act7.お兄ちゃんとお姉ちゃん!
私も妹欲しい。
「な、なんで柚希がいるんだよ」
あんまんを入れた袋が音を立てて落ちた。
柚希は実家にいるはずだろ。それに今日は水曜日、高校だってあるはずだ。
「昨日、誠の会社から電話があったから来た。本当はお母さんが行くはずだったけど、私の高校が創立記念日で休みだから代わりに来た」
「そうか、それじゃあな」
俺は部屋から逃げて外へと通じる道を行く。
地獄からの脱出だ。
が、何者かに手首を掴まれ止められた。いや、柚希だってわかってるけど、こんな現実直視したくない!
「誠、逃げないでちゃんと説明して」
「な、なんのことでしょうか?」
後ろを振り返ると澄ました柚希の顔が近くにある。
「ごしゅじんさまぁ?」
その後ろではアンマンが柚希の服を摘まんで心配そうにこちらを見ていた。
柚希はアンマンの言葉を聞くと、手首を掴んでいる手にものすごい力が加えられた。
「いてててて、タンマ、マジタンマ! 説明するから手を放して!」
ギブアップして言うが手は放されない。
柚希はそのまま手を下げる。俺は逆らえずに引き込まれて態勢を崩した。そこからよくわからないが、俯せにさせられて腕を極められた。
「うぎゃああああああああああギブアップしてんだろおおおおおおおああああああああああああ!!」
バンバン床を叩いて何度もギブアップの意思表示をしているが放してもらえない。こいつ鬼だ!
「おねえちゃん、ごしゅじんさまはなして」
「いてぇって言ってるだろ早く放……せ?」
確かに放されたが放され方に違和感があった。加わっていた力がなくなったのではなく、存在そのものがなくなったような。
顔をあげて柚希を見ようとしたら黒い靄があった。
アンマンか。
「ごしゅじんさまだいじゅうぶ?」
「あぁ大丈夫だよ。だから柚希を出してあげて」
「でも、またおねえちゃんがごしゅじんさまをいたくするかも」
「大丈夫だから」
「うん、わかった」
いい子だ。
黒い靄から柚希がニュルっと出てきた。
「さっきの何?」
「アンマンの力だよ」
平静な顔で疑問をぶつけてくる柚希に、アンマンを撫でながら返す。
「その子魔王?」
「そうだよ」
すると柚希は考えるように顎に手を当てた。
でもこいつ、考えているようで考えていないからな。
それにしても、柚希も魔王という存在を知ってるんだな。まさか母さんも知ってたりするのかも。
なんで俺だけ知らないんだよ。
「可愛いからいいか」
何がいいのかわからないが、可愛いで済ませられるレベルの問題なんだよ。何にも考えていないからな。
「ほらアンマン。買ってきたあんまんだぞ」
落としたあんまんの袋を拾ってあんまんを出してやる。
アンマンは条件反射のように顔を背けて目を閉じた。
すぐに半分に割ってやる。
「半分に割ったから大丈夫だぞ」
「やったあんまん!」
「誠、私がこの子にあげる」
柚希にあんまんを奪い取られた。
びっくりしたなぁもう。
まぁ誰があげても一緒だろ。
「ごしゅじんさまがいい……」
しゅんとした顔でわがままを言うアンマン。
うおっ、可愛いこと言いやがって!
この幼女形態でそんな顔されたら俺の心はビンビンです。
柚希は振り返りもせず俺に肘鉄をかましてくる。
「諦めろ柚希、アンマンはお前には懐かん!」
肘鉄が強くなる。
「いてぇっての!」
「なんで誠に懐いて私に懐かないんだ」
「おねえちゃんごしゅじんさまにこうげきするから」
はっはっはーアンマンちゃんは暴力女が嫌いなんだ!
ほれほれもっと言ってやれ!
「わかった。もう攻撃しない」
肘鉄が止んだ。
俺の言うことは聞いてくれないけどアンマンの言うことは聞くのね。
「はいどうぞ」
「うぅー」
まだアンマンが躊躇している。
「食べてあげなさい」
これでアンマンがあんまんのこと嫌いになったら悲しいな。
柚希のことは嫌いになっても、あんまんのことは嫌いにならないでください!
アンマンはしぶしぶ柚希の手からあんまんを食べた。その姿だと普通に食べるんだね。
「ほわぁ、可愛い……」
柚希はぶるぶる身を震わせてアンマンの可愛さを感じている。
変態め。
「ねぇ変態、なんでこの子にご主人さまって呼ばせてるの?」
「俺が呼ばせたわけじゃねーんだから知らねーよ」
変態に変態呼ばわりされたくありません。
まぁそれはいいとして、確かに何でアンマンは俺のことご主人さまって呼ぶんだ?
「なぁアンマン。ご主人さまってどこで覚えたんだ?」
「んー、おばあちゃんにおしえてもらった。かってくれたひとはごしゅじんさま」
婆さんいい仕事するなぁ。
だけどこんな幼女にご主人さまとか呼ばせてたらそりゃ変態だ。
「アンマン。ご主人さまだと外で呼ばれたとき、お兄ちゃんが変態だと思われちゃうからお兄ちゃんって呼ぼうか」
「わかった。おにいちゃん」
ニコッと笑って素直にわかってくれた。
ほわぁ、可愛い!
「ふふん、私はすでにお姉ちゃん」
「いや多分、それって他人の女性に対して言うほうだと思うぞ」
「え? ……いや、だ、大丈夫、お姉ちゃんには変わりない」
何驚いてんだよ、当たり前だろうに。アンマンにとってお前は他人だ。
「おねえちゃん?」
「ほら」
柚希のドヤ顔がうざい。何がほらだよ。
「誠が来るまで遊んでたんだからもう近所のお姉ちゃんレベル」
あーそうかい。といっても十分そこらしか遊んでねーだろ。
「そういえばさ、なんでこの子シャツとパンツしか履いてないの? シャツは誠のだし」
痛いところを突いてくるな。
これからどうにかしようとしてたのに。
「いやぁ、これは違うだよ。元々な、ちっちゃい藻だったんだけど、起きたらこうなっててさ。仕方なくシャツとパンツだけ着せたわけなんだ」
「……なんでパンツ持ってるの?」
勘のいいガキは嫌いだよ。
どう言い訳したものか。……くそ、何も思いつかん!
バカなくせにこういうときはしっかりツッコミやがって。
「まぁいいや、この子の服買にいこ」
「あ、はい。お願いします」
アンマンはまだシャツとパンツだけで外に連れてけないし、一緒に残る人も必要だからね。ここは俺が残ろう。
「何言ってんの。誠もその子も一緒に行くよ」
「いやいや、この格好でアンマンを外には連れてけないって」
「元に戻ってもらえばいいじゃん」
え、そんなことできるの!?
「アンマン。元に戻れるの?」
アンマンはコクリと頷くと黒い靄に包まれたと思ったら小さな藻になった。
なんだよ俺の苦労を返せよ!
「じゃあ行くよ」
「……はい」
なんだか、どっと疲れたよ。
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