二十七羽
手当が終わると、悠は深く頭を下げてきた。
「いろいろとごめんな」
「もういいよ。次から喧嘩とかは」
「それじゃなくて」
華弥の言葉を遮り、じっと見つめてきた。
「女優になってくれって頼んだことだよ。無理だってはっきり断れなくて悩んでただろ」
本当に悠は心を見透かす力を持っている。
「悩んでなんかないよ」
「隠そうとしてもバレバレだからな。私にはできませんって顔に太字で書いてあるぞ」
嘘や誤魔化しが通用しない。神様だから当然だ。それでも華弥は頷かなかった。
「びっくりはしたけど、悩んでたんじゃないよ」
ふう、と息を吐いてから、しっかりと言い切った。
「私、女優やってみる」
悠は緊張した表情に変わり、恐ろしいものを見る目つきになった。
「……本当に?」
「やってくれって言ったのはそっちじゃない」
傷だらけの悠を少しでも癒してあげたい。壊れた心を元に戻したい。女優になどなれないと答えたら女神様失格だ。
「うまく演技できる自信ないけど頑張るよ。悠のためなら何だってするって約束したでしょ」
強気な口調だが、胸の中は不安で溢れていた。これ以上話をしていたら気が狂いそうだが必死に堪えた。
「よかった。華弥に迷惑かけたって後悔してたんだ。俺も約束通り華弥がやりやすいように工夫するからな」
なぜか素直に頷けず、そっと横を向いて目を逸らした。
「まず登場人物を決めなきゃな。名前は……」
「カヤはだめだよ。もっと可愛いのに設定して」
すかさず言うと少し残念そうに呟いた。
「カヤも充分可愛いと思うけど……。じゃあ華弥が主人公の名前決めてくれよ。俺は相手役の名前決めるから」
まさか自分が名付け親になるとは考えていなかった。
「いきなりそんなの困るよ」
「軽くでいいんだよ。もし子供が生まれた時、どんな名前で呼んであげたい?」
その一言で止まっていた頭が動き、あれこれと想像してようやく「ミホ」という言葉が浮かんだ。
「中二の時に流行ってた少女マンガの主人公がミホだった。読んでないんだけど、クラスメイトのおしゃべりでたまたま知ったの」
「ミホか。確かに可愛いな。じゃあ相手はユウトでどうかな」
「ユウト?」
目を丸くすると穏やかな口調の答えが返ってきた。
「悠崎のユウと、雅人のトでユウト。昔飼ってた犬の名前もユウトっていうんだ。捨て犬でこっそりエサとかあげてた。家で飼いたいって連れて行ったら汚いから戻して来いって怒鳴られて、仕方なく外で世話してやったんだ。でも突然姿消しちゃってもう会えないんだけど」
悠の過去が明らかになっていく度に距離が縮んでいるのを感じられる。
「戻って来ないの?」
「戻って来ないよ。いつかまた会えたらいいなってだけ。はっきり言って俺の味方はあいつだけだったな。犬が味方っていうのもおかしいけどな」
肇が帰ってこなくなった時の想いが蘇った。この世にいるのはわかるのに探すのは不可能なのだ。たった一つの味方が消えてしまう悲しみは誰にも理解できないだろう。
「俺、あいつがどっかに行っちゃって馬鹿みたいに泣いたよ。孤独でどうしようもなくてさ。恥ずかしいよな」
苦笑する悠を見つめながら、ゆっくりと首を横に振った。
「恥ずかしいことじゃないよ。私だって毎日泣いてたもん。いつまでもそばにいてくれるって信じてたのに離れ離れになるなんて辛過ぎるよ」
行く人より残される人の方が寂しさは強い。恐らく死ぬまで相手を忘れられない。
「昔家にいた神様はパパなの。とても優しくて、たくさん映画を観せてくれた。でもママに引き裂かれたの。家庭をぶち壊しにする母親なんていないよ」
「父さんいたのか。母子家庭かと思ってたよ」
驚いたように目を丸くしてから、そっと視線を天井に向けた。
「子供は親を選べないから仕方ないけど、やっぱり子供想いなのがいいよな。犬一匹可愛がれないなんて、俺の親はこんなにも冷たい人間なんだってかなりショック受けたよ。だから他人の親が羨ましくて、早く家から出て自由になりたいって願ってたんだ」
無意識にぎゅっと手を握り締めていた。自分も同じだと体温で伝えたかった。悔しい気持ち、寂しい気持ち、悲しい気持ち。全てが共通し繋がっている。
「ユウトも華弥の父さんも元気にしてるといいな。どこか遠くで幸せになっててほしいよな」
悠も握り返してきた。どきどきと鼓動が速くなっていく。
「どんなに遠くにいても、ずっとずっと祈ってるよ……」
涙が瞼に溢れこぼれ落ちそうになったが、悠に気付かれないように何とか堪えた。




