弱肉強食の世界
目に止めてくれた方、是非ご一読を。
※修正しました。お詫び申し上げます。
全身の血が逆流して酸素供給も上手く出来なくなってきた頃――双子の兄妹の眼前に更なる試練が木の葉のように舞い降りてきた。
何か不吉の予兆。あるいは予感がアスファルトの上で七転八倒している2人の上下左右訳も分からず揺れている視界の片隅で映った。
それは最初は人だった。ただの人間だった。ありふれたどこにでもいるごく普通の男性。
「い、嫌だ――! お、俺はまだあの世へ逝きたくない!」
近くにいた住民。恐らく『コンタギオン』に罹患している30代前後に見える大人が――その場で音もなく倒れたのだ。
目の前で痛みに悶えて転がっていた2人。ルイとレイにとっては訳が分からない。そもそも全身を苛む激痛で正常な思考能力が失われつつあったのだ。少しでも油断すれば、あるいは下手すれば精神ごと命をもぎ取られ、あの世逝きなのは確実だった。
だからこそ2人は訳も分からずにただ悶え続ける。だが、無意識の内に思っていた可能性は1つだけあった。それはとても単純な答え。
――アニミズム信仰の反逆者。ただそれだけ。きっと近くにいたアニミズム信仰派に射殺されたんだ――
そしてそれが故に2人はこうも思っていた。あくまで無意識下で――。
――きっと次のターゲットは僕(私)達だ。自分達もこのまま訳も分からずに殺される運命にあるんだ――
しかし2人の脳裏には純粋な本能としての怯えもあるが、早く楽になりたいと言う純粋な願いもあった。
――パパ、ママにもう会えなくても良い。こんな世界に生きてたってちっとも面白くない。早く天国へ連れて行って。痛いよ! 早く!――
そんな事を思い、たった5年間の命の存在は自らどこの誰とも知らない赤の他人にこの世に未練を残したまま殺される事を望んだ。
だが――神様の悪戯は更に残酷な仕打ちをこの一般市民の双子の兄妹に分け与えた。
最初は生きたいと願った。だがもう既に死にたいと願う。そんな5歳児に――
未だ、痛みも治まらないルイとレイ。そしてその2人の前に何者かの影がふらりと立ち上がる。敵対する勢力の武装した若者か――もう何もかもおしまいだ。もちろん痛みで血反吐が出る2人は無意識下で最初はそう思った。
そして最後の力を極力眼前に集中して絞り出す様に2人が目を開けた時、そこにいたのは信じられない光景だった。
それは先程、あの世へ逝きたくない! と喚いていた1人の男性。音もなく倒れ伏した男。何者かも分からない全くの赤の他人。
――まだ……生きてる? もしかして、助けてもらえる?――
2人の脳裏に甘い羨望に似た禁断の果実は……だが、どれだけ手を伸ばしても届かなかった。
まるで蜃気楼を直接つかんではその場で掌を開き確認する無意味な作業。そして目の前に倒れ、もう一度起き上がった男は先程とは何か――いや、どこか別の種族。人間では無い特殊な人格形成を成したこの世に本来ありえない、あってはならない不気味なオーラ。雰囲気を醸し出していた。
すぐに何か危険な香りがルイとレイの本能を刺激した。
「我が名は――『インサニオ』」男はさっきとは打って変わった調子で淡々と言う。
そして本能は警告する。
「これだ――これこそが我々が求めていた至上の楽園! なんという美しい『テラ』の結晶体!」
双子の幼児はこの時初めて痛みよりも恐怖が勝った。思わず全身の毛が逆立った子猫の様に震え上がる。
そして2人同時に思った事。それは――
――こいつは人間じゃない――
「――ん? 貴様等は人間の子。それも兄妹か……」
そして初めてその人間じゃない『何か』は双子の兄妹――大地ルイと大地レイの存在に気付いた。赤の他人とは言え他者の子供を――人間の子――と呼ぶあたりが自らを人では無いとする証。象徴だった。
「たかが子供とはいえ――くだらない信仰心でこの『テラ』の輝ける美しい大地。星を汚した踏みにじった罪は重い。貴様等の覚悟がどれ程にしろ、死の儀式に勝る法は無いだろう。だが、安心しろ。私は何もサディストでは無い。寧ろその逆と言っていい。何しろ私は、我等は外宇宙に住む本来ここにいてはならない存在。そしてこの地上のオアシスにやっと……やっとの思いで辿り着いたんだ。ガキ2人と遊んでいる暇はない。今すぐ楽にしてやる」
そう言うとインサニオと言う謎の生命体はその被害者とも呼べる先程の男性の人間の皮膚を着ぐるみの様に被ったままふらりふらりと近付いてくる。実にゆっくりと、いや、淡々とした淀みない歩き方で。
さっきとは打って変わって明らかに別人格――! 死に怯え、喚いていた男性の中に何かがいる! 双子の兄妹ルイとレイがそれを覚り、もう自分達の望みが絶対に叶わないとなんとなくその場の空気だけで読み取った時には――既にその死神の影が小さく蹲っているこの幼き人の子に巨大な大鎌を天高く掲げていた。
それは生きるか死ぬかどちらかの選択肢をも抹消された絶体絶命のピンチ。いや、ピンチと呼べるほど生温いものでは無い。
――弱肉強食の世界。この人間が未だかつて経験していない予兆、予感、そしてそれ等全ての警告を促す本能が5歳児の双子に革命とも呼べる新たな感覚を育んだ。
生命の神秘は海中のクラゲが地上の様々な生物へとその姿形を千変万化し、その地上にいた個体である猿が人へと進化する過程の様にその周囲の環境によって長い時間を掛けてよりその環境に馴染むあるいは順応し、他の種族との生死を賭した競争へと駆り出されていく――。
しかもこの双子の兄妹は『コンタギオン』と言うある種の魔の手。魔の触手に晒されていた。その中の1割にも満たない10人に1人、もしくはそれよりも希少価値の高い『啓示』と呼ばれる刻印――紋章がそれぞれ左目と右目に出現!
そしてその試練――言ってみれば生と死の狭間で悶え苦しむ極限状態――の渦中に放り込まれていた2人に迫る新たなる危機とかつてない脅威とその本能を揺るがす感覚。
それ等が2人に与えた神の天啓だとするならば――
――これ程残酷な仕打ちは無いだろう。
何せ幼き双子の兄妹の願いは――
――皮肉にもこの運命の螺旋に駆り出されていくきっかけになったのだから。
戦いと言う名の歯車が――この時初めてカチリと音を立てて廻り始めたのだ。
そしてそれら全ての結末が――
――この双子の兄妹ルイとレイに大いなる能力『神呪』を分け与えたのだ。
――早くお家に帰りたい。帰ろう。レイ。
――うん。帰ろう。ルイ。パパとママの所へ帰ろう。
全ては神の思いのままに――
2人の運命の螺旋。歯車は加速する。神様への願いが強まったのでも神様への願いが届いたのでもない。それは単純にその場しのぎの悪足掻きでしかなかった。
しかし時に奇跡とは運命をも凌駕する事にこの幼き双子の兄妹は気付いていなかった。
「――ん? 貴様等、その身に纏ったオーラは何だ?」
――気付いた時にはもう遅かった。
「それにその顔の表皮に浮かんでいる紋様の様なもの……。初めて見るぞ。しかし、そこから限りない『テラ』のオーラが溢れている――! まさか、ここに住む亜人種達は皆、その様なモノを独自に形成し得るのか!?」
絶対的強者が初めて見せた恐怖――!
「危険だ――その凄まじい敵意! その『テラ』を用いた我々の知らない未知なるオーラ! それがこの星の源泉を操るのであれば、それこそ貴様等の生命は今ここで断つしかない!」
だからこそインサニオは全力でその5歳児の双子に立ち向かう。その距離およそ20メートル。
だが、一瞬にしてその測定距離はゼロ距離射程へと変化。正に瞬間移動の如くテレポートした。これも何かの能力なのか?
――例えそれが神の悪戯だとしても。今、眼前に倒れ伏している双子の兄妹の宿命は変わらない。
「今すぐ楽にしてや――」
インサニオが最後の別れを告げようと、その本来は人間の右腕であった部位から巨大な赤黒い昆虫の翅を想起させる鎌がぐちゅりと鈍い音を立てて飛び出した刹那――!
大地ルイと大地レイ。この双子の子供達のそれぞれ左目と右目から浮き彫りになっていた刻印『啓示』が更に輝きを増す様にピカリとインサニオの視界を一瞬、遮った!
「――な……!」
果たして――神が与えたそのバッドエピソードとは――?
そして、それと同時に2人は全身を苛んでいた血反吐が出る激痛から解放された。
つまり――
もう既にこの時、この瞬間から幼き2人の能力者『神呪』が誕生したのだ。
それに恐れ、慄いたのは他でもないインサニオ。
「――!!!!!!」
何か強力な磁場を揺るがすビリビリとした奇声を発しながら、インサニオはその未知なる脅威。『神呪』と言う未だかつて誰も見た事のない能力、あるいはその能力を行使する者。つまり能力者へと絶対なる強者と言う立場から絶大な一撃を屠った。
例え、人間の幼き5歳児相手だとしても――。それは容赦ない一撃だった。
容赦ない一撃だった――はず……! しかし――
そこに目の前に倒れ伏していた気絶寸前の幼き少年少女の姿は無い。無かったのだ! 一瞬にしてこの世から抹消された? 消えた?
――答えは否。
インサニオはその絶対的強者と言う本能から覚ってしまった。今、その2人組は背後にいると……!
――あの眼だ。全ての力の源はあの眼にある……! 焦燥感を滾らせつつもインサニオは同時に知能を働かせる。こいつ等は絶対的弱者ではない。絶対的弱者から離脱した何かだ。
蝶が蛹から羽化する様に――生命の神秘は『神呪』はこの大地に新たなるパワーを注ぎ込んだ!
――他でもない。まだほんの5歳児でしかない幼き人間の子供に。
インサニオは瞬時に振り返る。しかしそこにいたのは明らかに異常な光景だった。
ルイは左目から、レイは右目からその謎の刻印『啓示』を浮き彫りにさせて、迸るパワーを誰も寄り付かせないオーラで圧殺していたのだ。
幸い周囲に人気は無い。だが今、目の前にいる2人の子供が強力なオーラを身に纏い自分を迎撃せんとしている事だけは理解出来た。
しかし、それと同時に勝負は一瞬でケリを付けなければならない事も分かっていた。
――理由は単純明快。
もし子供でこれだけの力、謎のオーラを創造出来るのであれば人間と言う種族の大人達はどれほどのものなのだろう? つまり、今ここで戦いを長引かせれば周囲に気付いた大人達がやって来るのも時間の問題なのだ。
――そう。この美しい惑星の結晶体。『テラ』を源泉とした未知の能力。
嫌な予感が直感となって肌にビリビリとした電磁波を喰らっているが如く直接その得体のしれないオーラを感じ取ったインサニオに残された選択肢は――
――全力で殺す!――
――やはりその幼き双子の兄妹の命を刈り取る事だった。
ありがとうございました。
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