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三十一羽

 悠の姿が完全に消え、とぼとぼと進んでいると雨が降り出した。しかし心の傷が深く、速く歩けなかった。さらに閑古屋に悠がいると思うと、無意識に足が別の場所に向かっていった。先ほど見つけた閑古鳥の鳴く公園に着き、ベンチにそっと腰かける。スカートがびしょびしょに濡れても構わないし、むしろ雨に打たれてショックを洗い流したかった。雨は華弥にとってかけがえのない存在なのだ。

 しばらく俯いていると、誰かが公園内にいる気配がした。

「何やってんだよっ」

 勢いよく腕を掴まれ、よろけながら立ち上がった。

「ゆ……悠……」

「いつまで外にいるんだよっ。しかもこんなにどしゃ降りなのに。風邪ひいてもいいのかよっ」

 まさかずっと探していたのか。悠の服もかなり濡れている。

「別に……放ってくれればよかったのに」

「よかったのにじゃねえだろ。マンションにも帰れない状態なんだから、変な事故にでも遭ったのかって不安になるだろ」

 『うたかたの雨』の男も、最後雨で前が見えずに赤信号を渡って交通事故に遭い死んだ。まだストーリーが残っているせいか、華弥も命を落としたのではないかと想像したのかもしれない。

「事故って何よ。こんなに人が集まらないところで危ない目に遭うわけないでしょ。車だって通ってないんだし」

 無駄な意地を張っていたが、ぱちんっと頬を叩かれた。はっと目を丸くして悠の顔を見つめると、かなり怒っている表情だった。逆に言うとそれほど心配していたのだ。なぜか胸にじんと熱いものが広がり、涙がこぼれ落ちた。ずっと他人から心配されずに生きてきたが、自分を護ってくれる存在がいるのだと改めて嬉しくなった。

「さっさと帰るぞ」

 くるりと振り返り大股で歩いていく。遅れないように華弥も早足で追いかけた。

「悠……。ごめんね……」

 消えそうな声で呟いたが、雨の音で聞こえなかっただろう。

「どうして公園にいたんだよ」

 閑古屋に入るなりじっと覗き込んできて動揺した。はっきりと想いを伝えられない。頑張ってやると決めた女優をおろされたことも悠の夢を邪魔していることも悲しくて仕方ないが言葉にできない。

「とりあえず泣き止んでくんねえかな」

 もう一度声をかけられ、震えながら必死に答えを探した。

「泣いてないもん……。あ……雨だもん……」

「今雨宿りしてるんだけど」

 苦笑しながら悠は椅子に座った。確かに閑古屋の中にいるのに頬に雫があるのはおかしい。手の平でごしごしと拭き目を逸らした。

「俺が女優なんか演じられないって言ったからだろ」

 心を見透かされてしまったが首を横に振った。

「泣いてないってば。女優なんか演じられないって言われて傷つくような弱い性格じゃないし」

「じゃあどうして帰ってこなかったんだ」

 質問が繰り返されてきりがない。いたたまれなくなり、もうこの場から逃げるしかなかった。急いでガラス戸に手をかけドアを開けた。がたんっと椅子が倒れる音がして、はっと体が固まる。

「待て。どこに行くんだ」

 慌てて駆け寄り手首を掴まれてしまった。力が強いので見動きできない。

「わかんないよ。けど私、悠の足引っ張ってばっかりで迷惑かけてるから、一緒にいない方がいいと思う……」

 突然背中から抱きしめられた。緊張でがんじがらめになり、どくんと心臓が大きく跳ねたのがしっかりと感じた。

「言い過ぎたよ。あまりにも酷かったよな」

 謝るのはこちらなのになぜ悠が謝るのだろうか。ほんの少しだけ首を縦に振ると、ゆっくりと体が離れた。

「……私、女優やってもいいの……?」

 涙声で聞くと「もちろん」と悠も大きく頷いた。

 それからは華弥も悠も黙ったまま、ひたすら雨が止むのを待ち続けた。一言もしゃべらずに、ずっと暗い天井を見上げていた。



 どれほど時間が過ぎたのかは知らないが、ふと窓の外に目をやると満月がぼんやりと夜空に浮かんでいた。まさしく悠と初めて出会った夜だ。まだ悠の正体が不明で、こっそりとマンションに戻った時が蘇った。

「どうした?」

 悠の声が聞こえて後ろを振り返った。寝ているのかと思っていたが起きていたらしい。

「満月だよ。綺麗だよ」

「えっ、マジか」

 悠がとなりに移動してきた。おお、とうっとりする瞳で満月を眺めた。そしてその悠を華弥が見つめる。

「男の子ってあんまり月とか興味ないけど、悠は好きなの?」

「好きだよ。映画でもロマンチックなシーンで使われるし」

 よく月や星は、いいムードに必ず存在する。さすが映画監督になりたいだけあって考えることは違う。

「……私ね、クラスメイトに教えてもらったの。人を好きになるのはいつなのかって。その子はプレゼントもらったりおいしいものを食べさせてもらったり一緒に遊びに行ったりメールアドレス交換した時だって。でも私は物なんかいらないと思うよ。相手への想いがあれば充分だよ。物がないと恋愛できないなんて可哀想って思う」

 ふと泉の言葉を思い出した。きっと泉は満月を見ても感動しないだろうという気持ちが生まれたからだ。

「俺も同じだよ。プレゼントもおいしいものも、失くしたり忘れたりしたら離れ離れになりそうだもんな。ほとんどの人が物がないと恋愛成就できないとか考えてるけど間違いなんだよ。大事なことに気が付いてないんだ」

 大事なこととは果たしてどういったものなのか。それがわからないと恋愛は始まらないようだ。

 また満月を眺めると、悠が手を握り締め肩に頭を乗せてきた。体温がじわじわと溢れて心の中が暖かくなっていく。二人で眺める満月はとても美しく輝いていた。

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