四十四羽
「何か今日は、ずい分と可愛い格好してるな」
話題が変わり、はっと目を丸くした。少し頬が火照る。
「初デートだもん。普通の服じゃ物足りないから、ちょっとおしゃれしてみたんだ。お化粧はできなかったけど」
また和華子が入ってきそうになったので口を閉じた。悠も察したらしく、小さく首を横に振った。
「華弥に化粧はいらないよ。化粧って、要するによくないところを隠してるんだろ。だけど華弥は化粧なしでも充分なんだから、それってすごいことだぞ」
まさか褒めてもらえるとは思っていなかった。デートで化粧をしない女子は一人もいないだろうし、「化粧くらいはしなきゃだめだろ」と言う悠の残念な顔が胸に浮かんでいたので驚きだ。
「でも……。私全然よくないよ。悠は男子校に通ってるから知らないのかもしれないけど、周りにいる女の子たち、みんなもっと綺麗な格好してるよ」
「そんなことない。誰かに可愛くないって言われたのか? 自分で勝手にそう思い込んでるだけだろ」
確かに可愛くないと言われたことはない。しかし可愛いと言われたこともない。肇は可愛がってくれたが、それは父親だからだ。
黙って俯くと、代わりに悠は勢いよく立ち上がった。
「買い物に行くぞ」
「えっ?」
驚いて顔を上げ、華弥も立ち上がった。
「買い物? 今から?」
「そうだよ。もっと可愛い格好した方がいいだろ」
「待ってよ。買い物なんて……。行けるわけないよ」
弱弱しい口調で呟くと、悠はじろりと目を向けてきた。
「素敵な一日にしたいんだろ? だったら買い物に行くべきだ。俺も華弥が綺麗な服を着てるのを見てみたい」
ずんずんと玄関の方へ歩いて行く悠を慌てて追いかけた。
「あの女にばれたらどうするの? 悠とデートしたなんて知ったら、何されるか……」
「また母さんか。デートにどうして母親の許可が必要なんだよ。親も学校も完全に忘れて過ごすのがデートじゃないのか」
今日悠と会ってから、余計な話ばかりしているのに気が付いた。悠の言う通り、二人だけの世界で自由に楽しみたいのに、なぜ意味のない話をしているのだろうか。先ほどの「彼女を退屈させるなんて彼氏失格」という言葉が蘇った。まさに華弥も同じことをしていた。
「ごめん……」
消えかける声で答えたが、悠には聞こえなかったらしく、さっさと前に進んでしまう。
人がたくさんいる場所で、うまく動けるか不安だった。もちろん悠が助けてくれるのはわかっていたが、緊張して足が微かに震えた。
「ねえ、私、変じゃない?」
「変? 何が変なんだよ」
「だって……周りの人に注目されてるような気がする……」
突然、悠が手を口に当ててきた。またデートに関係のない話をしたのだと気が付き、ごめんと視線で伝えた。よし、と悠も頷き、手を放してくれた。
もう何も言わないと黙って歩き、大きなデパートに着いた。
「ここなら、いろいろ買えそうだぞ。好きなだけ選べよ。俺がプレゼントしてやる。デートの記念だ」
「たくさんはいらないよ。今日の分だけでいい。悠にお金出してもらうの嫌だもん」
悠は何か言いたそうな顔をしたが、そのまま振り返って店内に入った。
あたり一面に広がるリボンやレースに、胸が高鳴った。もんじゃ焼き屋の時と同じく、違う国に来た感じがした。普通の人は、こんな風景は飽きるほど見ているだろうが、華弥にとってはお城だ。
しかしすぐに戸惑いが生まれた。
「この中から一つ選ぶなんて私にはできない。悠が決めて」
「えっ? 俺が?」
頼まれるとは思っていなかったらしく、悠も困った表情になった。
「男の俺が決められるわけないだろ」
「でも私も初めてだから……。どうしよう……」
はあ、と息を吐くと、悠は奥に向かって歩いて行った。彼女の願いを叶えるのが彼氏の役目だと考えたのかもしれない。申し訳なかったが、これは華弥には無理だ。
悠の姿が消えて、近くに置いてあった椅子に腰かけた。化粧をして値段の高そうなバッグを持ち、品の良い女性が溢れるほどいる。そして自分がどんなに劣っているか無意識に想像していた。悠には褒められたが、やはり華弥は可愛い女の子とはかけ離れている。きっと彼女だから可愛いと言ったのだろう。肇と同じだ。
その時、聞きなれた声が耳に飛んできた。
「あれ? 華弥?」
驚いた表情で泉がとなりに座ってきた。無視したかったが、覗き込むように見つめてきた。
「華弥、服買いにきたの? えっ? 華弥が? 信じられない」
馬鹿にしている口調でむっとした。華弥はおしゃれなど興味ないし、着飾っても似合わないと決めつけているのがひしひしと伝わってくる。
「どうしてここにいるのよ? おしゃれは禁止されてるでしょ?」
「禁止されてるけど、見るのは禁止されてないよ。着るのはだめってこと」
「えーっ? 本当? 華弥って一人でいるのが好きだよね? デパートにいるなんて、めっちゃびっくりなんだけど。早く帰んないと、お母さんに怒られちゃうよ?」
失礼な言葉が次から次へ耳に入り、不快でいっぱいだった。初デートの邪魔をするなと睨みつけると、慌てて目を逸らした。
「私にかまっててもつまらないでしょ。さっさとどこかに行ったら?」
低く呟くと、泉は逃げるように走って行った。ふう、と息を吐き、また周りを見渡す。
しばらくして、ようやく悠が戻ってきた。白いフリルが付いた、女の子らしい薄ピンクのワンピースを持っている。
「華弥は肌が白いから、ピンクが似合うなって思ってさ。地味でも派手でもないから、どうかな?」
きちんと華弥のために頑張って探してきてくれたのが嬉しくて、にっこりと笑った。さっそくワンピースに着替え、さらに靴まで買ってくれた。完全に新しい「岡野華弥」ができあがった。
「おかしいところない? 似合ってる?」
繰り返し聞いたが、悠は頷き「すっげえ似合ってる」と答えた。
やがて恥ずかしいという気持ちは緩み、悠の腕を抱きしめて寄り添いながら歩いた。




