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53話 姉弟の事情

 風舞




「はぁ。すごい疲れた」



 舞とローズに追い掛け回されて二人に散々涙を流していたのをからかわれた俺は、エルフの里の宮殿の一室にてベッドの上で大の字になって休んでいた。

 ちなみに、同室に宿泊予定の舞とローズはターニャさんに誘われて大浴場へと向かったためここにはいない。

 一応ローズがターニャさんを殴って気絶させた件を咎められるかと思って身構えて行ったのだけれど、ターニャさんは怒るどころか何故かローズを尊敬していたぐらいで、特に大きな問題となることはなかった。

 俺と舞はラングレシア王国に追われていてローズはスカーレット帝国から追われている身だから、これ以上エルフの里からも追われるなんて事態にならなくて本当に良かった。


 そんな事を考えながら天井を眺めていると、聞き覚えのある笑い声の女性が俺の寝ているベッドの方に近寄って来た。



「オホホ。お疲れ様でございますご主人様」

「あぁ、エルセーヌさんか。そういえば姿を見なかったけどどこ行ってたんだ?」

「オホホ。その前に遮音結界を張ってもよろしいですか?」

「あいよ」



 俺がそう言って体を起こすと、エルセーヌさんが俺の方に寄ってきて俺と腕を組んできた。

 エルセーヌさんの着ているゴシックドレスの滑らかな生地と彼女の女性特有の柔らかさがとても心地よく感じる。



「なぁ、何してんだ?」

「オホホ。遮音結界を張るためにはこうして密着していた方が魔力の消費が少なく済むのですわ」

「あっそう」

『気をつけなさいフーマ。そのには諜報活動の一環として色仕掛けも仕込んであります。気を抜いていると、色々と搾り取られますよ』

「俺に色目を使ったら、フレンダさんが復活した時エルセーヌさんを縛り上げてフレンダさんの目の前に放り投げるから気をつけろよ」

「お、オホホ。今宵は少し暑いですから肩を寄せ合うのはまたの機会にさせていただきますわ」



 そう言って俺から離れるエルセーヌさん。

 まったく、俺に色仕掛けをしてくるとは油断ならない悪魔だな。

 ほとんど目を閉じてるから感情が読み辛いし、気をつける様にしないと。



「で、わざわざ遮音結界を張ってまでして話す事って何だ? また何かやらかしたのか?」

「オホホ。ご主人様の命令通り、表に漏れる様な事はもうしていませんわ」

「表に漏れる事は…って、いや、それはもういいや。それで、どこに行ってたんだって話なんだけど」

「オホホ。(わたくし)はローズ様を訓練場までお連れしてシェリーの治療をした後、世界樹の調査決行の為の最終確認会議に参加していましたの」

「あぁ、そういえばそんな事やるって言ってたな。それで、いつからそれをやるんだ?」

「オホホ。3日後ですわ。先ずは世界樹周辺の魔物を一掃し、その後で世界樹に潜入して魔物の発生原因を突き止める予定ですの」

「へぇ、世界樹に潜入ねぇ」



 なんとなくなんだけど、エルセーヌさんがまだ何かを企んでいる様に見えるんだよな。

 この魔族は俺達がここにくる前からこの計画を動かしていたみたいだし、世界樹から魔物が出てくるのを抑えようとする目的はエルフの里での求心力を高める事だけではない気がする。

 よし、ここはカマをかけてみるか。



「そういえば、世界樹ユグドラシルがダンジョンであるのは良いとして、何階層分あるんだろうな」

「オホホ。そうですわね。私も周辺を確認したのみなので詳しい事は言えませんが、大体50層程だと思いますわ。基本的にダンジョンは攻略出来る様に出来ていますし、おそらく階層ごとの移動は……、あっ」

「ん? どうしたんだ? 続けても良いぞ」

「お、オホホ。なぜご主人様が世界樹がダンジョンである事をご存知なのですか?」



 あぁ、やっぱりまだ何か隠してたよ。

 大方ダンジョンの中にあるお宝を手に入れてやろうとか考えていたのだろう。

 世界樹ユグドラシルの中ではレアリティが低そうな葉っぱでさえも効果は絶大らしいし、迷宮王を倒した後のお宝はかなり希少価値が高そうだからな。



「さぁ、何でだろうな?」

『はぁ、エリスのおしゃべりな所は相変わらずの様ですね』

「そうっすね。でも、まさか本当に世界樹がダンジョンだったとは」

『ええ。エリスは世界樹を調査してそう判断した様ですし、おそらくそれで間違いないでしょう』

「ほう」

「お、オホホ。ご、ご主人様? (わたくし)にどの様な罰を与えるつもりですの?」

「別に大したもんじゃないぞ」



 罰、罰か。

 ぶっちゃけエルセーヌさんに与える罰とかなんでもいいんだよな。

 後は何かして欲しい事を探すぐらいなんだけど。

 あ、それじゃあ……。



「俺にもその話に一枚噛ませろ」



 俺は満面の笑みでそう言った。




 ◇◆◇




 ユーリア




 フーマ達がこの家を出て数時間後、夜も更けてきてそろそろ僕も寝ようかなと思っていた頃合で、ベッドの上で眠りについていたトウカ姉さんが目を覚ました。

 よかった。

 体調が悪い時は起きて一人だと不安になりやすいから、僕が寝る前に一度起きてくれて本当に良かった。



「ん、んんっ」

「あ、起きたのかい姉さん」

「ゆ、ユーリア?」

「そうだよ。久しぶりだね姉さん。いや、実際にはスタバでも顔を合わせてるから数時間ぶりかな」

「ユーリア!」



 姉さんはそう言うと、ベッドの横の椅子に座っていた僕に抱き着いて来た。

 僕は幼い頃の懐かしい記憶を思い出しながら、姉さんをそっと受け止めて頭を撫でてあげる。



「ユーリア、ユーリア、ユーリア」

「はいはい。僕はここにいるから大丈夫だよ」



 トウカ姉さんは昔からター姉や他のエルフの前では常にエルフの里のかんなぎとして、完全無欠な女性であろうとしていたれど、どうしても辛い事や悲しい事があった時はよく僕に甘えてきた。

 普段の姉さんは僕からしても完璧すぎて少し怖いぐらいだったし、こういうガス抜きをしていないと心がたないのかもしれない。


 でもそうか。

 もう長らくエルフの里には帰ってこなかったし、姉さんはその間一人で耐え続けてきたのか。

 そう思った僕は、少しの罪悪感からトウカ姉さんが落ち着くまでずっと頭を撫で続けていた。


 甘えてくるトウカ姉さんの頭を撫でる事数分、トウカ姉さんは一先ず落ち着いたのか僕からぱっと離れて一度僕に背を向けて涙を拭うと、いつもの完璧な笑顔で僕の方を向き直った。

 ここには僕とトウカ姉さんしかいないからそんな顔をしなくても良いんだけどなぁ。



「すみませんユーリア。お見苦しい処を見せましたね」

「ふふっ」

「何がおかしいのですか?」

「いや、なんだかこのやり取りが凄く懐かしく感じてね」

「そうですね。ユーリアとこうして会うのも約150年ぶりになりますか」

「そうだねぇ、そう考えてみると随分と長い間僕は旅をしてきたんだね」

「ふふふ。それではユーリアが旅をしていた間の事を話してはくれませんか?」

「いいけど、体調は大丈夫なの?」

「はい。マイム様のおかげで久方振りにゆっくり休めましたし、もう大丈夫ですよ」

「そっか。それじゃあフーマが体に良いスープを作ってくれたからそれを飲みながら少し話そうか。フーマの料理は凄く美味しいから期待していいと思うよ」

「フーマ様、ですか」

「ん? どうかしたのかい?」

「い、いえ。何でもありません」

「そう? それじゃあスープを温め直して持ってくるから少し待っててね。あ、ベッドから出たら凄く怒るからちゃんと横になって待ってるんだよ」

「ふふふ。それでは姉としてユーリアのお願いを聞くとしましょうか」



 僕はそう言って再びトウカ姉さんが横になるのを確認した後で、一度トウカ姉さんに声をかけてから姉さんの寝室を後にした。

 それにしても、姉さんが顔を赤くして恥ずかしそうにするところなんて初めて見た。


 流石はフーマだ。

 まだ出会って二日しか経っていない姉さんまで惚れさせるとは、伊達に女ったらしや鬼畜野郎なんて呼ばれてるだけの事はあるね。

 僕はそんな事を考えながら笑顔で厨房へと向かった。



「あ、本当に美味しい」

「でしょ? 僕も何回もフーマにこれはお店を出せるレベルだよって言ってるのに、フーマはユーリアくんは俺の事を誉めすぎだなんて言って、まったく自分の実力を理解してないんだよ」

「そうですか。これ程美味な料理を作れるのなら天下をとれるというのも納得できますのに、残念な事ですね」

「そうだね。……ところで姉さん。姉さんはフーマの事が好きなのかい?」

「す、好き? 何故そう思うのですか?」

「あれ、違うのかい? さっきフーマの名前が出た時恥ずかしそうにしていたから、そうだと思ったんだけど」

「あぁ、そういう事ですか。その、あの時はフーマ様の魂の不具合を治す話をしていたのです」

「ん? それでどうして恥ずかしがることになるんだい?」

「それはその、私が人間相手にギフトを使う時は抱き合って寝る必要がありますので………」

「あぁ、そういう事か」



 トウカ姉さんのギフトは生き物の本質を見通し、()()()()力と聞いた事がある。

 その詳細までは知らないが、かんなぎとして産まれたエルフは皆このギフトを持って産まれてくるらしく、世界樹を管理するためにギフトを使うときもこのギフトを使うらしい。


 僕も姉さんのギフトならフーマの魂の不調を治せると思っていたんだけど、まさか二人が既に約束していたとは思わなかった。



「はい。それでフーマ様にはもう少しだけ心の準備ができるまで待っていてくださいませんかとお願いしたのです」

「あぁ、その事なんだけど、フーマはトウカ姉さんの体調が良くなるまではギフトを使ってもらいたくないらしいよ」

「ですが、私はエルフのかんなぎとして一度結んだ約束を反故にする訳には…」

「それに、フーマは優しい子だから姉さんが巫としての責任とかからギフトを使うのも嫌がるだろうね」

「そう、ですか」



 姉さんはそう言うと、スープの入った木の器に視線を落として俯いてしまった。


 これで姉さんがかんなぎである責任から世界樹の管理をしているのなら、姉さんを里の外に連れ出せば済むんだけど、姉さんは巫である事に誇りを持ってるからそう上手くはいかないんだよなぁ。

 仮に姉さんが一言でももうかんなぎは辞めたいって言ったら今すぐハシウスを殴りに行って、姉さんと一緒にエルフの里から逃げ出すのに。



「ねぇ、姉さん。姉さんも僕と一緒に旅に出ないかい?」

「私はかんなぎですから世界樹から離れるわけにはいかないのです。それはユーリアも分かっている事でしょう?」

「うん。そうだったね、ごめん」

「それではユーリア。もう夜も遅いので貴方も休みなさい。私も食事をしたら眠くなってきたので、すこし横になりますから」

「………、うん。お休みトウカ姉さん」

「お休みなさいユーリア。久しぶりに貴方の顔を見られて凄く嬉しかったですよ」



 そうして、トウカ姉さんの笑顔に見送られた僕は姉さんの寝室を後にした。


 はぁ、長い間旅をして成長したと思ったけど、僕はまだまだ姉さんの力にはなれないみたいだ。

 僕はそんな事を考えながら、忌々しい世界樹の家の廊下を一人で歩いた。


5月16日分です。

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