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魔王298円  作者: のこ
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act2.売れ残りってそりゃないぜ!

 店の中へ引っ込んだ婆さんの後を追うように入店した。

 中は薄暗く、はっきりとは見えないがたくさんの生き物がいることがわかる。大変不気味だ。どのくらい不気味かというと、スピン・ダブル○ームをくらっていたジェロ○モが観客席にもいるくらいと同じだ。


「おい婆さん、ちょっといいか」


「ひっひっ、なんだい小僧」


 こ、小僧。初めてそんな風に呼ばれたよ。

 それにしても胡散臭い婆さんだ。練って楽しいお菓子を作ってそうな風貌だ。


「看板見たんだけどさ。二九八円で魔王買えるんだって?」


「あぁ買えるよ。だけど二九八円のは後一匹しかいなくてね。選べないけど買うかい?」


「あー……ちょっと見せてくれないか? それから決めるわ」


 売れ残りかよ。流石に午後六時じゃそれくらいしか残らないか。売れ残りには福はあるのかね。


「あぁいいよ。ちょっと待つさね」


 婆さんは店の裏に引っ込んでしまった。

 この薄暗い中一人でいるのはちょっと怖い。時折何かに見られている気がするし、不安になるだろ。


 ガサガサ。


 近くの段ボールの中から何かが蠢く音が聴こえた。

 ま、魔王ですか?


 ゴキュルゴキュル。


 その隣の段ボールから今まで聴いたこともない音がする。

 な、何の音でしょうか。ま、魔王ですか?


 ボワッ!


 突然何もない空間に火が広がった。


「ま、魔王ですかあああああああああああああ!!」


「なんだいうるさいね。魔王に決まってるだろうに」


「婆さん!」


 婆さんが戻ってきた!

 一人は心細かったぜ婆さん。得体の知れない音にまみれたこの空間で婆さんだけが癒しだぜ。……皺くちゃの婆さんだけどな。


「ほら小僧。売れ残りだよ」


 堂々と売れ残りって言うんじゃねーよ。売るつもりないのか。

 差し出された底の深いプラスチック容器を覗き込むと、小さな、藻? 真っ黒な藻がいた。藻って、魔王なのに藻って。

 笑いがこみあげてくる。

 ダイナマイトを巻き付けいるわけでもなく、謎の音を発するでもなく、火を出すわけでもないだろう。だって藻だもん。


「小僧、あまりバカにしないほうがいいよ」


「いやだって、これ藻じゃん。くはっ、ダメだ。藻、藻、ひーダメだ腹いてぇ」


 耐えられずに腹を抱えて笑った。

 いやぁこんな怖いところで笑いが止まらんとは、ナイス藻。恐怖も薄れるってもんだ。

 あー笑いすぎて涙出てきた。


 涙を拭いて目を開けた瞬間、目の前に暗闇が広がっていた。何も見えない。

 なんだこりゃ、停電か?


「婆さん停電か? 早く電気つけてくれよ」


 返事がない。待てども待てども返事がない。


「おーい婆さん、耳遠くなっちまったのかー」


 大声で叫んでみるが返事がない。

 なんだってんだよ。もしかして夢の中か? 今までの魔王だとか全部夢だったのか?

 じゃあ早く起きないと、仕事あるしなぁ。

 ……急に現実に引き戻された気分だ。夢の中なのに現実とはこれいかに。


「起きろ俺―、朝ですよー。カンカン、朝ですよー」


 明晰夢ってのは初めてだな。これで起きるだろうか。

 ……起きないね。


「起きろっての! 起きないとケツ毛剃ってること先輩にバラすぞ!」


 ……ダメだ反応がない。てか自分を脅してどうすんだよ。ケツ毛剃ってるのバレるの恥ずかしいわ!


「うるさいぞにんげん。もうすこしきょうふしろ」


 なんだこの声。舌足らずな言葉遣いに可愛らしい女の子の声だ。

 恐怖しろって、そんな声じゃ怖がれない。

 俺の夢どうなってんの? こんな可愛らしい声で言葉攻めとかロリコン極まっちまったか。


「これはゆめじゃない。わたしがつくったくうかんだ」


 夢じゃないんだ。よかった、ロリコン極まってなくて。


「じゃあさ、出してくれないかな? お兄さん魔王買いに来てる途中なんだ」


「うるさい。わたしのことわらったくせに」


 笑った? 俺が? 彼女を?

 そんなバカな。


「俺が女の子を笑うわけないじゃないか」


「おんなのこじゃない、まおうだ」


 ま、魔王ですか。はー、魔王ですか。

 え? 藻?


「もしかして、藻?」


「もじゃない! こんとんをつかさどるまおうのなかのまおう、わたしこそぜったいあくのあんら・まんゆだぞ! こわがれ!」


 ほへー、すごいの司ってるねぇ。混沌ですか。這いよるんですかねぇ。

 ん? アンラ・マンユって魔王じゃなくて神様じゃね? なんでもありかよ。


「それでマンユちゃん。お兄さんをここから出してくれないかな。お兄さん明日仕事なんだよ。行きたくないけど」


 あー仕事やだよー。でも働かないとお金もらえなくて死んじゃうよー。


「マンユちゃん早くしてー。お兄さんの仕事行きたくないメーターが振り切れちゃうよー」


「う、うるさい! ちゃんづけでよぶな!」


 何ですかね、これ。照れてるんですかね。それとも機嫌悪くしちゃったんですかね。

 ……どうしよ。

 このままだと無断欠勤だぞ。洒落にならん。


「ごめんよ。ちゃん付けしたのは謝るから。ね!」


「うるさい。あとものこともあやまれ」


「あぁそうだね。藻って言ってごめんね」


「……うるさい」


 さっきからうるさいうるさいってなんなのかね。灼眼ですか君は。

 まぁこれで機嫌を直してくれるのなら何でもいいや。早く出ないと睡眠時間は削りたくないんだよ、俺は。七時間は寝たい派だからね。


「じゃああと、わたしのことかってくれる?」


 飼う? 買う? 飼う! おっといかん。心が揺れている。

 まぁ買ってあげれば出られるのなら買うけど。二九八円だから痛くも痒くもないしね。


「いいよ。買ってあげる」


「ぜったいだよ! うそだったらとじこめてほうちするからね!」


 え、なにそれ怖い。いや、実際ここから出られなかったらそうなるわけで、マジでやりかねんな。


「ダイジョブダイジョブ。絶対だから大丈夫」


「……わかった」


 サーっと暗闇が粒子となって消えていく。

 目の前には婆さんがいた。


「小僧、よく帰ってきたね」


 婆さんあまり慌ててないし驚いていないんだけど。もしかして別にヤバイ状況でもなかった感じか?


「三日も出てこなかったから少し心配したよ」


 はぁ三日もですか。それにしてはあまりお腹空いてないな。アレ、買い物袋ないぞ。


「婆さん俺の買い物袋どこやったあああああああって! 三日ってなんだそりゃ!!」


 三日もあそこにいたのかよ! 時間感覚狂いすぎだろ! いやそんなことより会社!

 ケータイを見ると電池ギリギリ、日付は水曜日に突入寸前。

 終わった。

 着信履歴は会社から。三件だけ。三件目は留守電が入っていた。


『青葉君、もう会社来なくていいよ』


 本当に終わった。


「婆さん、その魔王買います」


「あの空間に閉じ込められたのによく買う気になったな。いいのか?」


「いいんです。買っても買わなくても一緒ですが、買ってあげたいんです。最後だし」


 俺、今、最高に笑顔だ。

 一点の曇りもない笑顔になれてる。

 ははっ、これが解放ってやつかな?


「大丈夫か小僧」


「もちろん、大丈夫じゃねーよおおおおおおおおおおおおおお!! ほら、三百円! 釣りはいらん!」


 ババッと三百円を投げ捨てるように婆さんに渡す。そしてプラスチックの容器に入っている藻を鷲掴み、願い事を叫んだ。


「ほーらマンユちゃん。お兄ちゃんを永遠の暗闇に閉じ込めておくれ!」

お読みいただきありがとうございます。

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