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十八羽

「ちょっと言い過ぎた」

 ふいに悠が呟き、はっと顔を上げた。

「ごめんな。華弥の家庭のこと何も知らないのに失礼だったな。でもあまりにもママがママがって言うのが嫌でさ。昔の俺を思い出すんだ」

「昔の悠?」

 目を丸くすると悠は頷いた。

「俺の親ってすごくネチネチな奴で、少しでも不満があると朝から晩まで説教ばっか。だから早く離れたくて寮生活ができる高校に入学したいって言ったんだ。金がかかるからやめろって反対されたけど、毎日喧嘩ばっかりしてたら勉強なんかできないって、何とかそれは許してもらった」

 悠も華弥と同じような環境で育ってきたとは驚きだ。家族に会いたくないのかと聞いた時に黙った理由もわかった。辛い日々を送っているのに、あんなに笑えるのはすごい。

「特に将来については酷かったよ。はっきり言って地獄に突き落とされた気分だった」

「将来? 仕事のこと?」

 悠が働いている姿を想像できなかった。

「どんな仕事をしたいの?」

 どきどきしながら待っていたが、悠は首を横に振った。

「別に知っても得にはなんねえよ」

「得にならなくてもいいから」

 しかし黙っている。ふと何かを思いついたように顔を見つめてきた。

「華弥は将来どんな仕事をしたいんだ? ファッションデザイナーか?」

 逆に聞き返され、慌てて答えを探した。

「え……えっと……とりあえず大学に入学して、それから決めようかなって……。ファッションデザイナーになる気はさらさらないよ」

 そういえば自分は何をしたいのか、しっかりと考えていなかった。恋人と結婚してマンションから抜け出したいとうっすらと願っているだけだ。

「悠は立派だね。目標がきちんとあるなんて」

 尊敬の想いで伝えたがむしろ不快にさせてしまったらしく、悠は完全に固まった。

「ごめん。私、余計な話して」

 口は災いの元とはよくいったものだ。後悔しても遅すぎる。華弥も黙ったまま身動きしなかった。



 窓の外が明るくなり始めた。いつの間にか眠ってしまったらしく、太陽がぼんやりと光っているせいで目の焦点が合わない。

「悠……」

 名前を呼んだが返事はない。おかしいと思いもう一度声を出した。

「あれ……? 悠……」

 そこでようやく閑古屋から出て行ったのに気が付いた。はっと立ち上がり、よろける足で外に飛び出したが気配が消えていた。全身の力が抜け、へなへなとその場に座り込んだ。心の中に丸い穴が開き、その穴に落下していった。誰だって隠したいことは一つや二つはあるのに、もっと距離を縮めたくてしつこくしてしまった。

 閑古屋に入りレジカウンターの上のゴミ袋を握り締めた。これを買う前に戻りたくて堪らなかった。

「もういい……」

 小さく呟くと、背中から元気な声がかけられた。

「おっ、起きたか。おはよう」

「えっ? 悠? どこに行ってたの?」

「コンビニだよ。朝飯買ってきたぞ。腹減って死にそうなんだよ」

 きょとんとした表情で答えてから、じっと覗き込んできた。

「……泣いてるのか?」

「いや、これは」

 急いで言い訳を作っていたが、悠に両肩をがっしりと掴まれた。

「いいか、泣いてばっかりの女ってウザいし引かれるぞ。少しは相手がどんな気持ちになるか考えた方がいいぞ。まあ俺は嫌いじゃないけど」

「違うよ。ただの欠伸だもん」

「欠伸でそんなに涙が出るか」

 そして鞄から携帯を取り出し、素早く操作して画面を見せた。華弥の寝顔の写メだった。

「これで楽しくなれるぞ」

「ちょっと、何よこれ! どうしてこういう恥ずかしいことをするのよ!」

 体が燃えて真っ赤になった。携帯を奪い取ろうと腕を伸ばしたが届かず、代わりに抱き付いてしまった。その時、肇の姿がはっきりと目の前に蘇った。

「神様……」

「はっ? 神様?」

 わけがわからず戸惑う悠を見つめ、華弥は大声で話した。

「小さい頃、私の家に神様がいたの。とても優しくて癒してくれる神様。不思議なんだけど、神様ってとなりにいるだけで幸せだなって感じるの。その神様とはもう会えなくなっちゃったんだけど、もう一人の神様が見つかったよ。悠は私の神様だ」

 興奮してさらに体温が上がる。悠は困ったように苦笑いをした。

「俺が神様って……さすがにないだろ」

「でも悠がそばにいてくれるとほっとするし、ママに厳しくされても落ち着くよ。暗い気持ちが消えて、明るくなれるんだよ」

 言葉がするすると流れるように飛び出す。周りがなぜかきらきらと輝いている。

「ずいぶんと大袈裟だな」

「大袈裟じゃないもん。本当だもん」

 むきになって口調を尖らせた。想いを伝えたくて必死だった。

「そこまで言うなら教えてもいいかな」

 もう一度苦笑いをしてから、悠は口を開いた。



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