Dog days
序章みたいな内容ですが、こういう断片風の作品が結構好きみたいだ。
物語がその中で続く感じで。
ドッグ・デイズにはいろいろな意味があるみたいなのでそれで物語を、というコンセプトです。
「dog days」は夏の一番暑い時期の「盛夏」という意味がある。決してアニメのタイトルのことではない。
北半球では、夏になるとおおいぬ座のシリウスは明け方の太陽と一緒に昇ってくる。
シリウスは夏の夜空で一番明るい星。古代の人はシリウスの影響で夏がとても暑くなると信じられていた。
ということで、夏である。
汗かきにとっては額から溢れてくる汗が視界をさえぎり、それを拭きとるハンカチが一時間と経たずに絞ると吸い取った汗が滴り落ちるほど濡れていた。まさに濡れ雑巾のようなものに変質していた。
くそっ。暑いじゃねえか。
先週鳴き始めたばかりの蝉の合唱が余計に不快感を煽る。
世界中がまるでおれの敵になったような錯覚に襲われる。おれを焼け死にさせる気か。
我慢できなくなったおれは自分を救うために喫茶店に入った。
くー。涼しい。
節電するならクーラーを止めずにテレビを消すべきだと思っている。退屈ならラジオを聞けばいいのだ。
この清涼感を生み出さない生ぬるい空気を吐き出すクーラーなんぞクーラーじゃない。
つまらないバラエティーや韓流ドラマ見ているよりもこの冷気が人を幸せにすると思うぞ。おれ的にはな。
空いているテーブルの席に座り、ウエイトレスにアイスコーヒーを注文する。
約束の時間までまだ一時間ある。余裕で到着できる。
しばらく冷えた空気を堪能していると、注文したアイスコーヒーが来た。
飲み始めたところでおれに声をかけてきた誰かがいた。
「あのー。すいません…」
見上げると、若い女性が立っていた。
派手ではないが、パターン化された可愛らしい花柄のブラウスにレースが各所にあしらわれたスカートを着た20代前半の女子大生のように見えた。
顔は、普通だな。特に美人というわけではない。だが印象が薄いという点を除いて整った顔立ちをしている。
ただ非常に怯えた顔をしていた。血色は青く唇が震えていた。
「助けてください。追われているんです!」
「はあ?」
何言ってんだ、こいつ。
なぜおれを巻き込もうとしているんだ?
誰かに追われているなら、店の店員に言って警察呼べよ。
「おれはただの客で、アイスコーヒー飲んでいるだけだから。ウエイトレスのお姉さんにでも…」
「おい、いたぞ!」
入り口から黒いスーツを着た男が二人入って来た。
二人共スーツの下の何かを取り出すために手を突っ込んでいた。
拳銃?おいおい。
案の定自動拳銃を引き出し銃口をこちらに向けてきた。
店内に悲鳴が響く。店内には他にも客はいるし、その客に給仕するウエイトレスがいるのだから拳銃を持った連中を見て驚くのは無理も無い。おれだってそうだ。だがこちらは狙われているのだ。呆然としている暇はない。
おれはテーブルの下に潜り、細い路地を移動する猫のように四つん這いで移動していた。もちろん自分だけで逃げるためだ。おれにはこれから仕事があるんだよ。
「何しているんですか!助けて下さいよ!」
おれの目前にさっきの女性のふくらはぎが立ちはだかった。
「冗談じゃない!おれは急いでいるんだよ」
「動くなよ!」
しまった。奴らがこっちに近づいてきた。
来るな。こっちに来るな。頼むから。
おれも対抗せざるを得なくなる。
おれは今他人と印象に残る様な関わりをしたくないのだ。
「動くなよ!貴様は誰だ?この女とどういう関係だ?」
男の一人がおれの方に迫ってきた。
「見逃せ。おれは何も関係ない。勝手にその女を連れていけよ」
「そんな嘘を付くな。この女が赤の他人に声をかけるはずないだろ。こいつはな…」
知るかそんなの。おれが知ったことか。
隠蔽モード限定解除。一部装備仕様許可。対人殺傷に限定して敵対者に攻撃。
追加事項発生につき対人兵器使用を目撃者抹殺にも拡大。殲滅するまで実行される。
攻撃開始。
爆風でしばらくの間喫茶店の周囲は粉塵に覆われ視界を遮られて逃亡するのに何の抵抗も受けなかった。
まずい。警察が集まってくる。これからの仕事に支障が発生する可能性が発生してしまった。
それはおれの行動によるものだが、自衛のために晒したおれの正体を一般人に知られるわけにはいかなかった。後は機関がもみ消してくれるだろう。情報工作班が泣きを入れるほどの金額になるだろうが。
やれやれ。全く今日は「最低な日」だぜ。
さっさと目的地に向かわなければ。
そう、おれはこれからある人物を暗殺しようとしていた。暗殺者なのだ。
とはいえ常にヒットマンでいるわけではない。
任務に応じて様々な「役割を演じる」のだ。
おれの正体については、機密レベルAAAクラスをクリアできる人間でなければ仕様説明書は閲覧できない。そういうことだ。ただ1つだけ言えば、おれは人間だ。決してロボットでも、ターミネーターでもない。
普通の人間ではないが。そこが機密なのだ。
一時間後。見事任務は達成された。
任務は潜伏中の侵入者の武力排除であった。
そう言えば敵も仮想兵器格納箱を装備していたな。どこから情報の流出が、おっとこれ以上は…
「私を見捨てた」
「へ?」
さっきの女がいた。え?どういうことだ?ここは機関の施設を有する軍基地内だぞ。
兵装のチェックのために本来なら戦闘機を格納するための格納庫を機関が貸しきっていた。
おれの仮想兵器格納箱のスペースには充分戦闘機一機格納できる余裕がある。今は格納していないが。
今回は一個中隊分の兵器が格納されていた。それを全て出して確認チェックしていたのだ。仮想空間に長時間兵器を収納しているとどのような影響が出るかは今のところ不明であるため、必ず任務終了後にチェックしていたのだ。
そんな場所に彼女は現れた。
「君は誰だ?なぜここにいる?」
「機関の使者だからよ。あなたに助けを求めたのに見捨てて逃げるなんて。さらに証拠隠滅のために私ごと爆破するなんて、ひどい」
この女、機関の使者だったのか。
「君は追われていた。こっちはミッションを控えていた。厄介事は振らないでくれよ」
「ラングレーの犬よ、彼奴等は」
「諜報機関が動いていた?今さら機関に干渉してくるとは命知らずだな。本部があった場所に巨大なクレーターを作りたいのか、あいつらは」
「好奇心は猫を殺す。死にたい連中は消しても構わないけど、ここでの作戦は完遂していないからもう少し我慢しろ、と指揮所からの指示だから。本当にイラつくわ」
こっちもイラつく。そっちの抗争は防諜班が対応すべきだろ。おれは作戦班なんだよ。
「そう言えば君はどこの所属だ?」
「技術開発部よ」
おいおい。本国から来たのかよ。超エリートじゃないか。
「ラインヘクサ社兵器開発部第2開発課所属マヤ・グーデリアン。ここへは新型仮想防弾服の実戦データを取るためにやって来た」
「最大の軍需企業ラインヘクサ社のエリートさんが直接テストとはね。信じられないな。他に目的があるんだろ」
「ノーコメント。一兵卒に語る必要はないわ」
そりゃそうだ。おれは任務をこなすだけ。それが仕事。
おれは徴用兵でなく契約兵だった。だからこれは仕事なのだ。
この世界で行っている作戦行動は機密事項であるが少しだけ漏えいさせるとする。
多元世界において幾つかの同じ結果へ至る世界線がある。それは主導因子を持つ世界に引き寄せられているからだった。
そこを押さえると周囲の類似因果世界をも支配できるのだ。
2つの世界において世界線の間を航海し未知なる新天地に至る技術を手にした種族が現れた。
その2つの種族は互いに覇権を手にするため抗争を続けていた。それは1000年にも及んでいた。
ここの局面も三千界大戦という果てしない抗争のワンピースに過ぎない。
おれもその大きな戦いの一つの部品なのだ。だが一部品だからこそ面倒なことは知った事ではない。だが。
「あなたがテストに参加するのよ」
「へ?おれ?」
面倒な事この上なかった。なぜおれなのだ?
「歴戦の勇者、不死のゾーリンの手を借りたくてね」
「その名は恥ずかしい。おれは二つ名を持てるほど勇者じゃないから」
「勇者でしょ、あなたは。あなたは既にMF世界を7つこちら側引き込んだ。派生世界も入れたら200以上の世界が傘下に入ったのよ。もっと誇っていいわ」
それはそうだが。戦果の恩恵を受けるのは世界のリーダーであっておれではない。
おれの目的はそこにはないから。すきにすればいい。
そのためにはもっと自由に力を行使できるポジションにのし上がらなければならない。
おれの世界を蹂躙した連中を踏みにじるためにはもっと力を手にしなければ。
おれの「苦難」は続く。
野望を達成するまでは。それに至るためにはこの女は役に立つのかも。何せ中央の人間だ。
ここは親しく愛想よく迎えようではないか。
「どうしたの?」
「何でもない。了解した」
おれは手を差し出し彼女に握手を求めた。
「よろしく頼むよ、可愛い子猫ちゃん」
あのアニメとは全く関係ありません。
あと世界線を超えるアニメも。