最強の剣
※強引ですが最終回です。書く気が起きればまた書きます。
十剣物語 最終話(暫定打ち切り最終回)
【1】
倫世は予想以上に強かった。
あっという間に、日本刀、銃剣、霊剣を集めてしまった。
十剣のうち、4本を手に入れてしまったのだ。
おそらく、倫世は、近いうちに、私たちを襲撃しにくるだろう。
なぜなら、私たちは、十剣のうち5本を所有しているからだ。
レイピア、宝剣、包丁、魔剣、そして手刀。
私たちを倒せば、一気に5本も手に入る。
倫世が狙わないはずがない。
今、私たちのいる、アイシア邸は、厳戒態勢に包まれていた。
周囲を大量の警備員で監視し、アイシアのまわりには、私をはじめ、
愛純やイルファも、それぞれ包丁と宝剣をかまえながら待機していた。
さらに、そのまわりは、黒スーツの護衛たちが取り囲んでいる。
それだけ厳重な警備態勢を敷いていても、倫世に勝てるかどうか、わからない。
だが、やるだけのことはやっている。
これで負けても悔いはない……なんて思うわけがない。
負けたらどうなるのだろう?
十剣で斬られても死にはしないけど、痛みはあるんだよね?
想像しづらくて、なんか凄く怖い。
まあいいや。なるようにしかならないよね。
私はある意味、悟りの境地に達していた。
これが……ニルヴァーナ(涅槃)ってやつか。
しかし、そのニルヴァーナ(涅槃)は、あっけなく崩壊した。
警備員からの情報によって。
「門が突破されました」
「倫世と思われる幼女が大剣で、警備員を次々とペシャンコに…」
とうとう来てしまった。最強最悪の幼女が。
アイシアは「これだけの人数でかかれば大丈夫ですわ」と言っているが、
それはどう見てもフラグにしか聞こえない。
事実、警備員からの通信は、次々と途絶えていった。
戦況は思わしくない。
気がつけば、警備員たちの声は、もう聞こえなくなっていった。
「お嬢様、これはまずいのでは…」
護衛の一人が、弱音を吐く。
アイシアは怒った。
「相手はたかが幼女1人。
こっちは大人が20人以上いるのですわ!
いくらなんでも、負けるわけがありません!」
肩を震わせている。興奮しているようだ。
武者震いというやつか。
あの落ち着き払ったアイシアでも、感情を隠せないようだな。
アイシアは、右手に持ったレイピアをぎゅっとにぎる。
レイピア。十剣のうちの1つ。相手を素早く突き刺す剣だ。
「そんなに興奮しないでよ、アイシア。
倫世っていう女の子を1人倒せば、一気に剣が4本も手に入るんでしょ?
これは願ってもいないチャンスね」
イルファはずいぶん余裕の表情だ。
イルファの手には、華美な装飾がほどこされた「宝剣」がにぎられている。
宝剣も、十剣の1つである。なお、切れ味はない。
切れ味は無いが、高く売れる。億円はくだらない。
戦闘用としてはまったく使えないが、宝剣には素晴らしい能力がある。
宝剣の美しさで、相手を魅了し、動きを止めてしまう。
倫世の動きを止め、その間に、ボコボコにすればよい。
素晴らしい作戦だろう。
「でも、油断してはダメよ。
相手は、もう何人もの剣士を倒した強敵だし。
そんなに甘い相手じゃないわ…」
愛純は、真剣な顔をして、包丁をにぎりしめる。
包丁。
これも十剣のひとつだ。
刀身が短いので、投げて相手を刺すことができる。
ブーメランのようにも使える。
なかなか優秀な剣だ。
……で、この人を刺した包丁は、料理にも使っているんだけどね。
それだけはやめてくれよ…(泣)
「花純。大丈夫? 顔が青いけど」
愛純に問われ、私は我にかえる。
ああ、そうだ。
私も一応、剣の使い手なんだけど、まったく戦えないんだよね。
なんで私はこの場にいるんだろう…?
みんなと一緒にいないと、誰も守ってくれないからだ。
手刀。別名、ただの空手チョップ。それが私の持つ剣の名前。
信じられないことに、これは十剣のひとつだ。
どうしてこうなった。手刀=剣というジョークなのか。
シャレになってないと思う。
事実、この手刀で、敵を倒したことは一度もない。
もちろん、倫世とかいう大剣幼女と戦っても確実に負けるであろう。
手刀VS大剣である。つぶされて終わりだ。
正直勝てないし、怖い。アイシアとイルファと愛純に頼るしかない。
だが、双子のきょうだいである愛純には、あまり心配をかけたくない。
私は笑顔で答える。
「だ、大丈夫だよん」
語尾が少しおかしくなってしまったが、少し緊張したからだ。問題ない。
「花純は私が守ってあげるからね。ぎゅーっと♪」
愛純は包丁を持ったまま、私に抱き着いてくる。
愛純の包丁が、私の頭に迫る。
ひぃ! うれしいけど、お願いだから包丁はおろしてくれ…。
刺さりそうだ。
「愛純! 花純に抱き着くなら私にも抱き着いてよ!」
イルファは叫びながら、私と愛純の間に割って入る。
イルファは愛純が好きだ。だから、私と愛純がイチャついていると、
ちょっかいを出してくる。なんか嫉妬深い娘だ。
まぁ、嫉妬深いのは仕方ない面もあるが。
私と愛純とイルファは、幼いころから、三角関係のような日常を送り続けていた。
いつまでもそんな日常が続くと思っていた。
だが、無残にも本日、その日常は終わるかもしれない。
そして日常は殺される。
とうとう現れた。
最強最悪の幼女、倫世が…。
私たちのいる大広間の扉。
蹴ろうが殴ろうがびくともしない、大きな扉。
それはあっけなく砕け散る。
大剣によって、破壊される。
破壊されつくして、ぼろぼろの扉の奥から、現れた、その小さな女の子。
異様な姿だった。
右手には、2mを超えるであろう大剣。
背中には、今まで獲得した3本の剣を、カゴに入れて背負っている。
自分の体重を超えるであろう、4本もの剣を持ちながら、
その表情は余裕しゃくしゃくで、まるで敗北の味を知らないかのようだ。
ああ、こんな相手と戦うって、マジなんですかね…。
私はもう逃げたいです。
「撃て!」
黒スーツの護衛たち約20名は、倫世に向けて一斉射撃を行った。
幼女相手にも容赦しなかった。ためらいもなく撃った。
何百名といる警備員が、あっさり突破されたのだ。
護衛たちも、必死になるしかなかった。
何十発の弾丸は、倫世にまったく命中しなかった。
狙いが外れたわけではない。
すべて大剣で弾かれた。
倫世は、まるで自らの手足のように大剣を振り回し、弾丸を跳ね返した。
「う、嘘だろ…」
最前線にいる護衛の1人があぜんとする。
そのスキを倫世は見逃さない。
気が付いたころには、護衛は、大剣で吹っ飛ばされていた。
護衛の隊列は乱れた。
護衛の人たちも、そうそう弱いわけではない。
格闘や銃を駆使して、倫世に立ち向かったが、手も足も出ず、敗北した。
倫世は、残った私たちを見て、にやりと笑う。
「あとはお姉ちゃんたちだけだよ。
ね? 早く剣をよこして。
そうしたら、痛いことはもうやめるから」
倫世はにやにや笑いながら、こちらに近づいてくる。
「…そう簡単には負けてあげませんわ」
アイシアはレイピアをつきつけ、倫世をにらむ。
「どうして? お姉ちゃんたちは倫世には勝てないよ?
そんなに十剣の願いを叶えたいの?」
「ええ。叶えたいですわ」
「特にそこの金髪のお姉ちゃん。
お金持ちだし、頭もいいんでしょ。
叶えたい願いなんてないでしょ? どうして十剣を集めるの?」
「世間的に見れば、財閥令嬢である私は、恵まれているでしょうね。
でもね、倫世。
私にも使命があるのですわ。
それは…我が財閥を没落させないこと。
名門の家に生まれても、大恐慌や、社会情勢の変化、
大きな戦争に巻き込まれたりすれば、
あっさりと没落するのですわ。嘘ではありません。
私は、財閥を守らなければなりません。
願わくば、我が財閥の、未来永劫の繁栄。それが叶えたい願いですわ」
知らなかった。
たしかにアイシアはお金持ちで、大きな会社を経営していて、剣も強い。
叶えたい願いなんて、無いと思っていた。
でも、それが今、さらけ出された。
お金持ちでも、やっぱり悩みがあるんだなぁ…。
「……倫世、そのお願い事、よくわかんない」
「お金持ちも、運が悪いと貧乏になるということですわ」
「ふうん…? そうなんだ。
じゃあ倫世のお願いごとも聞いてくれる?
ずっと、ずっとこのまま戦い続けることが、倫世のお願いごとなの。
それを叶えたいから、お姉ちゃんたちには負けてもらうね」
倫世は大剣を振りかぶる。
「イルファ! 宝剣を!」
アイシアは、イルファに宝剣を使うよう指示した。
宝剣の特殊能力は「魅了」。
魅了の力によって、相手の動きを止めることだ。
イルファは宝剣を振りかざす。
すると、宝剣から怪しげな光が放たれる。
この光に感化された人間は、宝剣の魅力に心をつかまれ、
動きが止まってしまうのだ。
いくら倫世と言えども、宝剣の魅力には、かなわないだろう。
これで戦いはおしまいだ。
「……甘いね」
倫世は大きな鏡を取り出すと、イルファの宝剣に向けた。
宝剣の怪しげな光は、鏡で反射し、イルファにそそがれる。
あっ。そんなバカな。
宝剣が対策されただと…!?
「か、鏡、だと…」
私はがくぜんとして、その言葉を言うだけで精一杯だった。
「ああ、宝剣って、ほんとにきれいで、美しい…。すりすり…」
宝剣の魅力にとらわれたイルファは、宝剣を頬ずりする。
目がハートマークになってて、完全にいっちゃってる。
倫世は、そんなイルファにゆっくり近づき…。
ぐしゃっ。
イルファの体は、大剣に押しつぶされてしまう。
死んだわけではないだろうが、まともに直撃していて、とても痛そうだ。
「ああっ! イルファ!」
愛純は嘆く。
「宝剣ゲット」
倫世は、宝剣を拾うと、背中のカゴに入れた。
「じゃあ次はどれにしようかなー? レイピアか包丁か。
それとも…手刀にしようかな?」
倫世は、ぎろりと、私をにらみつける。
いいか、手刀はやめとけ。
レイピアか包丁にしておけ。
自己中な考えが、私の頭をかけめぐる。
「奥の手を使うしかないですわね」
アイシアがつぶやく。
え? 奥の手? 初めて聞きました。
どんな奥の手なんですかね…
「九郎! 出てきなさい!」
え? 九郎?
そのとき。
倫世の背後からゆっくりと現れる、謎の人影。
やがてその姿があらわになる。
仮面をかぶった謎の男。
その手には、十剣の1つである「魔剣」がにぎられている。
「石川九郎。その幼女を倒してしまいなさい」
「……」
石川九郎と呼ばれた男は、魔剣を構え、倫世にじりじりと近づいていく。
「あの男の人、誰なの?」
愛純が当然の疑問を口にする。
誰なんだって? 私は知っている。
あの男は、石川九郎。
もともとは銃剣の使い手だった男だ。
外人が嫌いで、銃剣を使って外人を排除したりしていた。
おそらく十剣を集めるのも、外人を排除する目的だろう。
だが、そんな彼はアイシアに敗れ、行方不明になった。
そのあとの消息は私も知らない。
「……九郎という名前の男ですわ。
排外主義者で、いけすかない敵でした。
ですから、私が再教育して、手足として操ることにしたのですわ」
恐ろしいことを言う。
おそらくあの謎の仮面で、九郎を操っているのだろう。
そうとしか言いようがない。
アイシアは、普段は優しいけど、敵対者にはえげつない。
「九郎! 魔剣で倫世を裸にひんむいてやりなさい!」
魔剣の特殊能力は、言うのも恥ずかしいが、衣服を破ることだ。
アイシアも裸にひんむかれてしまい、敗北したことがある。
裸になった羞恥から、戦意を奪ってしまおうという作戦だろう。
しかし、あんな小さい女の子を裸にしたところで、恥じらって戦意を無くすだろうか?
九郎は無言で、倫世に近づき、魔剣で斬りかかる。
だが、そう簡単に当たるわけでもない。
ひょいひょいとかわされる。
倫世は、背中に5本の剣を背負い、右手に大剣を装備している。
自分の体重より重いはずだ。
いったい、そんな重装備しているのに、どうして回避力が高いのか。
体の鍛え方ハンパないと思う。本当に人間なのだろうか?
「苦戦していますわね…。
愛純。私たちも戦いますわよ」
「わかったわ」
アイシアと愛純はそれぞれ剣を手に取り、倫世に斬りかかる。
レイピアが倫世の肩を狙い、
包丁が倫世の首筋を狙い、
魔剣は体全体を狙う。
が、どれも当たらない。
弾かれるか、かわされるか、致命的なダメージは与えきれない。
ぶわっ!
倫世の大剣が大きく振り回され、アイシアたちが一気に吹っ飛ばされる。
尻餅をつく。
倫世は、1対3という不利な状況に関わらず、笑顔を見せている。
焦りも恐怖もなく、ただ楽しんでいるようだった。
すでにこの時点で勝負は見えていた。
私が気づいたころには、倫世のまわりに、アイシアたちが倒れていた。
「あとは、お姉ちゃんだけだね」
「……」
倫世は大剣をひきずりながら、私のところへ近づいてくる。
恐怖のあまり、声も出ない。
もう逃げるしかないと思うが、どこへ逃げればいいのか、皆目見当もつかない。
「倫世が怖い? でも怖がる心配はないよ。
だって、お姉ちゃんは……」
「?」
「お姉ちゃんは、私だもの」
【2】
「お姉ちゃんは、私だもの。
って、言ったけど。
…何を言っているかわからないよね?」
そのとおりだ。倫世が何を言っているのか、わからない。
私と倫世に、何の共通点も見いだせない。
きょうだいでもないし、血のつながりもあるとは思えない。
「大丈夫。何も怖いことは無いよ。
お姉ちゃんと倫世は、もともと、ひとつだったんだから。
それがまたひとつに戻るだけ」
倫世は大剣を置く。
戦うつもりは無いらしい。
私の目の前まで、倫世は近づく。
「その右手……手刀だよね。
ううん。本当の姿は手刀じゃないよ」
「本当の姿…?」
「そう。今の手刀は、ただの抜け殻。
ただの手。剣じゃない。
でもね…。
倫世とひとつになることで、凄い剣に生まれ変わるの」
「あなたは……人間じゃないの?
何者なの…?」
「ふふふ」
倫世は笑うばかりで、答えない。
私は怖くなり、一歩、一歩と後ずさる。
背中が壁にぶつかる。
これ以上、もう逃げ場はない。
「お姉ちゃん、倫世とひとつになろう」
倫世の指が、私の顔に伸びてくる。
その指は、私の心の奥にまで、潜り込みそうなほど、小さくて細かった。
もし倫世と私がひとつになったら、どうなるというのだろう。
想像が及ばなかった。
「痛っ!」
倫世の顔が苦痛にゆがんだ。
よく見ると、包丁が倫世の腕に突き刺さっていた。
愛純の包丁だ。
「花純! 逃げて!」
愛純はよろよろと体を動かす。
最後の体力をふりしぼって立ち上がり、包丁を投げたのだろう。
「…少しはやるようね」
倫世は腕から包丁をぐしゅりと引き抜く。
「倫世を怒らせると怖いよ?」
倫世は包丁を、愛純に向かって投げようとした。刺すつもりだ。
「愛純! 危ない!」
私の叫びもむなしく、包丁は投げられる。
愛純に突き刺さってしまう。
私は怖くなり、目を閉じる。
金属音。
金属同士がぶつかるような音だ。
おそるおそる目を開ける。
愛純に包丁は刺さっていない。
「何者か」が、愛純の前に立って、愛純を守ってくれた。
「か、母さん……!?」
愛純の前には、私の母親がいた。
母は、十剣の使い手だ。
そして十剣のひとつ「ハサミ」を持って、包丁を叩き落としたのだ。
「……苦戦しているようね、花純、愛純」
母はそう言うと、ハサミをくるくると回す。
「……十剣の使い手ね?」
倫世は問いかける。
「ええ。私はハサミの使い手よ。
まぁ、このハサミは、昔は二刀流だったんだけど、
力が強すぎたから、ハサミで抑えられてるのよね」
「ふーん。手刀と同じだね」
「そうよ。魂さえ込めればね。
手刀だって、同じように、魂を込めれば、ちゃんとした刀になるわ」
魂? それを込めれば、手刀やハサミみたいな、一見役立たなさそうな剣を、
強化して使えるようになるというのだろうか?
「倫世。あなたは人間の女の子じゃない。
手刀の魂。それがあなたの正体」
「……」
倫世は答えない。表情は冷たいままだ。
「手刀の魂は、とても荒々しい。
戦いを好み、もっともっと強くなろうとする。
犠牲を何人出しても、それは収まらない。むしろどんどん戦い、殺していく」
倫世が、手刀の魂部分。
それを聞いて、私は驚愕した。
目の前の女の子は、人間ではない。
魂が、人間の形となって具現化した姿なのだ。
とても信じられないが、そういうことだ。
もし倫世と手刀が結びつくと、いったい何になるのだろう?
「手刀と魂が結びつくと、そこに生まれるのは『死刀』(しとう)。
その刀の威力は恐ろしく、何人もの命を奪った。
凶悪すぎるので、手刀として封印されたという、忌まわしき刀よ。
倫世は手刀と一つになることで、より強い力を得ることができるの」
「そうだよ。倫世は、そこにいる花純お姉ちゃんと、ひとつになるために
ここに来たんだよ。もっと強い力を得て、ずっとずっと戦い続けたい」
「それだけは許さないわ。この島を守るために、
倫世。あなたを野放しにするわけにはいかない」
「倫世と戦うっていうの? おもしろい。止めるなら止めてみてよ」
倫世は大剣を拾い上げ、ゆっくりと母に近寄っていく。
母は、無言でハサミを構える。
母は、私に呼びかける。
「花純! 十剣神社に逃げなさい!」
どうして十剣神社に逃げるのか。
その疑問を明かす間もなく、母と倫世は戦闘を始めた。
ハサミと大剣がぶつかり合う。
金属音が響く音を背に受けながら、私は、この場をあとにすることにした。
逃げる。逃げる。逃げる。
逃げるしかない。
母は、おそらく負けるだろう。
大剣とハサミというだけでも、不利なのは明らかだ。
十剣神社に行けば、私が助かる術は見つかるのだろうか?
倫世を倒す力を得られるのだろうか?
すべてが謎に包まれている。
とはいえ、それしかもう望みが無い。
私は、靴がおかしくなるくらい、全力で走り続けた。
【3】
「あ、起きましたね」
目を覚ます。
私の視界には、見知らぬ天井が広がっており、
その片隅には、見知った女性の顔が映りこんでいる。
十剣神社の主である、小夜さんだ。
ということは、ここは…。
「こ、ここは……」
「十剣神社ですよ、花純さん」
小夜さんは、赤ちゃんをあやすかのような、優しい声で答える。
「花純さんは、十剣神社の前で倒れていました」
「そうですか…」
走りつかれて、倒れたのだろう。
たしかに、十剣神社が見えてきたところまでは、記憶に残っている。
私は、今まであったことを、小夜さんに伝えた。
「そうでしたか、やはり、あの倫世という子は…
人間じゃなかったのですね」
「はい。倫世は、手刀の魂だそうです。
手刀と魂が融合すると、恐ろしい『死刀』になる。
そう母親から告げられました」
「まぁ、恐ろしいことですね」
小夜さんの口調はゆったりしているので、なんだか緊張感に欠ける。
これでも小夜さんとしては深刻なつもりなのだろう。
「小夜。その話、私にも聞かせてよ」
ふすまが、ガラガラと開き、巫女さんが入ってくる。
「あ、くろちゃん…」
「人前でくろちゃんは止めてって言ってるでしょ。
私には黒鶴って名前があるんだから」
黒鶴さん。十剣神社の巫女さんだ。
小夜さんのライバルでもあるのだが、仲が良いのか、悪いのか、判断しづらい間柄だ。
神社の後継者争いで、小夜さんと黒鶴さんは仲たがいしていたが、
結局、二人とも倫世に敗れたことで、うやむやになってしまっていた。
「で、花純ちゃん。
どうして神社に倒れていたの?」
黒鶴さんに訊かれ、私は、今まで起きたことを伝えた。
「……なるほどね。
十剣のうち、9本が、倫世に取られたと。
で、残る1本は、花純の持つ手刀のみ……」
「はい」
「これはもう倫世を手刀で殴るしかないわね」
「いや、無理ですって……。
私より強い人たちが倒されているんですよ。
それに、私の手刀と、倫世がひとつになることで、
凶悪な『死刀』になるんですよ。
もしそうなったら……何が起きるのか、私にもわかりません」
「そこは心配する必要はないわ。
…小夜。あのことを説明してくれる?」
黒鶴さんは、小夜さんに説明を促す。
「あのこと」ってなんだろう?
「これは最近わかったことですが……。
十剣のひとつ『死刀』は、たしかに実在していました。
それをかつて操っていたのは、小さな女の子だったようです。
あまりに多くの人を殺したため、死刀は女の子ごと封印されました。
その封印の場所が……ここ、十剣神社なのです」
「死刀は封印されてたんですか!?」
「はい。どうして封印が解かれたのか、私にもわかりませんが……
それはこれから判明していくでしょう。
それより、今は倫世ちゃんを倒す方法を教えなければなりません」
「倒す方法があるんですか?」
「はい。倫世ちゃんはこの十剣神社で封印されました。
ですから、この十剣神社は、倫世ちゃんの力を弱める効果があります。
十剣神社におびきよせて、手刀で倒すのです」
「いくら倫世が弱体化しても、私の手刀で倒せるとは思えません…」
「そこは大丈夫ですよ。
空手の先生を呼びましたから」
空手の先生……?
なんだか嫌な予感がする。
まさか私に今から空手を習い、手刀で敵を倒せとか言うのだろうか。
やめてくれよ。
「花純さんには、今から空手を習って、
手刀で倫世ちゃんを倒せるようにしてもらいます」
ほぼ最悪のシナリオじゃないか。
逃げていいかな?
……いや、だめだ。
十剣神社から出たところで、倫世の餌食になるだけだ。
腹をくくって、頑張るしかない。
「空手の先生は、誰なんですか?
というか、そんなに都合よくいるんですか?」
「いますよ。えーっとお名前は……」
「俺のことを呼んだか?」
小夜さんの横に、いつの間にか、変な男がいた。
「さ、佐藤隆弘…!」
佐藤隆弘。十剣のひとつ「日本刀」を操る男。
しかし日本刀はすでに倫世の手中だ。
最近行方不明だったが、まさか空手の先生をしていたとは…。
日本刀が使える人は、空手も操れるのだろうか?
しかし、この佐藤とかいう男には、嫌な思い出しかない。
私の手刀を狙って、変態的な追いかけ方をしたからだ。
道端で「君が欲しい」とか言って日本刀振り回したり、
私の家に押しかけて勝手にカレーを食べるし、さんざんな目にあった。
とっさに、私は警戒の姿勢をとる。
「花純、そう硬くなるな。
俺は、空手を手取り足取り教えるだけだ」
手取り足取りは勘弁してもらいたい。
「あと、空手の受講料は分割払いでも大丈夫だ」
お金もとるのか!?
【4】
「せいやぁ!」
ガシャーン! カワラが割れた。
何日かの特訓を積み、私はとうとう手刀でカワラを割ることに成功した。
佐藤の教え方は、思いのほか上手だった。
言動のキモさは相変わらずだったが…。
まぁ、そのたびに黒鶴さんが制裁してくれるので助かった。
「強くなりましたね、花純さん。
これなら倫世ちゃんの頭も割ることができそうです」
小夜さんはさらっとエグいことを言う。
いくらなんでも頭は割らないよ。怖いよ。
小夜さんは天然だけど、危険なことを自然とやるタイプだ。
「え、えぇ……でも、本当にこれで勝てるんでしょうか」
「ふっ。何をいまさら。俺が保障するさ。
このまま頑張れば、車も割れるし、地球も割れる」
いや、そこまでのレベルにはいきたくないんですけど…。
それよりも、倫世の動向が心配だ。
もうそろそろ、神社に来てもおかしくはない。
いつでも戦闘態勢にうつれるよう準備せねば。
……。
じっと手を見る。
私は、本当は戦いなど嫌いだ。
ましてや小さな女の子に、手刀でたたくなんて、虐待にも近い。
どうしてこんなことになったのだろう。
十剣。
すべては十剣の伝説があるからだろう。
十剣を集めれば、なんでも願いを叶うことができる。
その結果、みんながみんな己の欲望を満たすため、十剣を奪い合うことにつながった。
私は、そんな戦いには興味なかったけど、手刀を持っていた為、
無理やり参加させられたのだ。いわば私は、巻き込まれた被害者だ。
十剣を集めれば、なんでも願いが叶う。
いったい、そんなバカげた伝説に、みんな、なんの興味があるのだろう?
人間というのは、なんと欲深くて、みじめな動物なのだろうか?
十剣に限らず、人間は必ずどこかで戦いを繰り広げる。
学校でも、家庭でも、遊びでも、仕事でも。死ぬまで続く。
戦いを「競争」といえば聞こえはいいが、私のような無能にとっては疲れるだけだ。
私は、他の有能な人間を目立たせるために、存在しているわけじゃない。
この世はバカバカしい。
しかし、そんなバカバカしい戦いのひとつが、今日終わる。
私が倫世を倒すことによって。
やがて倫世は来た。
遠足に行く小学生のような、わくわくした笑顔で境内を歩いている。
そんな倫世を見ていると、神社に小学生がお参りしに来ただけのように見える。
ただひとつ違うことは――大剣をひきずっていることだけだ。
「花純お姉ちゃん、ここにいたんだね? ようやく見つけたよ」
「……」
私は、無言で倫世と対峙する。
私のうしろには、小夜さん、黒鶴さん、佐藤がいる。
彼らは手出しをしない。
あくまで、私が十剣の使い手として、倫世を倒さねばならない。
それがルールだった。
倫世の表情は、まだまだ余裕だ。
神社は、倫世の力を弱める。そう訊いたが、嘘なのだろうか。
もし、嘘だったら…。
ぞくっ。背筋が寒くなる。
もし倫世が弱体化しなければ、私は手刀で、ガチ戦闘をしなければならない。
それだけは嫌だ。
しかし、その心配も杞憂に終わった。
ゴトッ。
重い大剣が、境内の地面に落ちる。
足元に少しの揺れを感じた。
「あ……れ……?」
倫世はよろよろと、その場にひざまづいた。
「力が抜ける…?」
倫世の目から、だんだんと光が消えていく。
「か、花純、お姉ちゃん…どうして…私…」
声もうまく出せなくなってきてるようだ。
アイシアや愛純相手に暴れまわっていた、あの倫世の姿は、どこにもない。
無力で弱弱しい、小さな女の子がそこにいた。
今だ。今しかない。
私は右手の手刀を、大きく振り上げる。
これを、倫世に目がけて、振り下ろせばいい。
手刀を……倫世に当て……。
できない。
弱った女の子を、手刀でたたく行為は、やはり無理だ。
いや、お前はバカか? 何を言っている?
ここでやらないと、やられるぞ。
早くたたけ。たたくんだ。
心の中で、私と私が、激しく議論する。
「お姉ちゃん…くるしい…助けて…」
倫世は、こちらに手を伸ばし、助けを求める。
目には涙を浮かべ、きらきらと光っていた。
「倫世は…お姉ちゃんと…ひとつになりたいだけ…。
たたかないで…お願い…」
倫世は涙ながらに訴えてくる。
私とひとつになりたい。
これは本心なのだろうか?
私をだましているのだろうか?
判断がつかない。
私はどうしたいのだろう?
この小さな女の子は、私とくっついて、凶悪な死刀を復活させるつもりでいる。
この子の言う通りにすれば、私や周囲の人は大変な目にあうだろう。
だからと言って、手刀でたたいていいのだろうか?
私は、争いが嫌いだ。
攻撃するのも、攻撃されるのも嫌いだ。
だからずっと逃げ回ったり、守ってもらったりしていた。
今、この手で、人をたたくとき、それはどんな感触がするのだろう?
自分を守るために、他人を攻撃する。
正当防衛は許されるはずだ。
でも、それをきっと後悔するだろう。
一度たたいたら、もう取返しがつかないのだ。
一度たたけば、相手もたたきかえし、そして自分も叩き返す。
これがずっと続くはずだ。無限の地獄だ。
だから私は――
倫世をゆっくりと抱きしめた。
「私は、あなたとはひとつにはなれない。
でも、あなたと戦いたいわけじゃない。
どうか、それだけはわかって」
私は右手で、そっと倫世の頭をなでた。
私の右手は、手刀なんかじゃない。
優しく人をなでる、ただの右手だ。
「お姉ちゃん……お姉ちゃん……」
それが、倫世の最後の言葉だった。
気がつけば、倫世の姿は、消えていた。
どこに消えたのか、記憶がない。
ただ、あたたかな光に、包まれたような気がした。
【5】
倫世の消失により、十剣はそろわなくなった。
小夜さんが言うには、私の右手も、どうやら手刀ではなくなったらしい。
私の目から見ると、何も変わっていないようだが、小夜さんにはわかるらしい。
十剣を集めれば、なんでも願いが叶う。
だが、十剣がそろわない事態になり、十剣はその意味を成さなくなった。
十剣の伝説は事実上なくなってしまった。
やがて、私を含む関係者一同は、日常へと戻っていった。
数か月後。
私は、愛純やイルファと一緒に、朝、高校へ通学していた。
相変わらず、私と愛純が仲良くしていると、イルファが割り込んでくる、
三角関係は続いている。家の中でもそんな感じだ。
通学途中、黒塗りの高級車が、私たちの前を通り過ぎていく。
アイシアの車だ。
アイシアは、この島でビジネスを続けている。
財閥令嬢として、いかんなくその腕をふるっているようだ。
十剣に頼らず、「財閥の未来永劫の繁栄」を自らの努力でつかみとろうとしている。
未来はどうなるかわからない。でも、きっとどうにかなるだろう…
そしてアイシアの車を追いかける、不審な車もいる。
おそらくあれは、石川九郎の手下だろう。
九郎は、「自警団」なるチームを組織し、外人相手のデモや襲撃を続けている。
アイシアは大物の外人なので、かなり狙われている。
十剣のひとつ「銃剣」を失った今、九郎は、行動を過激化させている。
正直、ひどい話だと思うけど、ただの高校生である私には何もできない。
これ以上過激化しなければいいのだけど…。
そこまで考えて、いきなり声をかけられる。
「おーっす。今日も仲がいいね。3人とも」
「萠子さん」
山田萠子。金髪の女子高生で、だらだらした印象を与えるが、裏の顔は凄腕のハッカーである。
十剣の事件で知り合って以来、親交が続いている。
「愛純ちゃん! 今日もかわいいよ~!」
萠子さんは愛純に抱き着く。萠子さんは愛純が好きだ。
そして、すかさず、イルファが「こらぁ!」と割って入る。
ほほえましい光景だ。いつまでも、こんなことが続けばいい…。
え? 十剣はどうなったって?
十剣は…今は、正確には「九剣」だけど、それらは今、十剣神社に保管されている。
小夜さんと黒鶴さんが、共同で管理している。
このふたりは、相変わらず、まだ神社の後継者争いを続けているらしい。
今は小夜さんが暫定で、神社の主をつとめているが、どうなることやら。
たまには、十剣神社にも足を運んでみようかな。
空手の先生であり、日本刀の達人である、あの佐藤隆弘は、行方不明だ。
最近見かけないし、どこにいるかわからない。
神出鬼没の男だから、またどこかでふらりと現れるだろう。
会いたくないけどね。
行方不明といえば。思い出した。
私の母親も、相変わらず行方不明だ。
いったいどこに行ったのだろう?
メールは届くから、生きてはいるはずなんだけど…。
まあいいや。母は、いつもこんな感じだから。
見えないところで、私たちを守っているだろう。
そう思うことにした。
私は、右手をじっと見た。
私の手は、人を傷つける刀ではない。
泣いている人、弱っている人を、優しく慰める手だ。
手は、朝のさわやかな日差しを浴びて、やさしく輝いているように見えた。
十剣物語 終わり