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Avengers  作者: くをん
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第3章――『スパシーバ学園』の授業(カリキュラム)と『聖徒』達の私生活

初めての方も、これまで読んで下さった方々も皆様、是非是非読んでみて下さい。お願いします。


 この絶海の孤島に位置する人工衛星にも載らない研究養育施設『イクスぺリメント』及びその内部にひっそりと佇む『スパシーバ学園』――。

 しかし、研究養育施設『イクスぺリメント』の内部にはもちろん『スパシーバ学園』だけが存在する訳じゃない。まるで中世ヨーロッパの城から少し離れた場所にある城下町の様に生徒及び教師陣の居住区がびっしりとひしめき合っているのだ。

 もちろん居住区には様々な施設が存在し、そこに住む人々の憩いの場所となっている。

 そこには主に、巨大なマーケットやディスカウントストア、コンビニ、アパレル系のショッピングモール、テーマパーク、病院等の福祉施設に人工的に造られた自然公園、そして住宅街が狭い土地の中でも上手く区画整備されており、島の東西南北を取り仕切る様に綺麗に分け隔てられていた。

 それはまるで京都の平安京を思わせる造りで、例えて言うならば右京には主に住宅地が広がっており、左京には先程挙げたショッピングモール等の娯楽施設がひしめき合っている。

 ――と、すると『スパシーバ学園』があるのはどこかと問われればちょうど大内裏の場所に位置していて、右京と左京を司る最も重要なポイントになっている。

 もしかしたらこの生活環境を整えたのは日本人のそれも古風な日本建築をモデルにした腕利きの建築デザイナーやら、世界でも名を馳せる建築士が一堂に会して設計したものとも思わせるが、仮に平安京を元に組み立てていたとしても、この孤島の内陸部は山、川、森林が生い茂っている非常に入り組んだ土地を形成しているので、陸地を掘削して限られた土地を保有するのはかなり頭を悩ませた事だろう。

 しかし、そんな四苦八苦して整えたこの『デビルアイランド』なる楽園(パラダイス)にもある種の企業が密集地帯のビル群としてこの島の都会の片隅に立ち並んでいるのもこれまた事実であり、その全ては学術研究会『ウィア』のスポンサーとしてあらゆるコネクションを持った大手企業であると言う噂が生徒達の間で流れている。

 そしてそんな周囲360度を巨大なドーム状のお椀に隔てられた楽園(パラダイス)にて今日も生徒達の日常が始まった。


 ――ジリリリリ!

 けたたましく鳴り響く騒音。いや、何かのベルの音。

 その正体は最近になって新しく大地ルイが購入した目覚まし時計だ。

 時刻は――6:30:00ジャスト。

 どうやらそのアラームは朝の訪れを告げる為に大地ルイの脳内にわだかまるレム睡眠中の脳波を覚醒させる役目を担っていた。

「……う~ん。もっと~……もっと欲しいぃいぃ」

 一体全体何を夢の中で見ているのか、ルイはそんな小言を呟く。

 ――ジリリリリリ!

 先程よりも心なしかそのけたたましい音はボリュームを増した。どうやら睡眠欲を貪る惰眠人間を素早く夢から現実に引きずり出す為にこの目覚まし時計を設計した博士あるいは発明家は上手い事その開発に成功したらしい。つまりルイが御自身の夢からドロップアウトしない限りこの騒音は勢いを増してどこまでも突っ走るのだ。

 このままだと周囲の近隣住民から騒音公害の被害で訴えられるのも時間の問題。正にこの目覚まし時計を開発した主と優秀なスタッフ達は匠である。匠の業である。

 しかしそれよりももっと効率的な方法でその惰眠男ルイの夢を外側(アウトサイド)から看破した者がいた。

「うーるせーんだよー! サッサと目覚めろー! このドアホルイ――!」

 簡易ベッドの枕元によだれを垂らしながら、レム睡眠の中で独りよがりなMY DREAMをENJOYしていたそのドアホルイは永遠とも呼べる束の間の休息を何者かの怒声により打破された。

 ボゴォ――――!

 正確に言えば枕に縋りつく様にして寝ていたルイの顎にこれ以上ないと言う程の勢いでアッパーカットを喰らわす少女の姿があった。

 他でもない同居人の少女――大地レイである。

「――グッハァ!」

 ある種の快楽から完全にノックアウトされた少年――大地ルイは覚醒する事に成功。そして彼は夢の中から見事にESCAPE――強制離脱させられた。

 少女レイは不敵に笑う。

「フハハハハ! 何人たりとも我の前では無力なり! 例えそれが夢の中の住人であってもな! 否、例えそれが夢の中の住人であってもだ!」

 軽い節回しでそんな事をほざく。ルイにとっては愛しき二卵性双生児の妹レイ。しかし、今は愛しさ&切なさ&心強さもどこもかしこも目の前にいる少女がまだぼやけた視界の中でハッキリと殺意に取って代わる事がありありと肌で感じ取る様に分かった。それは感情と本能――そして夢の中で見たルイのハーレム結成隊がまるでドーハの悲劇の如く水泡に帰した瞬間でもあり、その虚しさと怒りを呆然とした理性を総動員させて押し止める。

 ジリリリリリリ――!

 けたたましく鳴り響くルイがつい先日購入したばかりの目覚まし時計の騒音は遂にその音域を狭い2LDKの賃貸マンション――マンションと言えば聞こえは良いが、実際の所はその外観は少し無骨な鉄骨アパートに近い――全体に聞こえるまでになっていた。

「――我が妹レイよ。そなたは間違っておる。我に罪は無い。寧ろ、そなたが今すぐにやるべき事は……あの目覚まし時計の騒音被害を出来るだけ早く止める事にある。そなたにはその資格が――使命があるのじゃ」

 ――わしももう長くは無い。出来るだけ早く奴を……この世から平和を取り戻す為に追放するのじゃ……ガクッ!

 等と言うどこかのRPGに出てきそうな序盤の村の奥に隠されたダンジョンにいる不老長寿のこの世に1000年は生きた伝説の竜もしくは精霊みたいな格言を残し今度は別の意味で夢の中へと陥落したルイ。まだ寝ぼけているのか? そのたどたどしい口調はどこかやるせない。

 しかし、それに対して本気になるバカがもう1人いた。これも同じ遺伝子が成せる業か、さすがは血の繋がった双子の兄妹。

「セイレーン様! どうか、この私にそのチカラを――悪の混沌デストロイを戒めるその聖なるチカラを分け与えたまえ――!」

 パアアアア――! と、どうでも良いSEがここら辺でその悪の混沌なんたらを戒める聖なるチカラとやらになって鳴り響き、そのどうでも良いチカラとやらが天空の暗闇を吹き飛ばす勢いで小さな光となって瞬間、雷鳴の如くレイの身体を劈く――。

 オイオイ、ここは狭い2LDKの賃貸マンションだってさっき言ってたじゃねーか。天井に穴でも開いてた?

「おお! これが戒めの刃。光天剣(こうてんけん)(レイ命名)! これさえあれば……これさえあれば私は悪の混沌デストロイを打ち破る事が――」

「良い齢して、何やってんの? レイ」

 だが、しかしそのノンフィクションドキュメンタリーサイドストーリーは結局の所、その場で雲散霧消。打切りに終わった。完全に覚醒。目が覚めたであろう麗しの双子の兄のKY(空気読めない)不意打ちによって。こうして完全にノリに乗っていたレイの15年の生涯に、またしても新たな黒歴史が紡がれた。

 ――さて、強制的に閑話休題。

 寝起きの運動も兼ねて軽く大地ルイが大地レイにボコられた後、2人はリビングで朝食を取っていた。基本的に最低限の衣・食・住が整っているここ――研究養育施設『イクスぺリメント』の居住区とは言え、自分達の食べ物や衣服、そして住む場所は学生証なるアイテム。つまりはパスポートが必要だ。学生証の裏側には単純な電気信号、つまりはLEDライトを翳して反応するバーコードがそれぞれ記載されており、その暗号化された8ケタの数字によってその個人情報を特定する。

 もちろん、この離れ小島に位置する研究養育施設『イクスぺリメント』の正式な『私闘(フェーデ)』を受けた時点でその例の学生証は学術研究会『ウィア』によって発行され、新たな住人として出迎えられる。

 最初の居住区は簡素な造りの『セミテリー』あるいは『クレーパー』と呼ばれる1Rのアパートメントに住む事が義務化されるが、もし不満があれば、いつでもこの島唯一の区役所にて移住を申請出来る。そしてその際には学生証は必須だ。

 つまりこの島において学生証は保険証や身分証明書の役割を果たしており、ある意味命の次に大事な物である。ただ、何かしらの問題があって紛失してしまった場合、理由の如何によって再発行は可能だ。

 レイとルイもその学生証を失くさない様に定期券等小物が仕舞えるパスケースに通販の領収書やレシート、切手やテレフォンカード等様々な物と一緒に収納しており、お洒落な長財布をチェーンで腰にぶら提げて、その中に厳重に管理している。チェーンは『スパシーバ学園』から帰宅した後、私服に着替えジーパン等のベルトループに固定し、念の為その学生証入りのパスケースの入った長財布ごとポケットに仕舞い込む。

 因みに制服である白のオーバーオールの場合、大抵はそのつなぎにある幾つかのポケットに入れておくが、中にはかなり用心深い人もいて『スパシーバ学園』のセキュリティシステム通称――『ウィンクルム』の事務員に一時預けておくなんて言うケースも珍しくは無い。

 ただ、学生証には個人の情報がバーコードに圧縮されて全て管理会社によって厳重にチェックされており、仮にその学生証が何者かによって盗まれたのだとしても、早急にその手の管理会社に問い合わせれば、どの学生がどの様な経緯でそれを使ったのか一発で丸分かりになる。なぜなら学生証を2つ以上持っている者は二重、三重とその学生証を使い分ける可能性が非常に高く(と、言うか使わなければ盗んだ意味がない)その使い分けた者の痕跡を辿れば事件は解決したも同然だ。

 まあ、他の人の学生証を盗むのは余程希少なおバカさん――と、言う訳だ。

 そして現在大地ルイと大地レイが同居しているこの場所も一応、『セミテリー』から移住申請し、その際学生証を提示して色々と検討した結果――何だか良く分からない内にこの古き良き2LDKの賃貸マンションに決まっていた。

「――なあ、レイ? もう少しあの目覚まし時計何とかならないかな。音域が中途半端に高いからレム睡眠時に心地良いんだよな」

 ルイが出来たてのトーストにバターを塗り、お皿に盛られたベーコンエッグを頬張ると、多少疲れた様な顔でまだ眠たそうに言った。

「――あら、ルイったら変な人ね。心地良いのなら買って損じゃなかった。一体どんな夢を見ているのか知らないけど、私は毎朝レム睡眠時に悪夢を見て飛び起きるわ」

 レイは右目の眼帯に軽く触れて、キッチンスペースから少し離れた位置で鏡に向かってそれを微調整すると、むしゃくしゃしながら皮肉で返す。因みに2人とも寝ている時でも基本的に眼帯は外さない。外す時はシャワーでも浴びる時くらいだ。

「あのね、レイ? 聞いてる? 僕は良いかも知れないけど近隣住民に迷惑が掛かるかもって僕は――」

 ――ピンポーン!

「そら来た。な? 僕の言いたい事は分かるだろ? レイ」

「あーあーハイハイ。頭脳明晰な予知夢に開眼したルイ様、後は宜しく」

 どの道、あの目覚まし時計は自分が購入したのだから仕方がないとはいえ、なんとなく胃に鉛が残っている様な気さえして、どこか腑に落ちない。そんな感情を持て余しながらもルイはキッチンでの食事を中断し、軽くナプキンで口に付いた油汚れを拭うとチャイムの鳴った玄関先へと急ぐ。因みにインターホンはあるのだが、このアパートを増改築した造りの2LDKマンションは色々と不備な点が多い。例えばインターホンはあるのに玄関扉の先に監視カメラは無くその為か室内にあるインターホンにはディスプレイ画面が装備されていない点とか。

 だけど本来なら一応インターホンのボタンを押して外から来た誰かしらの声を聞く事は可能なのだが、なんとなく面倒臭いのでと言うか二度手間なのでルイもレイも玄関扉のドアスコープを唯一の頼りにして応対するのが最早日課となっている。それだけこの2LDKマンションは不用心なのだった。

 ドアスコープを覗くと案の定と言うかお約束のパターン。そのシーズンの到来がやって来た。まるで春夏秋冬の風物詩の如く。それは年中無休だ。時刻は決まって朝の『スパシーバ学園』登校前の束の間の休息を軒下にシロアリにでもむしり取られている――そんな重たい気分にさせてしまう。ルイは溜め息吐きつつ相手に応じる。

「――はい? 大家さん。こんな朝から一体全体何用ですか?」

 対する大家さんはまるでその言葉を待っていましたと言わんばかりの素早い身のこなしでボールをインターセプトし、相手アタッカーの裏を取る快速ディフェンダーの如き見事な波状攻撃&オーバーラップでカウンターを仕掛けてきた。

「――それはこちらの台詞ですよ。一体全体何度言えば分かるのですか?」

 ドアの向こう側にいるであろう大家さんはどこからどう見ても、活きの良い20代のスーツを着た若き青年男子。もっと言えば何だかどこかインテリチックな雰囲気を纏う眼鏡を掛けた大卒の新入社員サラリーマンに見えなくもない。

 どんな混沌とした世界であっても秩序を乱す者は許さない――その姿勢にはある意味感嘆に値する事この上ないが、こんな朝っぱらから世界の秩序云々、悪の組織の企み云々、そして何よりあの低音域高音域をバッチリ捉えた超クリティカルアラーム目覚まし時計についてネチネチと説法を受ける身にも少しはなって貰いたい。

 そうルイは心の中で毒づいていた。

 しかし、彼――眼鏡サラリー大家さんの今月に入って10度目の大説法なる大論説はこの上なく滑らかに舌が滑りーの、今朝も快調に眼鏡を光らせながらルイの心の闇を徐々に掌握しつつあった。

「大体ですね、この世に目覚まし時計なんて腐るほどありますよ?」

「はあ――それが何か?」

「あなたはその腐るほどある目覚まし時計の中からわざわざあの地獄の底から鳴り響く様な悪のベルを鳴らす目覚まし時計を選択した。そこが問題なんです。その他については何も言及する事はありません。ですから私の至福の時、レム睡眠時に見るハーレム結成隊――いや、夢の内容についてはこの際どうでも宜しい。そういう事にしておいて下さい。頼むから。まあ、その何だ? 私の大家としての意地とプライドがそれを阻んで許さない――じゃなかった、これも違うかな? ――と、兎にも角にも何もかも働き盛りの私の束の間の休息を悪夢(ナイトメア)にすり替えるのだけは今後一切禁止です。断じて」

 その束の間に見るハーレム結成隊についての思考を巡らした後、一体全体どんな悪夢(ナイトメア)を見ているのか? 気にはなったがまた長くなりそうだったので口には出さないでおくルイ。

「はあ――でも目覚まし時計に罪は……」

「もちろんありえませんよ。問題なのはそのナイトメアクロックを敢えて名は言いませんが誰が購入したと言う所が問題なんです。世の中には善と悪と言うものがありーの……」

 物事の基準。その物差しがデジタル電子アラーム目覚まし時計へ矛先を向けられたかと思いきや、いきなりその学説が性善説と性悪説にまでぶっ飛んでいき、ルイは思わず溜め息連発。あんな物買わなきゃ良かった――と、今更ながら思った所でもう遅い。後悔先に立たずとはこの事かと、ルイはまた1つ賢くなった。

 そんなこんなでルイがVS大家さん相手との押し問答を繰り広げてる最中にも颯爽とレイお嬢様はリビングで2人掛けソファに踏ん反り返り、丸いガラスのサイドテーブルに乗っていた女性用週刊誌を手に取る。

 ――フンフン。なるほど~等と言いつつページをめくり、上機嫌な子猫の様にあくびをする。全くもって外部との交友をシャットアウト。

「レイー! レイ様―! 一生のお願いだから何とかしてくれよー!」

 早くも人生に一度しかない『一生のお願い』スキルを何の恥じらいもなく使い、実の妹に縋り付くルイ。一方、その世界中に7つしかない龍の玉を集めなければ叶わない難攻不落の『一生のお願い』に対して、不覚にもレイお嬢様は冷ややかだった。

 どこからか救世主を求める声――しかし、何事も無かったかの様にレイは市販のオーディオ機器をリモコンで操作し、最近ここ『イクスぺリメント』で流行しているトップアイドルの歌詞と旋律を奏でながらその鼻歌を(そら)んじる。

 こうしてルイの救いの呼び声は見事にそのメロディーに相殺され、結局朝からまだその名も紹介していない若きインテリ眼鏡大家さんの大説法にコテンパンに打ちのめされる結末を迎えた。

 だが、例のデジタル電子アラーム目覚まし時計にも愛しの同居人大地レイお嬢様にも全くと言っていいほど罪は無い。ぶっちゃけ、レイは朝の束の間の休息をいつもの様に楽しんでいただけで、ルイのSOS信号に気付きもしなかったのだから。

「こうして、我等が宇宙艦隊『デンジャラス』は悪の銀河系軍団『デストロイ』を見事に看破し、全宇宙の核戦争を回避したのであった。そこに残ったのは宇宙全体の恒久的平和の存続と、秩序の確立。全宇宙に散らばった至高の魔石『DAY・DREAM』はと言うと、そのまま結晶化しこれまた全宇宙の最果ての地『ブラックシャドウ』にいる高僧『クリスタ』の手によって永久に封印されてしまった。しかし、これで何もかもが終わったのではない。事件が終わってから1000年後の今、封印されていたはずの至高の魔石『DAY・DREAM』が何者かの手によってその暗黒魔界の『ブラックシャドウ』の混沌とした闇から解放され、またしてもこの全宇宙に散っていったのである。高僧『クリスタ』は何者かによって殺害され、新たなる戦いの序幕はこうして始まったのです。少しは分かりましたか? 私の言いたい事が」

「――え、ええ。もちろん」

 いつから電子アラーム目覚まし時計から全宇宙の派閥抗争へと発展したのか? 謎は深まるばかりだ。

 大家さんの朝っぱらから始まったお説教も色々紆余曲折はありーの何だか訳も分からずに終わりーの気が付いてみたらとっくに登校時間10分前になっていた。

 孤島にひっそりと佇んでいるだけあって『スパシーバ学園』はこの無骨な賃貸マンションからそう遠くは無い位置にあったが、さすがに制服に着替えたりその他諸々の準備に追われると10分なんてあっという間だ。

「ルイ! 何やってんの! 急ぎなさい」

『ハァ~。これだからシトーの里親は……』

 つい先ほどまでくつろいでいたのが、まるで嘘の様にレイは真っ白なオーバーオールの制服に身を包むと、肩越しに『スパシーバ学園』指定の学生鞄を携えてルイを急かす。

 そんな彼女の頭上には天使の輪を模した両側に羽根があるレイの『神器珍獣(エクセンプルム)』――アムーが浮かんでいて、落ち着いた声音あるいは諭す様な口振りで軽い愚痴を零した。

「――ハイハイハイ! わーかってますって!」

『オイオイ、エンジェルちゃんよ。戯言は寝て言いな』

 いつの間にかルイの『神器珍獣(エクセンプルム)』――シトーもその姿を現した。どうやらルイの制服の中で眠りこけていたらしい。

『それを言うならば、寝言は寝て言えです。あなたの頭脳の許容範囲を超えているのは確かですが、もう少し勉学に重きを置いた方が良いですよシトー。まあ、無駄な努力に終わるのだけはこの私が保証しますが』

 新たな挑戦状を叩き付けるエンジェルちゃん。アムーに対し、シトーはと言うと――

『あーあー。エンジェルアムーちゃんは少し黙っててくれる? 俺は朝からどうでも良いご託宣を聞き入れる程、良い趣味を持っている訳じゃないんでね』

 珍しきかなその挑発を軽く受け流した。ただし、相変わらずこの2人の仲が悪いのは健在だったが。

 そして、2人――いや、アムーとシトーも加えると4人――は学校へと登校しにやっとこさ中途半端に背伸びした2LDKマンションの玄関から飛び出した。


 ルイとレイの自宅から『スパシーバ学園』へはそう遠くは無い位置にあるとはさっき叙述した通りだが、それでも朝の登校風景には皆辟易している様な印象を受ける。

 ――と、言うのもこの人工衛星写真にも載らない絶海の孤島には急な勾配がずっと続き、その上入り組んだ路地がまるで迷路か神隠しでも起きそうな入り口、あるいは都会の下町を思わせるからだ。

 地続きのコンクリートが遠くまで上へと向かって伸びている。その景観を眺めるともなしに眺めると、ついつい溜め息しか零れ落ちないのもまた事実だった。

「はあ~」

 しかし、この永遠に続くとも思われるコンクリートジャングルにもその頂点に『スパシーバ学園』が見えるとなると単なる目の錯覚でしかなく、しかしそれを喜び勇んで歓迎出来るかと言われれば決してそうではなく、かえってその距離が明確になった事への不平と不満が心の中で毒づく様になってくるのである。

 なぜなら実際、その距離は目に見えてまだまだうんざりするほど続くのだ。

「どしたの? ルイ。朝から大家さんとテンパって気疲れ? いや、そいつはお疲れ様」

 ルイの溜め息も心なしかしょんぼりしたものになっているが、対するレイは元気溌剌だ。

 周囲を見渡すと他にも『スパシーバ学園』の在校生は徒歩でこの坂道を歩いていた。

 時節は夏の陽光も照り始めてきた6月の終り。

 早くもこの孤島ではアブラゼミやらミンミンゼミやらが威勢よくそのたった一週間しかない生命を謳歌するが如くポツポツと辺りに鳴き声の合唱を散りばめ始めていた。

 ルイとレイは一年中潮風になぶられるこの島で、嗅ぎ慣れた磯に似た潮のにおいを存分に鼻腔と肺に溜め込んでは吐き出して、せっせとハイキングコースを嫌でも漫喫する。

 坂道はアスファルトで敷き詰められ、少し遠くを見渡すとジリジリと陽炎が立ち上っている。

 因みにこの夏の陽光と6月下旬のまだ梅雨の名残りが消え失せていない軽い湿気と少しでも格闘する為に、既に聖徒達が着ている『スパシーバ学園』の白いつなぎ――つまりはオーバーオール――は衣替えシーズンを迎えており、半袖にフード付き、そして裾は通気性の良い薄地のポリエステルで出来ていた。

 そして中には短パンの少し奇抜なファッションをしている者もいて、ここ研究養育施設『イクスぺリメント』の『スパシーバ学園』には、夏の風物詩の如く扱われていた。

 またサマーセーターのベストにシャツを重ね着している者もいて、しかしこれも『スパシーバ学園』指定の制服に正式に認可されているものであれば何の問題も無いので、それをチョイスする者も少なくは無い。ただ、ボトムは男子は無難なスラックスで色はあまり派手な物で無ければ教師陣に咎められる事も無く、若い女子の中にはミニスカートを愛用している者もいた。

「――全く。レイは良いよな。まだ女の子だから。短パンとかミニスカートとかこの時期選択肢が男子よりも多いから」

 ルイは先程の返答を思わず愚痴で返していた。それをどう受け止めたのか、レイはと言うと――

「あら、それは女子への偏見と言うものよ。私は別にミニスカートとか短パンとかを着ている訳じゃないわ。『スパシーバ学園』で最もフォーマルな白のフード付きオーバーオールよ。男女混合のね。――それにルイ? もしそう言うのならば、ミニスカートは無理でも短パンでも一度は穿いてみたらどうかしら? 案外マニアに受けが良いかもしれないわよ」

 朝の夏の陽光がガンガンと照り付ける坂道を存分に味わいながら、ルイは思わず苦笑する。

「僕が短パンを穿いて誰が得をするって?」

「そうねえ……大地ルイ様ファンクラブ――とか」

「このクソ暑い中、くだらない冗談はやめてくれ」

「それは御愁傷様」

 そんな他愛も無い会話をこなしながらも実にピッタリと息の合った2人の背後からパタパタと小走りで駆け寄ってくる何者かの気配がした。

 振り向くと、そこには女子中高生と言っても差し支えない――と、言うか年齢的に見てもそれ位の年代――まだあどけない少女の姿があった。

「おっハロー! お2人さん。今朝も仲が宜しゅうて何より何よりでんな~」

 この様な独特の節回し――と言うか、彼女なりのギャグ?――をするのはルイとレイの記憶の中でも完全無欠で限られてくる。もちろん貝生凜(かいせいりん)だ。

 とんでもなく急な坂道を登りながら登校中のルイとレイの背中と肩をポンッ! と軽く叩くと少女――貝生凜(かいせいりん)はレイの元気溌剌を吹き飛ばすほどのあまりにも無邪気な笑みで、朝からハイテンションに男女双子兄妹に絡んできた。

 このクソ暑い中でも彼女はどんな汗腺をその肌に宿しているのか疑わしいほどに汗一つ掻いていない。

「ああ、貝生(かいせい)さん。おはよ」

「別に私達の仲が良いとかそんなのは置いておいてとりあえず、おはよー」

 ルイは相変わらずの体たらくローテンションぶりをこれでもかと発揮して――

 対するレイは否定するとこは否定しながらもニッコリ笑顔で応答した。

 その反応ぶりを見てか、お調子者のムード&トラブルメーカー(りん)もこのクソ暑い朝っぱらから更に上機嫌になりーの、入り組んだ路地の所々に散らばる夏の風物詩セミの大合唱にも負けじと声高らかにこう告げた。

 それはこれから起こり得る示唆に富んだ重大な発言だと自分も気付かない内に。

「2人とももっとシャキッとしないと! これからは夏本番! しかも何かさー(りん)も詳しくは知らないんだけど、今週中に何やら研修授業に行く聖徒を取り決める特別な授業(カリキュラム)が組まれてるらしいよ。何だか夏休みを利用した……」

「特別な――」

「――授業(カリキュラム)?」

 ルイとレイはその言葉に不自然な違和感を感じ取って思わず足を止めていた。決してこの島独特の坂道に辟易した訳でも疲労の為でも無く、何か嫌な予感が不意に脳裏に甦ってきたのである。

 奇妙な脂汗が背筋と首の裏側を染め上げる。

 しかし、その事すらも気付いていない貝生凜(かいせいりん)はそのままスタスタと軽やかなステップで2人の前を追い越し、即座に振り向いて無邪気な微笑みをその童顔に宿したまま、話を続ける。1人だけとても楽しそうに。

「――そう! 特別授業! しかもそれ一部の聖徒達の噂によると、あの宗教戦争『イグネス』の紛争地域――要するに日本本島への調査及び派遣なんだってさ! つまりその任務に従事するスタッフを聖徒達から抜粋する為の特別授業が今週中に公開されて、同時に行われるんだって! 全くもって急な話だよね。無茶すんなって。『五大啓示(スティグマ)の効用丸暗記』と『それに伴う心技一体(インゲニウム)の相性とバランスと関係性について』の必殺抜き打ちテストよりも性質が悪いって。それとも何か急ぎの用事でもあるのかな? あの今じゃ廃れた日本各地で勃発している紛争地域――宗教戦争『イグネス』の四大組織『シーカーズ』のトップやリーダー達に」

 そしてまた前を向いて今にもスキップしそうな勢いで、この鯉の滝登りの様な急な勾配をせっせと登っていく貝生凜(かいせいりん)。しかし、兎にも角にもその話が本当だとして、彼女をそのまま見失う訳にはいかなかったルイとレイはその情報を頼りに顔を見合わせては頷き合い、必死の思いで(りん)の元へと駆け寄った。

 こんな時だけは息の合うやはり同じ血の通った双子だ。

「――ん? 何? お2人さん。今度は怖い顔をして。肝試し大会のご招待でもしようっての? 無理無理、私幽霊とかメッチャ苦手だから。それにまだ暦上では夏だけど、時節は梅雨の時期だよ。雨ザーザーで、お墓参りなんて御免だよ」

「いや、そういう事じゃなくて」

「私達が聞きたいのは……」

「今週中に行われる特別授業(スペシャルカリキュラム)――の事だね?」

 ルイとレイの2人がやや詰問口調で(りん)に迫った時、これまたこのハイキングコースにお仲間が1名加わった。爽やかな男子特有のソプラノ調の澄んだ声音。背丈はモデル並みにスラリとした体躯でこのクソ暑い最中でも微塵も汗一つ掻いていないのが貝生凜(かいせいりん)同様不思議だ。

 皆さんもうお分かりのイケメン男――瀬川剣のご登場だ。

「その通り!」「さっすが瀬川君! 今日もイケてるね」と、双子兄妹大絶賛中。

「なんでぇ。瀬川っちか。けど特別授業(スペシャルカリキュラム)って単なる噂話だよ?」

「――それもそうだね。でもその前に怖いもの知らずの貝生(かいせい)さんがお化けが苦手と言うのは何だかよく分からないな。それについて過去に何か具体的なエピソードでもあるの?」

「そう……それは私がまだ小学生の頃の話。3泊4日の初めて行った林間学校での出来事。友達同士のグループ分けで偶々私達の班は人数が1名多かった。そして私達はクラスの相部屋から少し離れたいわくつきの大部屋へと必然的に移る事になった。クラスの皆とは離れ離れで教師陣の監視の目も行き届かないそんな場所。そして夜。山奥に佇むその薄暗い場所にはまるで真っ赤な血の痕の様な赤色灯がベランダの窓ガラス越しに映っていた。しかし、恐怖の惨劇は突如として起こる。真夜中の12時を少し過ぎた頃……いきなり私は睡魔から覚醒させられ、目を覚ます。しかし身体がピクリともしない。声も上げる事も敵わず眼球だけがキョロキョロとその暗い室内を忙しなく行き来する。金縛りだ――と、私は思った。しかし私は焦らなかった。その時まで幽霊の存在や霊感やら霊能力者と言った類のものは皆インチキ。全く信じていなかったから。金縛りもレム睡眠時に見た悪夢の様なもので科学的に言えば、脳は目覚めても身体は寝てる状態の事を差すのだと理解していた。実際、その時に奇妙な幻覚やポルターガイスト現象、ラップ現象等起きやしなかった。ただ1つを除いて……。私は見てしまったのだ。あの赤い赤色灯が灯る窓ガラス越しに幾重もの私達と同年代の小学生の顔がニタリと微笑みながらこちらを凝視しているのを……! しかし、声を上げる事も出来ないまま私は数分間その子達と睨めっこを続けていた。やがて金縛りが解けるともう1人でその場にいる事が出来ずに怖くてただ震えていると、隣で寝ていたクラスメイトの友達が私と全く同じ体験をしたと言って、更に縮み上がった。続々と他のクラスメイト達も起き上がり、全くもって同じ体験をした事が判明。ここまで来るととても単なる悪夢で済まされる話じゃないと一致団結した私達は例の赤い赤色灯が灯るベランダへと行ってみようとなぜかその時ばかりは怖さよりも好奇心が勝った。更なる悪夢が私達を恐怖のどん底へと叩き落とす事になるとも知らずに……。赤い赤色灯は具体的に言えばベランダにある訳ではなく、部屋を出た廊下のすぐ左端の扉を潜った非常階段に設置されていた。緊急用の非常階段への扉は鍵が掛かっている訳もなくまるで私達が予めここに来る事を予想していたみたいに誰かに手招きされる具合に簡単に開いた。もちろん、懐中電灯を持っている者等皆無。当時小学生だった私達は携帯電話ですらその林間学校で持ち出す事は禁止されていた。つまりライトの類は全くと言って良いほど無かった。

唯一照らし出したのは――言うまでもなくあの赤い赤色灯の血の色に似た真っ赤な光だった。山奥にある為か、外の空気はとても澄んでいて深呼吸をすると徐々に私達はリラックスしていった。そしてあの現象は結局何かの間違い。幻だったのじゃないかと言う結論に達しようとしていた。段々と皆が恐怖を払拭して普段の正気を取り戻そうとしていた矢先、時折赤く照らされる真っ暗闇の中……非常階段の踊り場――その手すり越しに何か奇妙な祠の固まりの様なものが1階の外のスペースに安置されているのに気付いた。最初は何だろう? と、思った程度。だけど視界が暗闇に慣れてきて徐々にその輪郭がハッキリしていくと……私達は思わず絶叫した。赤色灯に一瞬、一瞬照らし出されたその祠の固まりの正体――それは膨大な数のお墓だったのだ! 翌日、私達は班のクラスメイトと冷静に話し合った結果、先生にこの事実を告発し、あの大量のお墓に纏わる驚愕の新事実を知る事になる。長年、その林間学校の役員をしていたAさんは赤い赤色灯が灯るいわくつきの部屋について――あの部屋は呪われている。あそこに泊まった生徒達は皆、3泊4日の12時過ぎに不審な死を遂げるのだ。誰の仕業でも無く何者かに殺された形跡もない。その為、警察が介入する余地もなく、私達は供養として赤い赤色灯が灯る非常階段の真下に位置する墓地に死んでいった生徒達の名前を刻んだ墓碑を奉る。しかし何度供養しても一向に犠牲者は後を絶たない事からいつしか『呪われた赤い部屋』と呼ばれる様になった。一体、あの部屋には何が潜んでいるのだろう? 見当も付かん。――と言う事らしい。だけど部屋替えをして、無事生還した私達は真実を知っていた。まるで誰かに手招きされた様なあの感覚。あれはかつての『呪われた赤い部屋』に宿泊した生徒達の亡霊ではないかと。好い加減あの部屋から離れたいが為に何度も何度も仲間を増やしてはこの世にメッセージを送り、寂しさを紛らわすのに膨大な時間を費やし犠牲者を出し、早く自分達をここから解放してくれと心の底からの魂の叫びを放っていたはずなのに――どう言った訳か、そこの林間学校の何様か知らないがトップのお役人様は死者の墓碑銘等と言う勝手気儘な代物を思い込みで――たぶん成仏の為だろう――お題目として刻み込み、その為か死者達の怨霊は仕方なくここに留まり蓄積され、被害者は後を絶たないと言うとんでもない本末転倒ぶり、あるいは悪循環、または矛盾したサイクルを今でも発生させているそう言う仕組み。まあ、そんなこんながあった訳で――命からがら逃げのびた私はお化けが苦手って訳」

「そりゃ、これまたえらく長いバッドエピソードだね」

「まあ、死ななくて何より? ――って、とこかしら」

「それがトラウマで幽霊の類が苦手に……って、今はそんなトラウマはどうでも良いんじゃないかな? 気になって聞いたのは僕の方だけど、まさかそこまでのうんざりするほど長い話はまた今度にしてよ」

「――うん。私も反省してるよ。また今度、別枠のエピソードについて話してあげる。今度は修学旅行編。THE 日光江戸村! 夏休みのピーク、8月下旬に開催! お盆明けに皆様の参加お待ちしています!」

 ホントはこの女、ホラー系の怪談話の類が好きなんじゃないのか? と疑う程の貝生凜(かいせいりん)が全く反省していないのはさておき――

「話が脱線してしまったけど確か、特別授業(スペシャルカリキュラム)についてルイ君とレイさんは何か知っているのかな?」

 瀬川っち事瀬川剣が遠くを見て何気なく話を元に戻すと、ルイそしてレイはブンブンと左右に頭を振った。双子なだけに息がピッタリ合っている。

「なーんにも」とレイ。

「分かんないね」とルイ。

 その2人ともが初耳でしたと言う応答を聞いてどこか安心した様な瀬川剣は目を細めてこう言った。今度はどことなく憂いを含んだ表情で。

特別授業(スペシャルカリキュラム)はさっき貝生(かいせい)さんが言った通り、やっぱり日本本島に何人かの『神呪(ミュステリウム)』を派遣するみたいだよ」

「え――?」

「それってつまりスパイって事?」


 大地レイは驚愕で顔が凍り付き、ルイは唐突な出来事で足が竦んでいた。

 この2人の反応は無理も無かった。日本本島では2年前から宗教戦争『イグネス』が各地で勃発しており、その導火線なる火種が燻っていた時期、10年前例の『レクティオン』――インサニオによって2人の左右の『眼』は奪われたのだ。

 しかもそれだけじゃない。当時、幼きルイとレイはその後宗教戦争『イグネス』へと発展するアニミズム的関東の地域紛争によって両親と生き別れになっており、わずか5歳と言う赤子同前の年齢で『コンタギオン』罹患者の1割未満が発動する『啓示(スティグマ)』をその『眼』に宿したのだ。

 結果的に『神呪(ミュステリウム)』の能力を使って戦い死の淵まで追いやられた所、学術研究会『ウィア』の派遣した傭兵に救助されたが――あの時感じたあるいは能力者『神呪(ミュステリウム)』として才能が芽生えた時の苦痛は今でもトラウマとして脳裏に刻み込まれている。

 そして、最も重要なのがルイとレイの両親は今でも生きているのか――? その一点に尽きる。

 幼きルイとレイとの別れを選んだ両親は果たして何者なのか?

 しかし、もちろんこの双子の兄妹だけが日本本島各地で発生していたアニミズム的派閥抗争から2年にも渡る戦い、宗教戦争『イグネス』の被害者と言う訳では無い。

 目の前で坂道を明るくスキップしている少女――貝生凜(かいせいりん)

 何気なくルイとレイの傍で歩いている少年――瀬川剣。

 この2人とて、日本本島には宗教戦争『イグネス』を除いても、苦難の日々を送ったに違いない。そして今、ここにいない焔司(ほむらつかさ)や富士山景も。

 それが『コンタギオン』罹患者及び身体中から溢れ出すこの地球と言う星の未知の結晶体『テラ』――そしてその恩恵を受けた『神呪(ミュステリウム)』の宿命だった。


「まあ、悪い言い方をすればそう言う事になる――かな」

 どこかバツの悪い苦悶の顔をしながらも真っ直ぐと視線を逸らさずに前だけ見つめていた瀬川剣はそう言って、更に畳み掛ける様に続けてこう言った。

「率直に言うと宗教戦争『イグネス』の一組織――それも関東と中部地方を束ねる『フォルテ』のリーダーとの交渉が目的らしいんだ」

「交渉?」隣を歩いていたレイは怪訝な顔をする。

「どうしてそんな事知っているの?」素直に疑問符を浮かべるルイ。

「情報源はどこ?」スキップを止めて、振り返り聞く貝生凜(かいせいりん)

「これでも僕は学術研究会『ウィア』の研究員としても働いているからね。情報源と言うか、同じ同僚達からの話を推考するとどうやらそう言う事になるのかもしれない」

 ――そうなのだ。この男、瀬川剣はここ研究養育施設『イクスぺリメント』の『スパシーバ学園』の一聖徒としてだけでなくその研究施設にも携わる少しだけ変わった立場にいた。

 しかし、言うまでもなく誰もが彼と同じ様な立場になれるとは限らない。

 彼――瀬川剣はあくまで自分の考えを保持しており、自身にある日突如として侵された『コンタギオン』とそこから導き出される10人に1人未満の確率で発生する『啓示(スティグマ)』の刻印、その激痛を耐え抜いた者だけに宿る能力『神呪(ミュステリウム)』――そしてそれ等全てのパワーとしてこの星から漲っている謎のオーラ『テラ』。

 瀬川剣はそれを独断と偏見の眼差しで見つめていた。そして最初は『スパシーバ学園』の自分が所属するクラスを担当する上司(言ってみれば先生だ)に掛け合って――自分も学術研究会『ウィア』の研究員として働きたい、あるいは何らかの形で携わりたいと熱心に懇願したのだ。

 もちろんその担当の上司の答えはNOだったが、瀬川剣は諦めなかった。

 彼は猛勉強し『コンタギオン』から『啓示(スティグマ)』、『神呪(ミュステリウム)』、『テラ』――そして『レクティオン』、宗教戦争『イグネス』、『心技一体(インゲニウム)』、『神器珍獣(エクセンプルム)』、『創造神器(クレアティオン)』最終的には学術研究会『ウィア』の内部情勢まで独学で把握し、それらの資料を用いて年に一度行われる論文大会にて全観衆が体育館ホールに集った中、全てをぶちまけるが如く暴露したのだ。

 もちろん会場内の聖徒達にはいまいちピンとこない(悪く言えば難解すぎて分からない事だらけ)だったが、各クラスを担当する上司やその関係者達、そしてその内部情勢を的確に暴露された学術研究会『ウィア』の組織連中にとってこれは明らかに異常事態であり1つの大事件だった。彼等はあくまでその場では何も言わず平静を保っていたが内心ではさぞ肝が冷えていた事だろう。論文大会は秋の残暑が陰る9月下旬に行われたのだが、涼しい顔の表面は今にも剥がれ落ちそうで、すぐにでも何とかして奴――瀬川剣の大演説を止め様と心は焦り躍起になっていたに違いない。

 そしてその効果はすぐに表れ始めた。例の大演説の後、1時間も経たない内に彼のクラスを担当する先程の上司が是非とも我々の研究員として働いてくれと申し出てきたのだ。

 こうして瀬川剣の日常はこの日から一変した。彼の策略は成功したのだ。まるで巨大な網を使って大量の魚を勝ち得た日の漁村の猟師の様に。

「ああ、そっか。瀬川君てイケメンなのに意外と頭良いよね」

「イケメンなのに――の定義を教えて欲しいな。出来れば」

 レイの一言に多少複雑な気持ちを織り交ぜながら、苦笑するイケメン男――瀬川剣。

「そんなの簡単だよ。瀬川っちが頭良いのはイケメンだから――で良いじゃん。ハイ、難しい話は終了」

「何だよそれ」

「ハハハ」

「ウフフ」

 2人の少女達に囲まれながらさり気無くじゃれついている瀬川剣は幸せそうだったが――一人取り残されている大地ルイは羨望の眼差しで彼を見つめていた。

 いつの間にかハーレム結成隊を結成していた今の彼にでは無い。もちろん多少は憎たらしい部分はどことなくあったけども、そんなもん四捨五入で容易に切り捨てられる。

 嫉妬の対象は他でも無い――瀬川剣が学術研究会『ウィア』に認められ、研究員として成り上がった点にある。だからこそ言いたい事は山ほどあった。

「――で、でもさ。それって単なる噂話でしょ? しかもそこから派生した瀬川君の推理じゃないか。ホントにこの島、研究養育施設『イクスぺリメント』の『スパシーバ学園』から日本本島にスパイを送り込む意味がどこにあるの?」

「可能性は常に0では無いよ。それに日本で2年前に発生した宗教戦争『イグネス』の各地域で出来上がった組織達の派閥抗争の内情を知るのは、単なる一般人には出来るはずも無いしね。その為だけではないけど、僕達が今ここで研究養育施設『イクスぺリメント』と言うベースキャンプを築かれたのは――そこに意義があるからだと思いたい。少なくとも一研究員でもある僕はね。皆だってそう思うよね? 『レクティオン』の脅威から世界を救うのが僕達の役目であり、その第一歩を踏み出すのもここで育てられてきた僕達の役目だ」

「でもいきなりその任務がスパイ活動だなんて……この島の頭脳――『アドミラル』は一体何考えてるんだか」

 大地ルイは思わず頭を振ってそのあたかも真実であるかのような幻想を打ち破りたい衝動に駆られた。俯いた先にあったのはどこまでも続く長い路面。コンクリートの坂道だけだ。

 近くからでも遠くからでもセミの鳴き声は止む気配はない。

 鬱陶しい初夏の暑さと共にそれはどこまでも続いていた。

 気が付けば『スパシーバ学園』の正門入り口がすぐ目の前にあった。


 ――しかし不覚にもその瀬川剣の推測は当たってしまった。百発百中だった。


「――僕達が日本本島へ行くだって?」

「それが今回の任務? 所謂潜入任務(スニーキングミッション)?」

「――ああ。これは『スパシーバ学園』の目的や授業の一環。動向では無く、学術研究会『ウィア』のお偉いさん方から正式に認可された者達にだけ出された至上命令だ」

 大地ルイと大地レイが正に驚いたのはその日の放課後だった。

「君達にとっては急な話になってしまいこのクラスの上司として申し訳がない。だが、私も上からの命令には逆らえない立場にいるのでね。是非とも君達には頑張ってほしいのだ」

 大地ルイと大地レイは同じクラスメイトである。当然にしてその上司は同一人物で初老の男――名前は亜蘭賢(あらんけん)と言う。容貌は明らかに外国人なので恐らく偽名だろう――にとってもその中間管理職的立場からか容易に口を挟めない事態に陥落していた様だ。

「それに……こう言っては何だがね、これは君達にとって色々と好都合――いや失礼。好機、つまりチャンスなのではないかと私は思うのだ」

「「――チャンス?」」ルイとレイ同時発声。

「何、単純な話だよ。是非とも怒らないで聞いて欲しい。君達は確か、かつて日本本島で生まれた歴とした日本人(ジャパニーズ)だ。それも今回の任務――所謂潜入任務(スニーキングミッション)は、関東圏に陣を取っている宗教戦争『イグネス』の派閥抗争の中の一派である『フォルテ』との交渉がメインだ。即時に戦争を終わらせる為のものではなく、あくまで接触し内情を探り出す事が目的だがな。その『フォルテ』のリーダーは関東圏のトップだ。私も良くは知らないが、その男だか女だかのリーダーが君達の出生地である関東地域S県の情報、それも過去から現在までを把握しているとは思わないかね?」

「――なるほど。僕達の需要がそこにあると言う訳ですか」

「どうして私達の出生地を知っているの?」

 上司である亜蘭賢(あらんけん)はゴホンと1つ咳払いして、続ける。

「これまた失礼。私もその事に関しては知らなかったのでね、せめて私の良き聖徒である君達の情報を保有している『ウィア』に疑問を示したのだ。なぜ、大地ルイと大地レイを今回の任務に加えたのか――とね」

「――答えは?」

「君達の『眼』だよ」

「「――!」」

 2人はこれまた同時に絶句した。

 ――そう。かつてのあの地。日本本島のまだ2人が幼き5歳児だった頃、2年前各地で勃発した宗教戦争『イグネス』の前段階。アニミズム信仰はやがてそれぞれの組織に分散し、互いに憎しみ合う様になっていった。

 それは関東地方S県も例外ではなく――寧ろそこは後に宗教戦争『イグネス』発祥の地となるのだが――『コンタギオン』罹患者でもあり幼児だった2人はそこで『レクティオン』インサニオと遭遇。

 ――それが2人の人生を狂わせる転機となったのは言うまでもない。

 血の繋がった両親と生き別れになったのだ。

 ――それだけじゃない。10年前のあの時代、もしアニミズム信仰が繁栄していなかったら、宗教戦争『イグネス』は起こり得なかったのも事実。

 今ここにルイとレイはおらず、平和に暮らしていたはずだ。両親ともに健在で――普通に学校へ行き、大人になったら社会人として生きる道もあったはずだ。

 ――たった1つの例外を除いて――

 『コンタギオン』罹患者――2人は既にその人生の歯車がガタガタで脱線し、所謂『普通』の世界からは隔絶されたレールの無い目的地も見つからない果てしない旅路を要求された。

 それが現実。見えないウイルスはこんな幼い少年少女にも容赦なく襲い掛かった。

 そして――やがて2人をアヴェンジャーへと変えた。

 神秘と謎に満たされたこの地球(ほし)のオーラ――『テラ』。

 その資源を巡る争いに荷担した――いや、未だ謎に満ちた『コンタギオン』と言うこの世界中を埋め尽くす全ての元凶。病魔から出現した『レクティオン』の存在。

 大地ルイと大地レイ。2人の『眼』を危険視し、容赦ない攻撃で奪って行った『レクティオン』――インサニオ。

 そう。2人には確固たる日本本島へ向かう動機があったのだ。幼くして既に『コンタギオン』に罹患していた2人はその罹患者の1割未満で発生する『啓示(スティグマ)』の刻印をそれぞれ右目と左目に宿した。全身を貫く激痛と共にそれは発生した。

「それに君達ももう『神呪(ミュステリウム)』としての実力は『クラス‐B』だ。故に『ウィア』の連中も君達が十分戦っていけると判断したのだろう。だからこそのチャンス。この機会に日本本島へ向かって、自分達の『眼』を取り戻す事に専念してみたらどうだ? いや、これは単なる私の考えであってね。残念ながら拒否権は無いんだ。この島を巨大施設『イクスぺリメント』として創設した学術研究会『ウィア』の命令は絶対であって直属の上司である私も彼等には逆らえない。それにこう言っては何だか君達の命を救ったのは他でも無いその『ウィア』の傭兵だと言う話ではないか」

 ――確かに。それも一理あるだろうと大地ルイと大地レイは思考していた。だが、もう1つの可能性が絶対に捨てきれないのも事実だった。

 ――この島の施設『イクスぺリメント』の頭脳『アドミラル』の存在――

 あの時、瀬川剣はこう言っていた。

 ――可能性は常に0では無いよ。それに日本で2年前に発生した宗教戦争『イグネス』の各地域で出来上がった組織達の派閥抗争の内情を知るのは、単なる一般人には出来るはずも無い――

 そしてこうも言っていた。

 ――僕達が今ここで研究養育施設『イクスぺリメント』と言うベースキャンプを築かれたのは、そこに意義があるからだと思いたい。『レクティオン』の脅威から世界を救うのが僕達の役目であり、その第一歩を踏み出すのもここで育てられてきた僕達の役目だ――

 恐らく瀬川剣のその憶測は正しい。正義を貫徹する為の意志――しかしそれはあくまで彼の思考の中でだけ育ったものだ。だが、果たして『アドミラル』の思考そのものはどの様な実態を保有しているのか? 双子の兄妹は更に思考の奥底に埋没する。

 要するに『アドミラル』にとってこの双子の兄妹――大地レイと大地ルイの『眼』はあの一連の事件はあの悪夢はこれから日本本島の戦争を終結させる為の道具でありこの2人を動かす為の都合の良い切り札でしかない。人間の感情や心、精神の機微はここ『イクスぺリメント』――『スパシーバ学園』で育てられてきた老若男女の聖徒達の意識や思考を無視して本当に『神呪(ミュステリウム)』を駆使した戦いに身を投じる事になるのかもしれない。

 あの地、日本本島で今も起きている宗教戦争『イグネス』がどの様な動機で始まったのか? それを探り出すと言う名目で近付き、いきなり『アドミラル』が全員殺せと言う所謂至上命令を下すかもしれない。

 ――至上命令。

 全ては小さき孤島の神と言う完全無敵の象徴(シンボル)あるいはレッテルとしての男か女――否、人か動物か植物かはたまた機械かも分からない。それも複数いるのか、単体なのかすら定かではない謎に包まれた存在――それが『アドミラル』。

 しかもこの島の研究施設『イクスぺリメント』を事実上建設した学術研究会『ウィア』の掟、ルールによるとその『アドミラル』こそが『神呪(ミュステリウム)』の能力者達を直接統括する立場にあると言う話だ。

 『アドミラル』はその特異な存在からか『スパシーバ学園』の聖徒達と直接繋がっている。

具体的に言うと、各聖徒達のIDと記録が、どこかに端末として『アドミラル』と繋がっているのだ。

 ――故に神は存在し、そして神はどこかにいる。

 それがここにいる者達全てに置かれたルールであり掟。今まで疑問視されなかったのは――果たしてなぜなのか?

 なぜ神である『アドミラル』は秘匿され続けてきたのか?

 もしかしたらもう既にここ小さな孤島、人工衛星にも探知されない研究養育施設『イクスぺリメント』の『スパシーバ学園』を含めた全ての人達は何らかの形でマインドコントロールされているのかもしれない。

 ただ1つの組織――学術研究会『ウィア』の本当の目的は何か? 彼等だけがその呪縛から解き放たれているのは明確だ。

 『アドミラル』と言う絶対的神を崇高している彼等だけがその秘密を握っている。

 何も知らない無信心者の子羊達――『神呪(ミュステリウム)』の能力者達がこの地に集められある種の楽園として宇宙人『レクティオン』を倒す為だけに育てられた本当の理由、動機は何か?

 これからそれが徐々に明かされていく事になる。

「ただ、生き別れた両親の安否位は確かめられるかもしれないぞ」

 上司の亜蘭賢(あらんけん)は考え込んでいるルイとレイの顔を窺う様にそう言った。恐らく彼なりに心配しているからかその様な発言をしたのだろう。ルイとレイはそれに気付くと即座に頭を振っていた。

「――あ、いえ。大丈夫です」と大地ルイ。

「確かに私達の『眼』を取り戻せば、何か新たな発見があるかもしれないしね」と大地レイ。

 双子のこの兄妹は能力者『神呪(ミュステリウム)』の中でも実力は玄人レベルだが、更に特殊な能力者だった。

 いや、言い換えれば特異体質だった。

 ルイとレイの『眼』は確かにあの悪夢の日、『レクティオン』インサニオによって抉り取られた。だとすれば――

 ――なぜ大地ルイと大地レイは今ここにいるのか?

 彼等の能力の発端――『啓示(スティグマ)』の刻印はレイは右目、ルイは左目からそれぞれ発生した。そして2人は己の能力『ルーナートゥム』と『コクレア』を発揮し、インサニオを土壇場まで追い詰める事に成功した。

 だが、その後――2人の能力の根源である『眼』はインサニオに危険視されそして奪われたのだ。その理由はそこに『テラ』なる恩恵が宿っていたからに他ならない。

 そうなると必然的に能力自体が使えなくなるのではないか?

 ――答えは否。少なくとも現状のこの2人にとって、能力は未だ衰えていない。

 なぜなら『テラ』の源泉はその『眼』から直接宿っているものではないからだ。

 そもそもこの星の未知なる力『テラ』は『コンタギオン』に感染した者にだけ与えられるものではない。普通の人間、言ってみれば唯の健康状態を保持している者にもその『テラ』なる源泉は精神の中枢にあるのだ。

 『コンタギオン』なるその病は、神の悪戯か悪魔の所業か――1つのきっかけ。所謂トリガーの働きを形成した。

 その1つが『啓示(スティグマ)』の刻印――百人の内、十人未満にしか発生しない『神呪(ミュステリウム)』の能力者になる為の強制的な登竜門。全身を凍らせる激痛を生み出すのだ。そしてそれを乗り越えた時に初めて能力を行使する事が出来る様になる。

 つまり、身体のどこに『啓示(スティグマ)』の刻印が現れ様とも『テラ』の源泉は精神の中枢に常に眠っている――それを発動するのが『神呪(ミュステリウム)』なのだ。

 それは大地ルイと大地レイにとっても例外ではない。

 しかし、こうも考えられるのではないか?

 ――果たしてなぜインサニオはルイとレイを殺さずに『眼』だけを奪い取ったのか?――

 もしかすると2人の『眼』には何か特殊な新たなる未知のパワー――少なくともそこに何か『テラ』を形成するこの星のヒントが隠されているのではないか?

 この星の未だ謎に包まれている未知の結晶体『テラ』と直接繋がっている――導きの光。

 それをまだ幼き頃のルイとレイが『眼』から放っていた為にインサニオはより危険なモノとして探知し、2人の命よりも先に『眼』を優先したのではないか?

 特殊体質であり、更に普通の『神呪(ミュステリウム)』の能力者とどこか違った点はそこにある。

 大地ルイと大地レイ――この双子の兄妹がまるでパズルのピースを埋め合わせていく様に今は身体から失われた片方の『眼』無しで能力者として戦っている――その本来の姿はまだここには無い。

 ――全ては繋がっている――

 ルイとレイの隠された能力――それは2人がインサニオから『眼』を取り戻した時、初めて明かされる。

 それと同時にこの星の未知の結晶体『テラ』の謎も紐解かれる。

 ――『レクティオン』の目的は一体何か?

 ――全ての謎が明かされた時、『コンタギオン』の罹患者達は救われるのか?

 ――この世界は破滅を迎えるのか? それとも争い無き平和を迎えるのか?

 その鍵を握っているのは――いつの間にかこの双子の兄妹に託されたのだ。

 世界が終焉を迎える前に今ここにいる双子の兄妹が『レクティオン』――インサニオから『眼』を取り戻せたらの話だが。

 果たして小さな孤島の創造主『アドミラル』はこの真実をどこまで知っているのか?

 運命の歯車は巡り巡って回り始めた。


 大地ルイと大地レイは例の現在宗教戦争『イグネス』が勃発している日本本島の潜入任務(スニーキングミッション)を承諾し、『スパシーバ学園』と直接繋がっている学術研究会『ウィア』の本拠地へと向かう。

 しかしそこには良く知る面子が揃っていた。

「「――あ」」ルイとレイまたも驚愕。

「君達もここに来たって事は――例の話を承諾したって事だね」

 そう声を発したのは他でも無い瀬川剣だった。今は研究員の格好をしていて夏場のオーソドックスな軽装の普段着の上に清潔な白衣を纏っている。

 場所は学術研究会『ウィア』の内部及び研究室の一画。少しばかり窮屈な小部屋にルイとレイを含めて総勢6人の――仲間達が集っていた。

「マジで俺達が日本本島へと出向く事になるとはな。予想外のダメージだ」と、焔司(ほむらつかさ)

「良い勉強になりそうね。フフ。宗教戦争『イグネス』。お互い頑張りましょう」と、富士山景。

「ホントのホントに何でこの面子なの? 色んな意味で嫌なんだけど」と、貝生凜(かいせいりん)

「僕の判断は間違ってなかった様だね」

 白衣の襟を正し瀬川剣はそう言うと――やっぱり夏場にその格好は暑かったのか、白衣を脱いで小部屋の中にある細長いクローゼットの突っ張り棒に丁寧に引っ掛けた。

 唯でさえ狭い室内。時刻は既に夕闇の中で奇妙に明るい蛍光灯がチカチカと明滅を繰り返していた。

 その小部屋の中には特に目立ったものは見当たらない。あの『ウィア』の本拠地の研究室とは言え普通にローテーブルと6つのパイプ椅子が並んでいるだけだ。

 ちょっとした学生塾の一区画と言われれば誰でも納得出来そうなそんな殺風景な部屋。

 ホルマリンの臭いも、ビーカーやアルコールランプ等の科学製品の類も、最新技術を駆使したまだ未実装のマシンや機械も見当たらない。

 唯、1人だけ見知らぬ顔がいた。恐らくこの人物が今回の任務の案内役なのだろう。

「やあ。まずは初めまして。どうやら瀬川君から話……と言うか、噂話が伝播してしまった様だね。私の名は――」

 その得体のしれない謎人物が自己紹介を仕掛けようと目論んだ時、その刹那――他6名は顔を見合わせていた。そして思わず叫んでいた。貝生凜(かいせいりん)だけが。

「あー! あんた、どっかで見たことあると思ったら大演説会で瀬川君の論文発表の時真っ先に顔を青くしていた人だったよね確か!」

 そんなダイレクトで失礼な――と誰もが思った瞬間、仕方なしに苦笑交じりでその人物の自己紹介を代わりに瀬川剣がバトンタッチした。

「この人の名前は青葉楓さん。僕のクラスの上司で、あの時発表した論文大会で真っ先に僕の元へとここで働かないかと申し出てくれた人だよ。恩人とも言うべきかな」

 あの時と言うのは、やはり瀬川剣がこの学術研究会『ウィア』で働く為に猛勉強した後、例の論文大会で難解な暴露トークを仕出かした時の事を差すのだろう。

「ああ――例の一時間もしない内に瀬川君に交渉をしてきたって言う……」

 ルイがどこか憧れと羨望を交えた口調で自嘲気味に言うと――

「――それはもう過ぎた話さ。あんまり恥ずかしい過去をこれ以上弄らないでくれないか? 私としてもあの日起こった事件とやらで、学術研究会『ウィア』にいる立場が危うくなりかけたんだからさ。世界は広しとは言えども、こんなちっぽけな孤島で九死に一生を得る羽目になるのは金輪際御免だよ」

「まあ、それも元の鞘に納まったんだから良かったじゃないですか。僕と言う若き逸材も手に入ったんだし」

「確かに――瀬川剣。君の今後の活躍を大いに期待しているよ。それでなきゃ私はホントに泣くぞ」

 どうやらこの青葉楓さんとか言う謎人物も亜蘭賢(あらんけん)と同様に中間管理職的立場に追いやられてるみたいだ。可哀想に。

「――で? そろそろ俺達の日本本島潜入任務(スニーキングミッション)とやらの御説明をナビゲートしてくれないか?」

 焔司(ほむらつかさ)がイライラした口調でこめかみの青筋をヒクつかせている。彼は待つのは嫌いみたいだ。

「あ――ああ、これは失敬。ではこれからこの総員6名の『神呪(ミュステリウム)』の能力者達に仕事の概要を説明しよう。皆さんそこのパイプ椅子に座って」

 ガタゴトと言う軋んだパイプ椅子の音に吸い寄せられる様に皆が席に着くと、青葉楓なる瀬川剣の上司に当たる人物は白衣の胸元から何かの設計図らしきものを取り出した。

 最初確認した時は良く分からなかった。何せ幾重にも折り畳まれていたもんだから、誰もがその時点で気付くはずも無い。ただ1人――瀬川剣はその設計図を持ち出した青葉楓の同僚であり後輩。同じ学術研究会『ウィア』の研究者として、その紙片に描かれている物を既に御存知だったのかもしれない。

 ――いや、後々ここにいる5名は思い知る事になる。彼――瀬川剣がこの件に関して大いに関与している事に。

「何でしょうか? これは……何かの設計図らしき物に見えますが」

 富士山景が皆の疑問を代表してそう言うと、青葉楓は顔色一つ変えずに答える。

「そう。これは設計図だ。これから君達が諜報員――スパイとして日本本島に乗り込む為の特殊戦艦『青葉‐001』だ」

「――スパイ? そんなの映画とかでしか見た事無いよ」と、能天気娘――貝生凜(かいせいりん)

「まだ分かってないのかい? 君達は日本本島の政府からは裏側では承認されている日本を救う救世主であるかもしれないけど、宗教戦争『イグネス』を発生させた日本国民達にはそれは知らされていない。異端の徒として表側では扱われている事実に変わりはないんだ。日本政府としてはこの裏の掟は鉄則であり余計な混乱を回避する為の暗黙の了解だ。つまり、僕達は日本の領海域に入った途端――日本の海上保安庁から仕方なく攻撃される場面を主に世界中のマスメディアに見せなければならない。特に日本の国民には1つの事件あるいは歴史としてその脳内に刻み込まなければならないんだ」

「ハハア。なるほど。やらせ番組ならぬドッキリか」焔司(ほむらつかさ)は笑う。さも皮肉げに。

「どっちにしても同じ結末だけどね」と大地レイ。どこかしら冷ややかだ。

 コホンと咳ばらいをした後、青葉楓は話を続ける。

「まあ、その辺りは既に日本の政府と学術研究会『ウィア』のトップが話を付けているから問題ない。君達は全員が『クラス‐B』の『神呪(ミュステリウム)』である事に変わりはないんだ。いきなり日本海軍の遠距離攻撃――ミサイルやら速射砲――を喰らっても生き延びる事は出来るだろう。何せ向こうもやらせである事を知っているんだからね。さり気無く特殊戦艦『青葉‐001』の急所を外して狙い撃ちってとこかな。プロの軍人ならともかく、一般国民にはそれがやらせかどうかなんて判別がつかないだろう」

「――何で特殊戦艦なんですか?」

 大地ルイがさり気無く皆の疑問を露呈すると、青葉楓は待ってましたと言わんばかりに設計図をひらひらと片手で持ち上げて左右に揺らしながら――

「そんなの簡単さ。この戦艦『青葉‐001』は『神呪(ミュステリウム)』である君達が造る事になるんだから。他に理由があるかい?」

 ――は? と、そこにいた全員の目が点になった。

「そんでもって君達がやらせバトルを終えた後、政府による命令で海軍達に身柄を拘束されるって寸法な訳だ。そうして無事日本本島へと入り込んだ君達に政府のある人物からその後の指令を受ける――それが今回の日本本島潜入任務(スニーキングミッション)さ」

「チョ、チョッと待ってよ! どうやったら僕達がそんな戦艦『青葉‐001』を造れるって言うのさ!?」

「やらせとは言え果たして君達の戦艦は『神呪(ミュステリウム)』の能力無しに日本海軍の攻撃を耐えきれるかな? ここが大事」

 それに――と、一呼吸おいて更に畳み掛ける青葉楓。しかしそれを代弁したのは――

「何の為にこんな薄っぺらな設計図を見せたのか――かしら?」

 富士山景は全てを見透かした様なニンマリ笑顔で応対する。

「大丈夫よルイ。私達が作るのはあくまで日本本島の潜入任務(スニーキングミッション)においてどの様な策を練るのか――詰まる所あの青葉さんが持っている設計図は比喩。『神呪(ミュステリウム)』の能力者としての私達の真価が問われる為だけに持って来た所謂暗号みたいなものだから」

「――へ? マジっすか?」と間抜けにも程があるルイ。

「御名答。さすがは『スパシーバ学園』で能力者として教育を受けただけはある。ご立派な生徒だ」

 青葉楓は少し残念そうにしながらもそれを笑って誤魔化す。そして話は続く。

「けど、よく見て御覧。この設計図の裏側には戦艦『青葉‐001』艇内の見取り図もシッカリと書き込んである。君達にして貰いたいのはこの中でどの様な『攻』『防』『補』をしてもらうか――それが最初のミッションだ」

「なるほど~確かに私達は特異体質かもだけど、設計図を基に船を造る事は愚か運転も出来ないもんね」

「己の能力だけが頼りだってか――おもしれえ」

 貝生凜(かいせいりん)そして焔司(ほむらつかさ)がフンフン頷いている隙に説明の本題に入る。

「――そう。君達は主にこの『青葉‐001』において存分に『神呪(ミュステリウム)』の能力を発揮して貰いたい。何せやらせの迎撃を喰らうとは言っても向こう側が無傷でこちらを出迎えてくれるはずも無いからね」

「その為の――『攻』『防』『補』ですか」

「そして、ここからが重要なんだけど先程貝生(かいせい)さんが言った様に君達は船を造る事も出来なければ、運転も出来ない。つまりこの『青葉‐001』には複数のクルーが君達と共に日本本島へと出立する手筈となっている。当然だけどね」

「そのクルーと言うのは何者なんですか?」

「何、単純な話さ。学術研究会『ウィア』の上層部が雇った元海軍の将校とか海賊一派の成れの果てとか、インテリジェンスに富んだちゃんとした船舶免許を持ったエリート中のエリートの豪華客船の船長だとか多種多様。当然にして海外から派遣された外国人も混じっている。あ――もちろん日本語ペラペラさ。そこは安心して良い。何せ高い報酬を支払ったんだからね」

 なるほど、なるほど――と皆は一様にしてウンウン頷く。

「だが、そいつ等は今言った様にそれぞれがそれぞれバラバラの組織から入って来た連中でね。ハッキリ言うと指揮系統の統率が執れるか心配なんだ。もちろんそこには個人の思惑や思想が絡んでいるのは仕方ない事なんだけど――」

「――それを可能にさせるのが僕等の仕事の1つでもあるらしい……ですよね?」

 瀬川剣がなかなか言い難そうにしている上司の青葉楓の背中を後押しする。

「その通り!」今度は自信満々、青葉楓。

「全く高い金払えるんだったら、もっと優秀な連中をその組織ごと丸飲みしちまえば良かったじゃねえか」

 ――ウンウン。確かに。と、焔司(ほむらつかさ)の一言に珍しく皆は一様にしてまたも頷いたのだった。


 こうして集結した6人の『神呪(ミュステリウム)』の能力者達。彼等は遂にこの要塞とも言える離れ小島――研究養育施設『イクスぺリメント』及び『スパシーバ学園』から学術研究会『ウィア』の目論みで正式に出立する事になった。


 ――目的地は日本本島!――

物語も結構動いてきましたが、それでもまだ第3章だとは……!

遅筆にプラスして展開力の無さに唖然としてしまいます。

それでもめげずに読んで下さった人達! あなたは勇者です。

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