休日は性転換日和
十剣物語 第6話
【1】
顔を蹴られた。俺の視界が真っ白になる。
痛みで意識を失いかけ、よろめく。
別に襲われているわけではない。
俺のほうから、蹴ってこい!と言ったんだ。
そしたら、結構強烈に蹴られたので、驚いている。
「イルファ、もっと手加減してくれ…」
「蹴ってこい、と言ったのは和平でしょうが。
いまさら手加減できないわ」
「俺をいじめるんじゃなくて、修行の為じゃないか。
俺、強くなりたいんだ。だからこうやって…」
俺の右手には、日本刀がにぎられている。
アイシアに頼み込んで、倉庫から持って来てもらった。
この日本刀さえ使えれば、俺は、アイシアや愛純に頼らずとも、
自分の身を守ることができる。
自分の身を、自分で守ること。
これができることは、自分のプライドを保つことにもつながる。
女の子たちに守ってもらうのは、正直、自分の心が痛い。
恥ずかしいというか、俺は、自分が情けない。
だから、必死に、こうやって修行っぽいことをしているわけだが、
なかなか身につかない。
日本刀が重い。うまく振れない。
「和平。言いにくいのですが…。
あなたの日本刀の適合性は、ゼロに近いようですわ。
まったく振れていませんわ」
横で見ているアイシアが、俺に忠告する。
「日本刀は、十剣のひとつ。十剣は、使い手を選びますわ。
適合性が無い者には、いつまで経っても、その剣を扱えないのですわ」
「くっ…どうすればいいんだ」
「他にも剣はありますわ。使ってみてくださいませ。
このレイピアを」
アイシアは、俺にレイピアを差し出した。
1時間後…
俺は、レイピアをまともに扱えないことに気付いた。
アイシアが丁寧に指導してくれたが、無理だった。
レイピアも適合性ゼロ。俺には使えない。
他に、宝剣や包丁も試してみたが、俺はことごとく扱えなかった。
今もっている、どの剣にも、俺は適合しなかった…。
「くそ、俺、何も扱えないじゃないか…」
悔しい。こんなことでは、自分の身を守ることすらもできない。
【2】
「和平。あなたは無理をする必要はありませんわ。
剣が扱えない人のほうが、世の中には多いのですから。
私が守って差し上げますわ」
「そうだよ。和平は、私たちが守るから。無茶なことしないで、ね?」
アイシアや愛純はそう言ってくれるが、俺は、素直に受け入れることができない。
このまま、何もできず、ただ逃げ回るなんて…。
俺のプライドが許してくれなかった。
「ごめん、しばらく1人にしてくれないか…」
愛純たちと顔を合わせるのがつらい。
このままだと、愛純たちに八つ当たりしそうだったので、
俺は、自分から距離を置くことにした。
自室にひきこもる。
外に出ても、他の剣士に襲われるので、ここ最近はずっと自室にいる。学校以外は。
ベッドに転がり、天井をじっと見る。
俺は弱い。戦うことができない。ずっと愛純たちに守ってもらうしかない。
最初は、守ってもらうことに抵抗はなかった。自分の身が助かるのだから。
でも、ここ最近は、たまらなく情けないと思うようになった。
男性は、女性を守るものだ。
そういう価値観で育ってきた身としては、なんだか、
自分の立場が良くないように思えてきたのだった。
居心地が悪い。
少なくとも、守ってもらってばっかりはダメだ。
俺は、愛純たちに守ってもらっているが、お返しができているだろうか。
でも、俺は剣が扱えないし、自己防衛すらできない。
でも、でも……。
……。
だんだん嫌な気持ちになりそうだったので、思考をここで中断する。
俺はベッドから飛び起きる。
窓から外を眺める。
庭が見える。緑あふれ、花が咲き誇る。
さらにその外には、市街地が見える。
大きなビルと、赤い屋根の住宅があちこちに見える。
そういえば、しばらく、市街に出ていないな。ずっとアイシアの家にいた。
たまには、外出もいいかもしれないな…。
ずっと家だと体もなまるし。散歩も良い運動になる。
俺は、久しぶりに、私服に着替え、アイシアの家を出ることにした。
【3】
「久しぶりの街の空気はうまいなぁ」
俺は解放感に浸っていた。ずっと家の中にいたので、
市街地の少し汚れた空気ですら、うまかった。
周囲にはビルが立ち並び、道路は車が行き交う。
昼の太陽は、少しだけまぶしかった。
「で、……愛純。どうして俺の横にいるんだ?」
「どうして、って。護衛でしょ、護衛。
和平は狙われているんだから」
俺の横には、愛純が立っている。
俺は狙われている。……というのは、少し言い過ぎかもしれないが、
十剣のひとつである「手刀」を俺が保有しているため、
アイシアから保護命令が出ており、外出時には、常に護衛がつきまとう。
俺の手刀は、ただの「手」なので、剣とは言えない。
それでは自分の身を守れない。だから護衛(愛純)と一緒にいるわけだ。
「愛純はわかる。
しかし、イルファ。なんでお前もいるんだ」
愛純の横には、イルファがいた。怒ってるような顔をしている。
「別に和平を守りたくているわけじゃないわよ。
私は、愛純が心配だからついてきているだけ」
イルファは、愛純のことが好きだ。
愛純が危険な目にあえば怒るし、心配もする。
俺のことはあんまり心配してくれないけど……。
まあいいか。
男1人、女2人で、休日の市街地散歩でも楽しむとしますか。
【4】
「ねぇ、和平。なんか髪のびたよね?」
愛純がそんなことを言ってくる。
そういえば、ここ最近、髪の毛が伸びた気がする。
切らしていないからだ。
そろそろ前髪が、目玉に入りそうで、うざい感じがしている。
ちょうどいい機会だし、切らすか。
「ちょっと、あのお店で、髪を切らしてくるよ。
その間、愛純とイルファは、向かいのゲームセンターで遊んでいてくれ」
俺は、散髪屋を指さす。
「わかったわ。
…ちょっと離れるから心配だけど、何か起きたら連絡してね」
愛純とイルファは、そう言いながら、ゲーセンに入っていった。
長くなった髪をいじってみる。
そういえば、小学生のころ、愛純に女装させられたことがあったなぁ。
あのときは長い髪のカツラかぶらされて、女の子っぽくさせられたな。
俺の顔は、愛純と似ているから、どう見ても女の子にしか見えなかった。
そんなことを考えながら、店のドアを開けた。
「いらっしゃい」
女の店員から声をかけられる。
あれ? あの店員さん、どこかで見たような顔だなぁ…
「あれ? お客様、どこかで見た顔…」
女の店員もそう言ってきた。
俺の頭のなかで、何かがひらめいた。
そうか。これが運命の出会いか。前世で一緒に戦った戦士なのかもしれない。
ここで出会えるとは…。
「なんか私の息子の顔に似てるのよね」
「俺も母親の顔に似ていると思ってました」
おい、俺の母さんじゃないか! なんでこんなところにいるんだよ!
「あのぅ、じゃあ、俺もう帰るんで」
母親に髪を切られるとか。ありえないし。
俺はくるりと背を向け、退店しようとした。
だが、肩をしっかりつかまれてしまう。
逃げられない。
「待って、和平。せっかくだから髪を切っていきなさい」
母の真剣な顔が、俺に圧力をかけてくる。
やめてくれよ…(絶望)
高校生にもなって、母親に髪を切られる男子高校生なんているわけないだろ。
いい加減にしろ。
しかし、あれよあれよと言う間に、椅子に座らされ、シーツを巻かれ、
準備完了してしまっていた。母は強し。逆らえない。
なんか俺もう頭痛くなってきた。
「やめろ、やめてくれよ……ひぃ!」
俺は必死の抵抗をするが、目の前にハサミをつきつけられたので、
大人しくすることにした。
「和平。本当に髪を切っていいの?
このまま髪を伸ばしてもお似合いよ。
おぼえてる? 和平、昔、女装したでしょ」
「あ、あれは、愛純が勝手に…。
恥ずかしいから、思い出させないでくれ」
「ふふふ」
くそう、なんでそんな恥ずかしい昔話をおぼえてやがる。
あのとき、男子同級生に告白までされたんだぞ。
それに、変なおじさんにあとをつけられるし、最悪だ。
でも、あのとき、女子の気持ちが少しだけわかったような気がする。
迫ってくる男の人って、結構怖いもんだなぁ…と。
仲間であるはずの女子の嫉妬も、ふつうに怖かった。悪口も凄かったし。
そういうことがわかるのなら、女装も悪くないもんだな。
……いやいや、俺は何を考えているんだ?
「今も女装したら似合うんじゃない?」
「おいこら、いい加減にしろ」
俺は少し腹を立てたが、
一方で、今、女装したらどんなことになるのだろう?
とも思い、少しだけ興味がわいていた。
それに、うまく女装したら、顔がわからなくなるから、
他の剣士から身を守ることもできるんじゃないか?
女装か。
バカげた考えだと思うけど、実は結構、いけるんじゃないの?
「黙っていたけど……実は和平は、もともと女の子なのよ」
「おいおい、変な冗談はやめてくれって」
「本当よ。だって、和平と愛純は、双子の女の子だったのよ。
それを私が、和平だけ男の子に変えたの」
「だから、変な冗談は…」
「冗談ではないわ」
真剣な声でそう言われると、信じてしまいそうになる。
いや、おかしいだろ、ふつうに考えて。
なんで俺が元女なんだ?
女を男に性別変換できるなんて、そんな特殊技術、「十剣」の力でも使わないと、ありえないだろ。
「嘘だろ。俺、信じないからな」
「このハサミを見てちょうだい。
このハサミは……十剣のひとつなのよ」
「はい?」
「このハサミの特殊能力は、性別変換。
今の性別を変えることができるわ。
今ここで、ハサミを鳴らせば、和平。あなたは女の子に戻れるのよ」
「もう母さんが何を言っているのか、わからないよ…」
自分をずっと男だと思って生きてきたが、今、それを否定されている。
え? 俺、もともと女の子だったの?
じゃあ今までの人生は何だったんだ?
そもそも、なんで俺は、無理やり男にさせられたんだ?
やばい。頭が混乱してきた。
「母さん、ちょっと待ってく…」
「えい」
ちん、とハサミが鳴ったその瞬間、俺の目の前は真っ白な光に包まれた。
【5】
なんてことになってしまったのだろう。
しくしく。
トイレの中で、泣きながら、俺は人生について考えていた。
もちろん女子トイレだ。
鏡を見る。
どこからどう見ても、そこには女の子しかいない。
愛純に似ているなぁ……。
自分のスカートの中に手を入れてみれば、あるべきものが無い。
ああ、とうとう女の子になってしまったのか…
どうしてこんなことに。
話は、10分くらい前にさかのぼる。
俺は、散髪屋の前に立っていた。
散髪屋の中に戻ろうとすると、鍵がかかっていて入れなかった。
何が起きたんだろう?
隣のお店のショーウィンドゥに、俺の姿が映る。
え? なんだこれ…
そこには、スカートを履いた、黒髪の少女の姿しか映っていなかった。
それが自分であると気づくのに、数十秒かかった。
驚いて、そのままトイレに駆け込んでしまった。
女子トイレに…。
そして、泣いている。
こんな恰好じゃ、恥ずかしくて、愛純たちに会いづらい。
でもアイシアの家に帰らないといけないし、どう説明したものか。
「どうしましょう…」
俺は、トイレ内をうろうろした。
考えながら歩き回る学者のように。
うーん。そうだ。
開き直ろう。悩んだところで、どうにもならない。
俺が女装した姿のことを、愛純はおぼえているはずだ。
疑われても、話せばわかるはずだ。
俺は潔く、堂々とトイレを出る。
市街地の道路が見える。
愛純たちは、まだあそこのゲーセンにいるはずだ。
ゲーセンのドアを開け、俺は颯爽と入店した。
【6】
思いのほか、ゲーセンは広く、人も多い。
混雑で、愛純たちの姿がどこにあるか、わかりにくい。
俺は混雑をかきわけながら、うろうろする。
「よう、そこのお姉さん。人捜しかい?」
やたらガタイのいい男が、俺に声をかけてきた。
腕には、派手な龍のタトゥーもある。
俺は最初気づかなかったが、今、自分が女性であることに気付き、
反応する。
「わ、私のこと?」
『俺』と言っても、不審がられそうなので、一人称を変えてみる。
「そうだよ。さっきからキョロキョロしてるからさ」
「ま、まぁ、そんなところかな。人捜しだよ」
「そうか、俺が手伝ってやるよ」
…信じていいのだろうか?
あまりガラは良くなさそうだ。
ナンパのつもりであれば、お断りするしかない。
「い、いえ、結構ですので」
我ながら、あまり力ない返事だ。
体が女の子になってしまったので、少し大人しくなってしまったのだろうか?
「そう言うなよ。へへへ」
タトゥー男は、私の腕をがっしりつかむ。
ああ、嫌な予感しかしないなぁ…。
「俺につきあえって言ってるんだよ」
「!」
「おっと、逃げようたって、無駄だぜ。
お前のまわりは、俺のダチが囲んでるんだからよ」
私は、周囲を見る。
タトゥー男と似たような雰囲気の連中が、ニヤニヤしながら、こっちを見ている。
まずい。こんなに大勢じゃ、逃げられっこない。
仕方ない。私が元男であることを、カミングアウトするか。ドン引きするだろう。
「待ってくれ、私は、さっきまで男だったんだ。
その……今は女性だけど」
「は? 何を言っているんだ?
こんなかわいい男がいるわけないだろ?」
信じてもらえないようだ。
参ったな。愛純、イルファ、助けてくれ…。
「もし仮に男だったとしても、関係ない。
かわいいなら、なんでもいいぜ。穴はあるんだろう?」
なんだそりゃ。お前そういう趣味かよ。
しかし、タトゥーの男は鼻息荒くし、私の腕をつかんで離さない。
私は、もうだめだ、と思い、目をつぶった。
そのとき、ガツン!という音がして、何かが倒れる。
私の腕をつかむ力が、ゆるんで、無くなった。
おそるおそる目を開ける。
タトゥー男が倒れていた。巨体を地面にくっつけ、目をまわしている。
「な、何…?」
「おっと、ごめんよ。そこの美少女が困っているようだったから、
ついつい手が出ちまったぜ」
タトゥー男を倒したのは、チャラい雰囲気の茶髪男。
茶髪男は、剣らしきものを片手に持っている。
この茶髪男、どこかで見たぞ…。あっ、宮城竜司!
「なんだ、てめぇは!」
モヒカン男が叫ぶ。
「俺は宮城竜司。全世界の美女の味方さ!」
「はぁ? なんだそりゃ。
気にいらねぇ奴だ。やっちまえ!」
「やれやれ、男との戦うのは気乗りしねーぜ」
やる気なさそうな言葉を言ったが、宮城竜司は、
あっという間に不良男どもを全滅させてしまった。
「そこの黒髪のお嬢さん。ケガは無かったかな?」
「わ、私は何も…ありがとうございます…」
私は、とりあえず礼を言っておいた。
助けてくれたのはありがたいけど、こいつはあまり好きじゃない。
態度が軽々しいし。
「ところでお嬢さん。名前はなんて言うのかな?」
「あ、私の名前は…」
私の名前は、当真和平。
なんて言えるわけがない。
和平なんて、男みたいな名前を出したら不審がられる。
ええっと、女の子っぽい名前、名前…。
私は脳をフル回転させ、ありったけのネーミングセンスをつぎこむ。
「か、花純って、言います…」
うわー、花純だなんて良く考えたわ。
愛純から一文字変えただけじゃないか。
まあいいでしょ、双子なんだし、名前似てても。
「花純さん! いい名前だ。
しおらしい顔も素敵だ」
手をつかまれる。しっかりと。
おいおい、さっそくナンパしてるじゃないか!
あのー、私、元は男なんだけど…。
断ったほうがいいのだろうか。
しかし間髪いれずに、竜司は攻勢をかける。
「少しばかり体を動かしてたら、喉が渇いちまったぜ。
花純さん、カフェか何か知らないか?」
「カフェなら、お店を出て、右に曲がったところに…」
あっ。しまった。
つい答えてしまったけど、よく考えたらこれ「お茶しましょう」じゃないか。
「OK! そこにいきましょう!
花純さん、案内してくれ!」
【7】
ついつい竜司をカフェに案内してしまった。
屋外のテーブルの腰を掛け、私と竜司は向かい合って座っている。
テーブルの上には、カプチーノが2つ。
ええい、仕方がない。適当に話をして終わらせるぞ。
「ここのカプチーノは美味しいんです」
私は、実は、このカフェに来たのは一度ではない。
友達と一緒に、何度か来たことがある。
特にカプチーノは絶品だ。ミルクの風味が良い。
「特に、このミルクの風味が良くて」
「花純さんの肌もミルクのようだ」
さようでございますか。
そういえば、女の子になってから、肌質が良くなったような気がする。
やわらかいし。
「花純さん。俺は、おとなしめな感じの女の子も好きだ。
その控えめな雰囲気は、俺の心をおだやかにさせる」
「え、えぇ…」
適当に愛想笑いする。マジで言っているのか。
しかしまぁ、そんなに大人しめな雰囲気するかな、私は。
ちょっと意地悪な質問をぶつけてみる。
「竜司さんは、ほかの女の子にも、同じように口説いてるの?」
「女の子が百人いれば百人の良さがあるんだぜ。
同じような言葉にはならないさ」
「はぁ、そうなんですか」
「そうだとも。この世には、1人として同じような女の子はいない。
だからこそ、1人1人の輝きが素晴らしい。
俺はこの輝きに、少しでも多く触れたい。
女性だって、お気に入りの服は、1着や2着だけじゃないだろ。
俺も、お気に入りの娘は、1人や2人だけじゃない。
だが、誤解しないでくれよ。
今、この瞬間において、俺が最高だと思う女の子は、花純さん1人だけだ」
「は、はぁ…」
「自分の話ばかりして悪いね。
ところで、花純さんは、ゲーセンで何しにいってたの?
ああいうにぎやかなところには、おかしな男もいっぱいいるから、
絡まれないように気を付けないと」
そうだね、ゲーセンでおかしな男に絡まれると大変だよね。
「おかしな男」には竜司も含まれるんだけど……
「人捜しです…あの、待ち合わせをしていて。友達と」
「そうなんだ。悪かったな、突然声をかけてしまって」
「いえ…。ところで、そこに立ててある、
剣みたいなやつは、何でしょうか」
私は、竜司の座っている椅子に立てかけてある、剣を指さす。
「ああ? これ? 俺のお守りみたいなものさ。
『魔剣』って言うんだけど。
いい思いをすることもあるし、敵をぼこることもできる」
「あの、それだけじゃなくて、横にもう1本…」
「ああ、これか。これは、2本目の剣だな。
銃剣というらしいんだが、俺にはうまく扱えなくて
ただの荷物だし、困ってるよ」
「銃剣、かっこいいですね。触らせてもらえる?」
「どうぞどうぞ」
竜司は、笑顔で、銃剣を差し出した。
おいおい、いくらなんでも、サービス精神よすぎじゃないか。
私が、銃剣を奪おうと考えていたら、いったいどうするつもりなのだろう。
竜司の持っている銃剣は、十剣のひとつ。
アイシアが持っていたのだが、竜司が奪った。
「凄い。これが銃剣」
「町中で撃っちゃダメだぜ」
「わかってますって」
と言いつつ、引き金に指をかけてみる。
どうせ、弾なんて入ってないでしょ。
くいっ、と引き金を引いてみる。
パン!
うわっ、しまった!
発射するなんて!
どこに当たった?
目の前には、竜司が倒れている姿があった。
あっ。竜司を撃ってしまったのか…。
竜司の額が赤くなっている。そこに当たったんだな。
「お客様……店内で銃を撃つのはご遠慮ください」
店員に注意されてしまった。
頭を下げて謝る。
「お客様……危険ですので、この銃剣は、いったん私にお預けください」
「は、はい」
私は、店員に銃剣を渡す。
「では、お客様、この銃剣は私がお預かりしますね。
……永遠に」
永遠に? どういうこと?
私は、頭を上げ、店員の顔を見る。
あ! こ、こいつは……!
「ふっふっふ。これで銃剣は俺のものだな」
「さ、佐藤隆弘!? どうして…」
「ん? 少女よ。どうして俺の名前を知っている?」
しまった。私は思わず、手で口をふさぐ。
今の私は「当真和平」ではなく「当真花純」だ……。
女の姿になってしまったのだから、佐藤がおぼえているはずがない。
「……まあいい。これで俺も、十剣をめぐるバトルに、再参加できる」
「ま、待って。返して、銃剣を!」
「返せと言われて返す奴はいない。さらばだ!」
佐藤は、身をひるがえすと、店員制服のまま、お店の外に飛び出していった。
【8】
佐藤の姿は、あっという間に消えてしまった。
私は佐藤を追うのをあきらめ、竜司を介抱することにした。
本当は、早く愛純たちに合流したいけど、竜司を倒したのは自分だし、
介抱する責任があると思った。
しばらくして、竜司が目覚める。
「ん……?」
竜司が目覚める。
「花純さん? 俺はいったい…。
花純さんとコーヒーを一緒に飲んでたところまでは憶えているんだけど」
「竜司、気が付いてよかった。
あのね、大変だったんだよ。
変な男が、いきなり竜司の頭を殴って、銃剣を奪っていったの。
私も追いかけたんだけど、間に合わなくて…」
本当は、私が銃剣誤射で竜司を気絶させてしまい、その間に銃剣が奪われたんだけど……。
私は、面倒ごとを避けるため、佐藤隆弘に罪をなすりつけた。
「何ぃ! くそっ、俺としたことが油断していたのかよ。
許さねぇ。花純さん。その男は、どの方向に逃げていったんだ?」
「ええと…あっちかな?」
適当な方向を指さす。
佐藤が、どの方向に逃げたかまでは、憶えていない。
「ありがとう。よし、俺は銃剣を取り戻しにいく。
花純さん。別れるのは惜しいけど、また会おうぜ。あばよ」
竜司はそう言い終わると、颯爽と駆け出し、私の目の前から消えた。
そして、私は胸をなでおろす。
ふぅ。ばれなかったか。よかった。
ごめんね、竜司。
私、ほかにも謝らないといけないことがあるんだ。
あなたの所持していた魔剣……私が今、手に持っている。
竜司が倒れている間に、盗んでおいた。
竜司は今、剣を1本も持っていない。
かわりに、丸めたポスターを1本にぎらせておいた。
私は、盗みがしたいわけではない。
相手の剣を奪っておかないと、次は、
私の剣も狙われてしまうので、仕方なく盗むしかない。
それに私は、戦う能力がない。
真正面から戦っても、負けるから、頭を使って、
逃げるなり、罠にはめるなり、そういうことをしないと勝てない。
一方では、こんなやり方で勝っていいのか?という自分もいる。
きっと、この葛藤は、十剣のバトルが終わるまで続くのだろうな…。