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十剣物語 ~最弱の剣~  作者: 朝吹小雨
7/9

巫女さん、剣を盗む

十剣物語 第7話


【1】


「ねぇ、私とデートに行きませんこと?」


目の前の金髪の少女は、にっこり笑いながら、私の手をつかむ。


「で、デート、ですか…?」


少しだけ胸が高鳴り、そのせいか、ぎこちない返事をしてしまう。

少女の、さらりとした指が、私の手の甲をなぞった。


「神社に行きたいですわ」


「神社にですか? いいですけど……。

 どうしてまた神社に?

 デートなら、もっといい場所が…」


「あら? ふつうのデートではありませんわよ」


普通のデートではない? どういうことだろう?


「これから行く神社には、十剣のうちの1つ『霊剣』が奉られているのですわ」


「ま、まさか、奪いに行くの?」


「違いますわよ。神社の主と交渉して、霊剣を借りに行くのですわ」


「ほっ……」


「何を安心しているのですか。まったく、そんなに私が好戦的に見えます?」


「いえいえ、めっそうもない」


「和平…いえ、今は花純でしたわね。

 いきなり性別が変わったから、間違えてしまいますわ。

 ……花純。十剣神社までの案内を頼みますわ。

 花純はこの土地の人間ですから、神社には詳しいでしょう?」


「いえ、そんなに神社に詳しいってわけじゃ……。

 まぁ、地図見れば案内くらいはできますが」


「よろしく頼みますわ」


「私でいいの? 愛純に行かせればいいんじゃ…」


私の双子のきょうだいの愛純。

愛純は、私より強いし、アイシアの護衛にもなるはずだ。


「いいえ、愛純は、料理の買い出しに行っておりますわ。

 イルファも一緒に。お二人とも、仲が良いですわ。

 はぁ……」


そう言って、アイシアは少しため息をついた。

アイシアは、愛純のことを好んでいるようだったが、

四六時中、イルファが愛純を占有しているため、

なかなか愛純と話す機会が無いようだった。


「ですから、花純。あなたに案内してもらいたいのですわ。

 もちろん、外出時は、あなたの身は私がお守りしますわ」


アイシアは目をきらめかせて、私の手を握ってくる。

きれいな目だなぁ…。

こんな目で見られたら、なかなか断れない。



【2】


「あのぅ…アイシアはなんで巫女服を着ているの?」


神社へ行く直前になり「ちょっと着替えてくる」とアイシアは部屋の中に入り、

数分後、出てきたのは、巫女服を着た金髪の少女だった。

私に巫女服姿を見せつけるかのように、アイシアはくるりと回る。


「神社に行くときは、巫女服を着るっていう礼儀があるらしいですわ」


「ど、どこからそんなこと聞いたの!?」


一応言うが、そんな礼儀はない。

ネットのエセ情報にでも騙されたのだろうか。


「この服、気に入りましたわ。今日はこれを着て回りますわ」


お、おう……。そうか。

かわいいのはいいけど、目立つ恰好はやめておいたほうがいい気がする。

一応、アイシアの持っているレイピアも、十剣として狙われているんだし…。

まぁ、アイシアが良いっていうなら、私は止めないけど。


さて、外に出て、かれこれ30分ほど歩いたが、

敵に襲われることもなく、ただただ周囲の一般市民から

変な目でじろじろ見られるだけだ。

原因はアイシアの巫女服姿。

金髪の外国人少女が、巫女服というのは、インパクトが強いのだろう。

アイシアよ、早くその巫女服脱いでくれ、恥ずかしいから。


いつもの黒塗り高級車で移動すればいいのに、「たまには歩きましょう」

というアイシアの提案で、ずっと歩いている。

神社はたしかに、そこまで遠くはないが、歩くと結構な距離だ。


だんだんと、都市部から離れ、山や森林が見え始めてきた。

自然が増えてくる。

十剣神社の周囲は、山や森林があり、多少は都市部と離れる。

静かなところにあるのだ。


「ふぅ、さすがに疲れましたわね。まぁ、もうすぐ着きますわ」


「そうっすね」


「あら? 花純。あなた、何を持っているのですか?

 細長いもののようですけど……まさか剣?」


「日本刀」


「まぁ。どうして持ってきたのですか。

 花純には日本刀は扱えないでしょうに」


「私が使うわけではないです。

 予備ですよ予備。アイシアのレイピアが、万一無くなったら

 サブ用の剣として、アイシアに使ってもらおうってこと」


「予備があるのは素晴らしいことですわ。

 でも、私はレイピア1本で十分です。剣を2本も持つのは重いですし」


そう言って、アイシアは、腰に差しているレイピアを指さした。

剣の1本1本は軽いけど、2本以上持つのは、結構かさばるし、大変なのだろう。


そんなこんなで、ようやく神社に到着した。

私は地図を読み返す。

都市部からそんなに離れていないように見えるが、

実際は結構な距離を歩いた。足が痛い。

地図っていうのは、信用ならないものだ。

ちょっとした距離のように見えて、歩くとかなりの距離になることが多い。



【3】


「十剣神社へようこそ。私は天願小夜と申します。

 ここの主を務めています」


現れたのは、若い主さんだった。

長い黒髪をうしろで束ね、袴姿をしている。

私より、少し年上くらいだろうか。落ち着いた雰囲気の人だ。


「アイシア・ランフォードと申しますわ」

「当真花純です」


「アイシアさん。花純さん。

 ようこそお出でくださいまして。

 お会いできてうれしいです。

 さて、用件は、霊剣のことですね?」


「そうですわ。

 私、十剣を集めてまして…。

 神社の霊剣は、十剣の一部だとお伺いしております。

 単刀直入に言いましょう。

 霊剣を貸してほしいのですわ」


「……」


小夜さんは少し黙る。その表情は落ち着き払っており、焦っている様子はない。


「いいでしょう」


あっさりと許可が出た。

もう少し揉めると思ったけど、案外すっぱりと決まった。


「ただし、条件があります」


条件?


「条件をお聞きしましょう」


「霊剣は、神社の大切な宝です。

 長期間、貸し出すわけにはいきません。

 他の9本の剣を集めたあと、霊剣をお貸しいたします」


小夜さんは淡々と伝える。その目は真剣だ。

霊剣は、神社にとって、大事なもの。

だから、簡単に外へは出せない。そういうことなのだろう。

アイシアは、どういう反応を見せるだろうか。

私は、横に座っているアイシアの顔を、ちらっと見る。

焦っている様子はない。何事もなかったかのように、落ち着いている。


「わかりましたわ。他の9本を集めてから、またお伺いします。

 今、私のところには、6本の剣が集まっております。

 残りを集められるのも、時間の問題だと思いますわ」


レイピア、日本刀、包丁、宝剣、魔剣、そして私の「手刀」。

アイシアはすでに6本の剣を所有していて、圧倒的な勢力をほこっている。

たしかに時間の問題かもしれない。


「すでに6本も集めておられるのですか…。これはたまげましたね。

 そのうち、今ここにある剣は、3本ですね?」


小夜さんの言うとおり、ここには3本の剣がある。

アイシアのレイピア、私が持っている日本刀。そしてもう一つは――


「よくわかりましたわね。こちらの当真花純の右手は、『手刀』という

 剣なのですよ」


『手刀』。私の右手はそう呼ばれている。

これは十剣のひとつなのだが、切れ味もなく、弱い。

ただのチョップだ。

これは本当に剣なのか?と思うことがあるけど、事実らしい。

手刀では、他の剣士と戦うこともできないので、今はアイシアに守ってもらっている。


「私は、十剣がどこにあるのか、わかります。

 察知能力と言いましょうか。

 ……と言っても、体調や気分によって感度は変わってきますけど」


でも、小夜さんに、手刀を見透かされてしまって、

私は少し恥ずかしくなってくる。思わず、口が動く。


「手刀を剣に数えられるのは、恥ずかしいですね…。

 これ、本当にただの右手だし、戦えないんです。

 弱すぎて…本当に嫌になるくらいです。

 他の剣を使えればいいのですが」


「そうですか? 手刀はたしかに戦えないですけど、

 実は最強かもしれませんよ」


「へ? でも、私の手刀は弱いから、襲われたら終わりです」


「花純さんはそう考えているのですね。

 でも、手刀を奪うと、とてもめんどくさいことになります」


「めんどうくさいこと?」


「めんどうですよ。

 まず、手刀を奪うには、花純さんを手に入れないといけません。

 手と体がつながっているからです。

 で、花純さんを誘拐したあと、花純さんのお世話をしないといけませんね。

 食べ物を与えたり、寝る場所を用意したり。

 そうしないと、花純さんは衰弱して死んでしまいます。

 花純さんが死んだら、右手(手刀)も腐る。

 ですから、花純さんの世話は絶対必要になるわけです。

 また、逃げられないように、縛ったり、監視したり、

 という手間も発生します。絶対めんどくさいですよ」


「なるほど…。でも、右手(手刀)と体を切り離すことだって、できますよね。

 想像したくないですけど」


「そんなことしたら、右手は腐ってしまいます。

 冷凍庫に保管すればよいかもしれませんが、

 警察沙汰は間違いありません。

 十剣を集める前に捕まってしまうでしょう。

 冷凍庫を用意するのも面倒だし、

 毎日、右手の入った冷凍庫と生活することになります。

 精神的に耐えられるかも心配です」


「そうですか…」


納得しかけたけど、世の中には、危ない人間もいっぱいいる。

右手を切り離す、なんていう狂ったことをしでかす人は、どこかにいるはずだ。


「だからと言って、花純さんが絶対に安全だとは言いません。

 でも、右手を切り離せる人間が、どれくらいいるでしょうか?

 この島で起きた猟奇事件は、ここ数十年でもわずかです。

 信じられないくらいの低確率なのですよ。

 そんなことより、心配なのは、盗難です。

 お店の万引きから、高級品の強盗まで、

 この島の歴史では、数えきれないくらい起きています。

 この神社の霊剣だって、何度も盗難されています」


小夜さんの発言に、アイシアが割り込んでくる。


「実は、私の手に入れた剣も、盗られてしまいましたわ。

 銃剣というのですが…。

 剣は、体にくっついているわけではないから、

 ずっと監視することもできないのですわ。

 その点を考えれば、手刀のほうが、奪われない確率が高そうですわね。

 見直しましたわ、花純」


「いえ、そ、それほどでも」


アイシアに頭をなでられた。

あれ? なんか褒められてる?


「弱い武器も、見方を変えれば、最強の武器になるということです。

 それを忘れないでほしいですね。

 奪われまくる霊剣と、奪われにくい手刀…。

 武器の性能は霊剣が上だと思いますが、奪われにくさは手刀のほうが上です」


たしかに。小夜さんの言うとおりかもしれない。

私の手刀は…戦えないけど、奪われにくい。その1点だけは優秀なんだ。

少しだけうれしくなった。


「しかしまぁ、気になりますわね。霊剣が、何度も盗難にあったというのは。

 ちゃんと保管してますわよね?」


アイシアが不審そうな顔で、小夜さんにたずねる。


「心配いらないです。昔は、保管方法が簡素だったので、奪われやすかったです。

 今は、神社の奥に、最新式セキュリティで霊剣を守っています。

 警備会社御用達の監視カメラ、センサー、二重三重の電子ロック…。

 これだけの用意をしているので、絶対安全です」


「セキュリティが万全ですのね…。

 それだけ最新すぎると、神社の雰囲気にそぐわない気もしますが。

 とは言え、気になるものは気になりますわね。

 霊剣の実物を見せていただけますか?」


「いいですよ!」


自信満々の小夜さんだが…。

このあと、私たちは厳しい現実を思い知ることになった。



【4】


結論から言うと、霊剣は消えていた。盗まれたのだ。

かわりに、桜の木の枝が置かれていた。


小夜さんは怒りと悲しみのためか、青ざめている。

肩がぷるぷると震え、口はぱくぱくと動いている。


アイシアも、落胆のためか、ため息をついて、

母国の言葉をつぶやきながら、あきれている。


私はこの様子を見て、何を言っていいかわからず、おろおろするばかりだった。


「これだけ厳重なセキュリティをかいくぐれるなんて、内部犯行に違いありませんわ!」


アイシアが、小夜さんに詰め寄る。


「……残念ですが、私もそう思います」


小夜さんは泣きそうな顔をしている。


「心当たりはあるんですか? 小夜さん」


私はたずねてみる。


「…数日前から、巫女が1人、行方不明になっています」


「巫女さんが行方不明?」


「はい。あの子は、私と親しい間柄で、とても信頼していました。

 あの子が霊剣を盗んだなんて…信じたくないですけど」


あの子、というのは、失踪した巫女さんのことだろうか。

小夜さんは信じられないのか、とても動揺している。


「怪しいですわね。その巫女が、盗んだ可能性高いですわね」


「まだそうと決まったわけでは」


「いいえ、怪しすぎますわ」


「ですから、まだそうと決まったわけではないでしょう!」


小夜さんは、怒りをあらわにする。

どうしても、失踪した巫女さんを犯人扱いしたくないらしい。


「あの子は……くろちゃんは、とてもいい子です。

 盗みなんてするはずがありません」


くろちゃん? 失踪した巫女の名前だろうか。

猫のペットみたいな名前だ。


「く、くろちゃん……?」


アイシアは、いぶかしげな顔をする。

いきなり変な名前が出てきたので、驚いたのだろう。


「あ、すいません。くろちゃんっていうのは、

 平安山黒鶴へんざん くろつるっていう、

 この神社の巫女のことです。

 くろちゃんは、真面目ないい子です。

 私、くろちゃんが犯人だなんて信じられないです」


「どうでしょうね。

 真面目ないい子が、犯罪を犯さない保障はどこにもありませんわね。

 私の母国でも、真面目な子が銃乱射してましたわ。いじめの仕返しでね」


「そんな……。

 くろちゃんは、私のかわりに、買い物に行ってくれたり、料理してくれたり、

 神社を見回りしてくれたり、夜一緒にトイレに行ってくれたり、

 車の運転をしてくれたり、掃除やゴミ捨てをしてくれたり、

 私が不得意なことを全部やってくれるんですよ」


「あなた、どんだけ不得意なことが多いのですか」


アイシアはあきれたように、ため息をついた。


くろちゃん、まるでメイドのような扱いだ。

小夜さんに愛想をつかしてしまったのだろうか。

なんだか、たぶん、そういうことだと思う。失踪した理由は。


そんなことをぼんやり考えていると、突然、その思考は、大声によって吹き飛んだ。


「小夜さん! 小夜さん! 大変です!」


巫女さんがこちらに向かってくる。

ぜぇぜぇと息を切らしながら、小夜さんに話しかける。


「どうしたのです?」


「あの…黒鶴さんが…境内に現れて…」


「えっ!? くろちゃんが!?」


私とアイシアはお互い、驚いたように、顔を見合わせる。

行方不明の失踪した巫女――平安山黒鶴が、神社の境内に現れた。

いったい何のために。そして、彼女は霊剣盗難の犯人なのだろうか。


【5】


この島の、神社の主は、女性の人が務めている場合が多い。

「神女」(しんにょ)と呼ばれている。

小夜さんもその神女さんにあたる。


とてもとても昔、村の中心には、女性の司祭がいた。

特に神社といった施設はもたず、ほこらや民家で、神事をつかさどっていた。


それが変わる契機があった。

何百年か前、隣の列島から、「神社」の文化がもたらされたのだ。

村人たちは、神社を建設し、その主として、神女というものができたのだそうだ。


神女は世襲制ではない。

世襲する人もいるけど、実力ある巫女さんから選ばれることもある。

そんな経緯から、神女継承時は、ごたごたの泥沼が発生する。

神女の長女さん VS 実力ある巫女さん

または、

No1巫女さん VS No2巫女さん

なんてよくあることらしい。


小夜さんの場合は、世襲なのか、巫女からレベルアップしたのか、

どっちなのか、よくわからない。

どちらにしても、他の巫女さんから疎まれる立場だろう。


もしかしたら、失踪巫女の黒鶴さんも…

神女である小夜さんを敵視しているのかもしれない。

敵視した結果、黒鶴さんは霊剣を盗んで…。


私は、そんなことを考えながら、境内に出る。

境内では、小夜さんと巫女さんらしき人が対峙していた。

おそらく、あの巫女さんらしき人が、黒鶴さんなのだろう。


黒鶴さんの顔は、つり目で、ややきつそうな印象を与える。

全体的に強気な印象だ。


「くろちゃん。戻ってきてくれたんですね。心配してました」


「……」


小夜さんの声にも、耳を傾けている様子はない。

ずっと黙っている。


小夜さんは、気づいていないのだろうか?

黒鶴さんの右手には、剣らしきものがにぎられていることに。

あれがおそらく、霊剣。

やはり黒鶴さんが盗んでいたのか。


「ねぇ、小夜。あなた、まだ気づかないの?

 私が持っている、これ」


黒鶴さんは、小夜さんに霊剣を見せつける。


「……え? それ、霊剣ですよね。

 くろちゃんが持ってたんですね。

 借りるなら、そう言ってくれればいいのに」


「借りる? ……小夜。

 あなた、いいかげん人が良すぎるわよ。

 借りたつもりは無い。

 これはもう、私のものよ」


黒鶴さんはそういうと、ニヤリと、勝ち誇ったような笑顔を見せる。

霊剣を、両手で抱きながら。


「くろちゃんは、霊剣を盗むなんて、悪いことはしませんよね」


信じられない、と言いたげな目で、小夜さんはおろおろする。


「どうして私が、悪い子じゃないと思うのかしら?

 ……言っておくけど、霊剣を盗む以外にもいっぱい悪いことしてるんだからね」


「えっ」


「買い物のお釣りを拝借したり、

 夕食の量を私だけ少し多くしたり、

 神事で居眠りこいたり…。

 賽銭箱に入ってるレアな外国コインをこっそり持ち出したり、

 小夜のお風呂をおもしろおかしく覗いたり。

 まだまだあるわ。

 あなたが、悪事に気づいていないだけよ。

 どうしこうも鈍感なのかしら? あきれてものも言えない」


…しょぼい。内心そう思った。

悪事というより意地悪だ。

 

「そ、そんな……くろちゃん。もしかして。

 一緒にトイレに行ったときに電気を暗くしたり、

 手を強くにぎってきたり、コタツで脚をくすぐってきたり、

 私の食べかけを勝手に食べたり、

 夜中、邪魔をして眠らせてくれなかったり、

 もしかして、全部、私を困らせるためだったのですか」


全部ノロケに聞こえるのは気のせいだろうか?


「私が悪いことをしても、小夜はぜんぜん気づいてくれないし、

 もうこうなったら、霊剣を盗んじゃえ!って思って、霊剣を盗むことにしたわ」


お、おう……。痴話ゲンカかな?


「で、でも、どうして私に意地悪しようと思ったのですか?」


「私は小夜が憎い。

 私のほうが、何もかも優秀なのに、神女として選ばれたのは小夜。

 私じゃなくて……」


黒鶴は、小夜をにらみつける。そして、霊剣をつきつける。


「この霊剣を手始めに、十剣を集め、私が神女になる」


「く、くろちゃん…」


「ふっふっふ」


「霊剣は切れ味無いですよ」


黒鶴はずっこけた。


「う、うるさい! そんなことは知っている!

 いいか。霊剣の真価は、切れ味じゃない。

 これだ! 見よ!」


黒鶴は霊剣を天にかかげる。

すると、まがまがしい黒い霧が、霊剣から発生する。


「霊剣の特殊能力ですわね…!

 みなさん、気を付けて!」


アイシアは、腰に差すレイピアを抜き、戦闘態勢に入った。


「霊剣の特殊能力ってなんですか?」


私は、横にいる小夜さんに聞いてみる。


「霊剣は、使う人によって、特殊能力が変わってきます。

 私の場合は、瞬間移動です。

 くろちゃんの場合は……何が起こるかわかりません」


えええ!? わからないんですか!?

私は絶望を感じた。

相手の戦力がわからないのに、戦うのは無謀だと感じたからだ。


「花純! 小夜! 下がってくださいませ。

 黒鶴は私が倒しますわ」


アイシアは、レイピアをにぎり、走り出した。


先手必勝。

黒鶴さんにレイピアを刺そうとしたのだろう。

だが、霊剣の特殊能力の発動が、少し早かった。


「オボツカグラより出でし神々の魂よ! 敵を討て!」


黒い霧は、神社の境内の、獅子の像をつつむ。

獅子の像の目が、あやしく光り、ぐらぐらと蠢きだす。


そして、現れたのは……。

獅子の顔をした、荒々しい戦士。

こん棒をかまえ、野獣の眼光をギラギラとさせている。


「シーザー、あの金髪巫女をたたきつぶせ!」


シーザーは、雄たけびをあげながら、こん棒を振り回す。

突進する。


「!?」


突然の出来事に、アイシアの理解が遅れた。動きが止まる。

獅子の顔をした化け物が現れるのは、まさかの予想外だったからだ。


こん棒は、アイシアの体を吹っ飛ばした。



【6】


「卑怯ですわよ…こんな、化け物を呼び出すなんて」


アイシアはよろよろと体を起こす。

すでに身体中が赤い傷だらけだ。


「シーザー。とどめをさしなさい。

 あの金髪巫女は、十剣のレイピアを持っているわ。

 それを奪い取りなさい」


シーザーは無言で、こん棒を構えたまま、アイシアに近づいていく。

あぶない。

私は、日本刀を抜いて、アイシアの援護をしようとした。

だが、やはり重い。動かすことすらままならない。

私は……日本刀をうまく扱えない。

このままでは。アイシアがやられてしまう。


そうだ。私に名案が思い浮かぶ。


「小夜さん。この日本刀……使ってくれますか?」


「え? 私がですか?」


「はい。この日本刀は、十剣のひとつです。

 もし小夜さんがうまく扱えるなら……。

 あの獅子の化け物を倒せるはず。黒鶴さんも」


「くろちゃんを、斬るなんて、できません」


「今の黒鶴さんには、たぶん、悪霊がとりついているんです。

 怖い顔してますし。

 黒鶴さんを斬るのではなく、悪霊を斬るんです。

 悪霊を追い払うつもりでやってください」


「なるほど…わかりました。やってみます」


黒鶴さんが悪霊にとりつかれている、というのは嘘だけど

神女である小夜さんを動かすには、うってつけの理由だったと思う。


小夜さんは、私から日本刀を受け取る。


「……不思議です。

 私の頭の中に、この日本刀の使い方が、すべて流れ込んできます。

 一度も振ったことないのに。

 まるで、私の前世が侍だったのではないか。そういう気分です」


日本刀に適合したようだ。素晴らしい。これなら敵を倒せそうだ。

袴姿の小夜さんは、とても日本刀が似合う。


「私、斬れそうです」


小夜さんは、日本刀を触りながら、にっこり笑う。

なんか怖い。こっちはこっちで悪霊に憑かれていそうだ。


小夜さんは日本刀を構えて走り出す。

そしてシーザーの背中を刀で刺し、うろたえたシーザーを真っ二つにした。


シーザーは、悲鳴をあげながら、黒い霧に包まれ、その姿を消した。

そして、シーザーの変化前の姿、境内の獅子に戻る。

もう動くことはないだろう。


「た、助かりましたわ……」


「いえいえ。なんかあっさり倒せちゃいましたね」


小夜さんは、日本刀の刃をさわさわしながら、にっこり笑う。

真っ二つという、結構えぐい斬り方をしていたのに、この明るい表情である。

やっぱりなんか怖い。悪霊に憑かれているのは、この人なのではないか。


「ところで、黒鶴は?」


アイシアがたずねる。そういえば、黒鶴さんはどこに行ったのだろう?

黒鶴さんの姿は消えていた。

おそらく、シーザーが倒されたのを見て、不利を悟り、逃げたのだろう。


「たぶん、逃げたんでしょう」


「そんな……くろちゃん」


「わたくしが、霊剣を取り戻してみせますわ…」


アイシアはボロボロの体をひきずりながら話す。


「いいえ。それには及びません。

 十剣神社の神女として、私が責任をもって、くろちゃんと霊剣を取り戻します。

 ……この日本刀を使って」


「待ってください、その日本刀は、今は私が所有しているのですわ。

 黒鶴を追いかけるのはいいのですが、持って行っては困ります!」


「日本刀を貸してください。お願いします。

 アイシアさんを助けたお礼だと思って、ここはひとつ!」


「なりませんわ!」


「そんな……」


小夜さんは、日本刀を借りることができず、しょぼんと落ち込む。


「さぁ、返してくださいませ」


アイシアは傷だらけの体をひきずりながら、

小夜さんの持っている日本刀を、奪い取ろうと、じりじり近寄る。


アイシアは、十剣のことになると、ずいぶん必死だ。

冷静さも落ち着きも無い。

一本でも無くなるのは、嫌なようだ。


「わかりました。アイシアさん。

 ぼろぼろの体をひきずらず、そのままそこに立っていてください。

 私から近寄り、アイシアさんにお返しします」


小夜さんはそう言うと、日本刀を持ったまま、アイシアのそばまで近づく。


「ほっとしましたわ。さぁ、私の手に日本刀を……」


日本刀は、アイシアの手に戻らなかった。

小夜さんは日本刀をそのまま、アイシアに目がけて振り降ろした。


アイシアの胴体に、刀の斬撃が走っていく。


この日本刀は、実際の刀ではないので、人体が斬れることはない。

だが、痛みやショックは感じる。

アイシアは刀の直撃を受け、そのまま、気を失ってしまった。


「!」


私は言葉を失った。ここまでするか。と。


「私は、どうしてもくろちゃんと霊剣を取り戻したいのです……。

 許してください、アイシアさん」


そう告げた小夜さんは、私のほうに目を向ける。

その目には、かすかな戦意らしきものを感じる。

私に対しての戦意か? 黒鶴さんへの戦意か?

よくわからないので、身の危険を感じ、私は身構える。

身構えたところで、対抗手段は何もないけど。


「花純さんも、申し訳ありません。

 私は、あなたにまで危害を加えません。

 アイシアさんを頼みますね…では。

 すべてが終われば、この刀は必ずお返しします」


小夜さんは頭を下げて謝ると、神社の外へと走っていった。

ああ、なんてことだろう。

日本刀を借りる、とは言っていたが、これは事実上の持ち逃げだ。

日本刀は奪われたのだ。

私が、予備の剣として、日本刀を持ち出さなければ、小夜さんは…。


私は、がっくりと肩を落としながら、倒れたアイシアを担いで、

家まで戻る羽目になってしまった。肩も疲れるし、最悪だ……。


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