43話 スタバ
舞
「ねぇ見てシェリーさん! すごいわ! エルフがいっぱいいるわよ!」
「おいマイム! 恥ずかしいからあまり騒ぐなよ。エルフの里なんだからエルフがいっぱいいて当然だろ」
「もう、シェリーさんは真面目ね」
晩にオホホ女に襲撃された翌日、宮殿の滞在許可とかを遅れながらにとった私達は、昼になってようやくターニャちゃんとユーリアさんに案内されて警備兵の詰め所に向かっていた。
昨晩の話し合いは私とシェリーさんはエルフの内々の話であるためその場から身を引いたのだが、ターニャちゃんとユーリアさんは朝までエルフの里長さんやその奥さんと話しをしていたらしく、今もあくびを噛み殺しながら歩いている。
そんな眠そうなターニャちゃんの方へ顔を向けると、私と目が合った彼女がふと思いついたように口を開いた。
「ねぇマイム。お腹空いてない?」
「あぁ、そう言えばそろそろお昼ご飯の時間ね。確かに微妙にお腹が空いて来たわ」
「それじゃあさ、私のおすすめのサンドイッチとカーヒーのお店があるから寄ってかない? スタバっていうお店なんだけど」
カーヒーにスタバ?
どっかで聞いた事ある名前だけれど、私の知ってるものと同じなのかしら?
「ちょっとター姉。マイム達を詰め所まで案内するのが先でしょ。それに、護衛を一人もつけてないんだからまっすぐ詰め所まで行かないと」
「まったく、ユーリアは心配性だなぁ。大丈夫だって。この里で私より強いのはママぐらいだし、こうして私が宮殿の外を一人で歩いてるのはいつもの事なんだから」
「あぁ、それでエルフのお姫様がこうして普通に歩いていても、みんなあまり驚かないのね」
先ほどからすれ違うエルフ達は黒髪で目立つターニャちゃんを見ても全く驚かないし、それどころか親し気に挨拶をしたりしている。
私の持っているイメージだと普通お姫様が街に繰り出す時は、沢山の護衛をつれていたり変装をしてお忍びだったりするのだけれど、ターニャちゃんは先程ユーリアさんが言っていた様に一人の護衛も連れていないし、変装らしい変装は何もしていない。
唯一している変装と言えば、今朝から彼女がかけている黒縁のメガネぐらいなのだが、それも目の下のクマを隠すのと単純におしゃれの意味合いが強い気がする。
「はぁ、ター姉はエルフの里の次期頭首なんだから、もっと自覚を持ちなよ」
「はいはい。ユーリアは真面目だなぁ。それでマイム? どうする? 行っちゃう?」
「そうね。サンドイッチならテイクアウトも出来るでしょうし、寄って行きましょうか。ね、シェリーさんもそれでいいかしら?」
「おう。私は別にどっちでも構わねぇぞ。ただ、ファルゴ達も腹を空かせてるだろうしあいつらの分も買って行ってやろうぜ」
「そうね。それがいいと思うわ」
「だってさユーリア。マイムとシェリーは行きたいって」
「はぁ、それじゃあ出来るだけ僕から離れない様にしてよ。ター姉が暗殺とかされたら嫌だからね」
「ねぇ聞いたマイム? うちの弟がしばらく見ない間に凄い成長してるんですけど。やばくない?」
「ふふふ。二人は本当に仲の良い姉弟なのね」
「いや、僕はただファーシェルさんにター姉の面倒を見る様に頼まれただけなんだけど」
「ちょっとユーリア!? いくら何でもそれは酷くない!? 反抗期なの? ねぇ、反抗期なの?」
「はいはい。それで、お昼ご飯を買いに行くんでしょ? ほら、早く案内してよ」
「あれ? なんで私が聞き分けのない子供みたいに扱われてんの? ねぇ、ちょっとユーリア? お姉ちゃん悲しいんですけど」
「ほら、みんな見てて恥ずかしいからちゃんとまっすぐ歩いてよ」
そんな事を言いながらすり寄ってくるターニャちゃんを引きはがそうとするユーリアさん。
なんとなく、ユーリアさんのああいう表情を見るのは初めてな気がする。
私達と旅をしている間は頼りがいのある優し気なお兄さんって感じだったけど、あれがユーリアさんの本来の姿なのかもしれない。
そんな事を考えながらターニャちゃんとユーリアさんの後ろを歩いていると、私の横を歩いていたシェリーさんがボソッと独り言を漏らした。
「良いなぁ。やっぱり子供は二人欲しいよなぁ」
「シェリーさん?」
「ま、マイム!? 今の聞いてたか!?」
「え、ええ。その、頑張ってちょうだい?」
「な、ななな」
あ、シェリーさんが顔を髪の毛と同じくらい真っ赤にして動かなくなってしまった。
「シェリーさん?」
「お、おいマイム」
「な、何かしら?」
「この事は誰にも言うんじゃないぞ? 分かってるな?」
「ええ。絶対にファルゴさんに言ったりなんかしないわ!」
「いや、そんな任せといてちょうだい! みたいな顔されても全く信じられないんだけど」
「大丈夫よシェリーさん。私は結構口が堅い方だし、仮にファルゴさんに言うとしたらそれとなく伝えるわ」
「いや、だから言わないでくれって言ってるんだけど!」
「ふふふ。私に任せておきなさい!」
「おいマイム! 絶対にバラすんじゃねぇぞ!」
そうしてシェリーさんに絶対だぞ? 分かってるな? と何度も確認をされながらも、私達はターニャちゃんの案内で彼女のおススメだというスタバに向かった。
ふふふ、私にドンと任せておきなさいシェリーさん。
◇◆◇
風舞
「あのーミレンさん? そろそろ機嫌をなくしてくれませんかね?」
「おい、どうして椅子が喋っておるんじゃ?」
フレンダさんの感覚共有の術をテストしてローズを怒らせた翌日、警備兵の詰め所に行く前にエルフの里で昼食をとることにした俺達は、スタバという喫茶店でおしゃれなサンドイッチを食べていた。
このスタバというお店は600年前から続く結構な老舗らしいが、俺が日本にいた頃に見たスタバに凄い似ているし、おそらく昔の勇者が伝えたお店なんだと思う。
って今はそんな事よりもこの状況を何とかするべきか。
「その、流石に腕が痺れてきたんですけど」
『折角お姉さまのお尻をこうして感じられるのに、何か不満でもあるのですか?』
「ほう、お主はそんな事を言える立場なのかの?」
俺の上に座っているローズが尻の下でサンドイッチを食べる俺を睨みながらそう言った。
今日の昼に起きてからフレンダさんの感覚共有についてローズに説明して信じてもらえたものの、結局魔王様には昨夜の件のお怒りを鎮めてはもらえなかった。
まぁ、当然と言えば当然の結末か。
ちなみに、感覚共有とは今回フレンダさんが開発したフレンダさんが俺の五感を知覚する術の名前である。
俺とフレンダさんで俺の感覚を共有する、という事で付けられた名前だ。
「なぁミレン。結局フーマは何をしたんだ?」
「お、お主は知らなくてもいい事じゃ。それよりも、おかわりはいらんのか? どうせフーマの奢りなんじゃから好きなだけ食べて良いのじゃぞ?」
「マジで? それじゃあ、もう一個サンドイッチを頼むか」
「え? マジすか? 俺そんなに金持ってないんですけど」
「それならばここで皿洗いでもしたら良いのではないかの?」
「マジかいな」
「あのー、私は自分の分は自分で払いますよ」
ローブで顔を隠しているトウカさんがローズの椅子になっている惨めな俺に優しい顔でそう言ってくれた。
あぁ、なんて優しいお方なのだろうか。
俺はこの人が困っていることがあったら、どんな事でも力になろう。
そんな事を考えながら聖母の様なトウカさんに感謝していると、頭の中のシスコンポンコツ吸血鬼が俺に声をかけてきた。
『おい人間。お姉さまを支える腕が少しずつ曲がってきてますよ。お姉さまの椅子ならもっとそれらしくしなさい』
はぁ、フレンダさんも俺と同じ様にこの腕の疲労感を感じているはずなのに、どうしてこんなに活き活きしているかがわからない。
そもそも、元はと言えばこの頭のおかしい女がローズの理想の初体験なんてものを俺にやらせなければこうはなってないのに、どうして俺が重点的に怒られているのだろうか。
まぁ、特に何も考えずに行動に移した俺にも責任の半分くらいはあるんだろうけど。
そんな事を考えながら床に置かれたダークモカフラペチーノをストローでちゅーちゅー吸い上げていると、店の中に俺達以外のお客さんが入って来る音が聴こえてきた。
はぁ、遂に店員さん以外にもこの無様な姿をさらす事になるのか。
「ねぇ、ユーリアはもうちょっとお姉ちゃんの事を尊敬してくれてもよくない?」
「はぁ、そういう事を言うからター姉はダメなんだよ」
「ダメ!? 私ってダメなの? ねぇマイムー。ユーリアが意地悪な事言うんだけどー」
「だからシェリーさん。子供が欲しいならもっとガンガン押していくべきなのよ!」
「だから、別に子供が欲しいなんて言ってないだろ!」
『まったく、騒々しい客ですね。私とお姉さまの平和な時間を邪魔するとは万死に値します』
あれ、なんか聞き覚えのある声ばっかりなんですけど。
そう思って入り口の方に顔を向けると、団長さんをからかって楽しんでいた舞と目があった。
「ふ、フーマくん? 何をしてるのかしら?」
あ、やば。
これ絶対面倒な事になるやつじゃん。
俺は信じられないものを見たという様な顔をしている舞を見てそんな事を思った。
◇◆◇
風舞
舞達と合流して引き続きスタバにて、軽く顔合わせをした俺達は揃ってテーブル席についていた。
ていうか、ユーリアくんのお姉さんって一人だと思ってたけど義姉と実姉の二人がいたのか。
そんな事を思いながらトウカさんとユーリアさんの顔を見比べていると、ローズの目の前に座っている舞が俺を見下ろしながら口を開いた。
「それで、フーマくんはなんでミレンちゃんの椅子になってるのかしら?」
「え? 何? 俺が怒られるのか?」
「だって、ミレンちゃんが意味もなくフーマくんを椅子にするわけないじゃない」
「まぁ、そりゃあそうなんだけど」
「ん? フーマはミレンに何かしたのか?」
「うむ。あろう事かそやつは妾に夜這いをかけて来たのじゃ」
「いやいやいや。流石にそれは語弊があるだろ。俺がミレンに夜這いするわけないだろ?」
「あらフーマくん。それじゃあ何をしたのかしら?」
やばいやばいやばい。
舞が物凄い笑顔なんですけど。
これガチギレしてるやつだ。
『おい人間。何も臆する事はありません。お姉様を抱きしめて首筋に舌を這わせ、お耳を甘噛みをしたと正直に語れば良いのです。昨晩のあれは光栄なことなのですよ?』
はぁ、マジでこれ何て説明しよ。
舞とローズしかいないなら正直にフレンダさんの事を話せば良いんだけど、今はファルゴさんやユーリアくん達もいるし、そう易々と話す訳にもいかない。
こういう時は誰かに助け舟を出して貰いたいんだけど…。
そう思って周りを見回してみると、イチャつくファルゴさんとシェリーさんの奥に、話をするトウカさんとターニャさんが見えた。
「ねぇトウカぁ。久しぶりだねー」
「はい。お久しぶりですターニャ様」
「もうやだなぁ、昔みたいにターニャって呼んでも良いんだよ?」
「いえ。ターニャ様は当主様のご息女であられるが故」
「はぁ、もう良いや。それで、最近調子はどうなの?」
「すみません。私の力が及ばないばかりに」
「はぁ、そういう事を言ってるんじゃないんだけどなぁ」
ん? あの二人は仲が悪いのか?
さっき聞いた話だとあの二人は義理の姉妹らしいんだけど、義姉であるはずのトウカさんが義妹のターニャさんに敬語を使ってるし、何か複雑な事情でもあるのかもしれない。
「ねぇフーマくん。聞いてるのかしら?」
「あぁ、はい。聞いてます聞いてます」
「それで、フーマくんは私がいない間にミレンちゃんに何をしたのかしら?」
「ちょ、ちょっとマイムさん? 何かバチバチ言ってるんですけど」
「あら、静電気じゃないかしら?」
「いやいや、静電気はそんなにぶっとい雷でないと思うんですけど?」
「おいフーマ。椅子が動くでない」
ローズがそう言って俺の頭を押さえつけてきた。
ヒィィ、俺の目の前でしゃがみこんだ舞が俺の鼻先で雷をバチバチ言わせてる。
クソっ、この手は使いたくなかったけど仕方ない。
「ぬぉいしょお!」
「ぬわっ!? おい!いきなり何をするんじゃ!」
『あ、こら! 貴方は何をしているのですか!』
俺がいきなり立ち上がったため、俺の上に乗っていたローズが驚いた声を上げながらも地面にスタリと着地した。
ちっ、やっぱりそう都合よく転げ落ちてはくれないか。
俺はそんな事を考えつつもテーブル席の端に座っているトウカさんの元へ走って行って、その手首を掴んで無理矢理立ち上がらせる。
「ふ、フーマ様?」
「トウカさん。今すぐ俺にエルフの里を案内してください」
「今すぐ、ですか?」
「はい、今すぐです。ユーリアくん。これ、俺の財布」
俺はそう言って自分のポッケに入っていた財布をユーリアくんに投げつけた。
しっかりと俺の財布をキャッチしたユーリアくんが笑みを浮かべながら、口を開く。
「うん。それじゃあ僕達はもうしばらくここでお茶してるから、二人で出かけて来なよ」
「おう! それじゃあ行きますよトウカさん」
「え? ちょ、ちょっとフーマ様?」
俺は今一状況が飲み込めていないトウカさんに膝カックンをしてから彼女をお姫様抱っこして、 店の出口に向かって走り始めた。
「ちょっとフーマくん! 逃げようったってそうはいかないわよ! あと、トウカさんと逃避行なんて絶対にさせないわ!」
「おいフーマ! どこに行くんじゃ!」
俺が背中を向けて走り出したのを見て舞とローズが攻撃をして来ようとするが、俺には心強い味方ユーリアくんがいる。
「パラライズ」
「なっ? ユーリア、お主」
「ぐっ、体が痺れて動かないわ」
「いやぁごめんね二人とも。でも、僕はフーマに奢ってもらうのに何も返せないのは気が引けるからさ」
俺はそんなユーリアくんのカッコいい台詞を聴きながら、スタバのドアを蹴り開けて街に繰り出した。
ふぅ、トウカさんとターニャさんが仲悪そうに話しているのをユーリアくんが少し気まずそうに見てたからもしかしてと思ったけど、やっぱり俺の意図を汲んで協力してくれたな。
心優しいユーリアくんには自分の二人のお姉さんが仲が悪そうにしているのを見るのは辛かったのだろう。
まぁ何はともあれ、流石ユーリアくん。
俺のこの世界での一番の男友達なだけはある。
「あの、フーマ様? どこへ行かれるのですか?」
「そうですね。どこか行きたいところはあります?」
『おい人間! 今すぐ引き返してお姉様に謝りに行きなさい!』
「はいはい。今いいところなんで少し黙っててくださいね」
「あのー、フーマ様? 今日の昼から思っていたのですけれど、今の女性の声はどなたのものですか?」
「は、はい? 何の事ですか?」
「いや、ですから、ミレン様の妹らしきお方の声が先程から聞こえるというか感じ取れるのですけれど、フーマ様のお知り合いの方ですか?」
え? もしかしてフレンダさんの声がトウカさんにも聞こえてんの?
そういえばトウカさんは他人の魂の輪郭を感じ取る力があるって言ってたし、フレンダさんの感覚共有の声も聞こえちゃってんのか?
『どうやらバレているようですよフーマ』
「あぁ、そうみたいですね。とはいえ、何と説明したものか」
「すみませんフーマ様。別に詮索するつもりはありませんので、無理に話さなくても構いませんよ?」
「あぁ、いえ。別に大した話じゃないんですけど、簡単に言うとミレンの妹の、えーっとフレンさんの魂が俺の中にあるんです」
『おい人間。話してしまっても良いのですか?』
「いやだって、もう誤魔化しようがないじゃ無いですか」
『まぁ、それはそうなんですが…』
「ともかく話は後です。トウカさん、近場で誰にも聞かれずに話が出来る場所はありませんか? 多分もうじきマイム達が追って来ると思うので」
「えーっと、それではあの時計塔はどうでしょうか? あそこは限られた者しか入れませんし、最上階ともなると誰もいないと思いますので」
「それじゃあそこに行きますか。フレンさんもそれで良いですね?」
『はい。非常に業腹ですが、今は私の事も話さなくてはなりませんし仕方がないでしょう。』
「はいはい。それじゃあ少しスピードを上げるのでトウカさんはしっかり掴まっててくださいね」
「はい。よろしくお願いします」
トウカさんがそう言ってふんわりと微笑んだ。
俺はそんな彼女の笑顔を見てドキッとしつつも、エルフの人混みの中をトウカさんを抱えながら全速力で走った。
ただ、
はぁ、思い切って舞達から逃げ出したけどまた後で正座させられるなり椅子にされるんだろうな。
そんな不安が微妙に尾を引いていた。
5月6日分です。