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二十一羽

 悠の携帯が鳴り、はっと我に返った。同時に気まずい空気も消えた。

「こんな時に何だっていうんだよ。悪いけど、ちょっと学校に行ってくる。早めに終わらせて帰ってくるよ」

 しかし華弥は首を横に振った。

「私もいろいろとやることがあった。もう今日は別れよう」

 本当はそんな気持ちではなかったが、笑顔も取り戻せたし心も癒されて充分だ。

「そうか……。そうだな……」

 寂しそうな表情で小さく頷くと、悠は閑古屋から出て行った。ガラス戸に近付き、その後ろ姿が完全に消えたのを確認してから華弥も外に出た。

 スキップしそうなほど足取りが軽く、歌を歌っていた。マンションのドアを開けるのも憂鬱ではない。ソファーに寝っ転がって目を閉じると悠の優しい言葉が蘇った。

 久しぶりに自分で夕食を作ることにした。冷蔵庫にあるものを使って適当に味付けをし、あとは温めるだけの状態にする。いつか悠に料理を食べてもらいたい。神様が喜んでいる姿を見たら、もっと幸せになれるはずだ。

 一通り終わらせて部屋のベッドに横たわった。強く手を握られて二人の距離はさらに縮んだ。暖かくて柔らかくて眠ってしまいそうになった。

「やっぱりどこかで繋がってるんだろうな……」

 呟き、ふっと笑った。悠は華弥の神様で、華弥は悠の女神様。閑古屋という心のよりどころ。全てがきらきらと輝いて見える。

 しかし嬉しいことだけではなかった。突然の女優になってくれというお願いだ。はっきりと断ったらせっかく沸いたやる気が萎えてしまう。だからといってできると返事をする勇気もない。元々華弥は自分が可愛いと思っていないし好きでもない。常に誰かの影に隠れて過ごしていたい。何と答えれば悠を傷つけずに済むのか大きな問題だ。




 勢いよく起き上がり、時計に目を向けた。本当に眠ってしまって二十一時になっていた。慌てて台所に向かい作った夕食を食べようと冷蔵庫を開いたがどこにもない。

「あれ?」

 首を傾げていると、背後から風呂のドアが閉まる音がした。

「いつまで寝てるのよ。だらしないわね」

 和華子が濡れた髪を拭きながらリビングに入ってきた。いつの間にマンションに帰ってきたのだろう。嫌な予感がして恐る恐る聞いた。

「……ここにあったご飯、食べた?」

「食べたわよ。ママは濃い味が苦手って知ってるでしょ。もっと塩分減らしなさいよ。料理下手ね」

 たった一言でせっかく穏やかだった心が汚く変色した。

「勝手に食べないでよ。あれは私の夜ご飯だったんだよ」

「そんなの知らないわよ。『これは私の夜ご飯』とか紙に書いておかなかった華弥がいけないんでしょ。ママが悪いみたいに言わないでよ」

 この女はどれだけ娘を痛めつければ気が済むのか。睨みながら華弥は手を差し出した。

「お金」

「はっ? お金?」

「コンビニで夜ご飯買ってくる。だからお金」

 さらに一歩進んだ。面白そうに和華子は嘲笑った。

「今何時だと思ってるの? 二十一時過ぎてるのよ。馬鹿じゃないの?」

 その時、視界の端に和華子のバッグが映った。素早く掴み中にあるものを床にばら撒いた。財布を奪い取ると後ろを振り返った。

「ちょっと、やめなさい!」

 腕を伸ばしてきたが華弥の方が速く、そのまま真っ直ぐ全力疾走した。

 しばらくして足を止めた。追いかけてくるかもしれないと思ったが、和華子の運動神経はよくない上にすでに風呂に入っているのでここまで来れないだろう。息を整えてからゆっくりと歩いた。 

 真っ暗だがなぜか怖くなかった。むしろいらついた感情が落ち着いて冷静になれた。華弥にとって居心地がいいのは寂れて誰もいない閑古鳥が鳴く場所なのだ。廃墟のビデオ屋にいるとほっとするという人は、もしかしたら華弥だけかもしれない。

 コンビニと言ったが閑古屋に行くことにした。夜空を見上げるとぼんやりと満月が浮かんでいた。悠のにっこりと笑った顔に似ている。無意識に涙がぽろりと落ちた。まだ人形から人間になりきれていない。やはり悠がそばにいてくれないとだめだ。

「……神様……」

 消えそうな声で独り言を漏らすとガラス戸が開いた。驚いて固まっていると、悠がじっと見つめていた。



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