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十剣物語 ~最弱の剣~  作者: 朝吹小雨
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服破りの魔剣2

十剣物語 第5話


【1】


自宅じゃない場所で、目を覚ましたのは、いったいいつぶりだろう?

俺が朝目覚めたとき、それは、俺の見慣れた部屋じゃなかった。


背中に感じるクッションの柔らかさ。

いくら手足を大きく伸ばしても、寝転がっても、手足がベッドの外に出ることは無い。

大きなベッドだ。

本棚もないし、机もない。テレビもない。

静かで、きれいで、何もない部屋だ。

ここはどこだろう? 俺はすぐに思い出した。


「そうか、俺は…保護されたんだ。お嬢様に」


俺は、昨日のことを思い出し、つぶやいた。

頭の中に、アイシアの姿が思い浮かぶ。


狙われ、追い詰められ、苦しんでいる俺を助けてくれた、金髪の少女…。

笑顔で、「あなたを保護します」と言ってくれた。

でも、その金髪の少女だって、俺を狙っていることに、かわりはない。

今は、一時的に、他の人から俺を守ってくれているだけだ。

俺の右手を、横取りされないように…。


「アイシア…。そうか、ここはアイシアの家か」


俺はあたりを見回し、ベッドから身を起こす。

とりあえず、朝起きたばかりだし、トイレにでも直行するか。

漏れそうだ。


慣れないドアノブをひねり、部屋から廊下に出る。

うわぁ……。

なんて長い廊下だ。ドアも多い。

大きなホテルみたいだ。


どれがトイレかわからねーぞ…。

やばい。漏れそうだ。

トイレがすぐに見つからない、と思うと、余計にトイレが近くなる。

両足をじたばた動かしてしまう。くそ、まずいな。これは。


仕方ない。

そこらへんのドアのコックをひねって、適当に開けてみるか。


俺は、廊下の両端のドアを、次々と触る。

開くか? コックをひねる。開かない。

こっちはどうだ? コックをひねる。開かない。

じゃあ、こっちのドアはどうだ! コックをひねる。


ガチャ。

開いた! トイレ! トイレ!

俺は喜びいさんで、部屋の中に飛び込んでいく。


「あ」


部屋の中には、着替え中と思わしき女の子がいた。

しかも、この子は見覚えがある…イルファだ。

俺の友達。イルファも、一緒に保護されたんだっけ。


ふふふ。しかし、まあ、結構、いい身体しているなぁ。


ここまで考えて、俺の意識はぶっとんだ。

気が付けば、イルファの蹴りを、顔面で受け止めていた。


【2】


「なんであんたが来るのよ! 愛純だったら抱きしめてたのに!」


イルファは、俺をトイレに案内しながら、ぷんぷんと怒る。


「愛純」というのは、俺の双子のきょうだいだ。

愛純も、俺やイルファと一緒に保護されている。

たぶん、違う部屋にいると思うけど、まだ今日は顔を合わせていない。


イルファは、愛純のことがとても好きだ(恋人に近い意味で)

愛純も、イルファが好きだ(こっちは友達として)

それに比べて、俺は、ゴミのような扱いを受けている。

女の子同士、ずいぶん仲がいいものだ…(敗北感)


「トイレは昨日、アイシアさんが場所案内してくれたでしょ。

 ちゃんと覚えておきなさいよ」


「ごめん、そうだったな…忘れてた」


とは言っても、家が広すぎて、トイレの場所を憶えるのも、楽じゃないなぁ。

マップが欲しいぜ。


さて、トイレを済ませた俺は、お腹が空いてきたので、朝食をとろうと思った。


「なあ、お腹が空かないか? 朝飯、食べたいけど、どこ行けばいいんだろう」


「はぁ…。それも昨日教わったでしょ。

 食事用カフェテラスがあるのよ、この家は。

 こっちよ。ついてきなさい」


イルファの記憶力は凄いなぁ。

俺は、イルファの背中を目で追いながら、あとをついていく。


本当に広い家だなぁ。ちょっと歩いたくらいでは、カフェテラスにたどりつかない。


自宅だったら、適度に狭くて、トイレも食事も、ちょっと歩けばすぐだ。

大金持ちの家というのは、難儀なものだなぁと思う。

こんな広さじゃあ、掃除も大変だろうに。

ああ、もしかして、掃除ロボットを動かして、掃除しているのだろうか。


「あれ? あの人たちは…」


イルファは、目の前に、何かを発見したらしく、足を止める。


なんだろう? 俺は、イルファの肩越しに、前方を見る。


黒いスーツの男の人たちが、何人かいて、忙しそうな様子で走っている。


「おい、門の様子はどうだ!」


「武器を持った男が数人、騒いでいるとのことです!」


「警備員は何をしている!?」


「多くが眠らされていて…睡眠薬のようです」


「くっ! 門に急げ! 奴らを取り押さえろ!」


なにやら、物騒なことが起きているようだ。

俺は、朝のけだるい気分が、少しだけ冷めたような気がした。


「何かしら? やばいことが起きてそうね…」


イルファも、危険そうな雰囲気を察知したらしく、真剣な顔をしている。


「愛純、愛純を守らないと…」


イルファは、愛純のことが気になるらしい。

俺も、愛純の姿が見えないので、少し気になっていた。

愛純の身に何か無ければいいのだが…


「くんくん…」


イルファは自分の鼻を動かして、何やら、匂いを探っている。

え? 何してるの?

まさか…


「愛純は、カフェテラスのほうにいるわね」


匂いで察知したのかよ! 凄いな! びっくりだよ(ドン引き)


だが、俺たちは、愛純のいるカフェテラスには、近づけなかった。

なぜなら…


【3】


カフェテラスの前には、一人の男がいた。

俺より少し年上っぽく見える。軽そうな感じのする、背の高い男だ。

立ち振る舞いからして、明らかに、この家の人間ではなさそうだ。


もっと驚いたのは、その男が持ってる剣。

銃剣だ。

あれは、石川さんが持っていた剣だ。

それを、アイシアが奪い、自分のものにした。

しかし、なぜ、あの男が、アイシアの銃剣を持っているのだろう?

まさかアイシアを倒して…


俺はぞっとした。

アイシアは、剣の扱いのうまい、実力者だ。

そんな彼女が負けたっていうのか?

アイシアに保護される立場としては、恐怖を感じる。

思わず、あとずさってしまう。

だが、イルファは、勇ましい女の子だから、俺の前に出て、言葉を発した。


「あなた、この家の人じゃないわね? 誰?」


「んー? おっ、結構かわいい子がいるじゃないか」


軽い。まるで、街角の女の子に、ナンパするような対応だ。


「不審者ね? 警備員に通報するわよ」


「あー、無駄無駄。警備員はみんな俺が眠らせたし、

 デマ情報を伝えて、別の場所へ動かした」


「そんな…」


「さて、俺は早く逃げなきゃいけないんだよね。

 銃剣も奪ったし、警備員どもが気づく前に、さっさとここを出なくちゃさ。

 でも、お前もかわいいな。思わず足を止めちまったぜ。

 あの金髪のお嬢さんと、どっちが美しいかね…」


「金髪のお嬢さん? アイシアのことね…?」


「そうさ。よく知ってるな。お前たち、関係者か?

 まあいいや。アイシアお嬢さんは、カフェテラスでうずくまってるぜ。

 きれいな肌も拝ませてもらったしな。はっはっは…」


こいつは何を言っているんだ?

アイシアを力づくでねじ伏せて…まさか…。


「あなた、最低ね」


イルファは、男の顔をにらみつけると、戦闘モードに入った。

あれは、蹴りを放つ準備だ。

蹴りは、イルファの得意技。

俺もさっき蹴りをくらったけど、あれはとても痛い。


「おっ、俺と戦うのか?

 怖い顔しないでくれよ。俺、女の子には優しくしたいんだぜ」


男は、足元に、銃剣を置くと、どこからか、別の剣を取り出した。


「剣…? あなたも十剣の使い手なの?」


「そうだよ。俺の名前は宮城竜司。魔剣の使い手さ」


魔剣。十剣のひとつだと思うけど、初めて聞く名前だ。

しかし、名前からして、強そうな剣だ。

これはイルファでも、やばいんじゃないのか?


「愛純は…愛純には何もしていないわよね」


イルファは怒りのこもった声で、問い詰める。

そういえば、愛純も、カフェテラスのほうにいるんだっけ…。

ということは、アイシアと一緒にいたのか。

巻き込まれていないといいけど…。


「愛純? 誰だ、そいつは。

 アイシアの横に、エプロンをつけた家政婦らしき女がいたが…。

 アイシアお嬢さんに夢中で、見えていなかったなぁ」


愛純を、家政婦か何かと勘違いしているようだ。

たしかに、愛純は料理が得意で、エプロンも似合うが…


「ほっ…。愛純には何もしていないってことね。

 でも、あなたみたいな男は、私、嫌いよ。

 一発蹴らせなさいよね」


「美女の蹴りは、素晴らしい。ぜひ蹴ってくれ!」


竜司は目を輝かせている。

あ、こいつ、ダメな男だ…。


「気持ち悪いっ!」


イルファは、瞬間、蹴りを繰り出した。

目にもとまらぬ速さで脚が飛ぶ。


竜司は、イルファの蹴りを、その顔でしっかりと受け止めた(食らった)


「なかなかいい蹴りだ…」


意識はしっかりしているらしい。鼻血を出しながら、笑顔で対応している。

なぜ蹴りを顔面キャッチして、ニコニコ顔で立っていられるのか…。

俺は意識を失ったぞ。目を白くしたぞ。

この男の気持ち悪さに、少しドン引きした。


イルファも、何を言っていいかわからず、少しひるんでいる。


「いや~俺、満足だぜ。美女は何をしても絵になる。

 お前が蹴りをする姿、しっかりと脳内に焼きつけたぜ。

 もう時間もないし、蹴りを食らったお礼、してやるよ」


魔剣をかまえる。そして竜司の姿が消える。


「!?」


最初、何が起きたか、わからなかった。

竜司の姿が現れたと思ったら、イルファの衣服が消えていた。


服を盗んだ?

いや…床には、布きれの破片のようなものがいっぱい落ちてる。

イルファがさっきまで着ていた衣服だろう。

切り裂かれたのだ。あの魔剣で…。


「いい眺めだ…。なかなか大きい。

 ううむ、アイシアお嬢さんといい勝負だなぁ…」


「あなた、何を…こんな…」


イルファは、身体を手で隠しながらも、相手をにらみつける。

蹴りを、いつでも繰り出せるような体勢だ。

凄い。イルファは、あんな恥ずかしい姿でも、戦意を失わないのか。


「この魔剣は、人を斬る剣じゃない。誰も傷つけない。

 だけど衣服を切り裂くことなら簡単にできる」


ああ、やっぱり。魔剣……素晴らしいな。

いやいや。

そんなこと考えている場合じゃないだろっ。


「さて、美女の裸も見れたので、ここでお別れとしよう。

 よかったぜ。あばよ!」


「あっ! 待ちなさいよ!」


竜司は、銃剣を拾うと、逃げ足早く、タッタッタ、と駆け出す。


「……うわっ!?」


竜司は、俺と衝突する。俺は衝撃に耐えかねて、床に転がる。


「なんだ…こんなところに男がいやがったのか。

 美女がいたから見えなかったな。邪魔だ。どけどけ」


俺は無言で、その場を空けた。

竜司は、素早い動きでさっさと、逃げていった。


あいつ…。俺をまるでゴミのような目で見やがった。

…なぜだろう? この胸の内に宿る怒りは。

無視されて良かったじゃないか。

俺は戦える力を持っていないんだ。

俺が戦ったって、無駄なんだ。

イルファみたいに格闘できないし、

愛純みたいに剣を武器として扱うこともできない。

無理に戦っても、絶対負けてた。


でも、すごく、あの竜司とかいう男を殴ってやりたい衝動に駆られた。

むかついた。プライドが傷ついた。許せない。

無視されるほど軽い存在なんだ、俺は…!


もっと言えば、敵相手に逃げ惑うしかない自分の無力さに嫌気がさして、

積み重なった「黒い」気持ちが、

竜司の言葉がきっかけで、引き金を引いてしまった。


「ちくしょう!」


俺は思わず、そう叫んでいた。


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