第十二話 「光の衝撃波」
「ルナルナは、返してもらうわっ!」
そう言って、ビシッと指を突きつける。
(んきゃー! もしかして、今のあたしってカッコイイ?)
凛々しいその姿。
だが、その内心は、陶酔してニヤけそうになるのを必死に抑えていた。
「さぁ、早く――」
ルナルナを返しなさい!
しかし、その言葉は、最後まで続けることはできなかった。
「ウグルアアアアアッ!!」
恐怖で我を忘れたゴブリンシャーマンが、飛びかかって来たからだ。
「さ、最後まで言わせてよーっ!」
鋭い爪の一撃。
不意をつかれたシェイルだったが、それでもなんとか小剣で攻撃を受ける。
「きゃっ!?」
が、その力に押し込まれ、壁まで吹き飛ばされた。
「いたたた……ちょっと薬が効き過ぎちゃったかな……?」
腰をさすりながら体を起こすシェイルを、ゴブリンシャーマンはジーッと見つめる。
「オ前……本当ハ……弱イ?」
な、何を――っ!?
確かに、さっきのは運が良かった……
でも、運も実力のうちって言うじゃないか――っ!!
と、いう言葉が喉から出掛かるが、そこは何とか踏みとどまった。
そう言ってしまうと、自分が弱いということを認めてしまう気がしたからだ。
「う、うるさーい! 弱くなんかないぞ、バカアホマヌケ――ッ!!」
そのかわり、精一杯の強がりが口から飛び出す。
しかしそれは、世間では負け犬の遠吠えと呼ばれていることに気付くことはできなかった……
「グフフフフ……」
ゴブリンシャーマンは、目を細め喉を鳴らす。
「こ……このっ、笑うな、こらーっ!!」
顔を真っ赤にするシェイル。
今なら、大剣の男の気持ちがわかる!
と思えるくらいであった。
ゴブリンシャーマンは、ゴブリンの頭に突き刺さったままの棍棒を静かに引き抜く。
そしてそれを片手で振りかざすと、もう一方の手を前に出した。
手の平が上を向き、指が動く。
明らかに『かかって来い』という、挑発のそれである。
「バカにすんなー!」
叫ぶと同時にシェイルは跳んだ。
間合いを詰めるシェイルの頭を狙って、無骨な棍棒が振り下ろされる。
「そんな攻撃っ!」
シェイルは体を回転させ、いなすようにして攻撃を避けた。
目標を見失った棍棒は、破砕音を響かせて床にめり込んでゆく。
「たあっ!」
一撃を避けられ、無防備となった体に、シェイルは小剣の二連撃を叩き込んだ。
鮮血が飛び散り、その脇腹に×の字が刻まれる。
が、それはまだ致命傷とは成り得ない。
シェイルは、素早い動きで相手を翻弄することを得意としている。
だが、それ故に、その剣の一撃は軽くなる。
軽い一撃でも、それを積み重ねていけば、いつかは相手を倒すことができるだろう。
しかし、それには的確に攻撃を当て、また相手の攻撃を避け続ける集中力が必要となる。
「はぁっ、はぁっ……ま、まいったな……」
緊張から吹き出た汗の滴は、床に黒い染みを作っていた。
「せめて……もう一度〈炎の矢〉が撃てれば……」
だが、まだまだ修行の身であるシェイルにとって、魔法は精神の力を激しく消耗する。
これ以上魔法を使えば、気絶さえしてしまうだろう。
「やっぱり、剣で倒すしかないか……」
シェイルは、愛用の小剣を握り直した。
ゴブリンシャーマンは、そんなシェイルを睨む。
「グウウ……オマエ、キライ! 弱イクセニ、ウルサイ!」
「こ……このっ、まだ弱いって言うかーっ!!」
「ダカラ……コノ戦イ、モウ終ワラセル!」
そう言って紡ぎ出す、ゴブリンシャーマンの精霊語にシェイルの顔色が変わった。
「それは……光の精霊を呼び出す呪文!?」
かざした手の上に、青白い光が集まってゆく。
「げーっ!? そんなのが使えるなんて……精霊使いの腕は、あたし以上じゃん!」
ウィル・オー・ウィスプ、それは淡い光を放つ光の精霊だ。
その青白い輝きにより、周囲を照らすことができる。
呼び出された光の精霊は非常に不安定で、物質に触れると崩壊して衝撃波を発生する。
その性質を利用し、戦闘時には相手にぶつけて攻撃することが可能だった。
(――と、その戦闘時の使用っていうのが、目の前のコレなのよね……)
青白い鬼火となった光の精霊を見つめるシェイル。
その背中を、冷たい汗が伝ってゆく。
ゴブリンシャーマンは、完成した光の精霊を自分の傍らに待機させた。
青白い輝きが、部屋を染め上げる。
「や、闇の妖魔が、光の精霊を使うなんて、そんなの反則なんだからっ!」
「グフフ、何トデモ言エ……」
全く気にする様子のないゴブリンシャーマン。
もちろん、反則などということはない。
「サア、受ケテミロー!」
ゴブリンシャーマンが精霊語を叫ぶと、ウィル・オー・ウィスプはそれに応えるように空を切って飛んだ。
シェイルは、とっさに顔の前で腕を交差し、衝撃に耐えるよう身構える。
光の精霊がその腕に触れ、そして弾けた。
「キャアアアア――ッ!!」
その瞬間、体を貫く衝撃波。
痛い!!
などという、生易しいものではない。
それは、心臓が止まりそうになるほどの強い衝撃だ。
「かっ……」
シェイルは大きくのけぞった後、ガクッと片膝を付いた。
「かはっ……!」
息の塊が、口から飛び出す。
止まり掛けた心臓が急激に動き出し、それと共に全身から汗が一気に噴き出した。
「く……ううっ……こ……これは、シャレにならないって……」
「ホゥ? マダ生キテイルトハナ! 小娘ノクセニ、ヤルジャナイカ!」
「そ、そりゃ、どうも……」
シェイルは、引きつった笑みを見せた。
「ナラバ……褒美ニ、モウ一発オミマイシヨウ!」
「そ、そんなご褒美、いらないってー!!」
「遠慮スルナ……」
ゴブリンシャーマンは精霊語を紡ぎはじめる。
それに呼応し、再び光が集まりだした。
「今度ハ、俺ノチカラ、全テヲ注ギ込ンデヤル……先程ノヨウニ、優シクハナイゾ!!」
「さっきのも、十分優しくない――っ!」
宙にその姿を現す光の精霊。
姿も輝きも、前回のそれとは比べ物にならないくらい大きい。
今の体力であんなものを受けた日には、確実に死は免れない。
「や……三回くらい死んでも、オツリが来るかも……」
シェイルはつぶやく。
ゴブリンシャーマンは、形成された光の精霊を先ほどと同じように傍らに待機させた。
部屋が、再び青白い輝きに包まれる。
「サァ、小娘……死ヌ覚悟ハ、デキタカ?」
「『まだ』って言ったって、どうせ待ってくれないくせに!」
「……ソノ通リダ!」
ゴブリンシャーマンの目が、狂気に染まった。
(――でも! あたしは、こんな所で死ぬわけにはいかない!)
その目を、正面から睨み返す。
(何か方法はない!? 何かっ!!)
そのとき、シェイルの瞳に映ったものは――
一方、ゴブリンシャーマンは得も言われぬ戸惑いを感じていた。
目の前の小娘は、死を直前にしても瞳から光が消えることはない。
それが、ゴブリンシャーマンの心に焦りと苛立ちを生み出していた。
「キシャァァァ――ッ!!」
ゴブリンシャーマンは吠えた。
心に芽生えた畏怖の念を吹き飛ばすために。
常識的に考えてみれば、この状況から逆転できるわけがない。
自分の有利は何も変わらないのだ!
「キシャァァァ――ッ!!」
(コイツ……怯えてる?)
シェイルは、吠えるゴブリンシャーマンの心内を敏感に感じ取った。
(よーし……!)
「トドメダ、小娘――ッ!!」
ゴブリンシャーマンが手を振り上げた瞬間――
「今よっ!」
シェイルの声を受け、白い影が跳ぶ。
それは、ルナルナだった。
開け放たれた檻から脱出したルナルナが、後からゴブリンシャーマンの腕に噛み付いたのだ。
「イギャーッ!? ハ……離レロッ!」
シェイルの瞳に恐怖を感じていたゴブリンシャーマンは、腕に伝わる痛みに敏感に反応する。
必要以上に激しく腕を振り、ルナルナを無理やり引き剥がす。
吹き飛ばされたルナルナは、空中で半回転し、上手く着地を決めた。
そして、再び飛びかかれるよう低い体勢で構え、牙をむき出し、うなり声を上げる。
「コ……コノ犬メ――ッ!!」
ゴブリンシャーマンが、怒りの視線を向けた。
「あなたの相手は、あたしよっ!」
その瞬間、背後から響く声に、ゴブリンシャーマンは驚き振り返る。
そこにはシェイルがいた。
「はあっ!!」
素早く迫ったシェイルは、気合いの声と共に床を強く踏み込む。
それと同時に、低い体勢から肩当てでの体当たり。
「アヒッ!!」
突進と踏み込みの力を加えたその肩は、ゴブリンシャーマンの体を“く”の字に折り曲げ吹き飛ばす。
「コ、小娘ェェェ!!」
ゴブリンシャーマンが吹き飛んだ先、そこには自らが呼び出した光の精霊がいた。
次の瞬間起こる、まばゆい閃光と凄まじい衝撃。
「ギャアアアア――――――ッッッッ!!」
断末魔の叫びが、辺りに響き渡った。
「や……やった! やった――っ!」
シェイルの顔に笑顔が戻る。
衝撃波でボロボロになったゴブリンシャーマンは、もうピクリとも動かない。
「あたし……勝ったんだ――っ!」
「ワンワンワン!」
感動に震えるシェイルの元に、ルナルナが走り寄る。
「ルナルナ、ありがとー! あなたのおかげで勝てたよーっ!」
満面の笑みで抱き上げるシェイル。
その顔を、ルナルナは嬉しそうに舐めた。
「あははははっ、こらっ、くすぐったいってー!」
一人と一匹はじゃれあって、戦いに勝利したこと、そして生き残れたことを喜んだ。
(温か~い……生きてるっていいな……)
しばしの間、腕の中の温もりに酔いしれた後、シェイルはルナルナを高く持ち上げた。
お互いの目と目が合う。
「さぁ、帰ろうかっ!」
「ワンッ!」
会心の笑みを浮かべるシェイルに、ルナルナも嬉しそうに答えた。
そのとき……
「マ……マテ……小娘……」
そこには、傷だらけの体で必死に立ち上がるゴブリンシャーマンがいた。
「ま、まだやろうって言うの!?」
だが、その体は、もはや戦える状態ではないのは明らかだ。
「オ前……弱イクセニ……強カッタ……」
「どういう意味よ、それ……」
「ダカラ……オ前ニ……イイモノ……ヤル……」」
ゴブリンシャーマンはシェイルたちに背を向けると、痛む体を引きずって歩き出した。
「いいもの?」
シェイルは首を傾げた。
「いいものって、何だろねー?」
腕の中のルナルナと、顔を見合わせる。
「あっ、まさか……トカゲのシッポとかって言うんじゃないでしょうね!」
眉間にシワを寄せるシェイルが見守る中、ゴブリンシャーマンは壁ぎわへと辿り着いた。
ゆっくりと振り返った、その目が赤く輝く。
「オ前ニヤルノハ……コレダ――ッ!!」
叫ぶやいなや、ゴブリンシャーマンは後ろ手で壁を強く叩いた。
壁の一部分が、中にめり込む。
と、同時に足に伝わる、不気味な振動。
次の瞬間、シェイルの足元の床が、パックリと口を開けた。
「えっえっえっ!?」
突如として足元に広がる深い闇。
それが落とし穴だと気付くのに時間はかからなかった。
「ダ、ダマしたわね――っ!!」
支えるものがなくなった体は、真っ逆さまに穴へと落ちてゆく。
「きゃ――――――っっっ!!」
「グフフ……コレデ……引キ分ケダ……」
ゴブリンシャーマンはそう笑うと、壁にもたれたまま動かなくなった。
「いや――っ!!」
ルナルナを小脇に抱えたまま、穴を落ちてゆくシェイル。
いったい、どれくらい深い穴なのか想像もつかないが、このまま落ちれば潰れたカエルのようになって死ぬことは容易に想像ができる。
「あたしに……そんな趣味はないっ!!」
シェイルは、右手の小剣を逆手に持ち替え、体を横に回転させる。
「たぁっ!!」
そして、渾身の力を込めて、横の岩壁へ小剣を突き立てた。
良く手入れされた自慢の小剣は、岩肌に深々と突き刺さる。
その瞬間、ガクンッ! と、腕に伝わる激しい衝撃。
「うああああああっ!!」
肩の関節が抜けそうになる痛みに、その口から叫び声が上がる。
落下してゆく体を、右腕一本で受け止めようというのだ。その衝撃は半端なものではない。
しかし、落下はまだ止まらない。
ここの地層は、思ったより柔らかいようだ。
岩盤を切り裂いて、シェイルたちは落ち続ける。
「ま……まだまだっ!!」
小剣を引き抜き、再び岩壁に突き立てる。
その度に肩と腕に襲い来る、激しい痛み。
「で……でも、あたしは諦めないっ!!」
三回目の突き立て。
それは岩壁の固い部分に突き刺さった。
例の、ガクンッ! という強い衝撃が突き抜けるが、その後、体が落下することはなかった。
思わず、口からため息が漏れる。
「ク~ン?」
「あはは、もう大丈夫だよっ!」
心配そうな腕の中のルナルナに、シェイルは痛む右腕をこらえて笑ってみせた。
「さて……なんとか止まったけど、これからどうしようか?」
シェイルは下を見た。
底はまだ見えない。
頭をかきむしりたい衝動に駆られるが、両手が塞がっている今は、さすがに我慢する。
そのとき、不意に……
ピキッ!
という甲高い音が響き渡った。
「ん~? ピキッ?」
シェイルは、音のした方に目を向ける。
その音は……ご自慢の小剣から聞こえていた。
「えっえっえっ、まさか、まさかっ……!?」
シェイルは、目を凝らして刀身を見つめ――
そして、そこに入った亀裂を見つけるのだった。
「え――――っっっ!?」
悲鳴を上げるシェイルの目の前で、パキィッ!! という音を立てて刀身は砕け散る。
「またぁぁぁぁぁ――――っっっ!!」
「キャイ――――ンッッッ!!」
一人と一匹は、叫びながら落ちてゆく。
そして、盛大な水音と共に、巨大な水柱が上がった。




