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30話 クシャミ

 シルビア 雲龍にて




 フーマ様達がソレイドを旅立っておよそ10日後。

 私はボタンさんにとあるお願いをするために、彼女の料理店である雲龍へと訪れていた。

 キキョウはシャーロットさんと一緒にお使いに行ったっきりまだ戻って来てないみたいで、今ここにいるのは私とボタンさんのみである。



「お願いしますボタンさん。私にフーマ様の従者として相応しい女性になれるよう指導をしてください」

「フウマはんにもシルビアはんの頼みを聞くように言われとるからまぁええけど、突然どうしはったん?」

「ここ数日、私はフーマ様がいつお帰りになっても大丈夫な様にお屋敷の掃除をしたり、お庭の手入れをしたりしていましたが、勇者であるフーマ様の従者としてはそれだけでは不十分だと思ったのです。それで、私の知る限りあらゆる面で優れた女性であるボタンさんにご指導いただけたら、と」

「なるほどなぁ、そう言う事ならうちも満更でもないんやけど、具体的にシルビアはんはどうなりたいん? 従者とは言っても、やることは色々あるやろ?」



 私のなりたい従者。

 それは多分、マイ様の様にフーマ様のお傍にいつもいて、常に彼の事をそっと支えられる様な存在であると思う。

 私がこうしてソレイドで留守番をしているのは、アンの看病をする為でもあるけれど、きっと私の戦う力がフーマ様やマイ様、それにミレン様に遠く及ばない為でもある。

 それならば私は……。



「私は、強くなりたいです。もう二度と、ゴブリンキングの時の様にフーマ様に1人で戦わせる様な事はしたくありません。フーマ様と共に戦いたいとは言いません。でも、せめてフーマ様のご迷惑にならない様に、自分の身とアンを守れるくらいには強くなりたいんです」

「なるほどなぁ。シルビアはんの考えはよう分かったんやけど、勇者であるフウマはんの従者となると、今後は各国から暗殺や誘拐の手が伸びてくるやろうし、自分の身を守るだけでも結構大変やと思うんよ。それでもシルビアはんの覚悟は変わらへんの?」



 ボタンさんが私の身を慈しむ様に、優しい顔でそう質問をしてくれた。

 勇者であるフーマ様の従者になったら大変だろうなとは何となく思ってはいたけれど、まさか暗殺や誘拐の可能性まであるとは思ってもいなかった。

 しかし、私の心はフーマ様に仕えると決めたその日から、この命が尽きるその日まで彼のお傍にいようと決まっている。

 今更何を言われようと、怖気付くなんて事はないのだ。



「はい。それでも私は、例えどんな困難な事があってもフーマ様の従者として恥ずかしくない女になりたいのです」

「あらあらあら、恋する乙女は何よりも強いと言うんは、本当やったんやねぇ」

「べ、別にその、私はただ従者としてフーマ様に相応しい女になりたいというだけで、こ、恋をしているという訳では…」

「あらあら、フウマはんもこんなに可愛いらしい子を残して旅に出るなんて、罪な男やなぁ。

 」

「も、もうボタンさん! そんな事より、私の頼みは聞いてもらえるんですか!?」

「ああ、そう言えばそうやったな。ええよ。取り敢えずは、フウマはんが帰って来るまではうちがシルビアはんに稽古をつけてあげるんよ」

「ほ、本当ですか?」

「本当やよ。でも、うちのしごきは結構キツいと思うんやけど、シルビアはんは付いて来れるん?」

「はい。例えどんな訓練でも乗り越えて自分の力にして見せます!」



 フーマ様は今、アンの病気を治すために世界樹ユグドラシルへと向けて旅をしていらっしゃる。

 私の主人が私の親友の為に働いて下さっているのに、私だけがいつまでもソレイドで怠けている訳にはいかないだろう。

 こうしてボタンさんにお願いしに来るまでに色々と思い悩んで10日以上もかかってしまったけれど、今この時から私はフーマ様の従者として改めて生まれ変わる時なのだ。


 待っていて下さいねフーマ様。

 きっとフーマ様が帰って来るまでには、今よりも何倍もフーマ様の従者として相応しい女に生まれ変わって見せます!


 私は改めてそんな覚悟を決めながら、握りこぶしを作った。

 そんな私の様子を見て、ボタンさんがいつもの穏やかな表情で口を開く。



「シルビアはんの覚悟はうちにも(しか)と伝わったんよ。ほな、早速今から始めましょか」

「はい。よろしくお願いします」

「あらあらあら、シルビアはんのやる気も十分な様やね。ほんなら、今からソレイドのダンジョンに行って1週間で100階層の迷宮王を倒して来てくれひん?」

「は? 1週間で、ですか?」

「そうやよ? あ、もしかしてアンはんの看病の心配をしてはるん? それなら、うちが責任を持ってアンはんの様子を見ておくから何も心配あらへんよ。シルビアはんは自分の事だけを考えて全力で頑張ってなぁ」

「い、いえ。その、そういう訳ではなく、私のレベルでは100階層に1週間で辿り着くなど不可能である気がするのですが」

「だからレベルを上げる為に100階層まで行くんやろ?もしかして、嫌なん?」

「べ、別に嫌という訳ではありませんが」

「あらあら、ダンジョンに潜るのが嫌なら後はドラゴンと戦ってもらうか、魔族領域と人族の国の国境で傭兵でもやってもらうしか無いんやけど」

「それじゃあダンジョンに行って来ます! アンの事を宜しくお願いしますね!」

「ん? 結局ダンジョンに行くん? まぁ、アンはんの事はしっかりとうちが面倒を見ておくし、シルビアはんも頑張ってなぁ」

「はい。よろしくお願いします。それじゃあ、行って来ます」

「あらあら、死なへん様に気をつけてなぁ。それと、これはうちからの餞別やね。危なくなったらその魔道具を使えば姿と匂いが消えるはずやから、上手く使ってなぁ。ああ、せやけど、服までは消せへんから使う時は服を脱ぐ事を忘れんといてなぁ」

「は、はい。ありがとうございますボタンさん」

「ええんよええんよ。うちとシルビアはんの仲なんやし、このぐらい気にせんといてなぁ。それじゃあ、1週間後に強くなったシルビアはんに会えるんを楽しみしてるんよ」

「は、はい。頑張ります」



 こうして、私は雲龍を後にして万全の準備を整えた後で、ソレイドの街の中央にあるダンジョンへと向かった。

 まさかボタンさんの最初の指導がダンジョンを1週間で踏破して来いという無茶なものだとは思わなかったが、いつも私に良くしてくれていてフーマ様のお友達でもあるボタンさんが言うのなら、この訓練に間違いは無いはずだ。

 こうして、とても便利な魔道具も貸してくれたし、きっと何とか…………なったらいいなぁ。


 フーマ様。

 もしも私がダンジョンを踏破したら、また以前の様に頭を撫でて下さいませんか?


 私は心の中で北にいるフーマ様にそう言いながら、無謀な挑戦を前にして僅かな絶望を胸に抱きつつも、決死の覚悟を決めてダンジョンに潜った。




 ◇◆◇




 風舞




「へっくしょいの助!!」

「ん? 何だそのクシャミは? 風邪か?」



 村中を巻き込むんだファルゴさんと団長さんのラブラブイベントから数時間後、俺と舞とローズ、それにユーリアくんと団長さんとファルゴさんを含めた計6人の一行は、世界樹ユグドラシルへ向かって街道を北へと進んでいた。

 ソレイドを出た時は俺たち3人で始まった旅だったが、僅か数日で人数が倍になって、この荷台の中もかなり賑やかになった様に感じる。

 いや、実際に賑やかになったのか。



「いえ、多分誰かが俺の噂をしてるんだと思います」

「ん? どういう事だ?」



 俺の向かい座っていたファルゴさんが、自分の片手剣の手入れをしながら俺にそう尋ねてきた。

 こうして馬車に乗っている時点で改めて語るまでもない気がするが、結局ファルゴさんは俺達の旅に同行する事となった。

 一応は俺の護衛依頼を受けてくれたという事になっているが、さっきのキスを見ちゃった側からすると、それは体の良い言い訳にしか聞こえない。

 まぁ、元々ファルゴさんが俺達に同行する為の言い訳にならないかと思って出した依頼だったから、別に良いんだけど。


 因みに、今回俺が出した依頼の報酬は相場よりは格段に安いが、そこそこの額をしっかりと硬貨で支払う事になっている。

 はぁ、借金もまだまだあるのにまた大金が飛んでくのか。



「あぁ、俺のいた国では噂をされるとクシャミが出るっていう噂というか、言い伝えがあるんです」

「へぇ、それじゃあフーマは今誰かに噂されたのか?」

「まぁ、そういう事になりますね」

「因みに、誰に噂されたのかは分からないのか?」

「そりゃあ、流石に無理ですよ。そもそも噂をされたらクシャミが出るって言うのも、都市伝説みたいなもんなんですし」

「あら、本当にそうかしら? フーマくんには何か心当たりがあるんじゃないの?」



 ローズの耳をいつもの様にコリコリといじっていた舞が顔を上げてそう言った。

 因みに、団長さんはファルゴさんの横でイビキをかいて寝ていて、ユーリアくんはファイアー帝王の御者をしている。


 まぁ、それはともかく、噂を言われる人に心当たり?

 あるとすればクラスメイトとかか?

 でもまぁ、それならクラスで目立ってた舞の方が先に噂されるだろうし、俺だけクシャミする方がおかしいか。


 となると、後はソレイドにいる俺の知り合いの誰かって事になるんだけど、誰だ?



「いや、特にないぞ?」

「そう。それなら良いわ」

「あ、そう」


「全く、シルビアちゃんも油断ならないわね。まさかあんなオカルトチックな技を使ってフーマくんに存在をアピールして来ると思わなかったわ。まぁ、当のフーマくんはピンときてないようだけど」



 ん?

 なんか舞がオカルトがどうとか小声でブツブツ言っている。

 舞ってそんなにオカルト好きだったけか?

 まぁ、魔法とかエルフとかファンタジー色の強いものは結構好きなんだろうけど。



「そういえば今更なんだけど、フーマ達は世界樹に行って何をするんだ? 観光って訳じゃ無いんだろ?」

「ああ、そういえば言ってなかった気もしますね。俺達は世界樹ユグドラシルの朝露を採りに行くんですよ。ああ後、落し物の回収もですかね」

「ん? 落し物の云々はよくわかんないけど、世界樹ユグドラシルの朝露を採りに行くって本気か?」



 ファルゴさんが物凄く驚いた顔でそう言った。

 あれ?

 俺、何かおかしな事言ったか?



「はい。一応そのつもりでこうして旅をしてるんですけど」

「マジか。あの伝説のアイテムを本気で採りに行くやつがいるとは思わなかった」

「え? 世界樹ユグドラシルの朝露ってそんなに珍しいものなんですか?」

「何だ? 知らなかったのか?」

「はい。世界樹ユグドラシルの葉っぱとかよりも朝露だけなら回収も楽だと思ってたんですけど」



 なんとなく世界樹の葉っぱとかって高そうなイメージがあるけど、朝露はそこまで希少では無い気がしていた。

 何せ、朝露は朝の低い気温で水蒸気が凝結したただの水なんだし、このぐらいの季節なら朝早くに行けばアンの治療に必要な分ぐらいは簡単に集められそうな気がする。

 まぁ、世界樹の朝露って言うぐらいだからただの水じゃなくて、特別なものではあると思うんだけど。



「いやいや、普通に降ってくる葉っぱよりも、朝露の方が回収が大変だぞ。フーマは世界樹ユグドラシルをそこらの低木か何かだと勘違いしてるんじゃないか?」

「流石にそんな事は思って無いですけど、普通に登れば葉っぱについてる朝露を回収出来るんじゃないですか?」

「普通にってお前、そんな事できる訳無いだろ? 世界樹はあそこに見えるグラズス山脈より高いんだぞ? そんな馬鹿でかい木を登れるとしたら、空を飛べる奴か転移魔法を使える奴しか……ってミレンは転移魔法を使えるんだったか」

「うむ。エルフの里でいくら大金を積んでも手に入らん場合は、世界樹に登る事も考えておる。まぁ、その場合は世界樹に住む精霊とやらと戦わねばならんじゃろうから、出来れば登りたくないんじゃがの」

「えぇ、精霊とか初耳なんですけど」

「まぁ、言っておらんかったしの」



 ローズがテヘペロをしながら俺にそう言った。

 テヘペロなんていつの間に舞に教わったんだ?

 舞がローズの頭に当てる手の位置を修正してるし、間違いなく舞に教わったんだと思うんだけど。



「はぁ、相変わらずフーマ達は無茶苦茶だな。普通、大して情報を持って無い所に危険を(おか)してまで行こうと思わないだろ」

「まぁ、今まで成り行きに任せてなんとかなってますし」

「そうね。むしろしっかりと計画を立てて行動した事の方が少ない気がするわ」


「なぁシェリー。何か凄い不安になって来たんだけど、俺達本当にこの馬車に乗ってて大丈夫か?」



 ファルゴさんが自分の横で寝ている団長さんにそう声をかけながら、彼女にかかっていた毛布をかけ直した。

 えぇ、流石にそこまで不安になる様な事は無いと思うんですけど。


 あれ?

 でも俺、この世界に来てから既に2回程死にかけてなかったか?

 そう考えると、ファルゴさんの言う事もあながち間違いでも無い気がして来た。

 ……。

 よし、出来るだけ事前によく考えてから行動する様にしよう。


 俺はそんな事を考えながら、未だ見えぬ世界樹ユグドラシルへと向かう馬車にガタゴトと揺られていた。

4月23日分です。

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