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短編集 【三題話】

【三題話】県庁、馬、待ち受け 『特命係ミサキ 最初の事件』

作者: 秋乃 透歌

【三題話】県庁、馬、待ち受け

(この三つのキーワードからどんな物語ができるのか、ご自分で想像してから、本編をお楽しみください)


【予告】

 「県庁」で期待の星と噂されたエリート職員がまさかのリストラ。

 彼が向かった再就職先は「馬」だらけの牧場だった。

 持ち前の明るさと公務員時代に培ったガッツであらゆる問題を切り抜け、ついに破産寸前の牧場の経営をたてなおす。

 しかし、そんな彼に、最大のピンチが「待ち受け」る!


 【三題話】県庁、馬、待ち受け。お楽しみに!


(この予告は、本編と全く関係ないことがあります)

 特命係。

 A県の県庁に、そう呼ばれる係が存在することを知る者は少ない。

 しかし、A県庁に勤める者なら誰もがその存在を知っていた――実際に見なければ、信じられないようなウワサとともに。

 いわく、特命係は人材の墓場である。特命係に配属された者は、例外なく――3年でも3ヶ月でもなく――3日以内に県庁を去ると言われている。

 いわく、特命係は県庁の地下にあり、その部屋は怪しげな機械で埋め尽くされている。

 いわく、特命係には魔女が棲む。現在の特命係は、たった一人の女性職員によって構成されていて、その彼女は、美しき容姿を持つ魔女だとも、狂気に支配されたマッドサイエンティストだとも言われている。

 いわく、特命係の魔女は、とある国の洞窟の奥深くを根城とする緑色のドラゴンを素手で殴り倒したらしい。

 いわく、特命係の魔女は、同じノリでアメリカの現大統領も殴り倒したらしい。

 いわく、特命係の魔女は、現在A県庁を武力で占拠しようと企む過激派組織と戦っていて不在であり、県庁には束の間の平和が訪れている。

 などなど。

「――いやいやいやいや、無理。絶対無理」

 辞令に書いてある配属先を再確認して、私は声を上げた。

 それは、正真正銘、私の辞令である。一ヶ月の新人研修期間を終えて、ついにA県庁で本格的に働きはじめる私の配属先が書いてある。よりにもよって――特命係。

 同僚や先輩達が、『いやぁ、私の配属先はなんだか特命係とかいうみたいです』の『特め』くらいまで聞いたところで、そろえたようにひきつった表情と浮かべ、なんともいえない生温い同情的な視線を向けてくる。そんなところに、配属されるのだ。

 辞令には、簡単な手書きのメモが添付されていて、「今日、この時間、この場所に来ること」という内容が、ちょっと乙女チックな文字で書かれている。

 つまり、今日、この時間、この場所で、私はついに特命係の魔女と会うことになる訳である。

 それにしても、どうして県庁の中ではなく、ほど近い公園で待ち合わせなんだろう? 平日の昼間なのに、広さのわりに寂れたその公園には、自分以外の人間はいない。そんな公園で、待ち合わせ?

「とりあえず、第一印象が肝心だから……」

 私はいそいそと手鏡を取り出し、服装や髪型をチェックする。ああ、少し髪が伸びすぎている。後ろでまとめた方が、印象が良いだろうか。そう思って、カバンから髪ゴムを取り出し、後ろ髪をまとめてみる。

 その瞬間。

 日差しがほんの一瞬、かげった。

 鳥かな、と思って空を見上げた瞬間、耳をつんざくような爆音が響き渡った。同時に嵐のような突風が吹き荒れる。

「ええっ!?」

 思わず上げた疑問の声も、その爆音にかき消されてしまう。

 空を横切ったのは、常識的には考えられないような――ビルや横断歩道と接触しそうなほど――低空を飛行するヘリコプターだった。しかも、報道ヘリとかドクターヘリでなく、機関銃やらミサイルやらがごてごてと付いた戦闘ヘリである。平和な日本の空中においては、敵など存在しないであろう異様な存在感。

 しかし、次の瞬間。

 その戦闘ヘリは、機体の中央から真っ赤な炎を上げて爆発した。一瞬体勢を立て直して空中に留まるかのように見えたそれは、やはり浮力を失って、地面に向けて落ちてくる。

「こっちに、来る!?」

 逃げ出すことはおろか、よけることもできない。公園の滑り台を潰すように一回バウンドして、転がるように地面を滑り、私へと真っ直ぐ向かってくる。

 ああ、死んじゃうんだ。呆然と私の頭をよぎった確信めいた予感は、しかし現実にはならなかった。

 赤い何かが、私と転がってくるヘリの間に飛び込んできた。がっしゃん! と戦闘ヘリにぶつかる。

 それは真っ赤なスポーツカーだった。暴力的なまでのスピードで公園に飛び込み、タイヤをきしらせながらヘリへと突っ込み、絶妙な角度で転がってくるヘリの方向を変えたのだ。

 私の体をすりつぶすことなく、戦闘ヘリだった金属の塊は公園を滑って、やがてブランコの支柱をぐにゃりと歪ませながら止まった。

「……」

 言葉もないとは、まさにこのことだ。一体何が起こったのかは欠片も理解できない。理解したくない。

 ばん、と音がした。

 見ると、赤いスポーツカーから誰かが降りてきたところだった。外れて落ちているスポーツカーのドアを見る限り、歪んで開かないドアを蹴破ったのだろうと考えられる。

 その人は、まるでやり手のキャリアウーマンのようなブラウスとスーツスカートを身に着け、まるで科学者のような白衣をまとい、まるで女神のように美しい容姿で、まるで夜のような黒髪を美しくなびかせていた。

 彼女は最初に、こう言った。

「ケガはないかい?」

 呆然としながらも、私が頷くと。

「それはよかった。うん、時間にも遅れていないようだ」

 その瞬間に――認めたくはなかったが――私には、その人物が誰だか分かってしまった。

「今終えたばかりの仕事が、武器弾薬を使って県庁を占拠しようとしていた過激派組織の壊滅任務だったのだよ。やつら戦闘ヘリまで用意していて、少し手間取ってしまったよ。少し巻き込んでしまったようだが、ケガがなくて何よりだ。

 そうそう、自己紹介がまだだったね」

 その人は、私に向かって名乗った。

「私はA県庁特命係の相葉知恵(あいばちえ)

 無駄に不敵な笑みを見せると、付け加えた。

「私のことは『チエぴょん』と呼びたまえ」


   ◆ ◆ ◆


 言葉をなくしている私に、つかつかと近づいてきた特命係の魔女――チエ先輩は、私の首からネックストラップで下がっている職員証をひょいと取り上げ、名前を勝手に読んだ。

「ふむ。ミサキね。可愛らしい名前じゃないか。そうだな、キミのことは『ミサキたん』と呼ぼう」

「いきなり変な呼び方で呼ばないで下さいはじめまして今日から特命係に配属になりました――」

「では『ミサキちゃん』にしよう」

 人の自己紹介を聞きもしない。

「それも却下です!」

「では『ミサキくん』だ。これが現段階でできる私の最大限の譲歩であり、これ以上は一歩もゆずらないぞ」

 白衣の魔女は、自信満々な声と表情で断言し、断定してしまった。

「わかりました。それで良いですよ」

 不承不承ではあるが、私は頷く。まあ、無難といえば無難な場所に落ち着いたと言えなくもない。

「ところで、チエ先輩。いくつか聞きたいことが――」

 私が様々な疑問を口にしようとすると、チエ先輩はそれを、片手を立てて制した。

「なるほど、こんな状況に問答無用で放り込まれた直後に自己紹介と質問事項を口にできるとは感心だ。しかも勝手に『チエ先輩』とか可愛らしく呼んでくれるしね。人事部の人間が言っていた、百年に一度の順応力・適応力というのも間違いではないかもしれないね。

 しかし、残念だが時間だ。次の仕事が来たようだ」

 何やらすごい勢いで勝手にセリフを言い終えると、すっ、と私の背後を指差す。

 つられて振り返った私の目の前には。

「ぶひひひひん」

 馬がいた。

 動物の、馬である。顔と首が長く、頭頂部から肩にかけて長毛のたてがみを持ち、尾にも長い毛を持つ、あの馬である。哺乳類ウマ科。歴史的には軍用・農耕用・運搬用に使われていたが、現代の日本では競馬用・乗馬用が主流だろうか。

 とにかく、その馬である。

 この場所は寂れてはいるがどこにでもある普通の公園であり――潰された滑り台や、歪んだブランコや、まだ黒煙を上げている戦闘ヘリの残骸を差し引いても――近くに県庁があるような街の真ん中で、唐突に馬一頭あらわれる、というのはとっても不自然な状況である。

「次の、仕事って……?」

「ミサキくんの初仕事でもある。彼は仕事の依頼をしに来たらしい。お客様窓口から、こちらに回されて来たのだが、馬だし、県庁地下の私達の部屋に呼ぶわけにも行かない。そこで、この公園を待ち合わせ場所にしたわけだ」

 私は、全てを諦めた。

 ここは――チエ先輩のいるこの場所は――とっても異常だ。戦闘ヘリが爆発して墜落してくるし、初仕事は馬が依頼してくるものらしい。

 そこが、問答無用で私の配属先である。先輩も「私達の部屋」とか言っていたし。むしろ、やっぱり特命係の部屋は地下にあるのかと頭を抱えたくなる。

 しかし、この就職氷河期にやっと手に入れることのできた職を手放すわけには行かない。私はここで、なんとかやっていかなければいけない。

 あふれそうになった涙を堪えて、鼻をすすりあげる。それから大きく深呼吸。

 私は、気持ちを切り替えた。携帯電話を取り出すと、カメラモードに切り替えて、ぱしゃりと馬を取った。

「……キミは何をしているのだ?」

「いや、初仕事は馬でした、ってブログにでも書こうかと思いまして」

「前向きで素晴らしいが、守秘義務があるから却下だ。むしろ依頼人に失礼だろうが。私は、馬の写真を待ち受け画像にでも設定するのかと思ったぞ」

「待ち受け、って……そんなことしませんよ」

「ん、それもそうか」

 先輩は、何か勝手に納得したようで、一つ頷く。

「待ち受け画像と言えば、好きな人の写真と決まっているものだしな」

「わー、チエ先輩って意外に乙女ですねー。つまり、先輩の携帯の待ち受け画像は彼氏の写真だったりするわけですか?」

「私の理想にかなうような男が私の人生に登場しないのだ。つまり、彼氏も旦那もいない。ちなみに、携帯の待ち受けは超高画質で撮影した皆既日食の画像だ」

 そこで、私はふと思いついて、チエ先輩にも携帯電話のカメラのレンズを向けて、ぱしゃりと取る。

「今度は何だ?」

 レンズを向けた瞬間に、顔の角度を整えて、不適な笑みで「決め」のカメラ目線をした先輩が、尋ねてくる。

「これが、特命係の魔女なんだよーって友達に自慢しようかと思いまして」

「近頃の新人は無礼な上に、非常識極まりないな」

 歩く非常識みたいな人が何を言うか。

「それはともかく」

 私はもう一度――先ほどのような逃避ではなく――気持ちを切り替える。

「この馬は、どんな依頼をしに来たんですか?」

「知らん」

 私は、思わず絶句しかけたが、戦闘ヘリがこちらへ突っ込んでくるよりは普通だと思い、質問を続ける。

「では、どうやって仕事をするんですか?」

「心配ない。こんなこともあろうかと思って開発しておいた、『動物の言葉が分かっちゃうぞマシーン 翻訳くん4号』を持ってきた」

 ちゃらららっちゃらーん、と先輩はそれを取り出す。

「さあ、ミサキくん。これを使ってこの馬から依頼内容を聞き出すのだ」

 私は、渡されたそれをまじまじと見る。

 シンプルなプラスチックの外装に、一昔前のお花見会場で活躍していたハンディカラオケのようなマイクと、スピーカーだと思われる網状の部分が付いている。『翻訳くん4号』とでかでかと書いてあるのは無視するとして。押しボタン式の電源スイッチ。翻訳する動物の言語を選択すると思われる、回転式のツマミ。選べる言語はどうやら四つ、イヌ、ネコ、ウマ、イグアナ。

「馬にもツッコミたいけど、イグアナ!? 先輩はどんな動物と喋りたいんですか!? いやむしろこれ、先輩が開発したんですよね!? 地下の特命係の部屋はこんな物ばっかりですか!? 聞くのはとっても怖いけど、これまさか税金使って作ってないですよね!?」

「質問は後だ。いいから仕事をしたまえ。最優先事項だ」

 それはそうでしょうけど。

 私は、本当にバカらしくなりながらも、その機器『翻訳くん4号』の電源スイッチをぽちっと押し、回転式のツマミをウマに合わせて、馬に向けた。

「えー、馬さん。あなたは特命係に何を依頼しに来たんですか?」

「ぶひひひひん」

 馬が、答えた。

 『翻訳くん4号』に埋められたダイオードがチカチカと光った。まさか、ちゃんと動く!?

 約一秒の時差。

<ワタシハ、命ヲ狙ワレテイマス。助ケテ下サイ>

 機械的に合成された音声が響いた。

「ええっ!?」「ふっ」

 私の驚きと、チエ先輩の不敵な微笑が同時。

 怪しげな機械が、どうやらちゃんと機能するらしいことにも驚いたが、まさか命? でも、それって――。

「全員動くな!」

 私の思考を遮るように、男の大声が響き渡った。

 びくりと声の方へと振り向くと、そこには両手にマシンガンを構えた男が立っていた。

「え、えええええっ!?」

 馬の命を狙うのに、そこまでするか!?


   ◆ ◆ ◆


 寂れた公園。

 潰れた滑り台に、歪んだブランコ、黒煙を上げる戦闘ヘリの残骸。

 馬。チエ先輩。私。

 そして、両手にマシンガンを持った男。

「てめぇが俺達にしたことを、まさか忘れたとは言わせないぞ! ぶっ殺してやる! 蜂の巣にしてやるぞ!」

 男がわめいて、両手の凶器を振り回す。

 馬よ。お前はここまで激しく恨まれるような、何をしたと言うのだ。

「やめたまえ」

 凛とした声が響いた。チエ先輩だ。

 男を刺激しないようにゆっくりと歩きながら、馬と男の間に立ちはだかり、両手を広げた。まるで、馬をかばおうとするように。

「この馬に、どんな恨みがあるかは知らないが、それほどの暴力を振りかざすことはないだろう。命まで奪うことはないだろう。そんな事をしても、何も解決しないはずだ。違うか?」

「チエ先輩!」

 馬をかばって、怒りに我を忘れているマシンガン男を説得しようとするなんて、正気ではない。先輩自身が、どれだけ危ないことをしているかわかっていない。

「おい、女、お前何を言ってやがる……?」

 男が、怒りに焦点を失った目で、チエ先輩を睨む。

「チエ先輩、止めてください。危険すぎます!」

 私は叫ぶ。馬のために、命までかけるなんて。

「ミサキくん」

 穏やかな声で、チエ先輩は私に話し掛けた。

「私は、A県庁の中では厄介者だ。理科系の博士号を三つほど持っているが、同じ一日を何度も繰り返す時間旅行に関する論文を発表したせいで学会を追放された。

 公務員になってからも、組織になじめないくせに、曲がったことが嫌いだから特命係なんて場所に押し込められて雑用をやらされている。せっかく新人が配属されても、私のやり方は、彼らを肉体的・精神的に追い詰めるだけらしい。誰もが数日も経たないうちに辞表を書いたよ。最長記録でも三日しかもたなかった」

 突然の独白に、私は驚く。

 見ると、マシンガンを構えた男も、ぽかんとして話を聞いている。

「私はね、寂しいのかも知れない」

 どくん、と私の胸で、大きな鼓動が聞こえた。

「ミサキくん。私は、武器や爆弾で誰かを傷つけようとする過激派組織の連中を、殴っても、蹴っても、投げ飛ばしても何とも思わない。でも、遠い国で飢餓に苦しむ子どもの話を聞いたり、車に惹かれて死んでいる猫を見たり、特命係に配属された新人が職を失って去って行くと――悲しくて泣きそうになるんだ。

 それと同じように、目の前で、この馬が殺されてしまうなんて嫌なんだ。絶対に」

 私は、ほんの少しだけ理解した。

 チエ先輩の言葉は、きっと本心だ。頭が良くて、行動力があり、見た通り美人で、だからこそ他人から避けられてしまう彼女は、寂しいのだろう。優しいのだろう。それは、本心なのだろう。なぜならチエ先輩は、一番初めにこう言ったのだ。『ケガはないかい?』と。

 寂しくて、優しい人なのだ。

「ああもう、分かりましたよ!」

 だから、私は、歩く。

 歩いて、立ち止まって、両腕を広げる。

 チエ先輩をかばって、立つ。

 マシンガンを構えた男を睨みつける。

「な、何をしている、ミサキくん。あの男は本気だぞ。危ないから下がって――」

 背後から、慌てたようなチエ先輩の声が聞こえる。

「私はまだ何もできない新人だけど、まだ何一つチエ先輩から教わっていません。特命係の仕事が、どんなに非常識だとしても、頑張って精一杯やりますから――」

 私は、素直な気持ちを叫ぶ。



「男、岬大輔(みさきだいすけ)! 目の前で女性が危ない目にあっているのを、黙って見ている訳にはいきません!!」



 叫んだ。

 それに答えたのは、マシンガンを構えた男だった。

「いつまで訳わかんないこと言ってやがる! 俺が恨んでいるのは馬じゃねえ、その女だ!」

 え? 男の絶叫に、私の頭の中はクエッションマークで一杯になる。馬じゃないの?

「よくやった、ミサキくん。上出来だよ。ばっちり時間稼ぎできた」

 え? 私の背後から聞こえる、チエ先輩のセリフ。時間稼ぎ? さっきの本心の告白じゃないの?

「どうやらあの男は、先ほど壊滅させた過激派組織の生き残りらしいね。逃げ出していれば良かったものを」

 その瞬間。

 マシンガンを持った男は、突如現れた数名の黒スーツ&サングラスの男達に取り押さえられた。放せー、と暴れるが、びくともしていない。

「あれは、現アメリカ大統領のSP達だよ。大統領には、ちょっとした貸しがあってね」

 チエ先輩は、得意気に右の拳を握って見せた。

 次の瞬間、日差しがかげった。また戦闘ヘリかと空を見上げると、もっと目を疑うモノが空を飛んでいた。

「アレにも、ちょっとした貸しがあってね。遠い所、わざわざありがとー! もう大丈夫だからー!」

 セリフの後半は、悠然と空を飛んでいる緑色のドラゴンに向けられたものだ。ぐるりと空を旋回すると、そのファンタジックな――非現実的な生物は空の彼方に飛び去っていった。

「チエぴょん、こんなところに居たのか。探したよ」

 そう言いながら来たのは、お客様窓口で働いている先輩職員だった。チエ先輩に親しげに話しかける。

「馬、預かってくれてありがと。牧場の人がトラックで引き取りに来たから。馬の迷子なんて珍しいよね」

 そう言って、馬を連れて行ってしまった。

「……なんだったんだ」

 私は、がっくりと地面に膝を付く。

 ふと、目の前のベンチの下に、小さなダンボール箱が落ちているのに気が付いた。予感とともにそれを開けて見ると、一匹の子猫が入っていた。捨て猫らしい。

 私は『翻訳くん4号』の回転ツマミを『ネコ』に合わせると、マイクをその子猫に向けた。

「にー」

 子猫の鳴き声と、ダイオードの光と、一秒の時差。

<私ハ、オ前ヲ殺スタメニ、百年後ノ未来カラ来タ>

 私は、無言で『翻訳くん4号』を投げ捨てた。このインチキ機械め、適当言ってんじゃねーぞ。

「なんだったんだ……」

 呟いた瞬間、雨が降ってきた。土砂降りである。踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだった。

「ミサキくん。ほら、濡れてしまうぞ。こんなこともあろうかと購入しておいた『雨から守るくん37号』が役に立つな。ほら、入りたまえ」

 先輩が差しかけてくれたそれを見る。どこからどう見ても、ちょっと乙女チックなだけの、普通の傘だった。

「おや、捨て猫か」

 傘を私に持たせて、チエ先輩はダンボール箱へとかがみ込み、そっと優しく子猫を抱き上げた。

「お前、行く所がないなら、私の家に来るかい?」

 そのチエ先輩の顔を見たら、もうダメだった。

 どうしようもない気持ちがあふれてくるのを止められなかった。

 私はおもむろに携帯電話を取り出し、操作する。

「ミサキくん、何をやっているんだい?」

 私は、今日一番の勇気を振り絞って言った。



「さっき撮ったチエ先輩の写真を、待ち受け画像に設定しているんです」



 顔が、赤くなってしまったと思う。

 それを聞いて。

 特命係の魔女は、つられて頬を染めるでも、驚いて目を丸くするでもなく――。

「それはまた随分と、物好きだね」

 と、ただ不敵に笑っただけだった。



 その後、私は、特命係の新人史上初、三日以内に県庁を去らなかった人物になる。

 そして、その次の日――四日目に、A県どころか全国民を震撼させる『あの事件』に巻き込まれることになるのだが、それはまた、別の話である。


お楽しみいただけましたら幸いです。

なお、お題の3つのキーワードは、友人達によるリクエストです。


近いうちに、このような形でお会いできることを楽しみに。

それでは、また。

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