彩音と奏
「入部希望?」
ちょうど扉の前にいた女子が、僕が握りしめている入部届をちらっと見て言った。
ピカピカに磨かれた金色のアルトサックスを抱えている。
胸元のバッジを見ると、青。1年先輩だ。
「はい、響 奏といいます!」
緊張から顔が熱くなっているのを感じながら、僕は名乗った。
「へー」
彼女は訝しげに僕の方をじっと見た。
その瞳に吸い込まれそうになって、僕はあちこちに目をそらす。
彼女は僕から目を離さないまま、ボソリとつぶやいた。
「ひびき、、、?」
あ、バレた。
僕がそう思ったのが顔に出たのか知らないが、彼女はわかった!という風に目を見開いた。
「あれでしょ!彩音の弟でしょ!」
「まあ、、そうですけど、、」
「やっぱり!おーい副部長ー!こっちきてー!」
(あんまり大事にしないで欲しいなあ、、)
「何ですかー?うたのせんぱーい」
そんな僕の思いも虚しく、今度は僕のクラスメートがやって来た。
「あ、響じゃん」
山下カノン。
頭の良さそうな顔立ち通り、クラス1位の秀才で、背も僕より高い(もっともクラスメートのほとんどは僕より背が高い)。というかこいつ副部長なんてやってたのか。
「どうしたの?彩音先輩に用事かなんか?」
「いや、えっと、、」
入部しに来たとも言えずに、僕の視線はまた天井を行ったり来たりする。蛍光灯が1個切れていた。
(新しいことを始めるのはいいけど、中には知り合いもいるのがな、、)
いや、クラスメートくらいでしんどがっている場合じゃない。
知り合いどころか、家族のいる中で始めなければならないのだ、そういえば。
「は!?入部!!?」
素っ頓狂な大声に、音楽室を飛び交っていた音がパタリと止んだ。
「それで私を呼んで来たって訳?」
「「「そう」」」
響彩音の弟が入部しにきたと聞いて、大喜びでやってきた部員達は、揃って頷く。
彩音はしばらく彼らをあきれた顔で見つめていたが、みんなずっとニコニコしているだけなので、僕の方に八つ当たりしてきた。
「大体あんたは何で今更入部とか言い出した訳!?」
「いや、まあ、アハハハ、、まさかこんなことになるとも思わないし」
「いや思えよ!どーせ面白半分でしょ!」
「違うわ!勝手に決めつけんな!!」
突然始まった姉弟ゲンカを、部員達は笑顔で見守っている。
「わーケンカしてるー」
「してますねー」
取っ組み合いになりかけた所で、音楽室の扉が再び開きボサボサの髪をした背の高い男子が僕と彩音を制止した。
「ストップ!おい響、楽器があるところで暴れるな」
「大和」
「あ、有賀先輩だ」
(よかった、まともな人もいるんだ)
僕が少しほっとしたのも束の間、彼は死んだ魚のような目でこちらを見つめ、近づいてきた。
「で、お前誰だ」
僕は切れた蛍光灯をじっと見つめながら言った。
「あのー、入部したくて来ました、響です、、」
声は思った以上に頼りなく響き、我ながら今にも消え入りそうな感じだった。
「それがですね先輩、こいつ彩音先輩の弟で入部希望らしいんですよ!!」
山下が代わりに答える。
「なるほど」
ボサボサの男はそう言うと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「よし響君、俺は2年の副部長、有賀大和っていう。よろしく。」
「よ、よろしくお願いします」
「吹部に入りたいんだって?」
「ええ、まあ、はい」
(吹奏楽部って吹部って略すのか)
「じゃあ楽器を決めないとな、、楽器の割り振りは本来この時期じゃないけど、基本的には副部長が中心になってする仕事なんでね、、何か希望は?」
「はい?」
「やりたい楽器とかある?」
「ああ、、いや、特には、、詳しくはないので」
「あんた本当に何で入部しようと思ったのよ」
彩音がぼやくが、すぐに山下がそれを制する。
「まーまー先輩、可愛い弟じゃないですか」
「うるさいな、、」
「じゃあ君にはぜひやってもらいたい楽器があるんだけど、こっちの希望に合わせてもらう形でいいか?」
「あ、もちろんです!」
「じゃあ、、」有賀はチラリと山下の方を見た。
山下も意味ありげな目配せをし、有賀そっくりのニヤリ笑いをする。
「今この吹部には一人しかいないパートがあってね、ちょうどそこにもう一人誰か欲しかったとこなんだ」
「あ、まさか、、」彩音がふくれっ面から愕然とした表情に変わる。
「おい!やめろ!」
「彩音先輩、うるさいです」
「さあ響君、楽器庫のことと使う楽器を教えるから、ついてきてくれ」
「はい!」
「待って奏!行っちゃだめ!とりあえず色んなパートの試奏を、、」
「彩音先輩、うるさいです」
「どうせ他に空いてる楽器ないですし」
「うわあああ嘘でしょ!!!!」
そして副部長二人の企みにより、僕はユーフォパートになってしまった。
「うける、姉弟でおなじパートとか」
「うける」
「うるさい!!」