監視カメラと幼女
十剣物語 第8話
【1】
こんな状況ってあるだろうか。
朝起きたら、私のベッドの中に、少女が眠りこけていた。
なんだこの女!?
初対面の私の横で堂々と寝ている。
リアルな抱き枕だろうか?
寝ぼけた目で、まじまじと見る。触る。
いや、やっぱり生身の女の子だ。
長めの黒髪。眼鏡。女子高生と思わしき制服。
でも、この女の顔つき、この制服、どこかで見たような…。
私の記憶違いだろうか。
もう一度、じっと顔と制服をよく見る。
「……ま、まさか」
思い出した。
山田萠子。金髪の女子高生ハッカーだ。
今の萠子は違う。
黒髪で眼鏡。まるで学級委員長のような姿だ。
でも、どうして私のベッドにもぐりこんでいたのだろう?
私の脳内では、回答が見つからなかった。
仕方ない。萠子を起こそう。とりあえず真相を訊かねば。
「み、萠子! 何してるの!? 起きなさい!」
私は萠子を揺すり起こす。
「んんー? あー」
萠子は寝ぼけ、とろんとした瞳で、私の顔を見つめる。
「ふぇぇ……」
まだ寝ぼけているのか、変な声を出す。
「ふぇぇ……じゃなくて。
萠子はどうしてここにいるの?」
「愛純にぃ、会いに来たんだよぉ。
そしたら、愛純がベッドで寝てたから、もぐりこんだんだよぉ~」
酔っぱらったようなしゃべり方をする。寝ぼけがひどい。
というか、私は『花純』。
『愛純』は双子のきょうだいだ。
萠子も困った奴だ。私と愛純を間違えるなんて。
双子だから似てるけど。
「あのね、私は愛純じゃなくて…」
「ねぇ、お目覚めのキスとか、どう?」
は? 何を言ってるんだこの女……むぐっ。
唇をふさがれてしまった。
萠子を引き離そうとしたが、力が抜ける。
なんか気持ちいい。
キスって、こんなふうにするんだ。
萠子の唇のぬくもりが、私の唇をあたためる。
離れられない。
お口が開いて、舌が絡み合う。
あ、やばい。やばい領域に行こうとしている。
でも止められない。
萠子はそのまま、私の上に覆いかぶさってくる。
もしかしてこのまま……
しかし、そんな都合よく進むわけがなかった。
寝室のドアが開く音がした。
誰かが入ってきたのだ。
助かった。
いや、もっとキスを続けたかった?
否定できない。
「花純、夕食ができ……きゃああああ!?」
ドアから入ってきた人物は、私たちの熱いキスを見て、悲鳴をあげた。
悲鳴の主は、エプロンと包丁を身に着けた少女。
私の双子のきょうだいの、愛純だった。
【2】
「あっちゃ~。私としたことが、愛純と花純を見間違えるなんて……」
萠子は、ベッドに座りながら、『ぺろり』と舌を出して謝った。
「……誰? この女は? 花純の彼女?」
愛純はひどく不機嫌だし、包丁までにぎっている。
さっきまで料理を作っていたのだろう。
でも包丁を持ってくるのは、やめてほしい。怖いから。
私と萠子がキスをしていた為か、嫉妬しているのだろう。
誤解なんだけど、当面許してくれなさそうだ。
「この子は山田萠子。私の知り合い。
愛純と会いたくてここに来たらしいけど、
今日は間違えて、私に…キ、キスしたっぽい」
キスを言うのが恥ずかしくて、少しどもってしまう。
萠子は、愛純が好きらしい。
少し前、私が愛純の写真を見せたところ、一目ぼれしたからだ。
愛純は、そんな萠子のことは知らない。今日が初対面だ。
「山田萠子です。初めまして。愛純ちゃんが好きです。
私の、彼女になってください」
初対面で告白するのかYO!
頭大丈夫か、この女は。
「ごめんなさい。私、女の人とはつきあえません」
愛純はきっぱり断った。
「でも、花純とつきあうのも許しません。
花純は、私のものだから」
愛純はそう言って、私にしっかり抱き着く。包丁を持ったまま。
包丁が私の顔に迫る。
おおい! 危ないから包丁は置けって!
「そっかぁ。双子同士、仲がいいね。
でも困るんだよねぇ。
この前、花純ちゃんに、ハッキングのお仕事を頼まれたとき、
報酬を愛純ちゃんにするって約束したんだけど」
あっ。まずいところを突かれてしまった。
たしか、萠子にハッキング仕事を依頼するとき、
お金がないので、報酬を愛純にしてしまった。
「私が報酬? 花純……どういうこと?」
愛純の顔つきが鬼のようになり、包丁をちらつかせる。
「せ、説明するから包丁をおろしてくれ!」
「もういい。あとで聞くわ。早く夕食を食べに来なさい」
愛純は怒って、部屋を出て行ってしまった。
【2】
夕食の席には、アイシアがいて、いきなりこう話した。
「萠子は、仕事のために雇ったのですわ。
ちょっと彼女の手が必要なことができてしまって」
何の仕事だろう?
「ハッキングの仕事ですわ。
島内の監視カメラ全部に、ハッキングをしてもらいたいのですわ」
なんでそんなことを・・・。
疑問に思う私に答えるかのように、アイシアは続ける。
「十剣を効率的に集めるためですわ。
剣を持った人が、どこにいるか、把握するために
島内全域の監視カメラを使わせてもらいますわ」
「でもアイシア…島内の監視カメラは、めちゃくちゃたくさんあるのよ。
全部見るのは無茶よ」
愛純が反論する。もっともなことだ。
私たちの住む場所は、いくら島とはいえ、それなりに広い。
街中の監視カメラは、外だけでも、数千台はくだらないだろう。
「そこは心配いらないのですわ。
剣を持った人が監視カメラに映ると、アラームが鳴るようにしているのですわ。
ずっと監視カメラの映像を見る必要は、無いのですわ」
へぇ。ハイテクだなぁ。
と感心していると、萠子が口を開く。
「監視カメラの映像見てみようか? ほら、モニター用意して!」
夕食テーブルの横に、大型テレビモニタが現れる。
「ふっふっふ。実は、すでに何台かの監視カメラは、私がハッキングしたわ。
ご覧あれ」
テレビモニタに、監視カメラの映像が映る。
1台目。学校の監視カメラだろうか。
校舎裏っぽい雰囲気。
人影が無い…と思ったら、教師と生徒らしき人たちが抱き合っている。
あ、これは……禁断の恋愛的なアレですよね?
「こ、こほん。教育上よくない映像が映ってますわね。
次の監視カメラ映像を出してくださいませ」
アイシアは頬を赤くして、恥ずかしそうに、画面切り替えを指示する。
意外と恥ずかしがり屋だった。
萠子は、リモコンを操作して、別の監視カメラ映像に切り替えた。
2台目。交番近くの監視カメラだろうか。
警官が眠そうな目で立っている。
警官の背後で、あきらかに泥棒らしき人物が、こそこそしているが、
警官は鼻をほじりながら、ぼやっとしている。
警官うしろ!と叫んでやりたい。
「……警察の権威を失墜させそうな映像が映ってますわね。
この映像は保存して、対国家権力用の武器にしますわ」
アイシアさん、あなたは何を言っているんですかね。
あ、国家権力をにぎりたいんですね。
聞かなかったことにしよう。
「じゃあ、次の監視カメラ映像を見せるね」
3台目。スーパーの監視カメラだろうか。
店員「店長、これ賞味期限切れですぜ」
店長「賞味期限はね、延ばせるんだよ。こんな風にね」
シールを貼り換えている。
おいこら。
4台目。大通りの監視カメラ。
車がいっぱい行きかっている。
しかし、ドライバーの目は、なんだかみんな眠そうだ。
特にトラックやバスの運転手。
不安を感じて仕方なかったので、カメラ映像を切り替える。
5台目。満員電車の監視カメラ。
みんな魚のような目で、スマホをいじったり、虚空を見つめたりしている。
見てるこっちが魚のような目になりそうだ。映像を切り替える。
6台目。老人ホームの監視カメラ。
介護者が老人をやや乱暴に扱っている。
そうかと思えば、今度は老人が介護者に乱暴しだした。
だが信じられないことに、今度は老人が老人とケンカを始めた。
そして最後は介護者同士でバトルとなっている。
ため息が出るばかりだ。映像を切り替える。
7台目、8台目、9台目…どの監視カメラの映像も、ひどいものばかりだ。
今日の夕食は、砂の味がする。
監視カメラの中にいる人たちは、
まったく監視カメラに気付いていないし、本能に任せた行動をとる。
興味本位で見るような映像ではない……。
みんな沈んでいる。夕食は、憂色となった。
気まずい雰囲気を変えるため、私は違う話題を振ってみる。
「でも、監視カメラの数って本当に多いんですね…」
「島内に、何万台もあるからね。監視社会極まれりって感じ。
誰にも見られない場所は、どこにも無いかもしれないね」
萠子は得意げに語る。
それ結構やばい気がするんですけど。いろいろな意味で。
そのうち、お風呂やトイレまで監視されるんじゃないかと思う。
「監視社会で結構ですわ。
十剣を集めるために、監視カメラ映像は必要ですもの」
アイシアは、ずいぶん割り切ってるなぁ…。
「見られると興奮する人にとっては天国かもしれないわね?
私は嫌だけど」
と、萠子。
世界ひろしと言えども、そこまでの変態がいるのだろうか?
私にはあまり理解できないけど、いるんだろうなぁ…。
さて、このあとも、監視カメラを見る行為は続いた。
私はそんなに見たくなかったが、
アイシアに手伝えと言われ、しぶしぶ監視カメラを見るようになった。
そうしているうちに、
だんだんと十剣を所持する人たちの映像も集まりだした。
その中には、まだ私たちが出会ったことのない人もいた。
大剣の所有者だ。
【3】
まず、監視カメラに映ったのは、どこかの公園の様子だ。
近所の、少し大きな公園。
夕暮れの公園は、人気もなく、がらんとしている。
そこに、ゆっくり歩く人影がある。
天願小夜。
腰には、十剣「日本刀」を帯刀している。
彼女は、何かを探し回っているようだった。
「くろちゃん……どこに行ったのかしら。
もう何日も探しているのに、見つかりません……」
小夜さんは、がくっとうなだれる。
くろちゃんと言うのは、小夜さんの友達のあだ名だ。
正式な名前は『黒鶴』
小夜さんと黒鶴さんは仲良しだったが、神社の後継争いで対立。
黒鶴さんは霊剣を盗み、行方をくらませてしまった。
小夜さんは、黒鶴さんと仲直りしたいようだった。
「くろちゃんがいないと私……」
絶望したのか、
一瞬だけ死んだ魚のような目になったが、
小夜さんはすぐに気を取り戻す。
「ううん、そんなんじゃだめですっ!
頑張らないと…」
「ねぇ、そこのお姉ちゃん。どうしたの?」
小さな女の子が、小夜さんに話しかける。
「心配してくれてありがとうございます。
お姉ちゃんはちょっと疲れているだけですよ…。
っ! あなた、それは……!」
小夜さんは、そこで言葉が止まった。女の子を見て絶句したのだ。
その小さな女の子は、外見は、極めてふつうの女の子だ。
少しだけ違うところがある。
その小さな女の子は。
手に持っているものは。
大きな、大きな、剣だった。
大剣。
十剣のひとつである。
大きな重量をほこる剣で、長さは2メートル近い。
大人でも簡単に持てる代物ではない。
それを、小さな女の子が、軽々と持っている。片手で。
どういうことだろう? とても信じられない光景だ。
小夜さんは、相手が十剣の使い手だと察知して、距離をとる。
「まさか、こんな小さな女の子が、十剣の使い手…!?
そんな…」
「びっくりした? お姉ちゃん。
ごめんね。倫世は、怖がらせるつもり無かったの」
倫世と名乗る女の子は、さらに言葉を続ける。
「わたし、友寄倫世と言います。
お姉ちゃんのその剣、わたし、欲しいなぁ…」
「この剣をあげるわけにはいきません。
……倫世ちゃんみたいな子が、そんな大きな剣を持っているなんて。
危険ですよ。剣を使うのは、大人になってから、ですよ」
「わたし、お姉ちゃんと戦ってみたい!」
会話が成立していない。
倫世は、大剣を大きく振り上げ、そのまま振り降ろす。
ずどん!
地震のような揺れが、公園全体に響く。
「くっ!」
小夜さんは日本刀を抜き、倫世をにらみつける。
「ほらほら、どうしたの、お姉ちゃん。倫世が怖い?」
倫世は、にやっと笑い、挑発する。
「この大剣は、すごく重いんだよ。
お姉ちゃんを斬ることはできないけど、
ぐちゃってつぶすことができるんだよ」
倫世は、大剣をずるずるとひきずりながら、ゆっくりと小夜さんに近づく。
倫世が再び大剣を振り上げた瞬間、小夜さんは素早く、倫世のうしろに回り込み、
倫世の背中に、日本刀を振りおろす。
が、倫世は素早く回避する。
直後、大剣が小夜さんの体をふっとばした。
小夜さんは公園の木に、体をたたきつけられる。
「くっ、うう……い、痛いっ……」
小夜さんは苦しそうに立ち上がる。
「お姉ちゃん、弱い。つまんない…」
倫世は残念そうな顔をする。
「そんな大きな剣を持ってるわりには、素早すぎます…」
「倫世は戦うのが好きだから、素早いんだよ」
「凄い」
「凄いでしょ」
「素晴らしい」
「素晴らしいでしょ!」
「かわいいうえに、剣も使えて、強い。
倫世ちゃんは……最高ですね」
「もっとほめて!」
「天才! 秀才! ナンバー1!
億万長者! MVP!」
「えっへん!」
「……スキあり!」
倫世の体に、斬撃が走る。小夜さんの日本刀だ。
倫世は、ほめられるのに弱く、油断したようだ。
倫世は地面にそのまま倒れる。
小夜さんの目は、倒れた倫世の背中をとらえる。
あとは、背中に刀をつきたてれば、おわりだ。
とどめ。小夜さんの刀が、倫世の背中にせまる。
そして、突き刺した。
十剣は人を殺さない。
倫世は死なないし、血も流れるわけではない。
だが、突き刺された痛みは感じる。
気を失うほどの痛みが、今、倫世を襲っているだろう。
もう勝利は決定的かと思われた。
小夜さんの、力んだ肩が、ゆるりと大人しくなる。
ほっとしたのだ。とどめを刺したから。
だが。
倫世の口が、にやり、とゆがんだ。
「お姉ちゃん、ずるいね。
でも、そのほうが楽しいよ。戦う時間が長くなるから…」
「え、ええっ!?」
あっけにとられる小夜さん。
その瞬間、倫世の蹴りが、小夜さんの腹をえぐった。
早すぎて、一瞬何が起こったか、わからなかった。
体勢を立て直した倫世は、苦しむ小夜さんに大剣を容赦なく振りおろす。
紙一重でかわされる。
だが小夜さんは、そのまま尻餅をつく。
しまった。小夜さんは絶望の表情を見せる。
「お姉ちゃん、怖い?
大丈夫だよ。十剣は人を殺さないからね。
これから、大剣が、お姉ちゃんを何回もつぶすけど、
死なないから安心して。
ただ、ずっとずっと痛みが続くだけだよ」
「お、お願いです。許してください……」
「だーめ。お姉ちゃんずるいんだもん。
少しくらいめちゃくちゃにしないと、気が済まないよ」
「私をめちゃくちゃにしたら、倫世ちゃんのお父さんとお母さんとか
先生とかに怒られますよ。警察にも」
「倫世を斬ったり刺したりしたお姉ちゃんこそ、
警察に怒られると思うんだけど……」
「そ、それもそうですね…。二人で自首しましょうか?
私たち斬りあいましたって…」
「……お姉ちゃんの言っていること、意味わからないよ」
「へ? そうですか? 私、なんか変なんでしょうか」
小夜さんは、そう言いながら、地面に落ちてる小石をつかむ。
小夜さんの目は、笑っていなかった。
小石をつかんだその手に力が入る。
「お姉ちゃん、天然って言われるでしょ?
まあいいや。もう終わりにしよっか。
飽きてきたし……うっ!?」
小石が飛んだ。倫世は目を覆う。当たったようだ。
小夜さんは、倫世がうろたえたすきに、脱兎のごとく逃げ出す。
勝てないと悟ったからだろう。
小夜さんは、残りの体力をふりしぼり、公園の奥へ奥へ、どんどん逃げていく。
だが、体力の限界を感じたのか、小夜さんは、よろよろとひざまずいてしまった。
もう動けない。そんな雰囲気を感じた。
「早く逃げないと」
小夜さんはそうつぶやくが、まったく動けそうになかった。
このままでは、追いつかれて、やられてしまうだろう。
ここで私は、アイシアに「小夜さんを助けよう」と進言したが、
アイシアはそれを断った。
「倫世の戦力がどれほどのものか見極める」という理由だった。
そして、小夜さんに、追い打ちをかけるように、さらなる絶望が襲った。
新たな敵が現れたのだ。
【4】
「ぶざまな姿ね、小夜」
小夜さんの前に現れたのは、黒鶴だった。
黒鶴は霊剣をたずさえ、戦意をあらわにしていた。
「く、くろちゃん…」
小夜さんのかつての親友、黒鶴。
しかし、黒鶴は、神社の後継争いでやぶれ、小夜さんを逆恨みしている。
「このときをずっと待っていた。
小夜、意外と強いんだもの。
だから、弱ったところを狙うしかないじゃない?」
黒鶴は、小夜さんを襲い、返り討ちにあったことがある。
それ以来、黒鶴は策を練っていたのだろう。
小夜さんの弱ったところを襲おう、と。
卑怯だけど、効果的な作戦だ。
「くろちゃん、助けて。
私、他の剣士にやられて、ぼろぼろなの」
「何を言っているのかしら? 私が助けるわけないでしょう?」
「そこをなんとか」
黒鶴は、小夜さんをにらみつける。
黒鶴の顔が、小夜さんの顔に、近づく。
黒鶴の指が、小夜さんのあごをつかみ、くいっと引き寄せる。
「私の目をよく見なさい。復讐に燃えているでしょう?」
「わからないよ、そんなの」
「……ばかっ」
黒鶴は、残念そうな目で、小夜さんへの縛りを解き、つきはなす。
「そんなこともわからないなら、もうやられてしまいなさい。私に」
黒鶴は、霊剣をかかげる。
霊剣からは黒い霧のようなものが発生し、
もやもやとした黒い霧の中から、一人の怪人が現れる。
「KAAAAAAA!」
カラスの顔をした怪人は、小夜さんに襲いかかる!
鋭いクチバシが、小夜さんの衣服を引き裂いた。
「きゃっ! ふ、服が…」
「ふっふっふ……。
小夜。いい恰好だわ。もっと見せてちょうだい」
「くろちゃんの、えっち!」
「カラスマ! やってしまえ!」
「KAAAAAAA!」
しかし、カラスマの快進撃も、ここまでだった。
ある一人の男が、カラスマの前に立ちはだかり、
小夜さんを守ろうとしている。
「あ、あなたは……?」
小夜さんはその男の姿を見て、不思議そうに言う。
「通りすがりの美男子さ」
「は、はぁ…?」
「名前も知りたいってか?
いいだろう。聞かせてやるよ。
俺の名前は宮城竜司。世界中の美女を求める冒険者さ」
「竜司さん」
「そうだ」
「あの……助けてくれるのは嬉しいのですが、
その、手に持ってるのって、ポスターを丸めたやつですよね」
宮城竜司の右手には、丸めたポスターが、剣のように握られている。
「あ、ああ。これか。ちょっといろいろあってなぁ。
俺も剣を持っていたんだが、盗まれてしまって。
今はポスターで戦っている」
「そ、そうですか……」
小夜さんは心配そうな表情をする。
だが宮城竜司は、自信満々の顔で、笑顔を見せる。
「ふっ……俺の手にかかれば、ポスターも剣になるんだぜ」
竜司はポスター剣をにぎると、カラスマに斬りつけた。
ポコポコと当たる。
だが、カラスマは、ぴくりともしない。
ポスター剣は、やはりポスターでしかなかった。
「今日のポスター剣は、調子が悪い」
言い訳をする。
「KAAAAAAA!」
カラスマの鋭いクチバシが、竜司に襲いかかる。
ポスター剣が、無残にもバラバラに散っていった。
「ちっ……厳しい戦いだな」
竜司は舌打ちする。
ポスターで倒せるほど甘い相手ではない。
小夜さんは、竜司が不利だと悟ったのか、ある決断をした。
「竜司さん。これを使ってください」
日本刀を差し出した。
「それは……」
「十剣のひとつ、『日本刀』です」
「ほう……そいつはちょうどいい!
貸してくれ」
竜司は日本刀を受け取る。
同時、刃のようなカラスマのクチバシが、竜司に迫る。
竜司は、クチバシをあっさりかわすと、
ふりむきざまに、カラスマの翼を切り落とす。
夕焼けの色が、日本刀を赤く光らせる。
「上出来だな」
「KAAAAAAA」
カラスマは、鋭い爪足を繰り出す。
それを刀で受け流すと、二度、三度と斬りつける。
斬りつけられるたび、カラスマは悲鳴をあげた。
「とどめだ!」
カラスマの黒々とした体を、刀が貫いた。
断末魔の悲鳴とともに、カラスマの体は、溶けるように消えていく。
「そ、そんな…! くっ! 撤退だ!」
黒鶴は、状況が悪化したことを悟り、その場から逃げ去る。
「くろちゃん! 待って!」
小夜さんは黒鶴を止めようとしたが、すでに時遅し。
黒鶴の姿は無かった。
「気にするな。女性の逃げ足が速いのは、いつものことだ」
わけのわからないことを竜司は言う。経験談だろうか。
「そうでしょうか……くろちゃんは速いけど、
私はとろいって、よく言われます」
「おっ、そうなのか。君はとろいのか。
じゃあ俺でも大丈夫だな?
これから俺と街に遊びに行こうか」
謎の理屈で小夜さんを誘いこもうとする。
だが、そんなナンパも、あっさり終わる。
他者の介入によって。
「お姉ちゃん、みーつけたっ!」
小さな女の子の声。と同時に、大剣を引きずる音。
「と、倫世ちゃん…!」
小夜さんの顔が青ざめる。
「倫世ちゃん? その女の子がか?
……うん?
何か、変なものを持っているなぁ…」
倫世の大剣に気づいた竜司は、あきれたような顔をした。
「また敵が出てきた」そう言いたげな顔だ。
「お姉ちゃん、さっきはよくもやってくれたね?
目に小石を投げつけるなんて、虐待もいいところだよ。
倫世の目は頑丈だから、なんとも無かったけど…。
怒ったから、もう、どうなっても知らないよ?」
倫世は大剣をつきつける。
「なんだ、この女の子は…?」
「倫世ちゃん。十剣のひとつ『大剣』の使い手です。
私がいくら刀で斬っても立ち上がってくるし、
目に石をぶつけても、平気っぽいんですよね…。
一言でいえば、めっちゃ強いです」
「めっちゃ強いのか」
「めっちゃ強いです」
「そうか、そうか」
相手が強敵だと知ったのか、竜司は、嫌そうな顔をする。
しかも、相手が美女というわけでもなく、ただの小さな女の子なので、
竜司のテンションを一層下げたようだった。
しかし、小夜さんの見ている手前、逃げだすことはできない。
竜司は、刀をおさめ、倫世に優しく語りかける。
「やぁ、倫世ちゃん。初めまして。
お兄さんも剣を集めているんだ。
君みたいなかわいい子と戦いたくはないから、
その大剣を俺にくれないか?」
「やだ」
「ですよねー」
即効で否定された。竜司にはつらい展開だ。
それでも竜司はあきらめず、説得を続ける。
「君には、剣より、お花が似合う」
竜司は公園の花を勝手に摘み取り、倫世に差し出す。
倫世は首をかしげる。
花を差し出される意味がわからないようだった。
「花より戦いが好き」
倫世は平然と答える。
「そんな怖いこと言わないで」
「三度の飯より、戦いが好き」
「ふぇぇ…」
「お兄ちゃんも、私と戦ってくれる?」
倫世は、大剣を上に構え、振りおろそうとする。
「待て、待て、話せばわかる」
「話し合いより、相手を黙らせる武力が大事」
「武力なんて難しい言葉よく知ってるねー。
……うわぁ!」
竜司は大剣を、すんでのところで回避する。
「お兄ちゃんも、その刀で戦えるんでしょ?
じゃあ倫世と戦ってよ」
「やめとけ。俺は強いぞ」
「強いなら、余計にわくわくしてくるよ。
戦おう、ね?」
「げっ……こいつ戦闘狂か……」
もはや倫世は聞く耳を持ってはいなかった。
大剣の音は、竜司の声をかき消してしまう。
大剣の重さは、刀で支えきれるものではない。
受け流すことも難しいだろう。
とにかく回避し、攻撃の機会を待つしかなかった。
だが、竜司はそうしなかった。
くるりと身をひるがえすと、公園の外へ向かって、ダッシュで逃げる。
「小夜さん! この刀は借りるぞ!」
そう言って、刀を持ったまま、小夜さんを残し、去っていった。
倫世も、「待て」と、竜司を追いかけ、一緒に姿を消した。