十六羽
「岡野さん、放課後職員室に来てください」
翌日学校に行くと担任教師が話しかけてきた。毎日きちんと登校しているし、授業だって真面目に受けているのに呼び出しとは何だろうか。
帰り支度を済ませてから職員室のドアを叩き「岡野です」と声をかけるとすぐに開いた。
「これは一体どういうことですか?」
教師は持っていたものを渡しながら睨んだ。白紙のテスト用紙だ。今頃こんなことを言い出してくるとは思っていなかった。
「全部解けなかったんです」
抑揚のない口調で話すと、さらに目つきを鋭くした。
「間違えてもいいから一問は答えを書きなさい」
この生徒はだめだなという態度にいらつき、負けじと華弥も言い返した。
「でも本当に解けなかったんです」
「岡野さんはいつもテストで満点をとるのに、突然どうしたんですか? 真剣に勉強しているあなたが一問も解けないなんてありえないでしょう?」
一〇〇点をとらないと和華子に怒鳴られてしまうため、特にテストは頑張っているが、あの時は完全に諦めていてどうでもよくなっていた。
「そんなの先生の勝手な思い込みです。私にだって難しい問題はわかりません」
冷たく答えるとテストをびりびりに破り捨て、後ろを振り返り職員室から出た。どいつもこいつも邪魔をして不快にさせる。廊下を歩いていると泉が駆け寄ってきた。
「どうしたの? 華弥が呼び出しされたって聞いてびっくりしたよ。何かまずいことでもあった?」
「何でもないよ。心配しないで」
手を振りすたすたと昇降口に向かう。一人になりたくて仕方がない。
マンションへの道を進んでいると携帯が鳴り、なぜか心の中に黒い鉛が生まれた。軽く深呼吸をしてから開くと、嫌な予感は的中した。
『華弥に話したいことがある。早く帰ってきなさい』
文字だけで冷や汗が手に滲んだ。あのしつこい教師が和華子に伝えたのだ。閑古屋に行きたくなったが、遅くなった理由を聞かれた場合に逃れる言い訳が見つからなかった。恐る恐るマンションのドアを引くと、凍り付いた顔の和華子が立っていた。
「学校から電話が来たんだけど」
「ふうん……。そうなんだ」
動揺を隠しながら答えたが、和華子は手首を強く掴んできた。
「テストを白紙で出したって本当なの?」
そうだとも違うとも言えず黙ったまま固まった。
「正直に話しなさい。テストを破った理由も」
そこまでばらしたのかと教師を恨みながら、仕方なくそっと呟いた。
「……本当だよ」
「ど……どうして……」
「だって解けなかったんだもん。しょうがないじゃない」
足の力が抜けたように和華子はその場に座り込んだ。
「酷い……。白紙だなんて……」
「うるさいな。私、宿題があって忙しいの。ママみたいに暇じゃないんだよ」
吐き捨てるように言うと急いで部屋に飛び込んだ。
全て自分が原因だと気付けない愚かな人間に付き合っていられない。ベッドに寝っ転がって天井を見上げていると、玄関の方で音がした。また悪魔が出ていったとほっとした。
外は暗かったが閑古屋に行きたくなった。もう十八時半を過ぎているが、学校のクラスメイトたちはもっと遅い時間まで遊んでいる。運が良ければ悠に会えるかもしれない。勢いよく起き上がり、荷物も持たずにビデオ屋へ走った。




