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五羽

 廃墟になったビデオ屋と謎の男子でしっかりと眠れなかった。のろのろと起き上がり、リビングに行った。頭の奥がじんじんと痛いのは寝不足のせいだ。こんな状態で学校に行くのは嫌だとカレンダーを見ると、今日は土曜日だった。ほっと息を吐いてから冷蔵庫を開けた。

 和華子の手料理は絶対に口に入れないと決めているので、自分で作るのが面倒な時は買い置きしてあるものを食べている。頭痛薬を飲み私服に着替え外に出た。微かな記憶を頼りに昨夜のビデオ屋を探しに歩いていると、広い空き地の端にぽつんと建っていた。周りに住宅も店もないので誰も気付かない。壁は灰色に変色し看板の文字もわからない。ビデオ屋でなくなってから、かなりの年月が経っているようだ。

 店名が剝げ落ちた看板を眺めながら華弥は想像してみた。店員と客が消えて商品だけ残されたビデオ屋は、どれほど空しい思いだろう。まるで肇がいなくなった華弥の心ではないか。取り壊されもせずに傷つき寂れるだけのビデオ屋が不憫に見えた。

 ガラス戸越しに中を覗くと、やはり男子の姿はなかった。また会えるかもしれないとほんの少し期待していたが、残念ながら無理だった。

「……もういいや」

 独り言とため息を漏らすと、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。

「やっぱり来たな」

 はっと後ろを振り返ると、同い年くらいの男子がじっと見つめながら立っていた。

「絶対来ると思ってた。お前、昨日の夜の女だろ」

 大股で近付いてくる。それに合わせて華弥の心臓もばくばくと速くなっていく。

「き……昨日って……」

「雨宿りしてただろ。まさか忘れたのか」

「……忘れてないけど……」

 今まで男子と話した経験がないので、言葉遣いに戸惑ってしまう。そもそも華弥は人と会話をするのが苦手だ。泉とのおしゃべりも途中で終わらせたくなる。

「どうして出て行ったんだよ。あんなどしゃ降りで」

 そういえばこの男子は眠ってしまって、雨が止んだのを知らなかった。目を逸らしながら華弥は小声で答えた。

「雨が止んだから、帰れると思って……」

 だが男子は首を横に振り、拗ねた口調で言った。

「いいや、違うな。俺に襲われるとか妄想したんだろ。いっておくけど、俺は常識のある人間なんでね。朝まで一緒にいたってよかったじゃないか」

 華弥は頷かずに、和華子の顔を頭に浮かべた。早くこの場から逃げたいと焦り、冷や汗が流れた。

「私、家に戻らなきゃ」

 男子の脇を避けて早足で歩いたが、ぐいっと肩を掴まれた。

「待った。その前に、名前教えろ」

「名前?」

 目を丸くすると、当然というように男子はじっと見つめてきた。

「せっかく会ったんだから、自己紹介していけよ。俺は悠崎ゆうざき雅人まさと。みんなからは悠って呼ばれてる」

 偶然雨宿りでビデオ屋にいただけの人間に平気でばらしてしまうのが信じられなかった。華弥が知らないだけで、最近の高校生は赤の他人に自分のことを話してしまうのか。

 次はお前の番だという目線を向けられ、華弥は無意識に俯いた。もし言って危ない目に遭ったりしたらまずい。和華子から何度も叱られ、もっと厳しくされるはずだ。

「悪いけど、私は教えられない」

 何とか答えると悠崎雅人は驚いた表情に変わった。

「名前くらい別に……」

「だめなの。知らない人と仲良くしちゃいけないってママに禁止されてるの。私、ママと二人暮らししてて、ママの言うことは全部聞かなきゃいけないのよ」

「母さんに? ……へえ……」

「そういうわけだから。もう放して」

 謝るように小さく頭を下げた。悠崎雅人は解放してくれたが、今度は華弥のスカートの端をつまみ勢いよくまくり上げた。

 一瞬何をされているのかわからなかったが、悠崎雅人が見ているものがパンツだと気付き、体中が炎のように燃え上がった。両手でスカートを下ろし、思い切り怒鳴った。

「ちょっと! 何してるのよ!」

「ふむふむ。白でフリル付きかあ……」

「やだ! やめてよ!」

 恥ずかしくてどうしようもない。瞼に涙が溢れ、ぼろぼろと流れていく。

「酷い。酷すぎる。どこが常識のある人間なのよ」

 悠崎雅人は苦笑いをしながら、華弥の頭を優しく撫でた。

「ごめんごめん。泣くなよ。パンツ見られたくらいで」

「だって……こんなことされるなんて……」

 涙が後から後から溢れて流れる。軽く笑いながら、悠崎雅人は確かめるように聞いてきた。

「これで俺は知らない人じゃなくなったな。知らない人じゃなければ仲良くしてもいいんだろ?」

 まさかこうなるとは夢にも思っていなかった。手の甲で涙を拭ってからもう一度呟いた。

「本当に……信じられない……。酷すぎる……」

 にっこり笑っている悠崎雅人を恨みながら、仕方なく華弥は口を開いた。


 

 




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