 あ、フレンダさん凄い喜んでる。

 顔が凄く熱くなってるし、鼓動ももの凄く早くなっている。

 やっぱりローズに褒められるのは嬉しいんだな。



「引き留めて悪かったの。もう下がってよいぞ」

「はい。失礼いたします」



 こうして、フレンダさんはローズの執務室を後にした。



「やった」



 部屋を出てから小さい声でそう言いながらガッツポーズをするフレンダさんが何だか可愛かった。




 ◇◆◇




 風舞




「あれ?」



 先ほどまでフレンダさんの体の中にいたはずなのに、気が付いたら白い世界に戻っていた。

 体が慣れ親しんだ自分のものに戻っているし、もちろん自分の思うように動かす事ができる。

 さっきまでのは一体何だったんだ?


 そんな事を考えていると、フレンダさんが俺の顔を覗き込みながら話しかけてきた。

 どうやら白い世界で倒れた俺を膝枕していてくれたらしい。



「目を覚ましましたか。体調はいかがですか?」

「あぁ、はい。特に問題ないです」

「そうですか。それなら早くそこからどいてください」

「いや、もうちょっとだけ」

「はぁ。殴りますよ?」

「夢の中のローズに褒められたフレンダさんは凄い可愛らしかったのに、俺の扱いは随分と酷いですね」

「夢の中の私ですか?」

「はい。さっきまでフレンダさんがローズに報告書を渡しに行く夢を見てたんですよ」

「そう、ですか」



 ん?

 何かフレンダさんの表情が硬い気がする。

 何か問題でもあったのだろうか?



「あのー、どうかしました?」

「いえ、別に大したことはありません」

「それなら良いんでけど、俺が見た夢は何だったんですかね。大人バージョンのローズは見た事無かったのに夢に出てきましたし、俺の視点はフレンダさんのものになってました」

「そうですか」

「何ていうか、フレンダさんの記憶を追体験したみたいな…」



 あれ?

 もしかして本当にフレンダさんの記憶を追体験したんじゃないか?

 普通夢を見るなら俺が見た事ある人や物しか出てこないと思うけど、夢の中で出てきたローズとあの双剣は初めて見るものだった。


 今までフレンダさんの記憶を見た事なんてなかったし、今回フレンダさんがやった事はギフトを開花させた時や感覚共有の時とは別種のものなのかもしれない。



「フレンダさん。もしかして、今回の術は今までの2回とは違うものなんですか?」

「術の効果も目的も違うのですから、前回までと今回が違うのは当然です」

「いや、そういう意味じゃなくて、俺の魂の中に何か流し込みました? たとえば、記憶とか」

「……」

「フレンダさん?」

「別に貴方が気にすることではありません」



 やっぱり何かあるのか?

 今回フレンダさんが俺にやってくれた事は、魂を繋ぎ直す作業だと言っていた。

 俺の魂を繋ぎ直すだけならフレンダさんの記憶が流れ込んで来る事は無いと思うんだけど、もしかしてただ繋げただけじゃないのか?



「フレンダさん。真剣に答えてください。もしかして、俺の魂を治すのにフレンダさんの記憶…というか魂とかを使いました?」

「何故そのような事を聞くのですか?」

「答えてください」



 フレンダさんは俺から顔を逸らしていたが、誤魔化しきることは出来ないと思ったのか諦めた様に口を開いた。



「はぁ、確かにフーマの言う様に私の魂の一部をフーマに移植しました」

「やっぱりそうなんですか。そんな事をしてフレンダさんは大丈夫なんですか?」

「はい。使った私の魂はごく一部ですし、大した影響はありません」



 フレンダさんの魂の一部を俺に移植したという事は、フレンダさんはその分の魂を失ったという事だ。

 となると、先ほど俺が見た夢はフレンダさんの中から無くなってしまった記憶なのだろう。

 夢の中のフレンダさんはローズに褒められたことを凄く喜んでたし、あの記憶はフレンダさんにとってかなり大事なものであると思う。


 フレンダさんが大した影響が無いと言っているのは痩せ我慢か記憶を失った実感がないためかもしれない。



「フレンダさん」

「何ですか?」

「次からはこういう事をしないでください」

「しかし、貴方は魔法が使えなくては世界樹の攻略を出来ないでしょう?」

「確かに俺は弱いしフレンダさんの言う通りかもしれませんけど、俺はフレンダさんの大切な記憶を使ってまで、魔法を使いたいと思いません」

「別にフーマが気にする事ではありません。何を忘れたのかすら気が付かないという事は、大した記憶ではないのでしょう」

「そんな事言わないでください。長生きのフレンダさんにとって記憶の一部が無くなる事は大して痛くない事なのかもしれないですけど、そうやって自分の記憶が大した事ないものだって言うのは良くないと思います」

「怒っているのですか?」

「ええ。凄く怒ってます。少なくとも、今回フレンダさんが失った記憶はフレンダさんにとって絶対に大事なものですし、仮に取るに足らないことや辛い出来事でも忘れていい記憶なんてものは絶対にありません。俺はそんな大事なフレンダさんの記憶を自分の中から切り取って俺に移植した上に、その記憶を大したものではないと言うフレンダさんに腹が立ちます」

「そう、ですか」



 フレンダさんはそう言うと、再び俺から目を背けて俯いてしまった。


 少し言い過ぎたかもしれないが、記憶は人格を構成する上でかなり重要なものだ。

 記憶を失うというのは、アイデンティティを失う事につながりかねない。

 それに、俺はフレンダさんに自分の魂を削る様な真似はもうして欲しくない。



「俺のために自分の魂を削ってまで治療してくれた事は素直に嬉しいです。でも、もっと自分の事を大事にしてください。フレンダさんは俺にとっても大事な人なんですから、フレンダさんが傷つくのを俺は見たくありません」

「ごめんなさいフーマ」

「はぁ、こちらこそフレンダさんに心配をかけてすみませんでした。これからはフレンダさんに心配をかけないようにもっと強くなるんで、これからもよろしくお願いします」

「ふん。フーマのくせに生意気ですよ。でも、ありがとうございます」



 フレンダさんはそう言うと、ふんわりと微笑みながら目の前に座っていた俺の頭をくしゃくしゃっと撫でた。



「それにしても、あの時のフレンダさん可愛かったなぁ。ローズに褒められてやったって」

「な、何の事ですか?」

「多分ローズに双剣をプレゼントした後の事なんですけどね…」



 俺はフレンダさんの記憶を出来るだけ詳細に彼女に伝えた。

 そういえばあの双剣をローズが使ってんのを一度も見たことないけど、魔王城に置きっぱなしなのかね。



「って感じでローズの部屋の外に出たフレンダさんはちっちゃくガッツポーズしながらやったって言ってました」

「そ、そうですか」

「ねぇフレンダさん。俺はフレンダさんの視線で記憶を追体験したからフレンダさんがどんな感じでガッツポーズをしてたかよく分からないんですよね」

「私にはその記憶すらないんですから、フーマよりも分かりません」

「それじゃあ、ちょっとやってみてくださいよ」

「それじゃあって何ですか。って、また私の力を奪いましたね!」



 フレンダさんが俺の指にはまっている赤く輝く指輪を指しながらそう言った。

 さっきフレンダさんにナース服を着せた時は危うく反撃されそうになったが、俺は同じ轍を踏まない男なのである。



「さぁ、嬉しそうな顔をしながらちっちゃい声でやったって言ってください」

「誰がそんな事や…やった」

「ちょっと表情が固いです。抵抗しないでくださいよ」

「こんな事に強制力を使わないでください!」

「ダメです。これはフレンダさんが自分の記憶を削りとった罰でもあるんですから、素直に応じて下さい」

「そ、それを言われると弱いのですが」

「それじゃあもう一回」

「やった」

「はい、それじゃあ次は強制力を使わないでので自分の意思でもう一度」

「や、やった」

「もう少し嬉しそうな表情で」

「やった」

「今度は上目遣いでお願いします」

「やった」



 いやぁ、普段はツンケンしているフレンダさんが恥ずかしそうにしながら小さくガッツポーズをしてるのって結構いいな。

 こういうのをギャップ萌えというのかもしれない。



「あのー、そろそろ許してもらえませんか?」

「何言ってるんですか? 今晩はずっとこんな感じで俺と遊ぶんですよ?」

「このクソ野郎! 折角最近のフーマは少しだけ良いところがあると思っていたのに、見損ないました!」

「はいはい。それじゃあ、今日はミニスカポリスに挑戦してみましょうか」

「私の話を聞いてください!」



 その後、ミニスカポリスのお姉さんとツイスターゲームをやったり、和服のフレンダさんに膝枕をしてもらったり、サイズの小さいセーラー服でフレンダさんに後輩役をやってもらっておままごとをした俺は、ここ数日の精神的な疲労を完璧に癒す事が出来た。

 フレンダさんが遠い目をしている様な気もするが、あれはおそらく気のせいだろう。



「も、もう許してください。ごめんなさい。私が間違っていました」



 ……気のせいであるはずだ。

 そうして、久し振りにフレンダさんとオセロ以外の遊びを満喫した俺は、バニーガールの衣装でポールにもたれかかるフレンダさんを残して白い世界から現実の世界へと戻った。

5月24日分です。

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