ぼくらは愚かだった
ぼくと井原は親友だった。
中学三年のときに隣の席になって意気投合し、そのまま同じ高校に進学してもずっと親友のままだった。ぼくはあまり積極的な性格ではない。趣味もインドアなものが多いし、運動よりも勉強が好きなタイプだ。井原は反して、勉強はできないが運動はできる、ぼくとは似ても似つかない男だった。
磁石の対極のようなぼくらは互いのすることがひどく面白く、何かにつけては一緒にいることが多かったと思う。
ぼくがおすすめの本を教えれば、彼はおすすめのゲームを教えてくれる。
ぼくが勉強を教えれば、彼は運動のコツを教えてくれた。
井原は野球部に所属していて、部内では比較的小柄ながら三番バッターを任されていた。あまり頭の回転がいいとは言えなかったけれど、野生の勘というやつが強かったのか、ピッチングもうまい具合にキャッチャーとのやりとりをしていたようだった。彼は攻守ともにできるやつだったのだ。
ぼくはと言えば、部活は美術部に所属して、日がな一日絵を描いていた。ちょうど部室の窓から野球部の練習風景が見えて、陽が射して眩しいのにもかかわらずにぼくはカーテンを開けて井原の姿を目で追っていた。
高校に入ってもそれは変わらなかった。
一年のころは補欠だった井原も、二年に上がってまた中学と同じポジションに入り、活躍するようになった。ぼくの絵も、コンクールで賞をもらったり、なかなかに順調な高校生活だったように思う。お互いいつも同じクラスになって、席も近く、学業も、部活も、交友関係も順風満帆だった。
それだから、ぼくらは道を踏み外したのだ。
あまりにもぼくと彼との距離は近すぎた。
高校三年の夏に、ぼくらは、セックスをした。
「お前の描く絵っていいよな」
野球部の練習が休みだったとある日に、井原はぼくしか残っていない美術部に顔を出した。
「お前の描く魚の絵が、おれは、好きだよ」
「絵のことなんてわからないくせに」
「絵はわからないけど。でも、お前の描く絵ならわかる気がする」
ぼくが皮肉った顔で言えば、日に焼けた顔で純粋な笑顔を浮かべる井原に、それはいつも通りのことなのに、なぜだかその時はめまいを覚えた。夏の暑さのせいか、ぼくがふつふつと内に溜め込んだ何かのせいなのか、わからなかった。
「わかる気がするのは、ぼくの絵だけ?」
「……わかりたい、と思うのは、お前の全部かな」
そうして井原は呟いた。
ぼくは絵を描くのを早々に切り上げて井原の家へと向かった。
お互いに何も言わなかった。
彼と一緒にいて言葉を発さないなんて、初めてのことだった。
強い日差しと、夏の色の濃い風がぼくらの体を舐め上げるようで、入道雲は高く、蝉の声だけが今もやけに耳に張り付いている。
気持ちがよかったかと言われれば、それはわからない。ただ、大切な親友のもっと特別に慣れたのだという感情が強かった。これで何かが変わるわけじゃないと、お互いに果てたときに思った。
荒い息を間近で聞きながら、ただ、それでも、これでもう離れることはないんだとうれしく思ったのだ。甘いピロートークなどもなく、無邪気に笑いあいながら、おれたちこれでもっと特別だな、といつもの笑顔を見せる井原が愛しかった。
愛しかった、とても。
その井原は今、ぼくの座る席から少し離れたところで、美しいウェディングドレス姿の女性の隣であの笑顔を浮かべている。
相変わらず日焼けした肌に、高校の頃よりもずっとたくましくなった体つき。しぐさのひとつをとっても、少し大人びたと感じる。
ぼくは友人代表としてのスピーチをすべく、席を立った。
季節は夏だが、飾られ、閉ざされ、人工の光に照らされたこの部屋の中には陽の光も夏の風も蝉の声も届いてはこない。
ぼくらは愚かだった。
ぼくらはあまりに若く、そして、愚かだったのだ。
ただそれだけだ。
稚拙な小説に目を通してくださってありがとうございました。
また別の作品でお目に書かれることを楽しみにしております。