二十九羽
学校にいても悠の言葉が胸にあった。恋をするのと恋に落ちるのは違う意味なのか。恋をするのはいつなのか。そして気付いた時どんな想いになるのか。とても勉強などできる状態ではなかったため、泉にさり気なく質問してみた。
「ねえ、泉は好きな人に出会ったらどうする?」
目を丸くして泉は首を傾げた。
「華弥が恋愛について聞くなんて珍しいね」
「この前観た映画の中にそんなシーンがあって、妙に残っちゃって」
「ああ、そういうこと」
簡単に騙せられる性格でよかったと安心しながら、しっかりと頷いた。
「そりゃあ告るでしょ。他の女に取られたくないもん」
「じゃあ恋してるって感じるのはいつ?」
すかさずもう一度疑問をぶつけた。この質問もすぐに答えてくれた。
「プレゼントもらったり、おいしいもの食べさせてもらったり、一緒に遊びに行った時かな。あっ、メアド教えてって言われた時も、あたしに惚れてるのかなとか思っちゃう」
「……そっか。ありがとう。すっきりしたよ」
くるりと後ろを振り返り、すたすたとその場から立ち去った。すっきりなどしていないし、むしろ気分が悪くなっていた。やはり泉とは住んでいる世界が違う。物など必要ないし、もっといえば言葉だって必要ない。お互いの体温さえあれば愛は生まれるという真実を知っているのは恐らく華弥と悠だけしかいない。泉に相談しても無意味なのがわかった。華弥が一人で解決するしか方法はないのだ。
そういえば和華子も恋愛経験があるのに気がつき足が止まった。肇と結婚し華弥がお腹にいる時は悪魔ではなかったのか。華弥を傷つけるのは、肇が華弥を可愛がり自分には一切構ってくれなくなった嫉妬なのか。だからといってあそこまで酷いのはありえないので、他にも理由はあるのだろう。未だにマンションに姿を現していないが、ほんの少しだけ可哀想だという同情が頭の隅に浮かんだ。
土日になると朝早くに閑古屋に行く、というのが習慣となっていた。映画作りは閑古屋でしか行えないからだ。また携帯の電話番号とメールアドレスを交換し話ができる機会が増えた。常に声を聞けると考えるだけで嬉しくなる。
電話やメールがくるのはほとんどマンションにいる時だが、金曜日の昼休みに電話がかかってきた。特別な用かと思いすぐに出た。
「なに? まだ学校なんだけど」
「ちょっと抜けられないか?」
予想していない言葉だった。驚いてもう一度聞き直す。
「どういうこと?」
「外に出られないかってこと」
「それはわかるよ。けどどうして」
声が大きくなり周りのクラスメイトが見ているのに気が付いた。急いで人気のない教室に移動し、また聞き返した。
「抜けるって……今から?」
「具合が悪いから早退するって言えば出てこれるだろ」
「ちょっと待ってよ」
華弥を置いてどんどん話が進んでいく。ちらりと時計を見てから続けた。
「簡単に言わないでよ。うちの教師みんなしつこいから嘘だってばれちゃうよ。具合が悪いから早退しますで抜け出せるなら、みんなとっくにやってるでしょ」
「じゃあこっそり抜け出せばいい。俺も勝手に抜け出したんだ。華弥だってそれくらいできるはずだ」
さらに困難なやり方だ。失敗したら学校からも和華子からも厳しく問い詰められてしまう。
「放課後じゃだめ?」
「今が一番いいんだよ。他人に邪魔されないうちに来てもらわないと意味がないんだ」
いじけた口調で返され困り果てた。悠が何をしたいのか想像したが全く思い浮かばず、もう一度時計を見てあと五分で昼休みが終了するのを確認した。
「……わかった。頑張る」
怖かったが悠に会いたいという気持ちが動いた。
「よっしゃ! じゃあ駅前の映画館の前で待ち合わせだからな」
「えっ? 閑古屋じゃ」
ないの? と質問の途中で電話が切れてしまった。なぜ映画館なのか。とにかく実際に会って話を聞いた方が早い。忍び足で昇降口に向かうとわき目も振らずに走った。




