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四羽

 誰かが叫び声をあげたような耳をつんざく轟が聞こえ、華弥は飛び起きた。雨は止む気配がなく雷まで鳴っていた。もうこの世から光が消えてしまったと感じるほどの地獄絵図が広がっていた。

「ど……どうしよう……」

 小声で呟くと、すぐ近くでものすごい雷鳴がした。もしかしたら落ちたのかもしれない。緊張の糸が体をがんじがらめにする。幼い頃から華弥は雷が苦手で、いつも肇に抱き付きながら耳を塞いでいた。

「……もう帰れない……」

 震えながら鞄を抱きしめる。華弥を襲うような恐ろしい雷光が窓から差し込む。

「誰か……来て……」

 もう一度大きな音が聞こえ涙が溢れそうになったが、すぐに雷鳴ではないと気が付いた。ガラス戸が開かれ、本当に誰かが来たのだ。真っ暗なので姿も顔も見えない。どくどくと心臓が激しく跳ね、全身が凍り付いた。逃げようと思っても黒い人物がガラス戸の前にいるので無理な上に、外は地獄絵図。なぜ自分ばかり酷い目に遭うのだろうか。

 黒い影が一歩一歩華弥に近づいてくる。あまりの恐怖で目をぎゅっとつぶった。十七歳でもう人生が終わるのかと愕然とした。

「……あれ?」

 黒い影が足を止め、驚いたような声を出した。

「えっ……。誰かいんの?」

 声の低さから女ではないとわかった。じっと見つめられている感じがする。

「……お前、どっから来たんだ?」

 向こうは華弥が女子高生だと気付いていないようだ。恐る恐る華弥も答えた。

「あ……雨が……降ってたから……」

「なに? お前、女かよ」

「う、うん……」

 顔が見えないので言葉遣いに戸惑ってしまう。人の表情はとても大切なものだと考えていた。

「あなたも雨宿り?」

 しかし謎の男子は答えてくれなかった。雷の音で聞こえなかったのかもしれない。

「ひでえよなあ。すぐ止むっていうから傘なしで外出たら、どしゃ降りで雷まで鳴ってるんだぜ。お前も傘なしで出かけたのか」

「私は、ただニュース観なかっただけ」

 和華子の声が頭の中でこだまする。男の子ってみんな変なことを考えているのよ、近づいてきたらすぐに逃げなさい……。本当に男子にいやらしい思いがあるのかは恋愛経験ゼロの華弥には見えない。

「いつ止むのかね、この雨は。寮に帰れねえじゃん」

「えっ? 寮ってなに?」

「学校の寮だよ。俺の通ってる高校は寮制の男子校なんだよ」

 寮生活をしている人に会うのは初めてだ。女子校と同じく男子校が存在していることも知った。

「それより、ちょっと寝ようぜ。走ったから疲れてるんだよ。お前も寝た方がいいぞ」

 ふああ、と大きな欠伸をしながら、男子はその場に座った。しかし華弥は全く眠気がなく、むしろ眠ってしまったら大変な目に遭う危険もあると考えた。さらに鞄を抱く腕に力を込め、男子が座っている場所から少しずつ離れた。

 


 緊張と疲れのせいでうつらうつらしていたが、謎の男子の寝息が聞こえ同時に雷が去ったことに気が付いた。窓に目をやると雨は止んでいた。

「……逃げなきゃ……」

 今しかチャンスはないと勢いよく立ち上がり、忍び足でゆっくりと出口に向かった。ガラス戸を引く時に少し音を立ててしまったが、熟睡しているようで起きる気配はなかった。外に出る前にそっと振り返り、ぐっすりと眠っているのを確認した。

 嘘のように夜空は物静かで、大きな満月がぼんやりと浮かんでいた。月明りを頼りに歩き、ようやくマンションに辿り着いた。和華子は今夜も家には帰ってこないようだ。寂しくないし会いたくないので、華弥にとっては嬉しいことだ。

 濡れた制服を脱ぎ風呂に入った。湯船に浸かりながら謎の男子についていろいろと想像してみたが、顔も姿もわからないので何も浮かばない。ただ一つ胸の奥にあったのは、逃げずに朝まで一緒にいてもよかったかもしれないという複雑な気持ちだった。


 


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