響家の食卓
「え、そうなの!?」
母が箸をもつ手の動きを止め、目を丸くして僕を見た。
僕は肩をすくめ頷く。
時計は八時を指している。
父はこの時間にはまだ帰ってこないので、先に3人で夕ご飯を食べていた。
リビング、ダイニングの壁には、至る所に額縁が飾られており、棚には写真立てが並んでいる。子供の頃から今までの写真や、習い事で貰った賞状、幼い従兄弟がうちに来たときに描いた頭足人の絵、などなど。
絵画のレプリカや、北欧デザインのポスターなどは母の趣味だ。
そして僕が座っている所から見える水槽は父の趣味。
紫色のライトに照らされて、カラフルな熱帯魚たちがチラチラと時折光って見えた。
食卓に目をやると、玄米に味噌汁、西京焼きと小松菜。
最近ダイエットを志し出した母に付きあわされて、体に悪そうだと判断されたものは食べていない。脂っこいものや甘い物等、嫌いではないので何だか恋しい。
夕ご飯は大体この時間に食べている。
いつもは僕が四時半くらいには帰ってきていて、既に風呂もすませているのだが、今日はまだ入れていない。また、いつもはご飯を食べながら仕事の愚痴をまくしたてる母だが、今日は代わりに僕たちが一緒に帰ってきたことをからかい、理由を尋ねてきた。
今、それに彩音が答え、僕の入部を告発したところだ。
「まさかあんたまで入るとはね~。どうしてまたこんな時期に」
「本当それ」彩音が頷きながら僕の方を見る。
「いやもういいからそういうのは」
「そういうのって何よー」
僕はここで言葉を止め、少し迷ったが、話してみることにした。
「、、やっぱもう辞めようかなーって思ってるから今」
二人は何も言わない。水槽の水が流れる音がやたらと大きく聞こえる。
しばらくの沈黙を破り、母が口を開いた。
「何だか、もったいない」
「でもさ、初心者だし、部員の人に迷惑かけるだろうから、、」
「いいじゃんユーフォになったんだから。パートでは彩音にしか迷惑かかんないし、、ねえ彩音?」
「いやまあ私にとっちゃ迷惑なんだけどさ。でもどうせ奏は辞めらんないと思うよたぶん」
(え?)
「、、どういうこと?」
彩音は箸をビシッとこちらに向けた。箸で人を指差すな。
「もうあんたは1回入部してんの。ミーティングで挨拶したし、みんな私の弟としてあんたのことを覚えたし。これで辞めたら今度は部員全員があんたを退部した奴として認識することになるじゃん?あんた、そういうの状態でカノンとか八朔と話すの無理でしょ」
(、、まあ確かに)
想像してみてすぐ分かった。
クラスで気まずい。
そういう空気感は僕は大の苦手だし、そこから脱却する術も持っていなかった。
「、、だから、大人しくすることね」
(、、1度入ったら、逃げ切れないヤクザ的な、、?)
いや、普通の人ならできることを僕ができないだけか。
入部を決めた時は妙に勢いづいていたが、よく考えたら僕はそういう決断ができない。
いざ辞めようと思っていてもズルズルと引きずってしまうような人間だった。
「、、そうだね、、」
僕は帰ってきた時以上に沈んだ気持で、夕食を無理矢理喉に押し込んだ。
見かねた母が口を開く。
「まあ、どうせなら頑張ってみたらいいじゃん」
「、、、、」
焼き魚をほおばり、骨を噛みちぎる。
「入ったってことは、やりたいって思うきっかけがあったんでしょ?」
そう言われた途端、あの時の演奏が僕の脳裏に浮かび上がった。
「、、、、」
「それを大事にしなさいよ。1回行ってみただけじゃ何も分かんないよ。ねえ彩音」
「奏が初心者の中でもセンスのない方っぽいってことは今日で分かった」
「いや空気読め!?奏を激励してるんじゃん今」
「ごちそうさまでしたー」僕はそう言い席を立った。
「あ、待って奏、聞いてた?センスなくてもまずは継続して頑張ってみよ?おーい」
歯を磨き、風呂に入り、布団に入っても、僕はモヤモヤに苛まれたままだった。
(一体どうすればいいんだろう、、、)
そう考えながら、部活を辞めるという決断が自分には出来ないことはよく分かっていた。
(部員に僕のことを忘れさせて部活を辞めれたらいいのにな、、)
それか、皆に迷惑がかかる前に、上手く吹けるようになれたらいいのに。
その2つの考えを頭の中でぐるぐる回している内に、夜は更けていった。




