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二十五羽

 土曜日の朝早くに閑古屋に向かった。悠はすでに中に入って、ノートを睨んでいる。

「もう来てたの?」

 話しかけたが頷いただけで、華弥の方を見ようとしない。

「いいネタ、思いついた?」

 もう一度声をかけると小さく呟いた。

「何にも。華弥は?」

「全然だめだよ」

 ゆっくりと近づき、となりに座った。バッグからノートを取り出しカウンターの上に置いた。

「まあ、女子校に通ってるし、彼氏いない歴十七年だから仕方ないんだけどね」

 ようやく悠は華弥に視線を移した。

「恋人って、なかなか現れないからな」

 ごくりと唾を飲み、悠は恋愛経験があるのかと聞いても問題はないかと考えた。なぜそんなことが知りたいんだと言い返されたらという不安もあるが、いつまでも悶々としていたくない。

「女子校じゃ出会いの場も少ないよな。俺も同じだよ。男だらけの学校で、毎日映画ばっかり観てたし。女に興味なかったんだ」

「えっ」

 意外な事実に驚いた。同時に胸の中の疑問も消えた。

「女の子に興味ないの?」

 どきどきしながらじっと見つめると、いじける口調で答えた。

「悪かったな。モテない男で」

「別に悪いっていってるんじゃないの。初めて会った時からスカートめくったり寝顔写メしたり、女好きみたいなことしてたから不思議だなって」

「女好きって……酷すぎるだろ」

 ふいっと横を向いてしまったが、にっこりと微笑みもう一度言った。

「共学だったらけっこうモテたと思うよ。ちゃんと将来について考えてるのってかっこいいよ。私なんか明日のことも考えてないのに」

 未来がどう動くかは誰にもわからないし変えられない。けれどこうしたいという気持ちがあるなら少しは変わるかもしれない。こんな風に素直に想いを伝えられるのは悠しかいない。

「悠ってすごいよ。私、いつも尊敬してるんだから」

 しかし悠はさほど嬉しそうな表情にはならず頷きもしなかった。

「もういいだろ。さっさと映画作り始めるぞ」

 目を逸らしたままページをめくる悠の横顔を見つめ、床に倒れ込みそうなほどがっかりした。もっと悠の心の中を知りたい。優しい声を聞いていたい。映画が最優先といっても、もう少しおしゃべりをしたっていいじゃないかと残念でならなかった。距離が縮んでいると感じているのは華弥だけで、悠は何とも思っていないのが痛いくらい伝わった。



 お互いに恋愛経験がゼロなので、ストーリーは全く浮かばなかった。

「どっちも共学じゃないから、どうしようもねえな」

 悠は腕を組み、うーんと唸った。華弥も長いため息を吐いた。

「閑古鳥が鳴くって何かいい感じだと思ったんだけど、寂れて人が集まらないって意味だから恋愛には繋がらないね」

 そっと呟き俯くと、反対に悠は顔を上げ目を丸くした。

「そうだ、閑古屋で起きたことを話に変えればいいんじゃないか?」

「閑古屋で起きたこと?」

 大きく頷いて、悠は真剣な眼差しを向けてきた。

「雨が降ってたまたま出会った二人が、やがて恋人同士になっていくってストーリー。ありきたりだけど最初だから仕方ないって……」

「ちょっと待って」

 慌てて両手を顔の前に出し、興奮気味の悠を止めた。

「確かに私たちは偶然雨宿りで一緒になって友人になったけど、恋人ではないよ」

 なぜか汗が額に滲む。悠はきょとんとしてから軽く笑った。

「ただのストーリーだよ。フィクション。何も思いつかないんだから、これしか方法がないだろ」

 言われなくても作り話なのはわかる。けれどフィクションだったものがノンフィクションに変わったりしないだろうか。ますます不安が募り返す言葉が見つからない。

 これ以上ここにいたら頭が狂ってしまう。「帰る」と言って逃げるように外に飛び出し、マンションに向かって走った。部屋に入り勢いよくベッドにうつ伏せになった。重い鉛が上にのしかかって、鎖で縛られたように手足が固まっている。

 「閑古鳥」という言葉で、きっと悠は思いついたのだ。余計なことを言ってしまったせいで、とてつもなく強大な問題が生まれてしまった。後悔先に立たず、という声が耳の奥から聞こえた。

 

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