到達……『美しき霊峰は遥かなる魂の指標なりて』
我、語ろう。
時として主に逆らうも主を救う力となろう。
剣を駆り命絶つのみが闘いにあらず。
剣とは命絶つものと違いなし、されど我の思う剣の力とは心にあり。
すなわち我、語りし剣とは護る物。
姿例えるなば我が剣とは我の心中に煌々と燃えし火と同じ……。
誓いし騎士の愛しきにまた主に捧ぐ心の形と表すのであらば我は強き焔を灯し主の躓かぬよう道を照らし導きを努め進み歩もう。
主、我を救わんと剣を振るう時……我、進んで力を解き我が愛しき主を護らん。
たとえ、我が心身が散ろうとも主の先に生をみいるなら我は本望なり。
心に据えし重き意志を携えて剣となりて振るうこと我がこの上なき喜びと言えよう。
我が主、我に告ぐ。
我が身滅ぶ時こそ御身滅ぶ時なると。
我が信念とは心の剣を主に捧げ護らんとすること。
主に従わず己を貫くこと……全て我が愛する人を想いてなす覇業。
後……我、愛され覇となる。
我が心を継ぐ者よ見定めるのだ。
己の覇を貫くならば主を掴み離す事なく永久の愛を育め。
愛し攻める覇者……シルヴィア・ノア・モノライナー
焔が音を立てて燃える街の中でアシュレイの瞳を見るイオーサの姿があった。掌に矢が刺さったアシュレイが振り向き様に睨みつけた先に居た弓兵は尻餅をついてまるで恐ろしい怪物をみたように甲高い悲鳴を上げて一目散に走り逃げいく。掌から矢を引き抜くとダーツの要領で投げ、矢を空に放つ。その矢はまっすぐに逃げ出した弓兵の横に居た弓兵の眉間を射止め頭蓋骨さら貫いて貫通し鏃が後頭部から覗いていた。そのアシュレイはイオーサに何かを口ずさむと強力な結界を張って彼女がそちらに入れないようにしてから薙刀をつかむと敵の陣がある下の街に飛び込んだ。上から武器を構えて人が隊の真ん中に落ちてきたのだ敵の第一攻撃陣は驚いたであろう……その後は悲鳴や奇声を上げる前にそこに居た全ての兵士が彼の振ったの爆風で吹き飛ばされて広場はそこを中心に一時的だったがガランとしている。敵の飛ばされずに残った兵士の目の前には軽装の鎧に身を包む『鬼』が居たのだ。恐ろしい形相のその容姿を見ただけで皆がすくむ。その姿とはこの世界では異質な生物を模しているのだ。アシュレイはどうやら感情が高ぶると何かしら体に変化が出るらしい。彼は以前に彼が述べているように『カオスゲート』の向こうの住人のあらゆる姿に変身できのだ。今、彼が変身しているのは前回のように龍ではなく小さめの角が突きだし肌は蒼白で肩からも高質化した肌が出ているという姿で掌やかすり傷などの怪我も瞬時に回復し白い煙を立て痕すらなくなっている。彼はイオーサのことも気にしており逐一そちらに視線を移している彼がイオーサに何を言ったのかは知らないがそれが関係していることは確か……。それに彼が懸念していたのは彼自身の力で彼女を傷つけないこと……彼の力は制御しきれている訳ではないからだ。
「イオーサ……ここから先は修羅の庭だ。俺の牙が向く前にシドのところに戻るんだ。お前をあそこに居させなければならない理由もある……わかってくれ」
「それはできない。……私は……そばに居たい。どうあっても……モノライナーと言うことはさっきの言葉はあなたのお父様かお母様のはず」
「あぁ、我が母であるシルヴィアのことだ。そういう性なのかもしれないな。彼女も大きな勘違いをしていたようだが……お前も相当だ。よくよく考えてくれ。俺はお前を傷つけたくない……。今は来ないでくれ怪異の壁よ。我が親しき友の身を守れ……ウォール!」
新たに現れた弓兵団はアシュレイに近距離へ詰められほとんどが致死に至らない打撃か薙刀の爆風で吹き飛ばされている。それ以外の状態としては男性にしては細いが筋肉の浮いた腕の一撃で燃えてかなり脆くなっていた下の町はほぼ壊滅に至っていた。彼が移動するときに作る地面にできた巨大なボール状の穴……、薙刀で本当に薙ぎ倒されて倒壊した旅館や他の大型な商店、街道の敷石は彼が高くジャンプするたびに砕けたりはがれるなとして赤い土が見えている。イオーサはブレス魔法を使ってアシュレイの張った結界を破壊し彼の居る側に行こうとしているように見えた。だが、彼女の強力な破壊力を持つ龍族が使う魔法ですら全く刃が立たず激しい炎で中心部に穴が空く程度。傷はつけられるがすぐに再構築してしまい破壊には至らないのだ。
「アシュレイ……一人で背負いこまないで……」
下町から裏山の方面に向かった避難部隊に目を向けよう。敵の指揮官も人望や手腕的な面ではなかなかの人物らしくアシュレイの怒涛の攻撃をストレートに押して進むだけでは自軍に大きな被害が出てしまうこと……最悪、一人に四つの師団をつぶされてしまうであろうことを読んで作戦を変更し、ここを引きつけ役として進ませる前衛隊と側面に展開させて大きな街をぐるりと迂回させた状態の二つの別働隊を動かして囲み挟み撃ちにしようとしていたようだ。アシュレイはそれをさらに先読みしてイオーサに後衛をしてほしかったのだろう。……が彼女はアシュレイしか見ていないように猛然と結界を破壊しようと彼女が一番得意な巨大な炎の円柱を空中に描いた魔法陣から放つ『ブレス』魔法を使って進もうとしていた。裏山にはアシュレイと年かさな彼らローエン騎士団が話し合い結果、ローエン率いる元白騎士隊とエンラクなど猛者も多く別働隊を食い止めるために動いた。しかし、かなりの頭数で攻め込まれればいくら歴戦の猛者ぞろいでも多勢に無勢は解りきった結果だ。そのため、イオーサにはそちらについて欲しかったということである。
「イオーサのやつ……どこ行ったんだ……」
「たぶんアシュレイと一緒よ! 早くしないと追いつかれるわ!」
「うぬ、よくぞ二人で戦おうなどと思うな。さすがは紅の皇女の息子だ。意識が違う」
「シルヴィア様を知っているのか? まさか……あのアシュレイが?」
「それ以外に何が? あの坊主は簡単には死にはしない。だが、問題なのはあの龍人族の女の子の方だ。ここだ……そろそろ分岐するぞ」
「ね、ねぇ。貴方のお爺さんって何者なの? ウルちゃん」
「私も解らないの。お爺ちゃんは私を引き取ってくれたけどその辺りは全く……」
「来たぞ! リム様とアンナは皆を連れて先へ! アシュレイさんの指示でローエンさんと他の方々が向こう側の防備を固めているはずだ。俺はここで食いとめます」
「なら、ワシも残ろう。ウルはお嬢さんたちを守るんだ」
「はーい!!」
シドはガンテツと共にその場に残る事になった。鍛冶屋だからなのだろうかガンテツは妙にドラゴンキラーとイージスの盾の事にくわしかった。シドは新たに貰った大ぶりな片刃の太刀を背負っている。二人は近接武器で相手はボウガンと呼ばれる銃のように扱う弓矢で彼らを狙う。それらから放たれた矢が次々に二人を狙い放たれた。それをシドはイージスの盾ではじき返しその後ろのガンテツは鍛冶の時に使っていた物とは違う大ぶりな鎚を振り矢を落とす。シドはアシュレイとの旅で少なからず得た物があるらしく身構えが旅出前とは格段に違っていた。力強く足を前に出し速度を上げて敵陣に突っ込みドラゴンキラーを使って三人を鮮やかに切り殺していく。それを頷くようにガンテツが見ていたがその彼もタイミングを見計らって大きな足音を立てながら猛進し大きな鎚を一振りすると幾十人もの人間を跳ね飛ばした。二人の攻撃がかみ合いガンテツは今度は嬉しそうに笑う。イージスの盾で攻撃をはじき返しつつ間合いを取って前進するシドと中後を兼ね備えた大振りな攻撃の核となるガンテツ。彼らはもう意識が通いあっているようだ。
「行くぞ!」
「来たぞ! 小さい方だ! 弓隊構え! 引きつけて……うわっ!」
「隊長! グアッ!」
「注意しろ! 子供とはいえ強いぞ!」
「ここから先には生かせない!」
「ワシも忘れるな! この小童どもが!!」
再びアシュレイに視点を移そう。アシュレイは真っ黒い大鎧を着た女騎士と攻防を繰り返していた。それまでに敵の本隊らしい剣兵隊と槍兵隊、重装兵団の三隊は完璧に壊滅しその辺りには見当たらない。それでも目立って死人は多くなく敵の本営から現れたその女騎士は賞賛なのであろう拍手をしながら現れたのだ。腰に提げた武器は細身だが独特な波紋の片手剣で大鎧は重装とは言いつつも体のラインに合わせてクッションの役割をする空間があり速度を上げた機動攻撃を重視した作りになっている。彼女は片手剣を抜き、一瞬で彼の目の前に詰め寄ってアシュレイが余裕といったいつもの表情で薙刀を使い受け止めて佇んでいた。威力は人智を超えていたらしくぶつかった場所を中心に空気が揺れ爆風を起こし建物の壁らしき瓦礫が舞い上がるなかに二人の人影が現れたようだ。アシュレイに仕掛けた黒騎士と同じく片手剣を手にした二人目の男性らしい黒い鎧の騎士がおどおどと現れそこについに結界を破ったイオーサが背中から赤い炎の翼をはやして飛び込み、その彼女から奇襲さながらの攻撃を受けた男の騎士は後方に後退していく。
「できる……私、あなたが欲しい」
「お前は? 見たところ同族らしいな。黒い鎧の女騎士」
「私は呪われし血の一族の末裔……黒蠍の第三騎士長。エルシア・オーガ・ウォーブルよ。あなたは?」
「アシュレイ・オーガ・モノライナー。覇者の旅を綴る者。そして、炎美の女武将と紫麗の覇者の息子だ」
「ね……姉さん。待ってよ……。うわっ! な、何だ!?」
「アシュレイには……近寄らせない」
「くそう、姉さん!」
「大丈夫よ。フフフ。私は死にはしない」
「言っておくが俺も殺す気はない。無駄に命を絶つ気はないのでな」
二人の攻防が始まった。二人のスピードが目の捉えられる範囲を逸脱し始めイオーサと男の騎士が後ろに引いて行く。互いに武器がぶつかるたびに後ろに飛び退きまた、地面を人間離れした脚力で砕き突進する。そんな状態では足手纏いと感じた二人、特に臆病なのか早々と引き際を判断したのか男の騎士が救護に迎えるだけの距離のうちで最外殻に引いていた。背中から出ている炎でできた翼を使ってイオーサは遠くも近くも無いところの上空に居るようだ。闘いは沈静化などという観点を見いだせないのか更に激しくなり、また相手の女騎士は激しさを増すにつれ気味の悪い頬笑みを浮かべるようになった。アシュレイに傷をつけようとアシュレイのそれより自傷度の高い体術を使ってくる。わざと自分の関節を外したり地面に手をついて体を回し脚全体を使った蹴り、一度空中で剣を離してから返し手で剣を握りアシュレイに向けるなどのアクロバティックな技を多々使用していたようだ。対するアシュレイは薙刀の刃が当たりそうになると寸前で止めて切り付けないようにするなど相手に気遣いが見えたがそれでもアンナとの手合わせやシドの時とは違い拳には一発一発の重さという観点から見ても全く違う。アシュレイのようにして闘う者はあまりいないだろう……ここは戦場で闘技場ではない。礼儀などで闘う者などそれこそ皆無だ。彼女もしかり……その微妙にできる空白のタイミングを狙って剣を振りぬく。彼女の切っ先がアシュレイの鼻先をかすめたがダメージが当たっているようには見えない。
「……なんで、あなたは攻撃してこないの? 無駄な情は命を落とすきっかけでしかないと言うのに」
「無駄な殺生はしない。敵とて同じことだ。これ以上無駄に内輪もめをする気はない。弟と共に帰還しろ」
「そんなことはできない。私は……あなたを連れ帰る! そして、我が夫として生涯を共にする」
「そうか、無理な相談だな」
「力ずくでも……連れ帰る」
一言呟くとエルシアが剣を一度地面に刺し姿を変えていく。それを見たアシュレイもそれに呼応するように体に力を込め始めた。後ろに居た男の黒騎士がそれを止めようとしていたが彼女は変身を止めようとはせずイオーサが驚くなか彼女の本当の姿が解って来たようだ。二人の動きは山頂付近に到達していたリム、アンナ、ウルと他の住民たちに加え反対側の分隊を撃破したローエン率いる武道家の面々にも見えており合流し高台の開けたところでその一部始終を鮮明に見るという形になった。巨大な生物と生物のぶつかり合いに発展しアシュレイの破壊力のある拳が地面を砕き遂に街が崩壊していく。女の黒騎士は今のうちはそれを上手くかわせていても徐々に圧されていたようだ。巨大な龍に変身したアシュレイのテイルアタックをもろに受け瓦礫に衝突し吹き飛んだ。弟の黒騎士が姉側に駆け寄る中でアシュレイは姿を瞬時に元に戻しイオーサの手を引いて瓦礫の中を走り抜けていく。紅蓮に燃え上がる街は地獄絵図と化し生けるものの姿は見当たらずそんな中、姿が戻って副作用なのか焦点が定まらずまっすぐ視線を注げていないエルシアが立ち上がり山へ駆けていくアシュレイを気味の悪い笑顔と荒い息で見つめ呟いた。アシュレイもそうだが彼らは体変化型の能力を使う。衣装などは何着あっても足りないくらいだが彼らはお構いなしに使う言わずともアシュレイもエルシアも半裸に近い。そんな姉を気遣い弟らしい黒騎士が自分の鎧のビロードのマントを外し姉に羽織らせている。黒騎士はその悪名の高さから実力を買われても高い名声を受けず蔑まれたならず者の集まりに近いと言うことはアシュレイも知っていたが……彼らを視界の隅に入れ走り去っていった。全てがそうではないのだ。
「お前もオウガの血を引くなら……自重しろ。無駄に命を削るな!」
「私は目的以外には動かない。守るのはシュバルツ、欲しいのはあなただけ。私は……私は……カオスを開かせないことなどどうでも……」
「終わりだ!」
アシュレイの大ぶりな攻撃が見事にヒットし彼女を吹き飛ばした。大きな砂煙が巻き起こるがそこまで被害は出ない。アシュレイは吹き飛ばした後に目でイオーサに合図を送り引く準備をする。
「う゛……」
「姉さん!」
街の集会場だった巨大な建物の瓦礫に衝突し一時は気を失うがすぐに立ち上がったエルシア。その後、追うことはしなかったが気味悪い笑顔と荒い息……まるで人ではないような素振りを見せてその場から弟と共に歩き去った。最初のマント以外の弟の気づかいを無用といいさらに歩き敵の団兵が固まる所に追いつき生き残りとともに戦場から撤退していったようだ。わからないのは……彼ら黒騎士は何を目的にまた、遂行するためにこのチナの城塞都市に攻め入ったのだろうか。
「アシュレイ・オーガ・モノライナー……フフフ……フフフフフフフ! フフフフフフフフフフ! 必ず我が手に……我が手に収め、我が最愛の夫にしてくれよう。シュバルツ……退避しよう。私の一番の宝物は半身であるあなたなのだから……。あなたまで失うのは……耐え難いの」
「だ、大丈夫なのかい? 姉さん」
「黒騎士隊の女……あなたの姉はそこまでひ弱になった?」
「いや、そうじゃなくて」
「大事無いわ。それにあのアシュレイは無駄に命を奪いはしない。それに最後の一撃すらタイミングをずらして致命傷を防いでいたの。私の完敗よ。覇王レンサースと覇者シルヴィアの子……最高の力を持って生まれ苦悩に苛まれることを約束された王。私の夫に相応しい人は……また、この先で出会うわ」
「姉さん……そうかもね。僕はできれば会いたくないけど」
山道を駆け上がっていく二人は途中から歩いていた。二人とも戦闘においてかなりのスタミナを切らせている。特にアシュレイもエルシア同様に能力使用の副作用で強い目眩にみまわれていたのだ。二人は速度を落として歩いて行く。途中で突然立ち止まったアシュレイが巨大な薙刀を地面に突き刺しイオーサに向き直る。いつも厳しめな表情ではあったが今度はそれでも程度が違う。後ろを歩いているイオーサも止った。息の荒いアシュレイを見ているのだ。地面に突き刺した薙刀から手を離し坂の中腹で近寄ってくるアシュレイを見つめているイオーサの額に唐突に触れ何かの呪詛を呟き彼女の目の前で握った手を開いた。中から真っ赤な涙形の宝石が姿を覗かせ彼は髪の毛を数本抜くと再び呪詛を唱え細い鎖を作る。
「アシュレイ?」
「どうして俺を助けに来た?」
「アシュレイは私を助けてくれる。私だけ助けられる訳にはいかないから……アシュレイは命をかけてる。なら私も……」
「そうか、目を瞑って意識を集中させるんだ」
「ん……」
「『我、力を司る者の末裔……彼の者に我を愛しむ心あらば我が片親の意志をここに表せ……』」
赤い光がアシュレイの手のひらで起こり収束するとイオーサに手のひらに落とした。真っ赤なくすみのない貴石を摘み火の光に当てて見るイオーサはさらに驚く。アシュレイの白銀の髪が細い鎖になり赤い宝石に留め金のように巻きつき先程の赤い光を放ちながらひとりでに空中に浮いているのだ。その貴石をイオーサが掴もうとするとそれを拒むように貴石の周りに結界が生じ指をはじいた。それを説明するようにアシュレイが言葉を告ぎ遥か彼方にある故郷に目を向けたのだろう瞼を閉じて数秒間黙った後にイオーサに向き直り……。
「き、綺麗……」
「『汝、我が盟約を繋ぐ鎖となれ。我が生涯の覇を共にあらんと決めし魂を汝の意志となりてその者をしばれ……紅き火の魂を我、受け入れん』」
「きゃ……つっ……」
「まだ触るな」
「うん……」
「“母様……あなたの意志を継いだ覇者を見つけました。すぐにそちらに向かいます”」
「どうしたの?」
「俺の手を握ったままとれたなら……お前は……いや、今は知らなくていい。いずれにせよそれをとれたならお前にはおおいなる厄が降りかかるだろう」
「大丈夫……アシュレイが居れば」
「そうか、行くぞ」
拍子抜けするほど簡単にイオーサがつかみアシュレイが手を離すとその貴石は全く力がなくなったようにただ、赤い紅蓮の炎を反射するだけだった。アシュレイの後ろについて歩きながらネックレス状になっているそれを付けようと努力しているようだがけしてなだらかではない山道ではなかなかつけられないらしく苦労している。アシュレイはそれに気づいたらしく少し止まって待っているとすぐにイオーサが追いついてきた。それが何かについてイオーサがアシュレイに問うと単語で返答が返ってきたらしくさらに興味深そうにそれを眺めている。その名も『オーブ』。クリスタルに次いで魔法関連の宝石呪具としては有名な部類だ。オーブは基本的に球形をしているが彼の言うオーブの定義は少し違った。
「これが何でできているか? そんなことを聞いてどうするんだ?」
「うん……どうもしないけど錬金術には興味あった」
「こいつは錬金術なんかじゃないんだ。錬金術とはあくまでも元素や物質。コイツは人の『魂』と言える」
「魂?」
「あぁ、お前は……精神統一したときのまっさらな心の礎に俺を想像したはずだ」
「な、なんで解るの?」
「そのオーブは『焔心晶』といってその者が心の内で愛を欲した時にできる。オーブは基本的にはそういう意志、精神、心が機体になり形成され作れるのはその対象と心が通じた時のみ」
「心が……通じる」
「そうだ」
「アシュレイさん!」
「アシュレイ遅ぉい!!」
「すまない、さすがにあの数にはてこずった」
護衛をしていた面々やウル、ガンテツなどが集まり城塞都市の状況を教えた。アシュレイがその場で敵の大隊を撃破した時には既に火が回り過ぎていて脆く弱くなっていたという。その後はガンテツの案内で古い洞窟に足を進め内部で休息を取る。そこではこれから皆が取りたい行動が話し合われ残る者、別の道に進む者、途中の村まで動向する者などに別れた。何にしてもアシュレイたちが目的地としては一番遠いのだ。アゲレイアは近道を使っても普通に歩けばあと10日、正規の道筋で行くと更に数が重なり1ヶ月……。この辺りの山からはアシュレイが飛ぶことはできないらしい。一人で飛ぶならまだしもドラゴンの亜種が生息するらしいこの先に空路はあまりにも危険すぎる。ましてや背中に4人の人が乗れば尚更だ。
「ふむ、若様は霊峰へ向かわれるか……母君の元へ行かれるのですか?」
「はい。アゲレイアの深奥に向かっています」
「なら、我々はここまでだな。アシュレイ君」
「エンロウさんたちはどちらへ?」
「我々は一度、各地方の調査をする。黒騎士団の動向を探るためにな」
「俺達はお前らお子ちゃまとは違うんだ。だが、この先に行くなら気をつけな」
「これ、アルゴ。すまない。まだあの事をねに持っておるのだ。若き覇者よ無事であれ……さらばだ」
「アシュレイ君、また会おう。君とはまたどこかで会えるような気がするしね」
「そうですね。ローエンさん、アルゴさん、パラドイナスさん、エンロウさん。皆さんお元気で」
洞窟の口でアシュレイが4人と彼らに付き添い途中まで向かう武道家たちを見送る。その少し前にエンラクは皆に一礼しその場を去っていた。元、チナの住民は殆どが元の街の跡を復興させると戻っている。アシュレイが見送っているさなか、残っている顔ぶれはウルやガンテツのみで彼らはシドを中心としたメンバーと行動を共にすると言っているようだ。二人はアゲレイアの手前によるある岳山煌と呼ばれる地域にある村まで行くらしい。そこには自給自足の鍛冶師をしている獣人族が多く住んでいるため溶け込めると言っていた。元はガンテツもそこの出身でアゲレイアの村と唯一交流のある村だと言う。そこにアシュレイが帰って来たためガンテツからその意見を聞き、彼らはそこから準備をし数日後にその場を発つこととなった。その間には城塞都市の最外郭部にある生き残った教会に身を寄せている一同。数日が経過し夜を迎えアシュレイはその大きな建物の屋根の上にいた。彼は竪琴を爪弾きながら囁くように歌を歌っている。
『 煌めく星は天の定め
我らは定めに準ずる者
大地に根ざし天を眺め
死して地下に誘われ……
天命に従い神の与えし大いなる泰安を護り力を得、新たなる境地を迎える
火と共に燃ゆる心、水とたゆたう時の流れ、我らを支える無限の大地、天と地に枝根を伸ばす無限の樹木に現れし夢、氷河に見とれる極まりし精神、雷鳴が伝えし道の声
我ら進む道、輪に繋がり永久の安息を……』
「アシュレイまだ寝ないの?」
「ん? あぁ、こういう夜は故郷を思い出すだけだ。リム、お前は眠れないのか?」
「違うわ」
「ならどうしたんだ?」
「夕食の席にあなただけ見えなかったから心配になっただけ。あなた時々無茶するもの。月、綺麗ね」
「あぁ、雲の上ならもっと綺麗なんだが」
「……そういえば、あなたと初めて会ったのもこんな月夜だったわね」
「たしか、そうだったな」
屋根の斜面は急なため瓦に足をかけてリムは膝を抱えた状態でアシュレイの横に座った。アシュレイは抱える程の大きさの小さめな竪琴をまた爪弾く。ただ、彼はリムが隣に来たためか声には出さずただ口だけを動かしているようにみえた。この辺りはまだ原始的な生活をしていて魔力が生きているためか住民の消灯も早い。地域によるが科学的な港湾都市や鉱山に並立された巨大要塞都市。空中に何らかの方法で浮いている浮遊都市などこの世界は利用できるすべてをより無駄なく使うことで成り立っていた。アシュレイがそんなことを話しているとリムが更に近づいてくる。
「この大地ほど欲に満ちたところはないだろう。だから人はここに誘われたんだろうな。自らが……自らにより絶える。神は俺達を破滅させたいのさ」
「……でも、あなたみたいに正義を貫く人も居るじゃない。私も自分では言えないけど助けられる人が居るなら助けたいと思うわ」
「そう言ってくれると救われるよ。だが、神が采配を間違えたのは確かだ。俺達はエリュシオンに誘われるべきではなかった」
「楽園か……か。なら、こう考えましょうよ。私みたいに助けたいけど力がない者と助けられる力のあるあなたが幾億、幾兆の命の中で出会えたのってロマンチックじゃない?」
「神の采配にもとるべきところはある……。そうかもな」
リムはニコニコしながらアシュレイの右手を掴んだ。指と指の間に彼女の細い指を絡め彼女としては強めに握ったらしい。だがアシュレイはキョトンとしてリムを見るばかりだった。彼にはそういうことに対する知識や経験がないような様子でリムがつまらなそうに表情をそういったムスッとした表情へ変化をさせていく。大きめな青い瞳で一般人より飛び抜けてともいかないがなかなか美しいリムは本当にお姫様のようだ。いや、そうだったからお姫様なのだろうが……。アシュレイの表情が変わらないところを見ればわかるが全くわかっていないらしい。さすがに業を煮やしたのか先程の座り方のまま完全に密着するように隣に座り彼の肩に頭を乗せて目を閉じた。アシュレイが口を開きリムに話しかける。リムの欲しかったセリフとは違うようだがすぐに反応を見せた。いろいろ勘違いをしている双方だが……とりあえず丸く収まったようだ。
「目を閉じて意識を集中させてくれ」
「え、あ、うん」
「『汝、慈悲を司り我を救わんと働く者。大いなる水の加護を受け我ら生きる全てを救い平穏を与える美しき者なり』」
「ひゃっ!?」
「できた……『汝、我が体の姿より彼の者に覇の恩恵を与えよ。美しき姿に変わり我の代わりに彼の者を守れ』」
「な、何? 青く光ってるけど……」
「今なら取れるはずだ」
「ぇ、うん。と、取ったけど……これは?」
「簡単にはオーブと呼ばれる守護石だ。それがあれば……お前は災厄から守られるだろう」
「これ、アシュレイが作ったの?」
「まぁ、そうなる。俺とお前の心が繋がった証だからな」
イオーサの時とは違い人差し指の爪をはがしオーブに合わせ呪詛を唱えてそれを空中で離す。彼女の物は指輪になり完全な球形の宝石が指輪にはまっている物に見えた。今度も手に取らせそれの軽い説明をしているようだ。彼女の目のように青いその石を見つめるリムをアシュレイは眺めているようで視線は彼女に注がれている。夜空は綺麗に澄んでいてアシュレイの白銀の髪はより綺麗に見えた。木製の竪琴にも月の光があたり景観はとても美しい。
「ありがとう」
「いや、どうということはない。イオーサは真紅でリムは青い……慈悲か、惑いの覇者の紋章で『蒼慈石』だな」
「やっぱり関係するんだ」
「察しはいいな……それより早く寝た方がいいぞ。明日は朝早いんだ」
「うん、お休み」
最後にアシュレイの頬にキスをして降りていくリム。アシュレイはやっと顔を赤らめているような状態だが……まぁ、彼ならいいのだろう。もう一度竪琴を爪弾き彼も教会の内部に入っていった……。翌朝には全員が旅路に備えた準備をし街の住民たちの見送りで裏山から街を出る。そこにはアシュレイのいう最短ルートがあるらしいが道など見当たらない。巨漢のガンテツですらすっぽり隠れる程の芦の仲間が鬱蒼とした湿地に出たのだ。アシュレイがゆっくり進むためそれに合わせて後続も歩く。難なくとは言わないがその場所を超えると次は断崖絶壁が待っていた。イオーサには苦い思い出があるがこの地域で音をあげてはこの先には行けないとアシュレイがいう。
「芦の湿地の次はこの崖ですか……」
「そのとおりだ。ほぼ垂直の壁だからなかなり厳しいぞ。だが、ここを越えるのが今のメンバーなら一番楽だ」
「何やら意味深だな。アシュレイよ、この先には何があると言うのだ?」
「この先はドラゴンや巨大な生物がいます。そして、我が一族からも狙われることでしょう」
「ねぇ、アンナさん。アシュレイさんは何であんなに落ち着いていられるの?」
「そういう人だからよ。あのアシュレイがどんな生き方をしたのはわからないけどあんまりいい感じはしないしね」
「ふぇ……怖い」
「大丈夫よ。アシュレイは私達の敵にはならないからさ」
断崖絶壁はウルとアシュレイの機転の利いた考えで全員が怪我すらせずに登ることができた。ガンテツとアシュレイがウルを投げ飛ばして上に乗せたのだ。50メートル以上の大絶壁なのだが……。とりあえずその先に進むことに成功したように見える。ガンテツがまずウルを投げ飛ばし次にアシュレイが高く飛び上がり彼女の足を支え飛ばすのだ。ウルも難なく着地し持たされていたロープを木に縛り付けて彼女の仕事を疑う訳ではないが念のためにアシュレイが一番最初に登り切り安全を確認するとシド、リム、アンナ、ガンテツの順に登って来た。その頃、後方には面倒の種がこうも見事にと言えるほどのタイミングで面倒を起こしてくれる。実は先の戦闘で敵であったエルシアとその弟のシュバルツが後を追って着ていたようなのだ。ここがどういう場所か理解できていない上に経験の薄い彼らではそうなっても仕方はないが……とりあえずとばっちりを受けたのはアシュレイ以下五名のメンバーである。彼らの身に起きたのは簡潔にいえばモンスターの急襲でもう少し踏み入って説明するなら小型のドラゴン族であるドレイクによる襲撃だ。
「ね、姉さん。何とかここまで来れたけど……何なんだよ。この自然の城塞みたいな場所。ここならまだ城攻めの方が簡単だよ」
「近い」
「何が?」
「アシュレイ……」
「姉さん……さっきからそればっかりだよ?」
「好いている者の事を考えて何が悪い? 私は一刻も早く彼を我がものにして……殺気!」
「うわっ!」
ここは普通の人間では通れなくなっているはずなのだが彼らは通り抜けてしまったのだ。そして、この周辺のエリアで決まっている事は一つ。大型生物による支配と弱肉強食の世界である。後続の二人が何をしたかというとここの生物は五感意外にも神経を恐ろしく発達させてできた機関の魔力感帯というものが備わっており空気中の魔力の微量な動きですら感知してしまう。そして、第二のこの周辺の特徴では大型にしても小さい種の生物は大きな群れを作ること。エルシアとシュバルツはとっさに魔術を使う体勢をしたため魔力を空気から体内に吸収していたのだ。それが原因である。
「誰かが俺達をつけ回している。そうでなければ侵入者か……誰かが魔力を解放したせいでドレイク共が俺達に気づいた。リムはウルと固まって陣の真ん中につけ!! 上からの攻撃に備えろ!」
「ぬぅ、シドの小僧よ! ドラゴンキラーは使うな! 今こそその獅子狩りを使うときだ抜け!!」
「わかった! しかし、なんて重さだ。難しいな」
「リムのお姉ちゃんはあたしの後ろから離れないで!」
「た、頼りにしてるからね!」
「アシュレイ! 私は?」
「アンナはリムの近くで弓を使って奴らを落としてくれ! くれぐれも俺にはあてるなよ!」
「イオーサ! サポート頼むよ!」
「うん。アンナとアシュレイは私が助ける……」
アシュレイの背中から横幅が彼の身長の倍程の翼が現れ開き空に踊り出す。薙刀を振り回して突っ込み数頭の龍を叩き切り吹き飛ばしていく。次に攻撃を始めたのはウルだ。いきなり叫び声を上げ耳が発達し手に肉球が出来始め手をつくと大柄な狼の姿に変わった。ドレイクの長い首を爪で切り裂きリムを背中に乗せて駆け回る。ガンテツは年なのかそれを使いたがらず巨大な鎚を振り回していた。シドはシドで新しい武器らしいをフルに使いこなし地上に降りて群がろうとするそれらをぶつ切りにしていった。しかし、ドレイクは数限りなく現れひっきりなしに攻撃してくる。そこに救世主と言うべきか白髪に真紅の女性が現れ特徴的な大槍を振り回し空に向かって一喝して敵を追い払った。耳には真紅の石のピアスが光りウルの周りでアンナを警護していたイオーサに詰め寄って首から提げていた同じ色のペンダントを見ると……くるくる周りを回ってみている。身長はそこまで高くないが美しいその人はイオーサからアシュレイに視線を移しにこやかに彼に笑いかけた。
「くそっ!! きりがない!」
「これでは消耗するばかりだな……」
「アシュレイ! 防ぎきれないよ!」
「……みんな、一度……崖の下に……」
『我! 神戦の覇者の一族の者。我らが守りし土地を騒がす弱き龍よ! 今すぐ失せよ!!』
美しい女性。その人は派手で露出が高く肌をよく見せている。真紅の瞳はやけに大きく結わずに流した白い美髪を払いながら頬の隅に妖美な微笑みを浮かべ長い足、蒼白い程の肌、整った顔立ち。美しいの極みだ。アシュレイの目の前で止まり少し身長差があるがいきなり肩を抱き頭を小突き始める。次はイオーサを指差して小声で呟いた。その後はガンテツ以外のメンバーからの質問が飛んでくる。
「ふぅむ……うん、うん。ほぉ、そうか。ふんふん、申し分ないな。上もあるが……少しやせ過ぎかな? だが、成長すれば解らんか」
「あ、あの……ってあれ?」
「アシュレイ! 久しぶりに帰って来たと思ったら可愛らしい女の子を三人も連れてきて!! このこの!!」
「アシュレイ? その人は?」
「アシュレイさんには妹以外にお姉さんまでいたんですか?」
「き、綺麗な人。私……あれ? この人どこかで……」
「懐かしいなぁ」
「お爺ちゃん知ってるの?」
「ガンテツ殿か懐かしいな。私も嬉しく思います。またお目にかかることができようとは」
質問の後はガンテツと女性の話になり後方から崖を登って黒騎士の二人が現れた。彼女は持っていた槍を地面に突き立てるといきなり髪を揺らして頭を下げて自己紹介を始めイオーサが口を抑えて呟いた言葉でガンテツ以外の後ろのエルシアとシュバルツですら驚愕している。よく見ると髪質はアシュレイとそっくりだった。白い癖のない美髪は特にそうだ。髪質以外にも似ているところはよくある。大きな目と細い体躯。顔立ちと細さなどいろいろなところに見て取れた。
「挨拶が遅れたな。我が名はシルヴィア……シルヴィア・オーガ・モノライナー。前姓はノア・モノライナーだ」
「……そ、そんな、わ、若い。アシュレイのお母様?」
「は? 聞き間違いだよな?」
「今、何て……イオーサ?」
「ん? 私はアシュレイの実の母だが?」
「驚いた……こんな若いなんて」
「いや、私は459の身だぞ? 若いなどとは言えまい」
「母さん。見た目の話だよ」
「そうか? この姿は確か20の頃の姿だ。私は……いや、私達は年齢を自由に引き返したり進んだりできるからな。それより、そこの龍人族の娘は私の娘になる覚悟はできているのか?」
「はい。私はアシュレイが良ければ」
「お前はどうなのだ? アシュレイ」
「まだ、決まっていない。母さんも勘違いをするのは大概にしてくれ……いくらあなたが俺の身を案じていると言いたくても俺には急いているようにしか感じられない」
アシュレイがキツい調子でつぶやくとシルヴィアはカラカラ笑いながらついてこいと言わんばかりに手招きしながら岩山を駆け上がり始めた。アシュレイは後ろの二人にもついてこいと告げ険しい岩山を仲間に気遣いながら登っていく。途中でウルとガンテツは目的地にたどり着きそこで別れて彼らはシルヴィアの案内で登っていく。岩肌がむき出しで高山植物しか生えていない山の大地を登っていくと夜を迎え彼らはそこで野宿した。シルヴィアは料理が上手いようでなかなか手際よく彼女の持っていたリュックから道具を取り出して食事を作る。この辺りはすでに強力な結界が張られていて並大抵の人間では入れないエリアになっているようだ。先ほどまでの大型な原生生物すら見当たらない。シルヴィアは持っていた丈夫そうな木葉を舟形に作り替え簡単な椀を作るとよそい彼女から時計回りに回すようにいい回し始める。
「我々はここまでだ。レンサースによろしく頼む」
「皆さんお世話になりました! また、会いましょう!」
「ああ、二人とも元気でな」
「お元気で」
「ウルちゃん。ありがとう!」
「ガンテツさん。ありがとうございます。ご延命をお祈りします」
「シド? それは少し失礼じゃない?」
「ハハハ! 問題ない。お前も主に尽くせよ。期待しとるからな」
「ご多幸を……」
「イオーサさん。かわいい! 顔赤いよ!」
「そんな……私……やせ過ぎかな?」
高山の夜は冷える。そのため皆がまとまって食事をとるようだ。昼間は少し距離を取っていたエルシアとシュバルツもシルヴィアの厚意でその輪に加わりシルヴィアの作った具沢山のスープを食べる。彼女は戦闘時にはそれらは持っていなかったが岩山を駆け上がる最中に近くの林からリュックを引っ張り出したのだ。それの中に入っていたのだろう。大きなリュックの中にはかなり多くの調理や食事用の椀などを持っていた。それ以外にもたくさんのモノがあるようで料理を作っても堆積が変わっている訳ではない……。
「と、言うことは皆、覇者の旅路の登場人物になる訳か。特にアシュレイ、イオーサ、リム、アンナ、シドは主体の登場人物ということだな」
「登場人物? どういうことですか?」
「アシュレイとイオーサ以外はわからんだろうな。この世界は物語なのさ。私や君たち黒騎士も……生き物は皆、伝承になる。いつかわかる時が来るさ。君たちが……覇道を極めれば行けるさ……時空の狭間にあり神の居室であり空席の王座にね」
「わ、訳わかんない」
「お前たちはまだオーブを作っていないのか?」
「オーブ?」
「いつでも作れるからな……だから母さんは急ぎすぎなんだよ」
「へぇ、アシュレイも怒るんだ」
「意外な一面かも」
「コイツはレンサースに似て怒りやすいのだ」
「短気なのはあなたに似たんですよ」
「ヴ……」
シドとアンナにそれを作るとスプーンを加えてエルシアが物欲しそうに見てきた。シルヴィアがエルシアとシュバルツをイオーサを見るときのようにしげしげと見ながら気づいたように表情を変えアシュレイに進言する。母親とは言うが彼女はどこか子供っぽく柔らかい部分がある。しかし、豪快という点にも当てはまるから一概には言えまい……。話を戻そう。シドのオーブは彼の鎧のエンブレムの中心にはまり込んで彼の家の紋章と一体化し鮮やかな黄色に輝くダイヤモンド型になっている。アンナの物は彼の髪を錬成して作ったピアスだ。二対の緑色の菱形の結晶が光っている。
「わぁ、凄い」
「あの、アシュレイさん。これにはどんな意味が?」
「私が答えよう。騎士シドよ。君の紋章は守りの覇者の物で『守護晶』だ。君は主、つまりはアシュレイの縦になろうとするだろう。そして、君は仲間を守り自らを守る……一番、理を重んじるんだ。アンナ、君は生命の覇者だから『生緑晶』だろう。色だけならウォルストラー殿とそっくりじゃないか。まだ、お若い頃にはよく世話になったよ。私の母が彼女の親友でね」
そんな中アシュレイはエルシアとオーブを作るために手をとる……しかし、エルシアはそれを拒んだようだ。シュバルツを見つめるエルシアをアシュレイが見つめた。シュバルツは周りを見回し敵だったはずの自分達を敵意のない目でみている彼らに驚きアシュレイの隣にいる姉のところに近づいて行く。姉がシュバルツに耳打ちしその通りに動くシュバルツ……。彼らの絆は相当な物らしい。双子の彼らはやはり似ている赤い髪と瞳に肌の色などいい例だろう。
「『我、汝等を認める者……暗き闇と光を持ちし双体の子よ。我らが力となり芯なる心を携えよ』」
「シュバルツ……大丈夫よ」
「姉さん……僕は大丈夫だよ」
「ほぅこれは……、とても珍しい。日と月のオーブが生まれようとはな」
「姉さん……」
「取るんだ……二人で同時にな」
「大丈夫よ。私が付いてる」
二人の物は形を言えば……勾玉と逆さまな勾玉だ。シュバルツの物は白く普通の向きでエルシアは逆さまな黒い勾玉……そこにアシュレイが力をこめ彼らの掌にそれを結合させた。シュバルツの仕草がおかしかったのかリムが笑い顔を赤くするシュバルツ。エルシアは鎧の籠手をとり掌を眺めているようだ。全員にオーブが行き渡り安心しているのも束の間……そこに天使のような翼を生やした少女が血相かいて降り立ったから皆驚愕し口を閉じれずにいる。そして、アシュレイとシルヴィアが武器を掴んで目にも止まらぬ速さで山を駆け上がりそちらに向かっていった。
「母様! 西側……から……はぁ……軍が迫って……来て……に、兄様!! いつお戻りに……それより……はぁ」
「西のどこだ? 私はアシュレイと向かう。レヴィオは休みつつ彼らを案内しなさい。空は目立つがお前なら大丈夫だろう」
「積もる話は後だ。今はことを急ぐ……」
アシュレイやシルヴィア髪とは違う少し紫がかった髪の毛のレヴィオと呼ばれた少女の後から突撃鑓を構えたケンタウロス? いや、なにやらよくわからない半獣人が蹄の音をたてながら岩山を軽やかに降りて来た。その男の話を聞きながら全員が各々の移動手段を取りながら先に向かったシルヴィア親子を追う。先ほどの半獣人の自己紹介を受けながらことの近況を伝え彼らはさらに速度を上げていく。
「いきなりで済まない……。僕はレヴィオちゃんの監視役券世話役のニコラ・ユニ・プレンサスだ。簡単なことの起こりを伝えるからよく聞いてくれ。あれ? どこだっけ? とりあえず……人間の軍隊が聖門、つまりはヘブンズゲートをこじ開けようとしているんだ。まぁ、今はアシュレイのお父さんが一人で頑張ってるからとりあえずは大丈夫。……だと思う」
「はぃ、場所は青龍の息吹と呼ばれる巨大な滝です。聖戦の最終局面に我々一族を作り神が封じたとされる場所です」
身体能力の高いアンナはユニの隣を走りイオーサは炎の翼でレヴィオと同じ高度を飛んでいる。シドとリムはケンタウロスやユニコーンなど馬のような生物の血を強く受け継ぐ『精霊族』のユニの背中に乗っていた。エルシアとシュバルツは『オウガ族』の末裔で体変化を使用可能でエルシアは真っ黒な美しい鬼に変身しアンナの隣を駆け上がりシュバルツも彼は気味は悪いがケルベロスになりエルシアの荷物を背負って走る。レヴィオは言うまでもなく背中から天使の翼が生えていた。そして、滝の近くではアシュレイの父であるレンサースが奮闘している。
「遅い……シルヴィアめ。とうとう愛想をつかしたか?」
「何をバカなことを言っている! 無駄口叩けるならまだまだ余裕だな!」
「父さん! 今、加勢します!」
「アシュレイ! 無事だったか!!」
親子三人が各々の武器を構え敵の軍隊に立ちはだかった。たったの三人とたかをくくれば死ぬだろう。だが、今回は敵も秘密兵器といい大筒を用意してきていたのだ。少し気持ちが前に出るのもわかる……。一番短気な人が顔の隅に怒りをたたえた笑顔を作り夫と息子に許可を得ると体を変化させ槍を振り回し敵の前衛隊を一撃で総崩れに追い込んだ。そして、アシュレイの父親が彼らの右側を秘密裏に通り抜けようとした隠密部隊を攻撃し最後に彼の母親の猛撃をかいくぐった兵士を待っていたのはアシュレイの薙刀だ。この三人がそろえば大抵の兵士では長く陣を保たせるだけでよくできましたと判を押せるだろう。ここに先ほどの天使の少女……レヴィオが加われば……惨劇が巻き起こることは言うまでも無い。
「ハハハハ!! 三人か!! 今回は我々に聖門を開けさせる余裕を作ったようだな!」
「バカバカしい……」
「ふん、何が神戦の一族だ。所詮は見た目が違うのみの偽人と変わらぬ存在ではないか!! 今度は我々も新しい科学の国から仕入れた兵器があるのだ……今更ともいいたいところだがこの先の村の民全てと投降するならば命だけは助けよう!」
「……(カチンッ!!) なぁ、レンサース……アシュレイ」
「行ってよし」
「ええ、行ってください。燃やして良いですよ」
アシュレイの母親のシルヴィアは元はイフリートと呼ばれる炎や溶岩を自在に操ることができる種族だ。彼の父親であるレンサースと添い遂げ何らかの行為をする事で彼女もアークオウガになったという。だが、そのイフリートの力も健在で槍の穂先を岩にぶつけ火花を散らしてその炎を大きくし彼らの大筒……いや、大砲の方がわかりやすいが……それに炎をかぶせる。恐ろしいのは溶けてしまうからなんとも反則以外に言葉が出ない状態だ。彼女自身は炎になれる訳ではないらしいが破壊力は相当なものだ。イフリートの能力はまだ未知数だから何ともいえない。だが、彼女もアークオウガの一族の中でも錬強な人物であるその彼女だから能力がなくともかなり強い。
「私達を愚弄した貴様等何もできぬくクズどもなどこの私が燃やし尽くしてくれる……」
次はアシュレイの父親のレンサースが動いた。独特な形状の大ぶりな鎌を振り回しアシュレイに言葉を告げて彼らから見た右側にある林に鎌から放った風の弧で攻撃を加えて何人かをそこからあぶり出した。見た目で言えば彼、レンサースは温厚でとても危険人物には見えない、のだが……実は一番怒らせてはならないタイプの人物らしい。ニコニコしながら長く根元で束ねた紫の髪を揺らして回り込もうとした隠密部隊を撃破した。……恐ろしい。アシュレイのように完全に息の根は止めていないが人の山を作ってその上に脚を組んで座っている。
「みんな変わっていないか……レヴィオがお転婆でなくなってくれれば万々歳なんだけどな。おっと……客だ。アシュレイ、ここは任せたよ」
アシュレイは姿を変えずに次々に走り込んで来る騎馬兵を馬から叩き落としていた。薙刀の刃の手前にある金属製の留め金で騎馬兵の胴を殴り落としていたのだ。そこに炎の翼が目立つイオーサが着地し次にレヴィオ、ユニとその背中にいたシドとリム。少し後ろをエルシア、シュバルツ、アンナと到着し次々に異形の力を持った敵が現れたのか新兵器を使っていた敵もシルヴィアに叩かれ部隊自体が壊滅し生き残りの指揮がガタ落ちした結果……。恐ろしくなったのか次々に部隊を引き上げていった。アシュレイがたまたま受けた切り傷を見たアンナがすぐに駆け寄る。
「あ、アシュレイ……酷い傷……ちょっと待って」
彼女が触れた傷が瞬時に回復しすぐに周りが目を疑う。そこにレンサースとシルヴィアが現れて街に案内されていく。今いる地点はまだ山の中腹らしく地形も周りとは少々違い大きな穴があいていてそこに高い針葉樹が何本も生えている場所がある。そこでアシュレイのようにレンサースが長い動体を持つドラゴン族のナーガと呼ばれる巨大な龍になり彼の背中へ全員を乗せて先程のくぼみの奥にある滝に突っ込んだ。するとひんやりとした空気を感じながら洞窟を抜けていく。そして……その先に見えたのは……。
「うわぁ!!!!」
「凄い……絶景だな」
「私、ここのことを本で読んだ。『太古なる神戦の証は白と黒の都。我らはそこから生まれそこで絶えん。美しきアゲレイアの本姿を表し……その民は国を築き正を慈しみ、世を歩み、大地を堅固なる絆を築く礎とせん』。この都が? 凄い……私、私、史実を見てる」
「我らが故郷、アゲレイアの覇国だよ。アシュレイも私もここで生まれたんだ」
「まぁ、私は嫁だからな。ここのことはよく知らん。しかし、いいところだ。保証しよう」
イオーサの述べた通り白と黒の都は美しく朝日を照り返し大きな雄大な土地の光をたたえている。アシュレイは村と言っていたがそんな規模ではなくとても雄大だ。記述や伝聞では山と呼ばれるアゲレイアは多くの火山が連なる火山山脈で一列に並んでいる火山以外にも活火山が周りに隣接しているらしい。アシュレイ達が登って来たのは西側からでそこは切り立った岩場が多く小型の龍や巨大な昆虫、幻獣などが住む危険な地域だった。しかし、シルヴィアやアシュレイより生まれた土地だからか土地勘が強いレンサースが言うにはそれが一番ベストなルートだったようだ。彼らの上った反対の東側には水捌けが悪く雨の多いすり鉢状の湿地を通らざるを得ずそこには底なし沼や巨大な水生のモンスターが多い。北には今……一番活動が盛んな火山が待ち構え南には凶暴な軍事国家の要塞が三角形の頂点のように腰を据えているという。先ほどの襲撃もその軍事国家の襲撃の一部だったらしい。海を渡ったその先にある化学の国の技術を取り入れ始めアークオウガの戦士とわたり合おうとしているようだがそれでも魔法や異能の方が未だ強力である事は言うまでも無いとレンサースはイオーサやリムなどの知識が豊富なメンバーに伝えていた。もちろん、アンナとシドも耳に入れてはいたが国に入る前までの景観を楽しんでしまいほとんどは耳に入っていないと言った感覚だろう。
「凄い所ですね」
「ほぉ、君たちがアシュレイを支えてくれる覇者の卵の皆さんだね。至らない息子だがよろしく頼むよ」
「そんなことないです」
「おやおや、シルヴィアの後継者はそんなに早く見つかっていようとは」
「やっぱりシルヴィアさんも愛し攻める覇者なんですね?」
「彼女がそれ以外の何に見えますか?」
「レンサース? 私が猪突猛進のイノシシ女と言いたいのか?」
「母様はどう見てもそうです」
「れ、レヴィオ……」
街に入る前に先に彼らの家に帰って支度をしていたレヴィオがアシュレイに飛びついた。彼女も力がすさまじくあのアシュレイが吹き飛び城塞の壁に衝突して皿のように薄い衝突痕が残っている。その後、彼らは歓迎ムードで村人? いや、国民には迎えられた。アシュレイの父であるレンサースのアドバイスからオーブを見せながらの凱旋をしたからだ。両親であるレンサースとシルヴィアを先頭に二番目にアシュレイ、二列目に騎士の証を持つ三人のメンバー。エルシア、シド、シュバルツが並び次は残りのリムとアンナ、イオーサ。最後尾に先ほど加わったレヴィオとユニが歩く。白と黒のモノクロ調の建物が続き大きな広場に出るとその真ん中に仮設の舞台が用意されていて一対の王座と小さめな椅子が見えた。
「よっと……面倒な儀式など手早く終えよう。私は一日の間寝ていないのだ」
「こらこら、民の前で示しがつかんぞ。王妃なのだからもっとしっかりしてくれシルヴィア」
「え?」
「俺はもう、驚きませんよ。何があっても」
「予想はしていたわ」
「うん。リム様のいうとおり。私もしていた」
「ほえ、本物の王様なんて見るの初めてかも」
「姉さん。なんだか僕、緊張してきた」
「大丈夫いつもの謁見の時みたいにしてればいいのよ」
驚かないと言っていたシドも驚いた。いきなりアシュレイが前に歩きだしたのだ。そして、レヴィオも前に出ていき両親が座っている椅子の横に用意されていた椅子に座ったのだから……だれでも驚くだろう。式典が終わるとすぐに体勢を崩し椅子から立ち上がり手を上に付きあげ彼が戦闘時の怒声以外で大きな声を出すのは珍しいが……。
「皆! 心配をかけてすまない! 今帰った!」
『ワァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!』
大歓声が上がりセレモニーが始まる。アシュレイの帰還がそこまで重要なことだと考えていないシドを筆頭にした今、初めてこの土地に入った面々は完全に気後れしているが用意されていた椅子に座る。先ほどの式典の後彼らは使用人たちに連れられモノライナー一家が生活しているらしい城に招かれていたのだ。椅子に座らされて待っている一同は相変わらず気遅れしておりなおかつエルシア以外は石像のように硬直して緊張している始末……。そこに騎士とまではいかないがよく手入れされた軽装の鎧を身に付け腰に剣を提げたアシュレイとお姫様っぽくドレスをまとったレヴィオが入って来た。その後ろからはやはりそういう服装のレンサースとシルヴィアが続き席につく。
「皆そろってくれたな。改めて自己紹介させてもらう。俺はこの王国、ホーリシア国の第一王位継承者のアシュレイだ」
「皆さまとは余り接点がございませんがわたくしはレヴィオと申します。第二王位継承者で破壊の覇者を務めます」
「ユニ……入ってきなさい」
「は、お久しぶりですね皆さん。僕はこの国の騎士団長のユニ。抱擁の覇者をしている」
「と、自己紹介はここまでだ。皆、アゲレイアの山中深くまでよく来てくれた。今日からは少しやることが多くなって立て込むだろうけど耐えてくれ。覇者となったからにはそれなりの覚悟も必要になる」
「その通り。私とレンサースも通った道だ。君たちならできる……と胸を張って推したいがそうもいかん状態が続いいてな」
「まずは、君たちを覇者として認めた証を立てなくてはならない。ん? そんなに怖がる事ではない。血の契約などではないよ。手形を収めるのみさ」
このような会話が続き各々の客室に案内されたが落ち着かず皆結局中庭のテラスに集まってしまった。最初にアンナ、次にエルシア、三番目にシド……リム、イオーサ、シュバルツ。彼らが全員出てきて話しているところにユニがレヴィオと共に現れる。地面に輪を描くように座り彼らは再び談笑を始めた。くりくりした大きな瞳のレヴィオが一番話に食いついてくる。外界に出たことのないらしい彼女には彼らですら珍しいのだ。
「まさか、アゲレイアの故郷が国で……アシュレイが王子様なんてね」
「アンナの言うとおりね。私みたいな小国の姫とは格の違うものみたいだし」
「ただ者ではないとは解っていたけども……。ここまで凄いとは」
「ますます気に入った」
「姉さんは少し自重してよ」
「皆さんお揃いで何のお話ですか?」
「大方アシュレイの話でしょう」
「レヴィオちゃんとユニさん」
そこにアシュレイも加わることで話はさらに盛り上がる。鎧を着た彼はまた別の見栄えがし髪の毛はあまり長いとも言えないが襟足が少し長めで紐で縛っていた。剣を腰につけてはいるが全く抜く気はなかったのか邪魔そうにみているようでよく気にしている。軽装の金属の鎧は外に出ると陽光を反射して輝いた。この土地は山以外にも囲まれていることは先ほどレンサース一家から伝えられていて皆知っている。イオーサだけではあったがすぐにシルヴィアのいう意味深な発言に食いついてきた。アシュレイも言おうか迷ったようだが彼も腹をくくったらしく地面に腰をおろし輪を作って座る皆に加わりこれからの行動についてを語り始める。
「俺がどうした? 俺が王子だと言うことに関しては驚いてもおかしくはないか……。まぁ、俺は窮屈な城が嫌いでよく外に出ていたからそんなそぶりも見せていないし」
「兄様だけずるいです。レヴィオだって外に出たいのです」
「レヴィオちゃん。ダメだよ。お兄さんみたいに体が強くないんだから」
「むぅ、ユニも酷いです」
「僕の事は何とでもいっていいよ。でも、解ってほしいのは僕も外に出してはあげたいんだ。だけどこの前みたいに無理してアシュレイの行方不明事件を起こしてもいけないでしょ?」
「な、何ですかそれ?」
「俺が外界に何年もいることになった理由さ。重傷の状態で滝壺に落ちれば俺でも気を失い流される……そこで人攫いさ」
「へぇ、そんな経緯が……」
「レヴィオちゃんの力はこの国ではアシュレイの次に強い。でも、彼女はあんまり体が強くないんだ。だから、彼らの幼馴染で王宮の居候の僕が世話役を仰せつかっているわけ」
アシュレイが座ったのはイオーサとシドの間だ。一同の視線がアシュレイに注がれ『これからどうするの?』というリムの実直な質問に答えなければならない空気を生みだした。ユニまでもが知らないということはまだ王室の中でも発表の是非を検討しているということだ。アシュレイはその旨も伝え芝の真ん中に赤子の拳程の磨かれていない原石を落とし魔力を込める。するとこの世界の地図が現れユニ、レヴィオ、イオーサ以外は目を丸くした。以前にもアシュレイがリムに語った事があるがこの世界には大きな変動や民族の違いが大きくかかわり各々の地域的に発展の要素が違うのだ。科学、古代の神技、自然、魔法など発展の要素はさまざまである。しかし、力のないものはその戦慄の輪から消し去られ姿すら残さずに消えていくという。
「よっと、簡潔にいうことは不可能に近い。なぜならこの世界と他世界の栓をする。という話をするんだからな」
「十分簡潔……」
「そうか。ならいいがここからはそうもいかん。このこの俺達の過ごす世界には『無限の可能性』パラレルワールドという形状異性体が存在する。それを『世』と言う」
「あたしギブ」
「そして、俺達がいるここエリュシオンは『界』と呼ばれそれを進める要素が『時』だ。この三つの要素を超越するのが『覇王』だ」
「不老不死であらゆる『世界』、『時間』、『可能性』を操るのが覇王?」
「イオーサは理解したが他は全滅だな。解りやすく言えば『覇者』になった時点でその肉体は時間が進まなくなり……仮に言えば他の可能性の中で奴隷のままの俺と今の俺が交信でき……このエリュシオン以外の封印の紋章の向こうの世界に行けるようになる。加えて、俺達は……死の選択ができるようになる」
最後の説明であまり深く理解できていなかったアンナも理解しアシュレイが中心のあたりに転がした透明な石から現れた世界地図を眺める。イオーサがそれに触れようとするが触れずリムが苦笑いしながらそれを見ていた。眠くなったらしいシドとシュバルツの二人は気持ちのよい陽光のなかで虚ろ虚ろしている……。ユニなどとうに寝ているが……。そして、彼らが今置かれている状態とこれからの旅路についてを地図を説明し始め足元にあった小石をつまみシドとシュバルツの兜に当てた。カンッと金属に堅いものが当たる音が響きユニはほっておかれている。
「ここからは今の俺達の状態だ。俺達はまだ覇者ではない。だから年も取るし死にもする。だが、いうなれば覇者の卵であることは確かだ。この地図で俺が今からピックアップするところに行かなくちゃならない。各ゲートを俺達が閉め直さなくてはならないんだ。それが覇道の真意」
「ふーん。ゲートめぐりするの?」
「アンナ、イオーサを見習え。そんなに簡単なら欲に塗れてこの大地を征服したがってる連中がこじ開けているだろう? それに、そのゲートが簡単に開けられない理由が他にもある。ゲートって言うのは俺達アークオウガの先祖が築き上げた防壁だ。向こうからもそう簡単には入ってこれないが何かの拍子に一人、二人抜けてくることがある。しかし、そいつらは俺達のようにこの世界には適応できていないからゲートのまわりにしかいられない」
「そいつらを倒せばいいんだな?」
「ユニ、いつから起きてた?」
「今」
「だが、問題なのは敵になるであろう向こう側の者達だということは視野に入れておけ。奴らの適応力は未知数でどうやっても俺達では抑制することができなくなってしまう。だから、俺達は向こう側からもこちらからも開かれないように封印し直さなくちゃならないんだ」
「理解しました。ですが、僕たちにそんな力があるんですか?」
アシュレイがシュバルツの質問に答えた。これからは三組みに別れて旅をすることになるという。不満を持つ者もいたが運命は先に決められていて彼らでは曲げられないとアシュレイが語りその場は丸く収まったようだ。覇者の旅とはいっても何代かに一人覇王が生まれてその周りに人が集まらなければこの世界は成り立たないとアシュレイは言っていた。エリュシオンという名がついたこの世界が楽園であるかどうかは彼らにかかっているらしい。
「これからの旅は三組みに別れる。まずは俺と来る組にシド、アンナ、リム、イオーサ。第二隊としてウォーブル姉弟。最後にユニとレヴィオだ」
「私、アシュレイと一緒がいい」
「無理を言うな。そんなに簡単なことではないんだぞ」
「……」
「すでにオーブが示してくれた。シュバルツと俺、レヴィオにしかゲートを閉める力はない。だから別れたんだ。姉であるお前がシュバルツを護らないで誰が守るんだ?」
「兄様。私は外界に出ても?」
「お前、次第だな。俺は既に話して来たからな」
「お返事は?」
「YESともNOとも言わなかったよ」
「そうですか……」
一同が解散し各々の部屋でオーブを眺めていた。アシュレイが自分の部屋で書物を書いているとシュバルツが訪ねて来たようだ礼儀正しくノックし扉を開けてからも一礼し扉を閉めて扉の前で止まる。それに加え鎧を着けず武装もない。アシュレイは何を聞きたいのか既にわかっているような素振りで椅子から立ち上がり部屋の隅にある小卓を指差して椅子に座るように勧めて座らせてから彼も座った。
「自信がないのか? それと俺達が信用ならないか……」
「はい、後者に関してはむしろ逆です。あなた方から敵意は感じられない。でも、これだけは聞かせてほしい。あなたは僕達が裏切るともわからない敵であると言うことを理解しているんですか?」
「敵味方か……俺は人は人でしかないと思っている。お前たちハーフオウガもまた、この地に生まれた赤い血を体に流す者だ。少なくともそれで敵対するなら馬鹿げている。何故、味方同士で殺し合いをしエンジェルやオウガのような異界の異種族による蹂躙に備えないのか……このままでは世界は滅びる。少なくともこの十年でヘブンズゲートは向こう側から開かれる」
「……僕には解らないんです。どうしていいか……。あなたはわかっているようだ。先ほども姉さんに運命と口にしていましたし」
「俺にも運命の指針は解らない。しかしだ……シュバルツ。君が切り開くか切り開かないかは君次第で決まる。姉を見ていれば自然と答えがでるだろう。お前に俺が言えるのは……一番大切な人や者を救いたい。一緒に生きたいと思うならどんなに過酷な定めにも逆らえということだ。俺はそうして……力及ばず一人の命を失い耐え難い悲しみに身を裂かれるような苦しみを覚えた。お前は……どうしたい? 今、言えるのはそれだけだ」
アシュレイが窓の外を見てから机の上にある銀色の板を取ってきた。シュバルツに手渡しすぐに部屋を出て行いく。その銀板には写真のように何かが写し出されていた。不思議な技術でそちらに好奇心がむいたシュバルツだったがすぐに写真の中に写るレンサース一家の写真の中に一人見覚えのない人と聞き覚えのない名前が彫り込まれそこに上から横に二本の傷を付けた跡があることに気づいている。
「フュ……ヒュー……ジ……ア? ヒュージア……この人、アシュレイさんと似てる。レンサースさん、シルヴィアさん、レヴィオちゃん、アシュレイさん……ヒュージアさん……もしかして」
中庭のテラスで壁に手をついてもたれているアシュレイを彼女の部屋のベランダから見つけたアンナ。大きな声でアシュレイを呼び振り向いた瞬間に15メートル以上あろう下に飛び降りた。驚愕の表情をするアシュレイだったがダイビングキャッチでアンナをとらえ何も言わずに立たせるとすぐにまた同じように空を見始める。さすがに不信感を抱いたらしいアンナが同じようにテラスの縁に手をついて隣に立った。長い緑色の髪は入浴後なのか少し湿り気を帯びていて綺麗にまとめ上げられている。
「アシュレイらしくないじゃん。どうしたの?」
「いや、昔のことを思い出していただけさ。気にすることはない」
「話してよ。軽くなるかもよ」
「そうかもな……俺がなんでお前を試したか解るか?」
「え? 足手まといになるからでしょ?」
「それもあるが……俺はあまり強くないから……仲間になっても助けてやれないからだ。それが怖かっただけだ」
「どうして? それはアシュレイのせいじゃないでしょ?」
「昔な……俺が弱かったせいで一人……大切な人が死んだんだ」
「……それで?」
「姉さんは……俺が足手まといになって死んだんだ。誤解を生んだだろうから訂正するが俺は俺が死にたくないからお前を一時的に拒んだ訳じゃない。俺はもう、周りで誰かに死なれたくないんだ。あの街で俺はまた形は違えど罪を犯した。騎士アトモスもそう、他の兵士もそう……奪ってはいけない命を奪ったんだ」
「それは違うと思うなぁ。だって……このオーブを貰った時から周りから変な声が聞こえるんだけど……聞こえる気がするもの。アシュレイのお姉さんってヒュージアって言うんでしょ? 多分、アシュレイが悔やんでるとそれだけ彼女も浮かばれないよ。だからさ、これからは私やイオーサ、シドとかリムとか……まだ少し疑いが残るけどエルシアやシュバルツだって悪くはしないはずだよ。少なくとも私は一人で背負ってほしくないな。イオーサも言ってたよ。アシュレイは一人で背負うから危なっかしいって。私を叱った癖に自分もそうじゃないかってさ」
その日から数日経過し彼らはそれぞれの使命を帯びて旅立ちを迎えた。最初に旅立ったのは黒騎士の姉弟のエルシアとシュバルツだ。レンサースや国の騎士団から見送りを受けて凱旋しながら進んで行った。その後、アシュレイ率いるシド、リム、アンナ、イオーサも旅だって行く。アシュレイの背中に乗りまず彼らは別々のルートで火の大陸であるボルケーノに向かって歩み出した。最後にある条件付きでレヴィオが少し遅れて旅立ったようだ。ユニのお守り付きだがレヴィオもアシュレイと揃いの鎧を纏いアゲレイアから旅立った。親としては複雑なのだろうがレンサースやシルヴィアも旅立ちを見送り子供達は次々に……各々の信念の許に未来に向かって突き進んでいくのだ。
「思い出すか?」
「ああ、レンサースがまだ覇者とは呼べないただの青臭いガキの頃のことをな」
「アシュレイも乗り越えたようだ。ヒュージアも見守ってくれるさ」
「そうだな」
彼らはこの先も歩んで行くのだろう……。二人は山裾にある敵の軍基地を睨んでいる。彼らも何かを仕掛けるようだ……。