研究養育施設『イクスぺリメント』の『聖徒』達の日常
皆様、ぜひ御一読を。
※修正しました事をお詫びします。
ルイの語尾が完全な終着点に辿り着く前に既にレイの瞬発力は獲物を狙う鷹の目になり迷わず起動! パイプ椅子を蹴倒し、パラソルをもぎ取り、右手には焼きそばパンと言う特殊ウェポンを手に丸テーブルを足掛かりにして高く跳躍した。目的はルイの喉元。目標捕捉。ターゲット視認。目標地点までの距離およそ2メートル弱。
ルイは古代インカ帝国で栄えていたケチュア語の意味不明な言葉をそのまま呪文で詠唱し、神様への希求を嘆願!
驚きと狂気で思わず背中から仰け反り、シーソーの要領でパイプ椅子の背もたれを後方へと揺らす。揺り籠を連想させるそれはだが、直ぐにバランスを失い背中からドスン! と、割と派手な轟音と共に倒れ伏した。
その隙を見逃すほどレイも甘くは無い。さすがは双子。意思疎通が合っている。とどのつまり、ルイの死期が迫ってきている――!
レイの死の宣告――カウントダウン! 残り3秒! 3、2、1――アクション!
「必殺! 魔剣『焼きそばパン返し』! おんどりゃあ! お主の命もぎとったろかい!」
――うわあああああ! とルイの中南米に生息しているスミレフウキンチョウ(可愛いですよ)の泣き寝入りの奇声は――だが、寸での所で遮られた。一体何が起こったのだろうか。
オープンカフェでは先程人口が増えたとか言っていたが、それも大人気の食堂へと大半が移動してしまったのか、今は人が疎らだ。
しかし他にこの特殊な養育施設『イクスぺリメント』の所謂『聖徒』達が全くいないはずもなく、2人の大乱闘スマッシュブラザーズを見てもまるで意に介していない。どうやら季節に合った風物詩の如く、この2人の騒動も日常茶飯事の様だ。
では他の聖徒が大地レイの横暴を見るに見かねて止めたのか? いや、それも違った。
ここ研究養育施設『イクスぺリメント』では、とある事情を持った老若男女が学術研究会『ウィア』と呼ばれる組織によって集められており、日本列島から北に50キロ程の人工衛星写真にも載らない絶海の孤島と言う特殊な環境下で衣・食・住の生活を強いられている。
その共通項からか聖徒達は皆、仲間意識が強く、新たにこの島の施設『イクスぺリメント』にやって来た新人を全力で歓迎する空気が自然と定着した。
先程のルイとレイが研究養育施設『イクスぺリメント』の人口増加を気にしていたのはそう言った経緯があったからだ。
だから聖徒達の中にもこの2人。双子の兄妹の友人と呼べる者もいたが、今、この場には姿を見せていない。赤の他人とも言える野次馬集団だけが苦笑しながら2人をチラチラ見つめては、外野で野次を飛ばしたり何か囁き合っていた。
ルイもレイもそれに気付く素振りすら見せない。野次馬達の奇異な視線ももう慣れっ子だと言った所か。だが――大地レイの動きが止まったのにはちゃんとした理由があった。
『ヘイヘーイ! お宅らまた痴話喧嘩かーい? こちとらぐっすりお昼寝タイムで熟睡していた所を邪魔されちゃったんだぜ! 全くかなわんな~!』
ルイとレイの争いの渦中に巻き込まれた現場。その埃の舞い立つ喧嘩の真っ最中、ルイの白いオーバーオールの制服の懐から何かがもぞもぞと現れたのだ。
これにはさすがのレイも必殺! 魔剣『焼きそばパン返し』! を、止めざるを得ない。
そして密集した埃と枝葉が舞い散った矢先、そのバスケットボールあるいはサッカーボール程の大きさである丸い何かの影がぷっくりと宙に浮く。
「『シトー』――何? あんた、何か用でもあるの? 大人しくルイの腹の中で寝てなさいよ」
『シトー』と呼ばれたその丸い物体には両目が無く、代わりに大きな口がその体積の大半を占めていた。例えるならば硬質な機械で出来たパックマンに似ている。
お愛想程度にコウモリの羽を小さくした様なものも生えていて、ギザギザの尻尾もあった。
どこかしら緊張感に欠けているその声が奇怪なモンスターを目の前にした恐怖心よりも好奇心を駆り立てる。
因みにこの人ならぬ小さなモンスターの様なものは通称『神器珍獣』と呼ぶ。
大地ルイと大地レイを含めたここ『イクスぺリメント』研究施設内にいる人々――『コンタギオン』に罹患したが為にある特別な力を授かった者達。
『神器珍獣』は、その特別な力を持つ者達の身体に刻まれた紋章――『啓示』の形状から近代文明のメス、機械で分析して直接投映された被写体。
特別な力『神呪』の持ち主と一心同体。
そして、その感情や形状は人それぞれ多種多様であり特別な力『神呪』の精神の奥深くに密接に繋がっているのだ。
この『シトー』と呼ばれる丸いパックマンみたいな御茶目なお喋りロボットは、他でもないルイの『神器珍獣』と言う訳だ。
「シトー! ナイスタイミング! 一生のお願いだからあの殺人鬼レイから僕を救出しておくれ!」
背中から派手にぶっ倒れたルイは、ひがみ根性丸出しで自らの『神器珍獣』――シトーに土下座へと体勢を変えたりする。これもいつもの事だ。
――プッチーン! と頭にきたのは他でもない大地レイ。恐らく『殺人鬼』と言う単語に頭のどこかでスイッチがカチリと嵌まったのだろう。
「あんたねえ……あんたねえ。あんたねえ――!」
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