第4章――宗教戦争『イグネス』と関東圏組織『フォルテ』
今回は少し短めです。気楽に読んで下さい。
今、日本本島及び列島は戦争の渦中にある。
言うまでもなく宗教戦争『イグネス』の事だ。
そこには様々な思惑が潜んでいる事は確かだが、戦争の火種を生んだ4つの宗派は過去から現在に至るまで軍資金を溜め込み、世界中のルートから闇のブローカーを買い取って強力な武器や防具――最新式の科学兵器や人間よりも優れた頭脳(IQ)を持つアンドロイド等――を取引して密輸入していた。
「――だが、それももう終わりを告げる」
関東から中部地方を束ねるこの宗教戦争『イグネス』の4つの派閥組織の1つ。『フォルテ』に属するある男はそう言った。
その男は組織『フォルテ』のトップだった。
『フォルテ』は宗教戦争『イグネス』の最初の勢力で日本の首都東京を本部に持つ、言わばこの戦争の火種を生んだある意味諸悪の根源とも言える。
その一端として、彼等『フォルテ』の組織の最初の連中は宗教戦争『イグネス』の名付け親でもある。『イグネス』とはラテン語で『プラエヌンティイー・イグネース』――日本語で狼煙と言う意味を持つ単語で、最初は東京を中心地とした悪党が寄り集まって結成された。
それまでは主に『コンタギオン』罹患者達によるアニミズム信仰の繁栄――派閥抗争が続いていた日本だったが、この犯罪者予備軍が結成した『フォルテ』と言う組織がまさか日本列島を脅かす戦争の開始を告げるとはその当時誰にも予測出来なかった事だろう。
「フン! 反撃の狼煙――か。なるほどな。当時のバカな悪人達にもその程度の智慧はあったのか。面白い。しかし、俺の親父がその『フォルテ』を纏め上げたんだ。まあ、その後の四大組織『シーカーズ』の勢力争いに荷担したのは他でも無いこの俺だが」
場所は東京の『フォルテ』が管轄するビルの一区画。高さ50メートルは優に超えるそのビルの最上階にて、ガラス張りの壁から外の様子を眺めていた組織『フォルテ』のトップの男は不敵に笑う。
しかし、そこに集った他の面子達はそれぞれが一様にして緊迫感の籠もった眼差しでトップの男を見据えていた。
ガラス張りの部屋と言えど、それは入り口から正面の北の方角の壁面だけにしか過ぎない。他の部分はガラス張りでは無く、一見して何の変哲も無いオフィスビルの室内である。
光が差しているのはそのガラス張りの北の位置だけで、室内の半分は薄暗い。奇妙なコントラストを描いていた。
故に入口から向かってすぐ右の位置。つまりガラス張りの反対側の南の部分に置かれた広さ一畳分のシェルフの上に乗っかっているプロジェクターは何も無意味に機能している訳ではなかった。部屋の正面――ガラス張りの部分を除く他のあらゆる窓やガラス戸には厚いカーテンや、ロールカーテン、ブラインドが下がっており正面のガラス張りを含め、東西南北に配置されたあらゆる内部を覗かれるポイントはスモークガラスによってシャットアウトされていた。
しかも室内の蛍光灯は全て切ってある。これで部屋の3分の2程が薄暗くならない訳は無い。
唯一の光源はプロジェクターが映し出された暗幕のロールカーテンにデカデカと張り付いている表示画面と、やはりと言えば良いのか組織『フォルテ』のトップが見つめている北の分厚い強化ガラスの壁から差し込んでくる淡い光だけだ。
プロジェクターの矛先が示す薄らとした光には室内に舞い散る僅かな埃さえも捉えていた。
「さて、諸君――君達がここに呼ばれた理由はもうご存知かい?」
振り返りざまニコッと笑ったその組織『フォルテ』のトップは意外と若かった。いや、明らかに若すぎる。まだあどけない少年が無理して背伸びしたみたいな童顔だ。
その堅苦しい話し方からしてわざとなのかそれとも単なる癖か性格か――兎にも角にもその少年は特注してピッチリとしたダークブラウンのスーツを着こなしていた。
「しかし――二代目、その話は本当なんで?」
1人の任侠映画でもそうはいないだろう厳つい顔した幹部の男がどこか切羽詰まった様子で聞く。
精々15、6歳位にしか見えないその少年はもう一度薄気味悪く笑う。ニコッと――
「ああ――ここまで演出しといて今更嘘でしたごめんなさいは無いだろう」
「しかし、二代目――」他のごろつきあるいはあちら側の面子は再び落ち着きなく迫る。
「黙れ」今度は少年の声がガラリと魔物の下卑た呻き声の様に2オクターブ程低くなった。
二代目――と呼ばれるこの少年にはどこか得体のしれない雰囲気があった。モンスターの唸り声を思わせる急下降するその声も、肢体から放たれる不気味なオーラも、幼い顔付きからは想像もつかないギョロリとした鋭い眼光も殺気を帯びており、まるで人間ではない様なそんな錯覚すら他者に与える。
それをジックリと堪能した後、少年はコブラの様にべろりと下唇を舐め――ケロッとまた子供のまんまの無邪気な表情に戻り、そして言った。
「リーデーレ。早速、映像を流してくれ」
「あいあい。分っかりましたよ――」
リーデーレと呼ばれた組織『フォルテ』トップ直属の部下の1人は機材を動かしプロジェクターのスイッチを入れる。この男だけは場の雰囲気に呑まれていない。明らかに金髪ブロンドの外国人なのだが、日本語ペラペラである。チョッと抜けた所があるが、本人は気にしていない。身長は190センチもあり、それにしては細身の体躯なのだが果たして『リーデーレ』と言うのが本名なのか偽名なのかは誰も知らない。当然と言えば当然だが。
映像が流された瞬間――場の雰囲気に呑まれていた幹部連中はいっせいにどよめいた。それはかの『神呪』の能力者同士の『スパシーバ学園』内部の『私闘』の映像だ。
あの体育館ホールで毎日行われている新人達のクラス分けの一幕。
「さて――ここで問題です」
ニコニコ笑顔で組織『フォルテ』の二代目トップの少年は言う。さもこれから愉快な喜劇が始まるバラエティ番組を楽しみにしていたお茶の間にやって来た中学生の様に――。
「この映像は我々『フォルテ』が独自に雇ったスパイから提供されたある場所の証拠映像です。その人物の名は今は言う必要は無い。今は関係無いからです。問題はここから――ある場所とはどこの事でしょう? そしてもう1つ――」
少年は今にも笑い出しそうな歪んだ表情で興奮を隠しきれずに言い切った。
「この異能力は誰しもに宿るモノなのでしょうか――?」
その刹那――
少年の背後にあったガラスの壁が不意に上に自動で開いていく。
急速の突風と言うには生温い、衝撃波と共に突然の轟音が鳴り響く!
何か2つの大きな影が宙に浮かんで外の地上50メートル以上の高さに出現した。
ババババババババババババ――!
そこには2台のヘリが組織『フォルテ』トップの少年を撃とうと待ち構えていた。
「――フン! フフ。予想通り、ここにもネズミがいたか」
それでも少年は組織『フォルテ』のトップは何の驚愕も顔には表さない。そう。少年を今にも機銃で襲おうとしている2台のヘリを前にしても。
少年はまるで新しい玩具を見つけた子犬の様に分け隔てなく嬉しそうに歪んだ笑顔で言う。
「出所は誰だ? まあ、それを知った所で生かすつもりも無いが――人の噂とは大したものだな」
少年の纏った不可思議なオーラ。あるいは邪悪で凶悪な人の命を弄ぶそんな破壊の象徴は、これからの出来事をまるで予知していたみたいな直感をそこにいた悪党。『フォルテ』と言う組織に属したが為に不運にも現実世界の真の裏側へと強制的に片足を突っ込まさせてしまった。
「リーデーレ。一体全体これはどういう事だい?」
少年は背後にあるヘリを相手にせずに突風に吹き飛ばされもせずにニコニコ笑顔。
「さーてね。あっしにも良く分かりませんわ。皆さん暴露しちゃって良いでしょうか?」
対するリーデーレもケラケラと喉から乾いた笑い声を上げる。
「ひ、ひいい! 俺は何にも知らねえ!」
「た、頼む! 命だけは!」
「お、俺たちゃあんなヘリ呼んでねえ!」
「二代目! 気は確かですか!?」
次から次へと悲鳴が上がるが、トップの少年は相変わらずニコニコしたまま。まるで顔の表皮に薄っぺらい特殊メイクでも施したんじゃないかと思わせる能面スマイル。
突風と轟音が響く中――ヘリはまだ機銃を撃つ気は無い。様子を見ているのか?
少年は嬉しそうに先程の問題を続ける。少し興奮気味に。
「皆さん、答える気が無いのでじゃあヒントをあげよう。俺に宿った能力……は、プロジェクターに映し出された『私闘』から特殊な機械に繋いで独自にブレンドされた代物と同類ではない。けど、元の血統は同じだ。つまり家系図に例えればご先祖様は一致している親戚だと思えば良い。そして『テラ』なる守護聖人の恩恵とか言うので僕達は繋がっているらしいんだ。こんな風に――ね!」
少年がそう言いきった直後――
彼の右手から雷の閃光が撃ち放たれた。
狙った場所は入り口付近にある大きな鉄の戸棚。少年は敢えて力をセーブしてその右手に生み出されたこの一連の事件の元凶とも言える『神呪』の能力者とは違った異能力を使う。
細く光った雷の刃は空を音も無く切り、大きな鉄の戸棚を口内で蕩けるキャラメルみたいにひしゃげさせた。そのせいでネズミの混じった彼の部下達は逃げ場を失った。
出入り口は最初から1つしかない。会議と称し敢えてこの場所を選んだのも彼の脳内で開かれた本当の会議の策の1つ。
「チョッとやりすぎじゃないですかー?」とリーデーレはそれでもケラケラ笑っていた。
「いや、まだネズミの駆除は終わっていないよ。楽しみはここからさ」
その時、遂に本性を現したスパイはスーツの胸元から出した小型無線機でヘリに命令を送る。この轟音の中では無線機越しでも相手に上手く伝わるか微妙ではあったが、そのスパイなる男は大声で怒鳴り付ける。自分の姿を曝け出す諜報員として――
「もう良い! サッサと奴等をハチの巣にしろ! このままじゃ全滅だ!」
『了解』
ヘリのパイロットのどこか無機質な声を確かに聞き取ったスパイの男はようやく緊張から解放された様に薄く笑う。ニヤリと。
「おや、やっとこさ正体を現した様だね。どう料理してあげようか?」
しかしまるで初めからその男の正体を知っていたかの様な口振りで組織『フォルテ』のトップ。少年のニコニコ笑顔は全然変わらない。焦燥感も自分の命を狙われている危機感もその能面スマイルに吸い込まれていく。
「――フン! もう遅い! ガキが調子に乗りやがって! オイ! 何してる? サッサと奴等を機銃で粉々にしてやりな! パイロットさんよー!」
ヒャハハハハ! とネズミである幹部の1人は笑っていたのだが――
――シーン――
一向に銃声は轟かない。それどころか機銃の方角はそのネズミ。幹部の男に向けられていた。
「――な?」
突然の出来事に何が起こったのか理解出来ない。スパイ。幹部の男。
もちろんその答えを握っているのは果たして誰なのか――説明は不要だった。
組織『フォルテ』二代目トップの少年は実につまらなさそうに言う。狩りに出た雌ライオンを待っている百獣の王が退屈凌ぎでアフリカサバンナ地帯をうろついている――そんな印象が彼にはオーラとして滲み出ていた。
得体のしれない迫力が鬼気としてネズミの男を一瞬にして縮こまらせた。
「残念ながら今回は彼等にお任せするよ。せっかく高いお金を払ったんだからね。命は元よりお金も大切にしなきゃね」
どうやら2台のヘリのパイロットは既に買収されていた。この少年に。ネズミなるスパイの男が払ったお金よりも更に高い額で――
つまり、今までのは演出。単純細胞の大根演技に過ぎなかった。
それに見事に踊らされたあるいは引っ掛かった能天気なネズミ。間抜けとはこの事を言うのだろう。
「クックック。ざーんねーんでしたねえ。Good-bye」
――と、リーデーレが言い終わったのを合図に、スパイの男は今生の別れの叫び声を上げる。
「ク、クソォオオオオオオアアアアア――!」
――ダパパパパパパパパパパパパパパ!
そしてスパイの男は意図も容易く始末された。
数時間後――
「もう説明する必要は無いね」
組織『フォルテ』トップの若頭――少年は満足そうにウンウン頷いていた。
場所は先程と同じ場所。出入り口を塞がれた、一区画をガラス張りで張り巡らされた高さ50メートルはあるビルの最上階のとある部屋。
未だに出入り口は真っ黒焦げでひしゃげた大きな鉄の戸棚によってそこにいた誰もが行き場を失っていたが、リーデーレ及び二代目トップの少年だけは違った。
もちろんそこを通らなければ誰もが永久に出られない訳だが、少年とリーデーレの余裕を見るとその内撤去されるだろう事は確実。少なくとも二代目トップの若頭――先程少年が見せた異能力を駆使すれば、そんな事は朝飯前だ。
ネズミの死体は今、目の前にある。
2台のヘリに機銃で攻め落とされたその身体は最早ミンチと呼ぶにも無様な単なる肉塊に過ぎなかった。ぼろきれになったスーツと周囲360度に散った鮮血が生々しく、赤黒く変色していた。時間が経つと血は固まり黒くなる。
ただ、腐った卵の様な異臭だけがその沈黙の場に漂っていた。何せ高さ50メートルは優に超えるビルの最上階だ。その一室だけ夏場の陽光から逃れる事等出来はしない。空調設備は業務用クーラー等で万全を喫していたが、数時間前まで生きていた1人の人間の遺体の臭いを消し去る事はさすがに出来なかった。しかも密室となれば尚更だ。
それを周りにいる幹部たちに見せつける――少年。組織『フォルテ』二代目トップの若頭。
最早、少年と呼ぶにはえげつない。彼こそ宗教戦争『イグネス』の生みの親の確かな継承者であり、しかしそれでも内に秘めた想いは消え去る事無く寧ろ増したと言っても良い。
――その想いの正体は他でも無い。憎しみ。
彼は自分の内に潜んでいる『テラ』の恩恵であるあの孤島の能力者達『神呪』とはまた違った系統の能力者だ。
所謂――異能力。『神呪』とは親戚関係に当たる。
しかし、彼の細胞に目覚めた異能力。その確かな記憶の矛先にはいつもあの楽園の場所に唯々向けられていた。
――研究養育施設『イクスぺリメント』――
学術研究会『ウィア』が創設した表の世界ではただ日本列島とは北に50キロメートル離れた悪魔の島『デビルアイランド』と呼称された奇妙な人達が暮らす謎めいた施設。
「――なぜだ? なぜ俺じゃない?」だからこそ少年はそこで誰ともなしに問う。
――そう。彼もまた『コンタギオン』の被害者だ。だが、彼の運命の最終地点。岐路の先にあったのは例の『イクスぺリメント』では無く、この『イグネス』と呼ばれた紛争地帯。日本列島だった。
学術研究会『ウィア』は彼を楽園へと誘わなかった。
だからこそ彼はこの日本列島の大地に足を付け、自らの異能力とコネクションを経由して遂に組織『フォルテ』のトップにのし上がったのだ。
しかし、憎しみは薄れるどころか増していくばかりだ。
「良いか? 良く聞け」と、不意に少年は顔を上げた。
死体の腐臭に吐き気を覚えながらも、他の幹部達は微動だにせずにその場で背筋を伸ばす。
気味の悪い光景だった。明らかに少年よりも背が高く胸板も厚い屈強なスーツ姿の厳めしい男達が、見るからに背の低い童顔の華奢な少年に脅し付けられている。
その懐にはナイフや銃火器の類を忍ばせているのだろう――だが、先程の少年の異能力を前にしては玩具も同然だった。
「俺は本気でこの日本の宗教戦争『イグネス』を終わらせてみせる。自分がトップに君臨し、それはやがて世界の統一に繋がる。そしていつか攻め落とすんだ。あの場所、あの孤島に今も安住している『楽園』のエセ能力者どもを。そうさ、奴等は偽物の能力者だ。本物はこの俺だ。お前等も見ただろう? 俺の能力を。奴等との切っても切り離せない血統は単純に『テラ』と言うこの星のオーラが一致してるだけだ。例えればダーウィンの進化論の『種の起源』にもある様にホモサピエンスやジャワ原人、北京原人、アウストラロピテクス、ネアンデルタール人等その本来人間の祖先様は多岐に渡って姿形を変えて進化してきたが、本当はそんな事はどうでも良いんだ。俺が言いたいのは単純にその人間と呼ばれるまでに進化してきた様々な種族がアフリカと言う共通の土地で数百万年以上もの間、直立二足歩行を遂げ、知恵を養い、火や道具を用いてこれまでの文化を築いてきた。ただそれだけの事だ。それも領土拡大や人種差別、世界中の資源を巡っての戦争と言う名の血塗られた歴史を――だ。要するに『テラ』と言う血統は忌まわしきモノでも何でもない。そんな事にいつまでも拘ってるから争いは今、この時まで続いている。そして俺は『種の起源』になぞらえて『テラ』そのものをアフリカと言う土地に見立てている。まあ、それも学説に過ぎないが血統なんざ関係無いね。俺は起源であるアフリカ――『テラ』を憎んでいる訳じゃない。学術研究会『ウィア』そして研究養育施設だかなんだか知らないが『イクスぺリメント』とか言うエセ能力者達の集まり、機関そのものをぶっ潰す為にここまでのし上がってきたんだ。そう――この俺が組織『フォルテ』の二代目若頭であり、トップの真の能力者だ。だからこそお前等には裏切り行為を止めて貰いたい。背信行為は今目の前にあるネズミの死体を見れば一目瞭然だろ? それに俺にはリーデーレの様な裏の裏。つまり、まだお前等には未知の領域の『顔』を持った共通の仲間がいる。俺に楯突けばそれはそのまま死を意味する。だが、シッカリとした組織の地盤を作るにはそれ相応の数――つまりは仲間が必要なのも事実だ。そして今、お前等がこの事実を粛然と受け止め俺の手となり足となれば、それは同時に組織『フォルテ』の繁栄に繋がる。繁栄はやがて新たな力を生み出しこの世界をじわじわと覆い尽くすだろう。つまり、お前等に残された道はたった1つしかない。この組織『フォルテ』に入ったが最後。もう後戻りは出来ないんだ。しかし俺はお前等の命の代わりに1つのチャンスを与えた。言うまでもなくリーデーレがその1人だ。彼は今となっては俺の部下だが、幼少期の頃の俺を支えてくれた命の恩人でね。その上、策略家でもある。リーデーレは俺より年上だし、まだアニミズム信仰の栄えていた頃の初代――つまりは俺の親父――の元幹部候補でもあった。そしてリーデーレの凄い所はあらゆる仲間達との競争に打ち勝って、今こうして俺の配下として裏の裏である世界でその地位を確立した所だ。是非とも彼を見習ってほしい」
組織『フォルテ』のトップ。二代目若頭の少年の長い弁舌はそこで終わり、もう一度彼は自分の持っている異能力――『神呪』とは変わった系統の――『忌まわしき楽園』を使った。
「――ひっ!」
少年が右手を翳した瞬間、部下の連中は口々に悲鳴を漏らしたが彼の矛先はこの高層ビルの最上層の一室に集った所謂――仲間とやらでは無かった。
少年は仕事に忠実であり任務に忠実であり何よりも自分自身に忠実であった。
彼が使った異能力の先にあったのは先程の出入り口にひしゃげた(あるいはひしゃげさせた)鉄製の戸棚であり、それを一瞬で元の形に戻した。
ファンタジーやRPGの世界で俗に言う『ヒール』とか『キュア』とか言う類の魔法と同じ効果をそれは持っていた。ただ、対象は人や動植物ではなく生命や魂を持たない物質の戸棚だったが――。
「――さあ、これで今回の会議は無事終了! 皆、それぞれの持ち場に就くように――っと。あ、リーデーレ。君はまだここに残っていてくれ。話がある」
逃げる様に――しかし、あくまで冷静な足取りを保ったまま(中には膝が笑っているのもいたにはいたが)ぞろぞろと歩き去っていく仲間――と、称された幹部達を尻目にリーデーレは金髪ブロンドを撫でてふざけた調子でこう言った。
「――はて? 何でしょうか? あなたに殺される様な不始末に思い当たる事は今の所無いのですが……」
「確かに――君を殺す理由は今の所俺にもないね。いや、今後とも是非そうでありたい。何、話ってのは単純な世間話さ」
少年は例の先程ヘリ2台が出現した方角――北側のスモークの効いたガラス張りの透明な壁から外を眺めつつさり気無く話を綴った。
「まずは今回の件に関して従順な働きぶりを見せてくれて助かった。君がいなければ今そこでミンチになっているのは俺だったんだからね」
――そう。全てはこの男、リーデーレがいなければ始まらなかった。
リーデーレと呼ばれた少年の裏幹部はもちろん既に独自の調査をしていた。ネズミの居所と正体。自らの組織のスパイを探し出す為にスパイを送り込む。組織『フォルテ』の少年はあまりにも若すぎたが、さすがは二代目に選ばれただけはある。キレモノだった。
正に命を張った賭け――それだけこの少年はリーデーレを信頼していたのだ。
そしてこの2人の演出に踊らされ負けたスパイの男はもうこの世にはいない。
「何を今さら――二代目若頭らしくないですよ。俺は一生あんたに付いて行きます。これまでもこれからも」
「リーデーレ。そろそろ奴等は動き出した様だ。これから楽しい日々が始まる」
「――奴等……と、申しますと?」
恭しくリーデーレは頭を垂れ両目だけで組織『フォルテ』トップの少年を見据える。
「目が笑っていないぞ。リーデーレ程のコネクションを網羅すれば答えは自ずと出てくるはずだ」
「――やはり、どんなに努力しても若頭だけは騙せそうにないですね」
「若頭は止めてくれ。好い加減聞き飽きたよ。特に君にだけは本名で言われたい」
「それにしても――本当に次の刺客はあのちっぽけな離れ孤島からやって来るのでしょうか?」
「さあね――時期に分かる。そしてその時、俺達は真実を知るんだ。正に世紀の大発見って所かな?」
「二代目……」
「リーデーレ。さっきも言ったが二代目は止してくれ。相手が単なる部下だったら腹が立つばかりだが、俺は君を自分の右腕の如く信頼している。そろそろ本名で言っても良いくらい君は成り上がった。これは天皇から貴族への直属の至上命令だ」
そして、リーデーレは言った。
その名を。ゆっくりと口から滑らかに溶かす様に――
――大地ロイ――
少年は気付いていなかった。その重大な事実に。差し迫った物事に。
「俺のこの異能力があれば――世界はこの手になる。いや、必ずやそうしてみせる。そして、宗教戦争『イグネス』も四代派閥組織の統一として俺が王となり、そう――それももう終わる。最新式の科学兵器やお粗末なロボットに頼る時代の終焉」
そのふざけた妄想。戯言に付き合っているのは他でも無いリーデーレ。彼は金髪ブロンドのポーカーフェイスを取り繕って、ただ、少年――大地ロイのまだはしゃいだ幼い童顔に付き従う。
本当の闇を知っている彼は今はまだ何も言わない。言う必要も無かった。
「あー楽しみだなー! 果たして奴等はどんな手品で俺を驚かしてくれるんだろうな?」
その先に待っている真の闇は果てしなく外側からじわじわとこの世界の表皮を覆っていく。
ここまで付き合って下さった方々、ありがとうございます。
ですが、まだまだ続きます。
宜しくお願いします。




