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poco a poco  作者: 舞音
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新たな出発のための前奏曲

2015年

C中学校 第57回学芸発表会 吹奏楽ステージ


「演奏する曲は『マゼランの未知なる大陸への挑戦』今年の夏のコンクールで、金賞を受賞した曲です」


生徒と保護者でいっぱいになっているホールに、放送部員のアナウンスが流れた。


金賞って、何か凄そうだな。知らないけど。


ほとんどの生徒は、そんな風に思いながら、それ以上の期待をするわけでもなく、楽器をもった部員達がぞろぞろとホールに入ってくるのを眺めている。


ここまで全クラス分の「時の旅人」をさんざん聞いて(聞かされて)、挙げ句隣の人にもたれかかって寝てしまっている者もいる。

とても好きな曲だが何で6クラス×3、18回も聞かないといけないのか。


僕が前の列に目をやると、クラスメートの男子達が揃いも揃って同じ方向に首を傾げた状態でピクリとも動かずに寝ていた。

見事だ。見事だがその団結力はクラスの合唱では発揮されなかったため、我らが1Eが賞を取ることはなさそうだ。


「響」

隣に座っている男子が囁き声で僕の名前を呼んだ。

「ん?」


「あん中にお前のねーちゃんいるんだろ?どれ」


「探してみ、すぐわかるよ」


「あー、髪が茶色いからか」


「そう、で眼鏡もかけてる」


「それほぼお前じゃん」


「姉弟だから、まあ、、」


「あ、いたな、多分あれだろ」


彼が指さす方には、神妙な顔つきで舞台に入ってくる女子がいたー確かに僕の姉、彩音だ。


「そうそう」


「彩音先輩だっけ?あの手に持ってんの何?トロンボーン?」


「違う」


「あートランペットか」


「違うよ」


「じゃあラッパ?」


「ラッパってトランペットじゃない?」


「じゃあ、、トロンボーン、、?」


その二種類しか知らないのか。まあ吹奏楽部の姉でも持ってない限り、以外とそんなものなのかも知れない。それにしてもひどすぎる気もするが。


「あれね、ユーフォニアム」


「は?」


そりゃそうだ。知っているわけがない。

僕だって姉がそういうものを吹いているということしか知らなかった。

「へー、ユーニフォームかー」


「そうそうそれ」


よく考えれば、吹奏楽部の演奏をしっかり聴くのはこれが始めてかもしれない。


彩音が部活でどういうことをしているのか、どうせだから聴いてやろうと思って来たが、ここまでホールに二時間近く座り続けて合唱を聞くという慣れないことをしたせいで、僕も目を閉じればいつでも寝てしまえる程度には眠気が来ている。

それにどうやら演奏する曲も僕が知らないものらしい。どうせ全校生徒に向けてやるんだから、ポピュラーなのをやってくれた方が楽しいのに。

明るい舞台をぼんやりと眺めていると、ふいにさわさわと拍手が起こった。


「あれ、指揮振るのも生徒なんだ」

指揮者が出てきて礼をし、指揮台に立つ。


舞台に注目する者と熟睡している者とが作り出す静寂の中から、そっと曲が始まった。




(、、、、!!)


相変わらず僕の前の男子達は寝ている。だが音楽は確実に僕の中で、さっきまでの合唱とは違う響き方をしていた。


だんだんと音楽の流れの中にさまざまな楽器が加わっていく。大きな1つの波ができ、それは形を変えながら僕の方に降りかかってきた。


僕の目は自然と見開かれる。


「波」は勢いよく盛り上がったかと思うと水しぶきを立ててかき消え、低音が次のリズムを刻み始めた。


(え、、かっこいい、、)


僕はあっという間に曲の中に引きずり込まれた。


音が作り出す情景が目の前に浮かんでくる。

それらに導かれ、物語が進んでいくかのようだ。


優しく、激しく、それは僕の心を揺さぶった。


その音楽の中心には、いつも見ている生徒や、姉がいた。


(これが、、吹奏楽なのか)





C中学校の第1音楽室は、西校舎の三階にある。

1年生教室とは真反対の場所だけに、授業以外で来ることはない。


放課後、そこでは吹奏楽部が活動している。それぞれの出す音が、旋律の欠片のような物が、ごちゃごちゃに入り乱れてその部屋に充ち満ちている。


僕は発表会の次の日、音楽室の前までやってきて立ち尽くしていた。


壁には手書きの勧誘ポスターが貼られている。

「吹奏楽部 見学自由!未経験者大歓迎」


最も新入生歓迎会の次期に貼られて貼られっぱなしだと思われるこのポスターの言う通り、11月になった今でも未経験者を大歓迎しているとはあまり思えなかったが、それでも、、


僕は緊張で堅く握っていた右手を無理矢理開き、音楽室の扉を開いた。


これが僕のやりたい事だ。

そう胸を張って言える物を、やっと見つけたような気がしたのだ。

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