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一羽

※基本は恋愛ですが、ところどころに残酷描写が混じっています。お気を付けください。

 朝、起きて部屋から出ると、必ずテーブルの上に書き置きがある。母の和華子わかこのものだ。

『今日は遅くなるかもしれない。夕食は一人で食べて先に寝てて。朝食は冷蔵庫の中に入ってるから』

 文字を見つめながら、華弥かやはため息を漏らした。今日はではなく、今日もが正しいじゃないか、と呟きそうになった。

 華弥は、ファッションデザイナーで母親の和華子と二人で狭いマンションに住んでいる。和華子は仕事でずっと家にいないし、いたとしても華弥は学校に行っているため、ほとんど顔を合わせることがない。こうして紙を使って会話をしている。だが華弥にとっては、この方がありがたく感じている。

 冷蔵庫の中を見ると、昨夜の夕食の残りが少し入っていただけで、とても朝食とは思えるものではなかった。仕方なく華弥は何も食べずに学校に行くことにした。行ってきますとも言わずにドアを開けて、真っ直ぐに高校へ向かって歩いた。

 教室に入ると、友人の山井泉やまいいずみが肩を叩いてきた。

「おはよ、華弥。……あれ? 顔色よくないね」

 華弥は首を横に振りながら、あっさりと答えた。

「別に、ちょっとお腹空いてるだけ」

「そうなの? ちゃんとご飯食べないとだめだよ」

 しかし夕食の残り物など食べたくないし、何より和華子が作ったものが嫌いなのだ。

「うん。わかってる」

 小さく頷くと、泉はすぐに話題を変えてきた。

「昨日、華弥が面白くないって言ってた映画を観に行ってみたんだけど、確かによくなかったよ」

「でしょ? やめておけばよかったのに」

 席に着き鞄からいろいろと机にしまいながら、またため息が漏れそうになった。

 高校に入学してすぐに、華弥と泉は仲良くなった。二人とも映画鑑賞が趣味だったからだ。

「あの映画は、とにかく男がよくない。恋愛ものは相手の男をかっこよくしてもらわないとね」

 すると泉が尊敬の眼差しを向けてきた。

「華弥って、男の理想が高いよね。ただでさえ出会う機会がないのに」

 二人が通う高校は女子校だ。教師もみんな女で、クラスメイトの中でも彼氏がいるという女の子は少ししかいない。もちろん華弥も泉も、男子と話をしたことがない。そのため映画の中でしか男性の姿を見られない。こんな女だらけの生活を続けて、いつの間にか十七歳になってしまった。

「男の理想なんて考えたことなかった。理想が高いってどういう意味?」

「あたしたちは女子校にいるからわからないけど、周りにいる男の子ってほとんど普通だよ。映画みたいにイケメンに出会ってロマンチックな日々を過ごして最後に結ばれるなんて、奇跡でも起きない限り夢のまた夢なんだよ。顔がよくても釣った魚にエサはやらない性格だったり突然別れちゃったり、うまくいくわけないんだよ。ちゃんとそういうの知っておかないと、後でめちゃめちゃ落ち込むハメになるよ」

 まるで自分には恋人がいるような口調が気に障った。

「わかってるよ。偉そうなこと言わないで」

「そう? それならいいけど」

 上から目線の態度にいらいらした。せっかくの高校生活を彼氏なしで過ごすなんて、絶対に嫌だと華弥は思っている。たった一度きりの青春に恋愛をしないなんて悲しすぎる。勉強中でもその気持ちでいっぱいになってしまう。

岡野おかのさん」

 教師に注意されて、はっと我に返った。周りにいる女の子たちも華弥を見つめていた。

「もう来年は受験生なんですよ。ぼやぼやしないで、きちんと授業を受けなさい」

 わかりましたと小声で答えながら俯いた。どうしてこんなことを言われなくてはいけないのだろうかと悔しくなった。

 受験、受験と話しているが、本当に人生に必要なのは恋愛の方ではないのか。彼氏が欲しいと思っているのは華弥だけではないはずだ。大好きな人と幸せなひとときを過ごしてみたいと、みんなが願っている。しかし周りに男子がいないので見つけようがない。誰も華弥の気持ちに気付いてくれない。

 だいたい女子校に通うことになったのも和華子のせいなのだ。和華子は常に華弥が一番でいなくてはいけないと考えている。テストは毎回一〇〇点をとれ、運動会はどの種目も一位になれ、学校中の人気者になれ……。何度も聞かされた言葉だ。とにかく何においても、最高でいなくてはいけない。もしできないとうるさくしかりつけて「どうして華弥は何もできない子なの」と嘆き悲しんでいる。その姿を見るだけで華弥はうんざりして仕方がない。

 しかし父親のはじめは、華弥の自由にさせていいじゃないかと言っていた。映画館に華弥をたくさん連れて行き、遊ぶのも大事だと考えていた。華弥が映画好きなのは肇の影響だ。華弥は完全にお父さん子で、和華子に怒られると必ず肇に慰めてもらった。肇も華弥を心の底から可愛がっていた。華弥にとって肇は神様のような存在だった。

 だが華弥が十歳になってすぐに肇は家に帰ってこなくなった。子育ての価値観の違いで和華子が別れたいと話したのだ。離婚ではなく別居という形で生活することになった。

「パパと一緒にいたら、ろくでもない人生を歩むことになるわよ。そんなの嫌でしょ」

 和華子に言われ、華弥は泣いて「パパと一緒に暮らしたい」と反抗したが、まだ十歳の少女が大人に勝てるわけがない。華弥の意見は無視され、神様は一瞬にして消えてしまった。

 いつか肇が会いに来てくれるのを祈って、もう七年が経った。きっと華弥のことなどすっかり忘れてしまっただろう。もしかしたらすでに、もう一つの家族がいるかもしれない。

「どうしたの?」

 泉の声で、はっと我に返った。心配そうに顔を覗き込んでいる。

「……ちょっとぼうっとしてた」

 なるべく明るい口調で言ったが、心の中は真っ黒のままだった。

「ぼうっとしてると、また先生にうるさく言われちゃうよ。あの先生、しつこい奴だから」

「わかってるよ」

 拗ねた口調になってしまったが、泉は何も感じなかったようだ。

 

 

 書き置きの通り、和華子は夜の十一時になっても帰って来る気配がなかった。しかし一人でいるのがずっと楽なので、寂しいと思ったことは一度もない。帰って来るのが肇だといいと願ったことは数えきれないほどある。

 宿題をしていると、またため息が漏れた。受験勉強なんかどうだっていい。大切なのは恋愛の方だ。華弥が誰かと恋に落ちる日はいつなのだろうか。

 

 


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