百合な幼馴染と金髪令嬢
十剣物語 第2話
【1】
「俺はお前が欲しい!」
高校へ向かう途中、俺は、またしても長髪イケメンに告白された。
長髪イケメンは、俺の目の前に立ちはだかり、俺に熱烈アピールをする。
そして、ドン引きして固まる俺の近くに、一歩ずつ、一歩ずつ、迫ってくる。
「ま…またお前かっ! いい加減にしろ!」
「待て、逃げるな」
俺はダッシュで逃げる。学校に行かなきゃならないし、なにより、俺の大切なもの(意味深)を奪われたくない!
あーあ、どうしてこんなことになったのだろう。
今までのいきさつを話そう。それは、昨日のことにさかのぼる。
俺、当真和平は昨日、日本刀を持った長髪イケメン(本名・佐藤隆弘)に襲われた。
あぶない目にあったところを、双子である「当真愛純」に助けられた。
どうやら、佐藤は俺の腕を狙っていたらしい。「お前が欲しい」は、正確に言うと「お前の腕が欲しい」なのだ。
十剣の伝説。
俺の住む島に、「十剣を集めると願いが叶う」という妙ちきりんな伝説があり、
俺がその十剣のうちの一つを所持しているらしい。
ところが、それは刀でもなんでもなく…。
俺の腕。つまり「手刀」らしいのだ。
今聞いてもばかばかしい話だ。手刀をどうして剣として扱うのか。
俺は責任者を問いただしたい。強く問い詰めたい。
だが、そういう仕組みらしいので、どうすることもできない。
事実上、手刀は無力だ。ただの空手チョップだし。
では、今、目の前にある危機(長髪イケメンの佐藤)を、どうやって撃退するのかというと…。
「当真和平! 待て……ぐふっ!?」
佐藤の額に、ぶしゅり、と光るものが突き刺さる。
佐藤は白目をむいて、そのまま路上にばたりと倒れこみ、動かなくなった。
佐藤の額に刺さるそれは、包丁。家庭によくある、あの刃物である。
「和平! だいじょうぶ!?」
包丁を投げたであろう張本人、当真愛純の登場だ。
愛純は、俺の背後から、いつの間にか現れる。
「愛純……助かったよ」
「もう! 和平ったら、ひとりで出歩くなって、言ったでしょ!
あなたは、狙われてるんだからね」
「そうは言うけど…愛純と一緒に歩くのは恥ずかしいよ」
「そんな考えは甘いわ。さっきの佐藤さんみたいに、和平を狙ってくる人は、どこにいるかわからないのよ。
通学路にいるかもしれない、学校にいるかもしれない、トイレやお風呂にもいるかもしれない…」
「トイレやお風呂はさすがにないと思うけど…」
「とにかく! 和平は危険な状態なんだから、私が常に監視するわ!
授業中も、休み時間も、下校もね! あ、もちろん、トイレのときも…」
「それは勘弁してくれ…」
万事がこんな調子だから、正直な話、愛純からも身を守らなきゃいけない。
なんだか困ったことになったなぁ。
当真愛純。俺の双子のきょうだいだ。
十剣のひとつである「包丁」を取り扱う。
さっき、佐藤の額にぶっさした包丁が、それだ。
なんで包丁を十剣として扱うのか、理解に苦しむところだが、俺はもう何も考えないことにした。学校の勉強だけで頭いっぱいだし。
愛純は、おせっかいを焼くのが好きで、さっきのように、俺にべたべたくっついて、監視したいらしい。
恥ずかしいからやめてほしい。でも、やめてくれないんだろうなぁ…。
【2】
俺たちが教室にたどりつくと、さっそく、転校生の紹介が始まった。
「えー、今日は、転校生を紹介します」
「山田オフロスキーと申します。よろしくお願い…ぐふっ!?」
山田オフロスキーの胸に包丁が突き刺さる。ばたんと倒れるオフロスキー。もちろん、愛純の包丁だ。
転校生=怪しい、という理由だけで、山田オフロスキーは刺された。
あわれオフロスキー。転校早々、しかも一言目で、傷害事件にあうという、最悪の転校日となった。
「愛純! いきなり転校生に包丁を投げるなよ!」
俺は、ぶちキレて、愛純に注意をする。
愛純は隣の席に座っているから、注意もしやすい。でも注意を聞いてくれた試しはない。
「転校生はすべて怪しいわ! こんなタイミングに転校とか、ぜったい怪しい!
和平を狙っているに違いないわ!」
愛純は完全に興奮状態で、マジキチと形容したいレベルだ。
包丁を投げた指がぷるぷる震えてるし、息が荒いし、目が血走ってるし、ぜんぜん冷静じゃない。
「たしかに転校生は怪しいけど、いきなり断定はまずいって!」
「何かが起こってからでは遅いのよ、和平。少しでも怪しいと感じたら
即消滅させないと、たいへんなことになるかもしれないし」
「…すでに、たいへんなことになっているわけだが」
俺の背後には、怒りに震える担任教師が立っていた。
このあと、俺たちは、担任教師にこっぴどく叱られたあと、職員室で絞られるのだった。
【3】
「ほんとにごめん。オフロスキー」
俺は、保健室にて、オフロスキーに深く頭を下げる。
「いやいや、俺も、変な時期に転校してきたっぽいみたいだし、気にすんなよ」
包丁に刺されたのに、ひまわりのような笑顔をしている。オフロスキーはいいやつだ。
「ほら、愛純も謝れよ」
俺は、横にいる愛純に、謝るよう促す。
「……悪かったわ。私たち、ちょっといろいろあって、少し過剰防衛になってた」
「少しじゃないだろ」
初対面の人間に包丁を投げるのは、過剰防衛というか、もはや通り魔に近い。
とりあえず、これ以上、転校生が来ないことを祈るばかりだ。
第二の被害者を生まないためにも。
「あ、他にも1人、転校生がいるよ」
オフロスキーはにこやかな笑顔で、さらっと教えてくれる。
「よし、消そう」
愛純が包丁をにぎりしめる。
「その包丁をしまえ! だいたいさぁ、転校生の全員が全員あやしいわけないだろ!」
俺は必死に愛純を止めようとするが、愛純の目の色は変わらなかった。
だめだ、こいつ。
「もう1人の転校生は、事情があって、午後に登校することになってるってさ」
「有力な情報ありがとう、オフロスキー」
愛純は、にたにたと笑いながら、包丁をきらりんと光らせるのだった。
誰かこいつを止めてくれ。
【4】
「えーと、転校生(2人目)を紹介するぞー」
午後の教室。
担任教師は、愛純をにらみつけながら、ゆっくりとした調子で話す。
担任教師の横には、黒髪の女子生徒がいる。彼女が転校生なのだろう。
きりっとした表情の女子生徒は、一歩前に出て、口を開く
「イム・イルファといいます。よろしくお願…」
「転校生は敵! 包丁でもくらえ! はぁっ!」
間髪いれず、愛純の包丁が飛ぶ。イルファの目前に、包丁の凶刃がせまる。
「止まって見えるぞ」
イルファは首を少しだけ、左に動かす。
包丁は、イルファの顔の横を通り抜け、うしろの黒板に突き刺さる。
ぴきり。黒板に亀裂が走る。
「ちっ…」
愛純は舌打ちする。
「愛純ぃ! いいかげんにしろ!
山田オフロスキーにも包丁を投げて懲りただろ!」
俺はすかさず愛純にツッコミをいれる。
冗談じゃない。転校生を2人も包丁で刺してどうする。
「……私がこの学校に転校してきたのは、理由があります」
イルファの指が、黒板に刺さった包丁をつかみ、そっと抜く。
花を摘むかのような、優雅な動作だった。
えっ? 転校してきた理由?
なんでそれを言うんですかね…。嫌な予感がするのだが。
俺が内心恐怖していると、イルファがはっきりした声で言う。
「あなたが欲しい」
「!?」
こちらに目線を向け、イルファはそう言い放つ。
あやしげな声で、あやしげな瞳で、こちらを見ている。
まずい。完全に佐藤隆弘と同じだ。佐藤も言っていた。「お前が欲しい」と。
「あなたが欲しいのぉぉぉぉぉっぉぉぉぉ!」
イルファは大声で叫びながら、空高く飛び上がる。
そして、俺と愛純のほうに飛び込んでくる。
「しまった! イルファは十剣の使い手か…!」
俺は後悔していた。やはり転校生は怪しいものなのだ。
警戒するべきだった。もう遅い。
イルファも剣を持っているはずだ。
その剣で、俺の手刀を切り取るだろう。もうおしまいだ。
愛純の包丁も、かわされてしまった。
覚悟を決め、俺は目を閉じる。
「あっすみーん! 会いたかったよぉ!」
イルファは、愛純に抱きつくのだった。
愛犬が、じゃれて飼い主に飛びつくかのように。
俺は狙われていなかったようだ。
ぼうぜんとした俺は、愛純とイルファの様子を見る。
「こ、こらっ、やめ…あんっ!」
「あすみん! あすみん!」
「ふぁっ、ひんっ、ちょ、ちょっと、苦しいってば」
「あすみん、あすみん、あすみん…会いたかったよぉ!」
「はなして、はなしてってば! ふぁ、く、苦しい…」
「はぁはぁはぁ、あすみん、あすみん!」
「はなせって言ってるだろ! やめんかコラぁ!」
顔を真っ赤にした愛純の拳が、イルファの後頭部をえぐった。
【5】
「ごめんね、愛純。なつかしくてついやりすぎちゃった。あははっ」
頭にタンコブを生やしたイルファは、愛純に謝るのだった。
まるまるとしたタンコブは、とても痛そうだ。
愛純にしつこく抱きつくから、殴られるのだ。
それでもイルファは懲りてなさそうに、コロコロと笑っている。
でもどうして、イルファは愛純に激しく抱きついたのだろう。レズなのだろうか。
そんな疑問も、次のイルファの一言であっさりと解けるのだった。
「小学校以来だね、愛純とこうやって出会えるのは」
「小学校以来…?」
俺と愛純は、一瞬よくわからなかったが、
イルファの目と、髪の毛と、顔つきをじっと見ていくと、
だんだんと記憶がよみがえってきた。
「あっ!」
俺と愛純は同時に声を出した。
そうだ。俺たちの隣に住んでた、あのイルファだ。
いつも一緒に遊んでいて、ケンカも時々して、そのたびに俺はイルファから理不尽な蹴りをくらった。
イルファは愛純が好きなのか、いつもいつも愛純の味方だった。
一度だって俺の味方をしてくれた記憶がない。
それを思い出すと、俺はだんだんとイラついてきた。
いや、待て。ここでイラついてどうする。俺は高校生。半分大人なのだ。
ここは紳士的に冷静な顔で対処すべきだろう。
「やあ、イルファじゃないか。何年ぶりだろう」
「…あなた、誰?」
「俺のこと憶えてないのかよぉ…」
がっかりだ。俺のことはすっかり忘れているようだ。
「彼は当真和平。わたしの双子のきょうだいよ。
ねぇ、イルファ久しぶりね」
「ほんと久しぶり。わたし、愛純に会いたくて、転校してきたのよ」
「まあ、嬉しいわ」
愛純はにっこり笑って答える。
しかし気になる。「会いたい」という理由だけで転校できるものだろうか。
という冷静なツッコミを心の中でしてみる。
まあ、そんなことを言ってもしょうがないのだが…
「愛純、わたし、今日はあなたと一緒に帰りたい。いいかな?
話したいこともいっぱいあるし」
「ええ、いいわよ」
「おうちは今も同じ? あのころから変わってない?」
「変わってないわよ。最近、日本刀を振る変質者が出たくらいで、
あとは何もないわ」
「えー? 変質者? なにそれー。あははっ」
と、こんな感じで、女の子同士で仲むつまじく会話するのだった。
いつのまにか、手まで握っていやがる。
俺は愛純とイルファの横で、ぼんやりした顔で、ふたりの会話を聞き続ける。
【6】
「じゃあ、そろそろ私はここで」
イルファは、手をふって「さよなら」の合図を送る。
学校からの帰り道。
俺と愛純の家から、少し離れたところで、イルファと別れる。
「ねぇ、そういえば、イルファはどこから通っているの? ご両親と一緒に住んでるの?」
愛純はイルファに問いかける。
「親とは一緒に住んでいないの」
イルファの表情が少し曇ったような気がした。が、一瞬で笑顔に戻る。
ん? いったい親と何かあったのか? ケンカして家出したとか? まさか。
「わたし、ここの近くに下宿しているわ。
本当はね、愛純と一緒に住みたかったけど…」
と言いながら、愛純の顔をチラチラと見ては、頬を赤くする。
「一緒に住めないのは残念だけど、いつでも遊びに来ていいからね、イルファ」
「うん! 嬉しいわ、愛純!」
「きゃあっ」
イルファは、愛純にガバッと抱きつく。
「いつでも遊びに来て」がだいぶ嬉しかったのだろうか。
「もう、イルファったら」
苦笑しながら、愛純も嬉しそうだ。
俺は横でそれを眺めているばかりだ。ぼけーっとただ見てるだけ。
ああいう女子の空間に入り込める能力が無いのはつらい。
エロいことがしたいわけではなく、なんだか置いていかれる気分になるからだ。
クラスでは、そういうのが得意な奴がいるが、正直うらやましい。
まったく、俺はどこまでもコミュ能力が低い男でしかないのか。
という暗い話はさておき、少しイルファの事情が気になる。
転校してきた本当の理由。親のことを話すときの気まずそうな顔。
十剣とは一見、何の関わりも無さそうだけど、なんだか気になって気になって
トイレや風呂場でもイルファの顔が思い浮かぶ始末だ。
「はぁ。イルファのこと、気になるなぁ」
家のトイレの中で思わずつぶやいてしまった。
「え? 和平はイルファに興味があるの?」
「いや、そういう興味じゃなくて、なんというか、
どうして転校してきたんだろう? ってちょっと気になっただけで…って、おい!」
「あら、トイレの邪魔だったかな?」
愛純がいつの間にか横に立っている。
「トイレ中に入ってくるなって、何回も言っただろう! 恥ずかしいだろ!」
「だって、心配なんだもの」
日本刀もったお兄さんが、家の中に侵入し、夕食カレーを盗み食いしていった。
あの一件以来、愛純は、家の内外で、俺をずっとガードしている。
通学するときも、寝るときも、風呂もトイレも。
いや、さすがに風呂とかトイレは勘弁してくれって毎日言ってるけど、なかなかやめない。心配もここまでくると、やりすぎだ。
【7】
不況だ。
去年から世界恐慌が起きており、企業も家庭も、お金のやりくりに苦心している。
俺たちの周りも例外ではなく、クラスメイトの親がリストラにあったり、
親の会社がうまくいかず一家離散など、いろいろ厳しい状態になっている。
こんな状態で、俺の将来もお先まっくらだ。進路はしっかり考えないといけないな。
今日もテレビでは、不況を報じるニュースを伝えている。
いつもこういう不安を振りまく話題ばかりで、正直、嫌になる。
が、他に見る番組もない。
俺は、家のソファに寝転がりながら、ぼんやりとニュースを見る。
「○○銀行が倒産しました」
銀行の倒産を告げるニュースだ。理由は、去年からの大不況。
もう何件目だろう。数えるのをやめてしまったので、わからない。
○○銀行と言えば、それなりに大きめの銀行だなぁ。
うちの銀行は大丈夫だろうか。そんな考えが頭をよぎった。そのとき。
ピンポーン
と自宅玄関の鈴が鳴った。
誰だろう。
また日本刀野郎が来たら怖いので、愛純を呼んで、一緒に玄関ドアを開ける。
「はーい」
愛純は包丁をにぎりながら、恐る恐るドアを開ける。
「愛純…」
「イルファ!?」
イルファがいた。少し様子が変だ。
表情は青く、声も弱弱しい。悪いことでも起きたのだろうか。
「あすみー!」
イルファは愛純に、泣きながら抱きつく。
うお、一体どうしたんだ? あんなに泣き出して。振られたのか?
「イルファ。どうしたの。そんなに泣いて…」
「あのね、私のお金を預けている銀行がつぶれてしまって」
「えっ、それってまさか、○○銀行?」
「そうだよ」
「○○銀行が倒産したって、さっきニュースで放送していたわね」
「私、ここで暮らすお金を、○○銀行にすべて預けていたの。
そしたら……あんなことに」
「うわぁ、大変だね…。ちなみにいくら預けてたの?」
「○億円」
「○億円!?」
とほうもない金額だ。なんでイルファのような少女がこれだけの大金を。
まさか、変なことをして稼いだお金でもあるまいに。
宝くじか? 宝くじしかない。
「すごい金額だね。た、宝くじでも当てたの?」
「ううん、そうじゃないの。家宝の剣を売ったの」
予想外の回答が返ってきた。
家宝の剣を売っただけで、○億円というお金が手に入ったらしい。
そもそも売っていいものなのだろうか。
家族に怒られないのだろうか。
というか、そんなにお金必要なのか。
「家宝の剣!?」
「そうよ。私の一族に代々伝わる、超豪華な装飾がほどこされた剣よ。
切れ味はまったく無いけどね」
それって・・・・・・もしかして十剣じゃないか?
怖いから言わないけど。
俺と愛純はお互い目を合わせる。愛純も同じことを考えているようだ。
と、そのとき。
「そこの娘! それは十剣のうちの一つ! 『宝剣』ではあるまいか」
大きな声が家中に響く。
せっかく黙っていたのに、いらんことを言うな!
俺は怒りの目を、声の主に向け…
「げっ、お前は!」
そこには、日本刀を持ったイケメンがいた。
佐藤隆弘。冒頭で俺を追い掛け回していた、迷惑な男だ。
というか、お前はいったい、いつの間に、俺の家に入ったんだ!?
「宝剣。それは、かつてこの島の十剣と言われていた。
切れ味こそないが、その美しさは見たものを虜にし、高価な値がついた。
宝剣は高値で売られ、いつの間にか、島を出て、遠い異国へと旅立ったという。
郷土史に書いてあった。そこの娘!」
「イルファよ」
「イルファとやら。その大事な宝剣をいったい、どこの誰に売ったのだ。
十剣を集めれば―」
「おい! やめろ! それ以上言うな」
俺は佐藤隆弘の口をふさごうと飛び出したが、遅かった。
「十剣を集めれば、願いが叶う。どんな願いでもな」
言っちゃったよ。
「え? それ本当?」
イルファの目つきが変わる。
「男に二言はない」
「うっそ。あんな宝剣に、そんな伝説があったなんて…。
私はあれを売って、大金を手にして、それで、愛純とずっと暮らすつもりだったのよ。
でも、銀行がつぶれちゃって、今じゃ一文無しよ。
親からの資金援助も無いし、帰国するしかない…。そう思ってたけど、
十剣さえ集めれば、また愛純と暮らせるのね」
「ふっ。だが残念だったな。宝剣を取り戻さないかぎり、それは無い」
「宝剣を取り戻さないと! でもどうしたらいいの!」
「宝剣を売った相手を俺に教えろ。俺がそいつを倒して、宝剣を取り戻してやろう」
嘘つけ。こいつ、たぶん、宝剣を自分のものにするつもりだゾ。
俺の第六感がそう告げてるゾ。
「宝剣を売った相手は、アイシア・ランフォード。
財閥のお嬢様よ」
「ランフォード!? ランフォード財閥のことか!」
佐藤隆弘の表情はだんだんと険しくなる。
「そうよ。私が宝剣を持っていることを知って、近づいてきたの。
『あなたの剣が欲しい』ってね」
「ふっ。そいつはまた厄介な相手だな。世界最大の財閥ではないか。
警備も厳重だろう。
だが、勝機はある。俺の日本刀はどんな相手でも一撃で斬れる」
まあその日本刀は、愛純に一撃でやられたけどね…(前話参照)
「お、おい。ちょっと待てよ。ランフォード財閥って欧米にあるんじゃないのか?
どうやって行くんだよ。無理だって」
十剣を集めだされたらたまらない。必死に止める。
なぜなら俺の右腕「手刀」も十剣の1つ。
手刀を奪われるということは右手を奪われるにも等しい。
今後の人生を左手だけで生きたくない。切実な問題だ。
「和平。今、アイシアは、この島にいるよ」
イルファはきっぱりと言い切る。
え? どういうことだ…?
「ランフォード財閥が、この島に企業を進出させてることは知ってるわね?
ニュースに出ていたと思うけど」
「そ、そうか……でも、そんなこと知ったって、アイシアがいるわけが」
「いるわよ。アイシアは社長としてこの島に赴任してきてるんだから」
「うげっ」
針を飲み込んだかのような気持ちになる。非常にまずい。
だいたい、なんでわざわざ、こんな辺境の島に、企業進出なんてさせたんだ。
ありえないだろ。
「ならば都合がいいな。ランフォード社の場所はわかっている。
あとはそこに攻め込むだけだ」
佐藤隆弘はニヤリと笑う。不適な笑みだ。
「やめとけって。ランフォード社は警備が厳重なんだぞ」
俺は必死に止める。
「心配するな、少年。俺の日本刀と愛純の包丁さえあれば、宝剣を取り戻すのも難しくはない」
「おいこら、愛純を勝手に巻き込むな!」
「和平。私、佐藤さんと一緒に戦うよ」
「は!? 何言ってんだお前!?」
俺は、信じられない!という目で愛純のことを見る。
「私、思うの。たぶんランフォードは強敵よ。お金も実力も桁外れ…。
ここは一旦みんなで協力して、ランフォードを倒したほうがいいと思うの」
「やめてくれよ……(絶望)
俺はいざこざに巻き込まれるのはごめんだぜ。
だいたい、日本刀ホモ野郎と、愛純だけじゃ不安だよ」
「大丈夫よ。イルファも戦うから」
「は? いや、イルファはふつうの女の子だろ……あっ」
ここまで言いかけて、俺は、イルファの脚をちらりと見る。
長くて、すらりとしていて、健康的な小麦色だ。
「ちょっと、和平。何ひとの脚を見てるのよ」
「い、いいや、その……」
いや、別にいやらしい意味で見たのではない。
イルファの蹴りは強烈だった。子供心におぼえている。
ケンカしたとき、イルファの蹴りが、俺の胸部をえぐってくるのだ。
俺はそのとき数時間意識を失っていたらしい。小さいころの記憶だから曖昧だが。
「イルファは格闘ができるからね。特に蹴りが強力。誰もかなわないわ。
剣が無くたって、イルファは戦えるものね」
愛純はにっこり笑って、イルファを戦力に数えようとしていた。
いやいや、おかしいぞ。
たとえ格闘ができるからって、戦力に数えてどうする。
3人しかいないぞ。
世界有数の財閥相手に挑める人数なのだろうか。
でも愛純たちの目を見てると本気っぽい。
この現実にふるえる。無鉄砲な若者というが、無鉄砲にもほどがあるぜ。
残念なことに、俺は流され系男子だ。
反対の意を唱えはしたが、ずるずると引きずられ、いつの間にか
ランフォード社の近くまで足を運んでいた。
ランフォード社ビル。そのビルは、島内随一の高さを誇るビルディングだ。
全面ガラス張りのその建物は、太陽光を反射し輝く。
が、その輝きは、黒くて重たい輝きだった。所有者の性格を表しているかのように。
愛純、佐藤隆弘、イルファは、ランフォード社ビルの最上階部分をじっと見ている。
最上部に支社長である「アイシア・ランフォード」がいるはずだ。
しかしアイシアはどんな人物なのだろう? 俺と同じ年齢くらいと聞いているが……。
「で? どうやって戦うんだよ。帰ろうぜ。俺、お腹空いたよ」
俺はこの期におよんでも、反対の意を唱える。
いやいや、さすがにネタでしょ。あんな大きなビルを持つ相手に、どうやって戦うの。
暴力的なことはやめようぜ…。
せめて法廷の場でバトルしたほうが……いや、それすらも相手にならなさそうだ。
「大丈夫よ、和平。
包丁と日本刀と蹴り技と、あと手刀があれば楽勝だわ」
なんで俺も戦力に入ってるんですかねぇ…(絶望)
愛純の考え方は、ときどきよくわからない。
「あのさぁ、手刀を戦力に数えるのやめてくれる?
ってか、ビルがでかすぎて、絶対最上階に到達するの無理でしょ」
俺は気だるそうに返事を返す。
「誰がビルに攻め込むと言った。いいか、よく聞け、少年。
アイシア・ランフォードは、外回りを終えて、そろそろビルに帰ってくる。
そして、ビルの駐車場にやってきたアイシアを、取り囲んで襲う」
「完璧な計画ね」
イルファも佐藤隆弘の計画に同意する。
俺はそうは思わない。
3人とも楽観的すぎる。
世界有数の財閥の娘が、一人で行動しているなんてありえない。
護衛がいるに違いない。
サングラスかけてて、黒いスーツ着ていて、胸元に銃を持っているような、そんな奴らが。
いくら日本刀の達人や、格闘家がいても、拳銃にはかなうはずが無い。
「あ、黒塗り高級車が来たわ。絶対あれに乗ってるに違いないわね」
イルファは好戦的なファイティングポーズをとりながら、黒塗り高級車をにらみつける。
げっ、もう来たのか。俺は逃げる準備をしたほうがいいのだろうか。
ハチの巣になるのはごめんだ。
黒塗り高級車のドアが開く。降りてきたのは――
【8】
「今日は、お出迎えする者が多いですわね」
黒塗り高級車から、一人の女性が降りてきた。
金色のさらさらした長髪を風になびかせ、余裕たっぷりの目で、俺たちを見る。
「アイシア・ランフォード! 私よ、おぼえてるかしら!」
イルファが、アイシアの目の前に出る。おい、危ないぞ!
「おぼえておりませんわ。私は毎日多くの人に会うんですもの。
私は忙しいですので、お通しくださいませ」
アイシアは、イルファの横を通り抜けようとする。
アイシアとイルファの顔が近づく。
さっ!
イルファの脚が、アイシアをさえぎる。
「通さないわ。私はイルファ。あなたに家宝の剣を売った人間よ」
「まさか脚で止められるとは思いませんでしたわ。剣を私に売った?
ああ……そういえば、そんな話もありましたわね。
安い取引だったから忘れかけてました。
でも、あの豪華な装飾の剣は、そうそう忘れられるものではありませんわ」
「売っておいて悪いけど、その剣を返してもらうわ」
「無理な話ですわね。だいたいなんで、今さら返してもらいたいのですか?」
「それは……」
イルファはそこまで言いかけて、口ごもる。
十剣を集めれば、なんでも願いが叶う。
それを言ってしまえば、アイシアは絶対に剣を手放さないだろう。
「理由など、どうでもよかろう。アイシア。剣を返してもらおうか。
さもなくば……」
佐藤隆弘は、日本刀を抜き、アイシアにつきつける。脅迫するつもりだ。
「ふっ。アイシア・ランフォードよ。お前もバカな女だ。
貴い身分でありながら、護衛の一人も連れていないとはな。
1対4では、俺たちの勝利は確実ということだ」
たしかに、護衛がいない。
財閥のお嬢様でもあり、企業社長でもある、すごい身分の人なのに。
黒スーツでサングラスな人たちが、一切いない。
「護衛? そんなものいりませんわ。
私、あまり多くの人を連れて歩くのが、好きではないですの。
1対4? うふふ、上等ですわ。
たったそれだけの戦力差で、私をどうにかしようと言うのが、そもそも間違いですのよ」
不敵な笑みを浮かべる。
おかしいぞ。どう見ても、不利なのは、アイシアのほうだ。
それなのに、余裕の表情だし、おびえすらしない。
嫌な予感。俺は、すぐ逃げられるように、足を整える。
「運転手さん、あの剣を出してください」
運転席が開いて、スーツに身を包んだ初老の男性がひょこっと出てくる。
そして、何やら細長いものをアイシアに手渡す。
アイシアは、細長いものに指をかけ、スラリと抜く。
それは剣だった。
フェンシングに使うような、とても細長い刀身の。
「レイピアってご存知ですか? 昔、西洋で使われていた剣ですのよ。
これで相手を突き刺しますわ」
「な、なんだって……」
「言い忘れていたけど、私も、十剣の使い手のひとり。
このレイピアを使って、十剣をいただきますわ。
本当は、お金とかで取引して、穏便に剣を集めたかったのですけど……。
あなたがたは、お金で動かされるような人ではなさそうですわね。
実力行使でいかせてもらいますわ」
そう言って、アイシアはレイピアをかまえる。
戦闘モードだ。
「臆するな。こっちは4人もいるのだ」
佐藤隆弘は日本刀をかまえ、アイシアをにらみつける。
俺を戦力に数えないでくれたまえー。
「うん、そうだね。4人で囲んでボコボコにしちゃえばいいのね」
イルファよ、正論だけどそれは言っちゃダメ。
だが、そうもいかないようだ。
俺たちの背後から、ぞろぞろと、人影が。
黒スーツの男たちだ。
「お嬢様! これはいったい……! 私たちも戦います!」
うへぇ、警備員が駆け付けてきやがったか。
しかも背後から。
俺たちは囲まれた。圧倒的に不利じゃないか。
警備員の数は多い。ざっと見て数十人か?
やべぇよ、やべぇよ、これは。数で押しつぶされる。
「逆境こそ正義」
佐藤隆弘はそう言い放つと、飛びかかってくる警備員を、日本刀で切り伏せる。
「和平は私が守る!」
愛純は包丁をブーメランのように投げつける。
包丁は、警備員たちを、ボーリングのごとき勢いで、ばっさばっさと倒していく。
「そっちは任せた。私はアイシアをやる!」
イルファは空高く舞い、飛び蹴りを放つ。アイシア目がけて飛んでいく。
「甘いですわね」
アイシアは紙一重でかわす。
着地したイルファは「ちっ」と舌打ちする。
「かわされるなんて……」
「幼少のころより、運動はかかしてませんからね。
ふふふ、私は簡単に倒せませんわよ?」
「今度はこっちからいきますわよ!」
アイシアはレイピアを繰り出す。
しゅっ! しゅっ!
激しい雨のように、無限の突きが繰り返される。
イルファもそれをすべてかわすが、かわす動作が増えまくり、身体を疲弊させていった。
「どうしましたの? 息があがってますわよ。
ふふふ。次で終わりですわね」
「くっ……スキがない」
イルファは反撃の機会を伺っていた。だが、それを許してはくれない。
アイシアの攻撃回数が多すぎて、なかなか手を出せないでいた。
「イルファ! 今助けるぞ!」
佐藤隆弘が日本刀を振り回し、こちらに向かってくる。救援だ。
佐藤隆弘の周りには、多くの警備員が力無く横たわっている。
全員、隆弘の刀にやられたのだろう。
「はぁっ!」
「遅いですわ!」
日本刀の渾身の一撃。それもアイシアにかわされる。
「2対1だ。不利だぞ」
「ふっ。おもしろいですわね。それで追い詰めたつもりですの?
運転手さん、あの剣も、私にちょうだい」
「かしこまりました」
運転手は、長いものを、アイシアに渡す。
「あ! あれは…!」
イルファが叫びだす。
「感動の再会ですわね? イルファさん。
私、この豪華な剣、とっても気に入ってますのよ」
「それ、私の剣だわ。返して!」
「あら? ダメですわよ。そう簡単に返せませんわね。
これは私が使いますわ」
「使うって…。どう使うのよ。
この剣、装飾は豪華だけど、切れ味はまるで無いわよ」
「そう。あなたの言うとおり、この宝剣は、切れ味がないですわ。
でもね、これは凄い特殊能力がありますのよ。
試してみようかしら?」
「な、何を言っているの…特殊能力?」
「そう。特殊な能力を持っていますのよ、この”宝剣”は」
「イルファ! 変なはったりに惑わされるな!」
佐藤隆弘は叫んで、イルファを呼び止める。
「そ、そうね。宝剣に特殊能力なんてあるはずがないわ」
「いくぞ、イルファ! 同時に攻撃を加える!」
「ええ!」
佐藤隆弘とイルファは、同じタイミングで、アイシアに攻撃をしかける。
イルファの蹴りが飛び、隆弘の日本刀が振り下ろされる。
そのとき。
アイシアの持っている宝剣が光りだした。
まぶしい。俺は、思わず目を覆った。
数秒後、まぶしさが消えた。恐る恐る目を開く。
いったい、何が起きたのだろう? 俺の目の前には、
イルファと佐藤隆弘の背中が見える。
そして奥には、アイシアが、相変わらず、不敵な笑みを浮かべている。
ん?
イルファと隆弘の様子が変だ。
ずっとぼんやり突っ立っている。手にした日本刀はぶらりと垂れ下がっていて、まるで戦う気配がない。
イルファも、手がなんだかふらふらしている。どうしたんだ?
「この宝剣の能力は、『魅惑』ですのよ。
美しい宝剣に見惚れて、戦う気をなくしてしまう。
それどころか…」
「そ、それどころか? なんだ?」
アイシアの目つきが、だんだんと高揚してくる。
「相手を操ることができる」
「な、なに!?」
「今、このお二人は、私の操り人形。
私が命令すれば、あなたたちを襲わせることができますのよ」
「げっ……!」
なんて最低最悪の能力だ。
もう戦えるのは愛純しかいないのに。
愛純は、警備員たちをようやく全員ぶったおし、俺のそばへ駆け寄る。
「和平! 大丈夫!?」
「俺は大丈夫だ、でも……」
「どうしたの?」
俺は、イルファと佐藤隆弘の背中を指さした。
自分でも怖いくらい、指がふるえている。
「やばいことになった」
「ふふふ。命令しますわ。
イルファさん。あなたは、あの包丁をもった娘を襲いなさい。
そっちの日本刀さんは、あそこにいるただの男子高校生を襲いなさい」
ああ、とうとう命令が下ってしまった。
イルファと佐藤隆弘の顔がこちらに向けられる。
生気の無い目だ。完全に操られているのだろう。
じりじりとこちらに近寄ってくる。俺と愛純は後ずさる。
「なんだかやばいみたいね…。和平、逃げて。私が食い止めるから」
「でも、愛純」
「いいから! 和平は逃げ……きゃっ!?」
愛純の包丁が地面に落ちた。カランカランという音を立てながら転がる包丁。
何が起きた!
それは、イルファだった。
うしろからイルファに抱き着かれた愛純は、自由を奪われる。
いつの間に、愛純のうしろに回りこんだ!? 俺は驚いて立ち尽くした。
「イルファ! は、放して!」
「ううん、放さないよ」
イルファの腕は、深く愛純の体に巻き付いている。
イルファは愛純の首筋に舌を這わせた。
「んぁ…何を…」
愛純は戸惑ったような声をあげる。
「ほんとはこんなことしたくないんだけど、
なんだか体が勝手に動くんだよねー」
イルファは、力の無いような声で言いながら、愛純の首筋をなめ続ける。
そして、手は、愛純の胸や下腹部をまさぐっているように見える。
いくら操られているとはいえ、どう見ても嘘だと思うのは、俺だけだろうか…。
「少年よ……」
佐藤隆弘の野獣のような眼光が、俺の体に突き刺さる。
やばい。こいつは俺を狙っているんだっけ。
くっ。逃げなきゃ。
でも、愛純を置いて逃げるのか?
俺の良心がそう訴えかける。
「俺はお前が欲しい…(日本刀を振り上げながら)」
あっ。すんません、やっぱ逃げなきゃ。
俺の良心は一瞬で吹き飛んだ。愛純、すまない。
愛純を守るより、自分の体を守らなきゃいけない気持ちになっていた。
俺は、これまでの人生の中で、もっとも本気を出して逃走ダッシュをするのだった。