「先輩」
平日、C中の吹奏楽部は基本的に割り当てられた教室でパート練習をしている。
私がユーフォパートに1年生で入った時、ユーフォの先輩は3年生が1人だけだった。
その先輩が卒業して、今年はパート練習といったらいつも1人での練習だった。1年生の後輩も他のパートに取られ、誰かもう1人ユーフォがいたらいいのにと思ってはいたが、、
(なんで弟とパート練しなきゃいけないわけ、、?)
放課後はユーフォパート用の練習教室になる2Fには、私と奏の二人きりだった。
奏は気まずそうにつくねんと座っている。入部したいなどとは一言も口にしたことが無かったので私も驚いたが、まさか姉と同じパートにぶちこまれるとは思っていなかっただろう。完全に出鼻を挫かれた様子だ。
まあ完全に二人きりなら家にいるのと変わらないからむしろやりやすいかも知れないが、、
私は教室の外にチラリと目をやった。
ドアの隙間からひょっこり顔を覗かせる二人。
私達姉弟をこんな目に遭わせた張本人、大和とカノンだ。
この吹部はふざけた奴が多いので何か面白いことがあると毎回部をあげて騒ぎ立てるのだが(そんな中で私は理性のある方だと自負している)、それを先導するのが大抵この副部長二人だ。
仕事をしないわけではないから副部長としては問題ないが、部活きっての面白い物好き、イタズラ好きの二人が同じ役職に就いたことで、その破壊力は以前よりまして凄まじいものになっている。
その弊害がまさかこんな所に現れて、私が被害者になるとは、、不本意だ。
なるべくソワソワしている連中を視界に入れないようにしながら、私は弟に向き直った。
「おい」
「、、ん?」奏が苦笑いを顔に張り付けたままゆっくりとこちらを向いた。
「じゃあパート練習するよ」
「あ、うん」
すかさずカノンの声が飛んでくる。
「返事は『はい、先輩』」
私も奏もカノンの方を振り返ったが、私達が何か言う前に少しだけ開いていた扉はピシャリと閉まった。
恨みを込めて扉の方をにらむが、向こう側にいるであろう二人はピクリとも動かない。
打ちひしがれている奏と顔を見合わせ、何も言葉が出てこずに下唇を噛む。後ろの方でまた扉がちょっとだけ開いた音がした。
「、、えーと、、」
「、、、」
「じゃあ、パート練習しよう、、」
「、、はい、先輩、、」
奏が幽かな声でそう言った途端、教室の外からワッと歓声が上がった。
「やった!」
「言わせた!!」
「『はい、先輩』!」
「『先輩』!!」
(二人どころじゃなかったのか、、)
教室の外へ出てみると、部員達がほぼ全員集まって大騒ぎしている。
「お前らァ!!!」
私が叱りつけると、皆ばたばたとあちこちの教室へ散っていった。
「ぎゃー」
「彩音先輩がおこったあああ」
「にげろー」
2Fの周りに人がもう隠れていないのを確認して、私は奏の元に戻った。
「はい、じゃあパート練習やるよ」
「あ、はい、、」
奏が微妙な顔でこっちを見てくる。
「何よ」
「彩音先輩は部員達に恐れられていらっしゃるんですか?」
「違うから!ていうか敬語やめて!何か馬鹿にされてる気がする!」
「あ、いいんですか」
「あいつら面白がってるだけだから」
「よかった」
「よし、、じゃあ吹いてみよ」