10話 魔王の財力
風舞
土御門さんが早く依頼を受けたいと駄々をこねたが、冒険者証を発行した俺達は冒険者ギルドを後にした。
「しかし、言葉が通じないと不便だな」
「そうね。一から習得しないとダメかしら」
「ああ、そうじゃった。共通語はステータスポイントで使えるようになるぞ。意思疎通ができれば、お主らの奇行も少しはマシになるじゃろ」
「あら、そうだったのね? 今すぐに覚えるわ!…ってそうだ高音くんは…」
「ああ、お気遣いなく。お先にどうぞ」
そうか共通語っていう言語はステータスポイントで覚えられるのか。
それなら共通語っていうのも頷けるな。
まあステータスポイントが残り0の俺じゃあ今はまだ覚えられないか。
どうやら土御門さんはそんな俺を気遣ってくれたらしい。
「そういう訳にもいかないわ! 私達は仲間だもの。高音くんだけを置いていけないわ!!」
「そんな。俺は足手まといになりたくはない!土御門さんだけでも先に覚えるんだ!!」
「嫌よ! 足手まといなんてそんな悲しい事言わないで頂戴! 私達はパートナーじゃない!!」
「土御門さん!!」
「高音くん!!」
俺と土御門さんは熱い抱擁を交わした。
異世界に来ても土御門さんの優しさは全く変わらなかったようだ。
俺は心の奥底が暖かくなるのを感じた。
「お主ら、共通語くらいで大袈裟じゃの」
ローズのそんな一言を聞くまでは。
「ご、ごめん。土御門さん。気が振れていたみたいだ」
「え、ええ。私こそごめんなさい。私も少しはしゃぎすぎたわ」
微妙に気恥ずかしくなった俺と土御門さんはばっと離れ、そそくさと居住まいを直した。
今日までにも何回か抱きついたりつかれたりしていたが、他者に指摘されるとどうにも気恥ずかしい。
土御門さんも顔を真っ赤にしている。
「で、でも。共通語の習得は高音くんと一緒にやるわ。私だけ異世界を先に満喫するのは申し訳ないもの」
「ありがとう土御門さん。でも、俺も早くレベル上げるからもう少し待っててくれ」
「ふふ。待ってるわ」
「っっ!」
俺はその時の土御門さんのはにかむ顔を見て惚れ直した。
「まったく若者は良いのー。青春じゃのー」
うるせぇやい。
さて、茶番はこれぐらいにして。
「それで、次はどこに行くんだ?」
「次は商人ギルドじゃの。このピアスを換金しに行くぞ」
「ああ、確かに換金しないとダメか」
俺たちは再びローズを先頭に移動を開始した。
昼時になってきたからか、屋台で買ったものを道端で食べている人が増えてきた。
「いい匂いがするわね。あの謎肉の串焼き食べてみたいわ」
「ああ。確かに定番だよなぁ」
「なに、換金すれば食べられる。さっさと行くぞ」
換金後に何を食べるのかを相談しながら屋台を品定めしながら歩く事しばらく、俺達はローズの案内でようやく商人ギルドに着いたようだ。
「さて、妾が交渉をするから。お主らは何も話すでないぞ。澄ました顔をして妾の後ろに立っておればよい。勝手をしたら飯抜きじゃからな」
「了解」「わかったわ」
いささかローズが俺達を問題児扱いしすぎな気もするが、俺と土御門さんは大人しく返事をして彼女の後に続いた。
商人ギルドの建物は冒険者ギルドよりも一回り小さいが、人の出入りが激しく凄い熱気がある。
受付らしき場所には気の良さそうなお兄さんが座っていた。
ちなみに人間だ。
『商人ギルドへようこそいらっしゃいました。本日はどういったご用件でしょうか』
『うむ。今日はこのピアスを買い取って貰いに来たのじゃ』
『ふむ。買取ですか。それでは、鑑定をしてきますので一度お預かりします」
お兄さんはローズに手渡されたピアスをトレイに乗せると、お辞儀をして奥へと進んで行った。
「なあ、あれっていくらくらいするんだ?」
「うーむそうじゃの。エンシェントドラゴンは人族の間ではほぼ伝説扱いじゃし、大金貨数千枚くらいではないか? 人族にあれを加工出来る奴はそういないじゃろうしの」
「大金貨数千枚っていくらくらいなんだ?」
「さっきの屋台では銅の貨幣一枚で串焼き一本だったわ」
「ああ、お主が見たのは大銅貨じゃな。銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨の順に10倍ずつ価値が上がっていくのじゃ」
「ん? じゃあ、さっきの串焼きが一本100円くらいだとすると………あのちっさいピアスが数10億円かよ。凄まじいな」
「さ、流石は魔王ね」
「ふふん。そうじゃろう」
そんな話をしながら俺達が待っていると、さっきのお兄さんが偉そうなおっさんを連れて走って来た。
二人ともいささか興奮しているように見える。
『お、お待たせしました。私、ソレイドの商人ギルドを取り仕切っておりますゾラムと申します。あの、少しお話しをお聞きしたいので談話室まで御同行していただけないでしょうか?』
『ふむ。仕方ないの』
何やら談話室に行くことになったそうだ。
まあ、確かに物凄い価値のものをこうして俺達のような子供が持ってきたら、話も聞きたくなるわな。
こうして、俺達は商人ギルドの奥へとおっさんに案内されていった。
なんとなく俺と土御門さんは別に打ち合わせとかはしていないがソファーに座るローズの後ろに立っている。
従者っぽいポジションだ。
向かいにはおっさんが座り、後ろには受付のお兄さんが立っている。
『それで、何の用かの?』
『ええ。単刀直入にお聞きします。このような逸品をどちらで?』
『うむ。これは冒険者フラム・レッドにもらったものじゃ』
『フラム・レッドと言いますと、あの伝説のS級冒険者のことでしょうか?』
『ああ、そのフラム・レッドで間違いないぞ』
『なんと!!?』
お、なんかおじさんがびっくりしている。
『して、買い取って貰えるのかの?』
『その、買い取りたいのは山々なのですが我々ではあまりにも高額なので、大金貨をご用意できないのです』
『ふむ。それならば引換証を発行してくれれば良い』
『おお、寛大な処置感謝致しますぞ!』
『うむ。代わりと言ってはなんじゃが家を用意してもらえぬか?』
『家ですか。予算はいかほどでしょう?』
『そうじゃな、大金貨100枚程で頼む。家具の準備も頼みたい』
『かしこまりました。それでは夕刻の鐘までに用意いたします。使用人の手配はいかがなさいますか?』
『それは今日はよい。また必要になったら尋ねよう』
それにしても、俺の右隣に立ってる土御門さんの立ち姿は凄い綺麗だな。
さすがお嬢様なだけある。
『ええ、お待ちしております。何かありましたらこのジェイにお声かけ頂ければ私が直接ご対応させていただきますので、今後とも宜しくお願いします』
『うむ。よしなに頼むぞ』
話が終わったのかローズがすっと立ち上がった。
その後、受付のお兄さんに案内されて俺達は談話室を後にした。
受付に戻る途中ローズがお兄さんに何やら話しかけていたが、受付に戻った時に金属の札とお金の入った袋をローズが受け取っていたのでおそらくその件を申し付けたのだろう。
こうして、俺達は何の問題もなく商人ギルドを後にした。
冒険者ギルドの時に比べると実にスムーズにすんだものだ。
◇◆◇
商人ギルド談話室にて
風舞一行が去った後、商人ギルドの受付のジェイは同じく商人ギルドのギルドマスターゾラムにお茶を入れていた。
「ふう。緊張したわい」
「お疲れ様です。それにしても彼等は何者なんでしょうか?」
「おお、すまんな。俺にも詳しくはわからんが、エルフの貴族とその従者と言ったところであろう。おそらくフラム・レッドに貰ったというのも真実だろうな」
「あの伝説の冒険者フラム・レッドは生きていたのですね」
エルフはある程度体が成長しきるまでは人間と同じスピードで成長する。
彼らはまだ幼い風貌のローズを見て伝説のエルフのS級冒険者と顔見知りの可能性もあると考えたようだ。
「しかし、あのエルフの方が貴族というのはわかりますが、後ろに控えていた二人は従者なのでしょうか? エルフが人間とともに行動するとはあまり聞いたことがございませんが」
「そうだな。しかしあの二人が着ておった服は結構上等な仕立てのものであったし、小僧の方はともかく、あの嬢ちゃんの方はどこの礼儀作法かはわからんかったがよくできた立ち姿だった。おそらく高度な教育を受けていたのだろう」
風舞と舞が着ていたのは高校の夏服だったのだが、それがゾラムの目には男女対になっている高価な服に見えたようだ。
また、舞の幼い頃よりの土御門家の教育が長年貴族相手にも商売をしているゾラムにも一目置かれたようである。
「そうでしたか。勉強になります」
「対応したのがお前でよかったわい。他のやつだとあまりの金額にちょろまかしておったかもしれんからな」
「ええー。俺にはあんな高価な物、手元に置いといたら気が気じゃないですよ」
「ガハハ。お前のその臆病さが役に立ったな。今後あの方達とは顔を合わせる事が多いだろうからしっかりと頼むぞ」
「はあ。今から胃が痛いですけど頑張りますよ」
外面にはちっとも見せないが内面は結構気弱なジェイであった。
フラム・レッドはS級冒険者の時のローズの偽名です。