二十四羽
和華子が探しているかもしれないという理由で、一旦マンションに戻ることにした。幸い悪魔の姿はなかった。ほっと安心してもう一度閑古屋に向かっていたが、途中で雨が降り出した。立ち止まり空を見上げると、あの夜が蘇ってきた。
一緒に雨宿りをしていた人が神様だったこと。その神様のおかげで笑えるようになったこと。泣いたり怒ったり迷ったり驚いたりしたけれど、どれも大事な思い出になった。普通、雨は寂しく悲しいイメージだが、華弥にはかけがえのない存在だ。閑古屋を見つけ悠に出会えたのは、全て雨が降ったからなのだ。
そのまま閑古屋に行っても、悠が寮に帰っていたら一人ぼっちなので、仕方なく引き返した。部屋に入ると、まだ何も書かれていないノートを開き、恋愛について想像してみた。
しかし全く思いつかない。ただ映画を観ているだけでは意味がないのだ。これでは手伝うどころか足を引っ張ってしまう。恋愛経験がある泉に相談したくても、悠の名前を言いたくない。
ふと疑問が生まれた。悠は恋愛をしたことがあるのだろうか。男子校に通っていると言っていたが、中学生の時は違うかもしれない。もしすでに悠が誰かのものであったら、華弥だけの神様ではなくなる。不安でいっぱいになり手が小刻みに震えた。
首を横に振り嫌な予感を振り払った。今は映画を作る方が最優先で、自分の戸惑いは後回しだ。もう一度ノートを見つめ、心を落ち着かせるために小さく深呼吸をした。
ありきたりなストーリーでは物足りない。登場人物も設定をオリジナルにして、盛り上がるシーンもしっかりと決める。思いつく限りの言葉を書き込んで、気が付くと窓の外は夜の色になっていた。真っ暗な夜空を眺めていると『閑古鳥が鳴く』ということわざが胸に浮かんだ。
「閑古鳥……が鳴く……」
ぼんやりとしていた気持ちが引き締まり、すぐに『閑古鳥』とノートに書き足した。
経験したことはわからないが経験したことはわかる。まだ十七年しか生きていないが、少しはネタになる出来事があるかもしれない。さらに女子の想いを悠に伝えられる。早く悠の願いを叶えたいし映画も完成させたい。そして絶対に邪魔だけはしないと自分に言い聞かせた。
学校の中でも創作活動は続けなくてはいけない。休み時間にノートを開いていると、泉が後ろから声をかけてきた。
「何やってんの?」
驚いてノートを引き出しにしまった。
「別に。何でもないよ」
「そう? 随分と真剣な顔してたけど。あっ、もしかして、またお母さんに言われて勉強してるとか?」
「うん、まあね」
あいまいに答えると「そっか」と言って離れて行った。
決して覗かれてはいけないものだと改めて感じた。このノートを開いたら閑古屋も悠もばれてしまう。特に悠を他人に奪われるのは何としてでも避けたい。神様が消えて和華子という悪魔に傷つけられ、奈落の底に堕とされたら、本当に生きるのをやめてしまう可能性だってある。
誰にも知られない場所に隠れながら、二人きりで過ごしていたい。泉がクラスメイトとおしゃべりをしているのを確認してからノートを取り出した。
映画作成も大事だが、もう一つの不安な想いも常にあった。なぜ悠は華弥を女優にしたいのだろう。すぐ目の前にいるからではなく、本当に華弥が主人公でなくてはいけないのか。それなら悠の気持ちに応えるべきだ。映画監督になれるはず、夢が叶うなら何だってすると約束したのだから裏切るなんて絶対にできない。
はあ、と息を吐いて俯いた。どうしても女優になれるという自信が持てず迷ってしまう。今は悠の気持ちが変わるのをひたすら祈るだけだ。




